魔獣対獣王の角
時は少し戻り、まだライルがメロウと遭遇し、クロードがハンナと対峙していた頃、ジャバははぐれた仲間と合流しようとしていた。
「ノエル~! ライル~! レオナ~! クロード~! ジンガ~! どこだ~!?」
ジャバがどんなに呼び掛けても、その大きな声は穴の中で虚しく響くだけだった。
「ガゥ・・・ノエル達見つからない・・・困った」
ジャバはキョロキョロと辺りを見回した。
ここに落ちてからどうも変な匂いが邪魔をして鼻がうまく効かない。
しかもリナやノエル達以外の懐かしい匂いも混じっており、ジャバを軽く混乱させていた。
おまけに穴の中はジャバが普通に立てるだけの高さはあるが突き出た岩等の障害物が多く動きづらい。
つまり戦闘になればジャバの力を存分に使う場所がないということだ。
それだけジャバにとってここは、不利な地形だった。
幸い野生児として育ったジャバにとって夜目は他の皆より効く為、こうして見回しながら探しているのだ。
「ノエル、大丈夫か・・・ん?」
ジャバは何かを感じ、鼻をスンスン動かし始める。
「これ・・・リナの匂い! リナ!」
今までよりハッキリしたリナの匂いに目を輝かせ、ジャバは急いで匂いの方へと走っていく。
すると、先程よりも開けた空間へとたどり着いた。
「リナ! おれだ! どこにいる!?」
呼び掛けるがリナの姿はどこにもなく、ジャバは首を傾げる。
「やはりメロウ様の策通り、此方に来た様だな、ジャバ殿」
「うが!?」
ジャバが見上げると、壁の上部にある横穴からサイの様な兜で頭部を覆った全身鎧の戦士が立っていた。
ジャバと比べると流石に小さいが、身長はゴブラド並に大きく、それでいてライルやゴブラド以上にガッチリとした体格をしている、いかにもパワーファイターという姿だった。
「ウガウ! ライノ!」
その姿にジャバは敵意を見せる所か、逆に人懐っこく近寄ってくる。
「ライノ! 久しぶりだ! おれ、会えて嬉しい!」
そこまで言うと、ジャバはハッとリナの事を思い出しライノに問い掛ける。
「ライノ! リナ知らないか!? リナの匂いここでする! なのに出てこない!」
すると、ライノは懐から1枚の布を取り出した。
それは子供が使うハンカチだった。
「ウガウ! それ! リナの!」
「いかにも。 リナ殿が幼少のおり、まだ五魔と名乗る前に使っていた物だ。 それを父上、ラズゴート様が譲り受け、今回の策の為自分が借り受けたのだ」
ライノの告白に、ジャバは衝撃を受けた顔をする。
「ライノ! なんで騙す!? 俺とお前友達!」
その言葉に、ライノは静かにジャバを見据えたまま語りだす。
「確かに、貴公とは幼き頃共に過ごした。 五魔と獣王預かりの孤児、立場は違えどよく交わり、共に笑った・・・だが!」
そこまで言うとライノは背中の戦斧に手に取り構える。
「今の自分は獣王親衛隊が一人、獣王の角・ライノ! 貴公の敵だ! チェストー!!」
ライノはそのまま跳躍すると重量を全て戦斧に乗せ、ジャバへと降り下ろした。
ジャバは慌ててその場をから逃げると、戦斧が激突した場所から粉塵が舞い上がる。
「さあ来られよジャバ殿! 自分の全身全霊を盛ってお相手しよう!」
「止めろライノ! おれ! お前と戦いたくない!」
「問答無用!」
ライノは容赦なく戦斧でジャバを攻めていく。
ジャバはライノと戦いたくない一心で、それを避け、手ではらおう仕草をする等後手後手の行動しか取れずにいた。
「どうした!? なにもせぬまま終わるか!?」
「ぐ! 止める~!!」
ジャバはライノを止めようと思い切り手ではらおうとする。
「ふぬ!!」
だがライノは全身に力を込め、ジャバの一撃を受け止めた。
「うが!?」
「自分は獣王親衛隊の壁! この程度の攻撃、受け止められること造作もない! チェストー!」
ライノはそのまま突進し、兜の前方にあるサイの角をジャバの腹部に激突させた。
「うげほ!?」
直撃したジャバは吹き飛ばされ、後方の壁にめり込んだ。
「どうした? それで終いか?」
そう言うライノの瞳からは小さな憂いが滲み出ていた。
今回の作戦でライノがジャバ担当になったのは、ライノの持つパワーと防御力もあるが最大の理由はジャバと一番仲が良かったことにある。
五魔と獣王親衛隊とは過去交流があったが、ジャバは五魔スカウト時エルモンドがラズゴートを伴っていた事もあり、特に親しくしていた。
その為ジャバにとってラズゴートは人間としての父親、現親衛隊のメンバーは兄弟みたいな関係だった。
そしてジャバは仲間や友達を大事にする優しい性格だ。
体格の事もありよく一緒にいたライノが相手をすれば必ず戸惑い、全力で戦えなくなる。
それがメロウの出した策だった。
ライノは本来、物静かで不器用ながら心優しい性格だ。
だからこの戦いはライノにとっても精神的に苦しいものだ。
だがライノはそれを受けた。
獣王親衛隊はかつて拾われた恩からラズゴートを慕い、尊敬していた。
特に責任感の強いライノはその想いが強く、ラズゴートに対する絶対的な忠義を持っている。
それはかつてラズゴートがノルウェに抱いていたものと見紛う程のものだった。
だからライノは私情を捨て、この戦いに望む覚悟をしたのだ。
「さあ来られよジャバ殿。 それともノエル様と共に我らに下るか?」
「ライノ・・・なんで戦う? おれとライノ・・・友達・・・」
悲しみに満ちたジャバの声に、ライノは構えたまま静かに見据える。
「・・・群れを守るためだ」
「・・・群れ?」
「その通りだ」
ライノはジャバが被る骨を指指した。
「貴公がかつて話してくれた母君の教えだ」
その言葉にジャバの意識は、かつて森で過ごした日々へと帰っていく。




