魔器対獣王の翼
ラズゴートに落とされたレオナは、瞬時に体勢を立て直した。
そして両手から鉄の杭を生み出すと、それを壁に突き刺し勢いを殺し着地した。
「ふぅ~、危なかった・・・全く、相変わらずデタラメなんだから」
そう言いながら、レオナは辺りを見回した。
辺りには人影は無く、薄暗い中静寂だけがそこにはあった。
「見事に分断されたってことね。 本当嫌になっちゃうわ・・・ね!」
レオナはそう言うと同時にナイフを3本生み出し、背後の天井目掛け投げつけた。
ナイフは天井に突き刺さると、代わりに大きな影がゆっくりと地面に着地した。
その男は細身の体に腕がすっぽり隠れる程大きな袖の服を身に纏い、整った赤毛の髪にゴーグルを付け、口元にはマフラーを巻いている。
そして男にしては清んだ綺麗な声で、ふふっと笑った。
「小生の気配に気づくとは、流石レオナ嬢ですね」
「相変わらず気取った喋り方するわねラドラー」
レオナが正面に見据える男、ラドラーに向かって言った。
「気取ったとは心外ですね。 折角久し振りにお会いできたのに・・・あ、結婚されたそうですね。 おめでとうございます」
少し芝居がかった様な仕草でお辞儀をするラドラーに、レオナは気にする様子もなく素直に礼を言う。
「ありがと。 まあそっちのせいで今離ればなれなんだけどね」
「それは小生達にではなく聖人ウリエル様に言っていただきたいですね」
「勿論そのつもりよ。 でもね、その為にはエルモンドに会わなきゃならないのよ。 だから、ラズゴートさん説得して退いてくれない?」
「レオナ嬢の頼みですから、聞いて差し上げたいのは山々ですが・・・小生も今は獣王の翼と呼ばれる立場。 それを差し引いても、父上の意に背くことなど、決して出来ませんな」
瞬間、ラドラーの目付きが先程とは変わった。
ラドラーも例に漏れずラズゴートに対する忠誠は絶対のものだった。
レオナはそれをわかっていた様に少し残念そうにため息を吐きながら、いつものように剣を出した。
「全く、あんたの所の皆はラズゴートさんに似て頑固そうね」
「忠誠心が強いと言って頂きたいですね。 では・・・行きますよ!」
そう言うと、ラドラーは一気に上空へと舞い上がった。
すると両手の袖がめくれ、中から立派な鷹の翼が現れた。
「獣王の翼・ラドラー! 参ります!」
ラドラーは翼を振るうと、何本もの羽がまるでダーツの様にレオナに向かって飛んでいく。
レオナはそれを最小限の動きで全て叩き落とす。
「流石レオナ嬢、腕は落ちていませんね。 ならばこれはどうです?」
ラドラーは空中で体を駒の様に回転させると、羽が雨の様に降り注ぐ。
四方から降り注ぐ羽は各所に深々と刺さり、その威力を物語っている。
レオナはそれを弾きながら羽の間を避けていく。
「そんなに羽飛ばして大丈夫!?」
「ご心配無く。 小生の羽は無限に生えますので、羽をむしられた鶏みたいにはなりませんよ」
そう言いながら、ラドラーは羽の範囲を狭めレオナの近くに密集させる。
危険と思ったレオナは手からワイヤーを生み出すと天井に投げ、そのまま羽の間をすり抜け宙に逃れる。
「小生相手に空中へ逃げるのは些か早計ですよ」
ラドラーは瞬時にレオナの後ろに回ると、履いていた靴が裂け、鷹の足が露になる。
そしてそのままレオナの肩を掴むと、物凄い勢いで旋回を始める。
「ちょっ、離しなさいよ!」
レオナはなんとか振りほどこうとするが、その細身から想像もつかない力で掴まれ逃れられなかった。
「小生こう見えても、結構パワー型なんですよ!」
鷹等の大型猛禽類の握力は約100㎏。
空を飛ぶための胸筋は人間の約20倍。
それらの特徴を人間サイズで持つラドラーにとって、レオナ掴みながら飛ぶなど児戯に等しかった。
ラドラーはそのままきりもみ状態に回転しながら急降下し、その勢いのままレオナを地面に叩き付けた。
直前で足を放したラドラーは再び空中に戻ると、衝撃で舞い上がった土煙が晴れるのを待つように見つめた。
瞬間、煙の中から飛んできた短剣がラドラーの頬を掠めた。
「やはりそう簡単には済みませんか」
土煙が晴れると、叩き付けられた箇所に鉄の鎧を生み出しているレオナの姿があった。
レオナが立ち上がると、その鎧はボロボロと崩れ去ってしまう。
(強度は最低限にし、激突した時の衝撃を最小限にしましたか・・・流石百戦錬磨の五魔と言った所ですか)
即座にレオナの行動を分析したラドラーは、同時にダメージがないわけではないことも見抜いていた。
落下のダメージは勿論、回転したことで脳は揺さぶられ、平衡感覚が効かなくなっているはず。
加えてラドラーはここまでの攻防で、レオナが空中に対する攻撃手段が少ないこともわかっていた。
このまま空中で距離を保ちながら戦い続ければ、少なくともノエルを奪取するまでの時間は稼げる。
ラドラーはそう判断した。
「全くもう、やるならもう少し静かにやってよ。 土煙が入って気持ち悪いじゃない」
「これは失礼。 加減できる相手ではないのでつい力みすぎました。 ですが、そちらが抵抗を止めてくだされば、小生も戦わずに済むのですが?」
「随分余裕ね。 どうせあたしが空中に攻撃出来ないとか思ってるんでしょう?」
言い当てられたラドラーは若干驚きつつ、それを表に出さず冷静に対応した。
「だったらどうします? 苦手なのは事実でしょう?」
「まあ、確かに当たってるのよね・・・でもね、それもこういう天井のあるところなら別よ」
瞬間レオナは両手から巨大な鉄の柱を生み出した。
その太く巨大な鉄の柱は凄い勢いでどんどんラドラーに伸びていった。
「な!?」
レオナの予想外の行動に驚きながらラドラー急いで向かってくる柱を回避した。
柱はそのまま天井に突き刺さると、辺りの岩盤が崩落を始める。
(これが狙いか!?)
ラドラーは落下してくる岩盤の雨を何とか回避しようと、激しく飛び回る。
だが次の瞬間、ラドラーはレオナの真の狙いに気づく。
ラドラーの目の前に、落ちてくる岩盤を飛び移りながら目の前に接近したレオナの姿があった。
「悪いけど、これで終わりよ!」
レオナは鉄根を生み出すと回転させ、ラドラーの肩に打ち下ろした。
「クカァ!?」
ラドラーは飛行できず、そのまま地面へと落下した。
レオナはなんとか地面に着地すると、落下して気絶したラドラーを崩落に巻き込まれない場所に引っ張った。
「全く・・・こんなでかいの出したの・・・久しぶりよ・・・」
大量の鉄分を消費し、レオナはふらつきながら地面に腰を下ろした。
すると、近くの横穴からよく知る気配が近付いてきた。
「ちょっと、来るのが遅いんじゃないの?」
「悪いね。 こっちはジャバみたいに探索に適した能力は持ってなくてね」
文句を言いながら、苦笑するクロードと拘束したハンナを抱えるリーティアを見たレオナは安堵の表情を浮かべる。
「しかし派手にやったね。 下手したらこの洞穴ごと壊れるよ?」
「ちゃんと崩落の規模も計算してやったわよ。 それより、そっちも結構苦戦したみたいね」
「君ほどじゃないよ。 でも、彼女達は本当に強くなっている」
「そうね。 あたしも天井ない外だったら、もっと危なかったかも」
そう言いながら立ち上がろうとするレオナに、クロードは手を貸した。
「無理しない方がいい。 これだけよ規模の物を造ったんだ。 少し休まないと」
「平気よ。 それに早くしないと、ノエル君やリナが心配だもの」
「・・・わかった。 彼はどうする?」
「わかってるくせに。 リーティア、頼める?」
「任せてください」
リーティアはラドラーを拘束すると、ハンナと同じように持ち上げた。
「本当、頼りになる彼女ね」
「勿論、自慢の女性さ。 さあ、急ごう」
「ええ」
レオナはクロードに抱えられながら、洞穴の奥へと進んでいった。
洞穴の開けた場所で、ノエルはジンガと共に辺りを見回していた。
「流石に見える範囲にはいないか・・・皆の場所はわかる?」
ジンガは鼻をヒクヒクさせながら匂いを探るが、首を横に振った。
「やっぱりそう簡単にはいかないか。 リナさん達大丈夫かな?」
「人の心配より自分の心配した方がいいんじゃねぇか?」
背後からの声にノエルが振り向くと、フードを被った男が獲物を見つけた獣の様な眼で立ち塞がっていた。




