ノエル対獣王の牙
「よぉ、大将。 無事なようでなにより」
ポケットに手を突っ込んだまま軽い調子で話しかけてくるフードの男を、ノエルは油断なく見据えた。
調子は軽くとも隙はなく、男から出ている気配をノエルは危険と判断した。
「あなたはラズゴートさんの部下ですか?」
「ちっと違うな。 俺はラズゴートのオヤジの1の部下だ。 名は獣王親衛隊、獣王の牙・ヴォルフ。 よろしくなノエル様」
自慢げに笑いながらフードを取ると、ヴォルフの口元から犬歯が覗き、銀髪の頭にはいわゆる獣耳が生えている。
「なるほど、僕達の匂いを辿ったのはあなたでしたか」
「お、よくわかったな」
「ええ。 あなたは犬の獣人のようですし、恐らく・・・」
「犬じゃねぇ・・・」
「え?」
ノエルの言葉に反応してか、ヴォルフはわなわなと震えだした。
「俺は犬じゃねぇ! 狼だ! 見てみろよこの牙! この爪! この毛並み! 犬っころなんかとは雲泥の差だろうが!? 大体なんでてめぇといいリナの姉貴達といい、この耳見ると皆犬って言うんだよ!?」
余程普段から気にしていたのか、ヴォルフは一気にノエルに捲し立てる。
どことなくその姿が普段のライルに似ており(悪いこと言っちゃったな・・・)と敵に対してながらノエルは苦笑した。
その時だった。
「グガアウ!!」
ノエルとの会話にヴォルフが気を取られていた隙に背後に忍び寄っていたジンガが襲いかかった。
「ジンガ!」
「猫はすっこんでろ」
だがヴォルフは軽く腕を振るうとジンガの顔面に裏拳を叩き込んだ。
先程ノエルに食って掛かった勢いが嘘のような冷静で静かな反撃に、ジンガは後方へと吹き飛ばされた。
「ジンガ!」
ノエルが急いで駆け寄ると、ジンガは完全に気を失っていた。
「心配すんな、殺しちゃいねぇよ。 俺がヤバイと思って襲ってきたんだろ。 猫のくせに忠義心はあるみてぇだな」
そう言いながらヴォルフはノエル達を見下ろした。
ヴォルフの実力の片鱗を見たノエルは警戒を強めながら、相手の真意を探るため口を開く。
「・・・ヴォルフさんは確か、ラズゴートさんと話している時もいましたよね」
「お、気付いてたのか。 意外と鋭いな」
「リナさん達も気付いてましたよ。 ただ敵意がないから大丈夫だろうと放置していたようです」
「マジか!? 流石リナの姉貴達だね~。 昔と全然変わってねぇ」
少し悔しそうにしながらも、ヴォルフは昔を思い出した様に愉快そうに笑みを浮かべる。
「ヴォルフさんもリナさん達と交流が?」
「ああ。 だからよ、本音言えば戦いたくはねぇんだよ。 だから、こっちに来てくれねぇか? 勿論悪いようには絶対しねぇし、そうすりゃオヤジも喜ぶしよ」
「お断りします」
崩れないノエルの姿勢に、ヴォルフはため息混じりに首を振る。
「やっぱこうなるか・・・ま、予想は着いてたけどよ。 ならしかたねぇな」
瞬間、ヴォルフの眼が狩人のそれになる。
「力ずくでオヤジの所に連れてってやらぁ!!」
ヴォルフはノエルに向かい一気に跳躍する。
ノエルはジンガを抱えてその場を飛び退くと、ヴォルフの攻撃が先程までいた場所に炸裂した。
するとヴォルフが固い岩の地面を、まるでケーキのスポンジでも握りつぶすかのごとく素手でえぐりとっていた。
えぐられた箇所はまるで巨大な獣の牙の跡の様になっていた。
「っとわりぃわりぃ。 そいつが寝てたんじゃ思いきりやれねぇな。 どっか端に置いてやれよ」
なんてことないように言うヴォルフの言葉に従い、ノエルはジンガを被害が出ないように隅に置いた。
そうしながら、ノエルはヴォルフを観察した。
ヴォルフの力はあの握力と獣人独特の身体能力、そして恐らく体術も体得している。
だがそれ以上にノエルが驚異に感じたのはジンガを倒した時の冷静さ。
それはまさに、獲物を冷静に刈り取る狼そのものだった。
その姿こそヴォルフの本来の姿であり、最大の強さなのだとノエルは感じた。
ノエルが構えると、ヴォルフは挑戦的に笑った。
「いいね。 そうこなくっちゃ。 やっぱ対等にやり合う方が、お互いスッキリするからな!」
ヴォルフは再びノエルに向かい急速に接近する。
ノエルは先制としてライル仕込みの正拳を繰り出す。
だがヴォルフは体を回転させてかわし、その勢いのまま腹部に肘鉄を放つ。
鎧でガードしているが衝撃がノエルを襲う。
ノエルは格闘戦では不利と見て黒炎をヴォルフめがけ放つ。
ヴォルフは軽やかな身のこなしで一旦後ろに下がる。
が、すぐ反動を付けノエルに突進する。
ノエルはガードしようとするがすぐ手を引っ込め回避に切り替える。
すると先程地面をえぐったヴォルフの手がノエルの肩を掴むとそのまま握り潰し剥ぎ取った。
「へ、勘がいいじゃねぇか。 よく鍛えてんじゃねぇか」
「先生がいいんでね。 しっかり鍛えてもらいました」
そう言いながらノエルは内心焦っていた。
ヴォルフの実力はかなりのもので、体捌きなら確実にライルより上だ。
最小の動きで回避し、その回避の勢いすら攻撃に利用する。
更に獣人の身体能力が加わり、下手をすれば魔力なしならリナやレオナともいい勝負をするんじゃないかと思える程だ。
恐らく自分の戦った中で最も強い、ノエルはそう感じざるをえなかった。
「さあどうするノエル様よ。 とことんやるか? それとも降参するか?」
再び挑発的に笑うヴォルフに対し、ノエルは静かに息を吐く。
「悪いですけど、僕もそう簡単には終わりませんよ」
ノエルの言葉に「ほぉ・・・」とヴォルフは面白そうに笑みを浮かべる。
ノエルは少し力を貯めると魔力を外へと一気に放出させた。
すると鎧が全て弾け飛び、籠手と胸当て等の軽装を身に付けたノエルが姿を現した。
ヴォルフはノエルの行動に驚いた。
ヴォルフはノエルを本気で傷付ける気はない。
だから自身の攻撃の中で最も威力があり、牙と称するに値する技である狼の牙を最初から使い、攻撃力の差を見せつけようとした。
それでノエルが戦意を無くすか、積極的に攻められなくなると思ったからだ。
そうすればノエルを捕らえるのは容易くなるからだ。
だが今のノエルの意思は明らかに真逆。
しかも防御の要である鎧を外すという危険な行動に出た。
背水の陣か・・・とヴォルフは予想し捨て身の攻撃に備える。
だがヴォルフは知らない。
ノエルが着ていた鎧が防御ではなく、力を抑える為のものであることを。




