ライルの意地
かつて五魔がノルウェの元に集い、ノルウェが魔帝を名乗るより前から付き従い、ノルウェを以外で王の名を冠した二人の男がいた。
一人は獣王・バスク・ラズゴート。
巨大な戦斧と獣のごとき荒々しい戦いぶりで戦場を蹂躙した当時のアルビア王国の攻めの要。
もう一人は拳王・ドラグ・ギエンフォード。
その拳はあらゆる物を貫き、国境を侵そうとするあらゆる外敵を打ち砕いてきた守りの要。
この二人の王がいなければ、アルビア王国は五魔が結成させるまで持たなかったと言っても過言ではない、まさに旧アルビア王国の双璧というに相応しい存在だった。
出された名にライルが顔をしかめると、自身の考えの正しさを悟りメロウはニヤリと笑った。
「なるほどなるほど、よう見たら肌の色も顔立ちも似とる。 いやしかし驚いた。 まさかお前がギエンフォードの息子とはな」
「俺はてめぇのその面の方が驚きだがな」
露になったメロウの素顔は、全身黄緑色の鱗に覆われ両目は左右に飛び出ており、大きな口からは長い舌が覗いていた。
「ふぇっふぇっふぇっ、これでもカメレオンの獣人での。 お陰で壁や天井に張り付くのは得意じゃ」
「へ、随分色男じゃねぇか」
「ふぇっふぇっふぇっ、その手の皮肉はもう聞き慣れとるから無駄じゃよ。 じゃが漸く納得したわい。 通りでラズゴートに敵意を剥き出しだったわけだわい。 自分の親父の元ライバルなんじゃからな」
「あんな親父関係ねぇ!!」
激昂するライルはメロウに飛びかかり拳を振るう。
だかメロウはそれをかわすと天井に逆さに張り付いた。
「あんな・・・あんな薄情もんなんか・・・俺には関係ねぇんだよ!」
ライルは当時、ドラグ・ギエンフォードの息子として、彼が指揮する南の国境部隊に新兵として参加していた。
当時南の国境は南の大国、城塞国家ラバトゥとのにらみ合いが続いており、いつ大規模な戦闘が起こってもおかしくない激戦区だった。
当然ギエンフォードの部隊は精鋭が求められ、その訓練の厳しさは他の隊と比べ物にならないくらい過酷なものだった。
ライルも当然その過酷な訓練を受けていた。
だが当時のライルにはそれは苦ではなかった。
五魔の登場で影が薄くなったとはいえ、ライルにとってずっと国を守り続けていた父は誇りだった。
その父の様になりたい。
父の様に国を、王を、民を守れる強い男になりたい。
ライルはその一心で、ただただ己を鍛えぬいた。
全ては誇りである父に追い付く為に。
だがそれはある日突然訪れた。
10年前、ライルが部隊で新兵の中で頭角を表し始めた時だった。
今の聖帝フェルペスが反魔帝を掲げ軍を動かした。
しかも獣王ラズゴートがフェルペスに付いたという情報付きだ。
その知らせは当然ライルのいる砦まで届いていた。
「親父!!」
ライルは扉を勢いよく開け、ギエンフォードの部屋に駆け込んだ。
ギエンフォードは奥の椅子に座り、ライルに背を向ける形で外を眺めていた。
「将軍と呼べ馬鹿もんが。 ここでは親子ではないとあれほど・・・」
「んなこと言ってる場合じゃねえだろ!? なんで軍を動かさねぇんだよ!? ラズゴート将軍もフェルペスの野郎に付いちまった! 今俺達がノルウェ陛下を助けに行かねぇでどうすんだよ!?」
必死の形相のライルに対し、ギエンフォードは背を向けたまま淡々と言った。
「俺の役目はこの国境を守ることだ。 ここを離れる訳にはいかん」
「国境なんかより王だろ!? 王かやられちまったら国境も何もねぇじゃねぇか!?」
「・・・お前は何を勘違いしている?」
「・・・え?」
何を言っているかわからないライルに、ギエンフォードは続けた。
「俺は王を守る為にここにいるんじゃねぇ。 民を守る為にいるんだ。 フェルペスの野郎が何を何を考えてるのか知らねぇが、奴が民を無闇に攻撃でもしない限り、俺が動く理由はねぇ」
父の言葉に唖然とするライルは、徐々に怒りが込み上げ、ギエンフォードこ胸ぐらを掴みかかる。
「ふざけんじゃねぇよ! じゃあなにか!? 民が無事なら、王は死んでもいいのか!? 民に関わりがねぇなら、王を見殺しにしてもいいのか!?」
「・・・そうだ」
「!?ッ・・・」
ライルは怒りのままギエンフォードを殴ろうとした。
だがそれよりも早くギエンフォードの拳がライルの顔面にめり込み、そのまま壁に激突した。
騒ぎを聞き付けた兵士達に、ギエンフォードは椅子に座り直すと再び背を向け命令した。
「上官に対しての暴言、暴力行為によりライル・ギエンフォードを1か月間の営倉入りを命じる。 そこで少し頭冷やせ馬鹿」
兵士達に抱えられ運ばれながら、ライルは自身に背を向ける父の背中を見続けた。
瞬間、ライルの中にあった父への憧れの感情は音を立てて崩れていった。
その後、ライルは閉じ込められていた営倉から脱走。
以後やさぐれ、リナに出会うまで荒んだ毎日を送ることになったのだった。
当時を思い出し、ライルは苦々しい表情を浮かべる。
ライルの父への思いはリナからノルウェの真意を聞いた今でも変わらない。
むしろ真意を知ったからこそ父が許せなかった。
国の為に悪人の汚名を着て自らの命を差し出せる様な人物を、簡単に死なせていいはずがない。
当時のギエンフォードの力を使えば、どさくさに紛れノルウェを逃がす事だって出来たかもしれない。
だが父はそれをせずただ見殺しにした。
ライルにとってそれは、絶対に許せない行為だった。
「はぁ~、なんともつまらぬ男だのう」
そんなライルに、メロウはため息混じりで言葉を吐き出した。
「てめぇ! どういうこった!?」
「さっきから見とればお前さん中途半端にも程がある。 力も覚悟も何もかもじゃ。 ほんっとにつまらん!」
「!?誰の覚悟が半端だこら!!?」
ライルは再び殴りかかるが、逆にメロウに左肩をクナイで斬られてしまう。
「ぐ!?」
「どう考えたって半端よ。 こんな半端者がいるんじゃ、ノエルの小僧も先が思いやられるわい」
「ふざけんじゃねぇ・・・俺はノエルやリナの姉さんの為なら命かける覚悟してんだ」
「全然足りんわ」
「・・・んだと?」
メロウは「やれやれ」と懐からキセルを取りだし軽く吸い、煙を吐いた。
「お前さんの命程度じゃ全然足りん。 あらゆるもん捨てる覚悟がないと、今の小僧を支えるには不十分じゃ」
「な、何を言って・・・」
「例えば、お前さんはなんで親父を頼らん? あやつの後ろ楯があれば、この旅はもっと楽になったはずじゃろ?」
「んなもん、あんな薄情な野郎が手を貸すわけ・・・」
「実際頼んだのか? 地面に頭擦り付けるまで頭を下げ、かつての非礼を詫び、ノエルの小僧に力を貸してくれと懇願したのか?」
「そ、それは・・・」
「お前さんは逃げとるだけじゃ。 親父さんからも過去からも。 だからどうせ手を貸すわけないと決めつけ、己の素性をノエルの小僧達にすら隠し、何も行動せん。 結局は自分が可愛いだけじゃ」
「う、うるせぇ!!」
ライルは怒りのままメロウに殴りかかるが、メロウは擦れ違い様なライルの体を切り刻んでいく。
それでもライルはメロウの言葉を否定するようにひたすら拳を振るい続けた。
それらの攻撃は元々の実力差に加え、先程の閃光によって不安定になった視覚、そして今の精神の乱れた状態で当たるはずもなく、逆にライルの体にいくつもの切り傷が刻まれていく。
やがて出血と疲労から、ライルは膝を付いてしまう。
(やれやれ、やはり予想通りか。 なんちゅう未熟な男よ。 まあいい。 これ以上やっても哀れなだけじゃ。 次で終いにしてやろう)
メロウはクナイを構え直すと、ライルに向かい斬りかかる。
(足の一本くらいは覚悟せぇよ、小僧!)
メロウが背後からライルの足めがけクナイを繰り出す。
瞬間、肉を裂いた感触と血がメロウの手に伝わった。
だがそれは足ではなく、ライルの手のひらからだった。
「こやつ!?」
メロウは急いで離れようとしたが、それよりも速くライルは刺された左手でメロウの腕を掴んだ。
「確かに俺は半端者かもしれねぇ・・・でもな、それでもここで負けるわけにはいかねぇんだよ!!」
「しまっ!?」
ライルは右の拳を大きく振りかぶり、メロウの腹目掛け降り下ろした。
ライルの意地の一撃がメロウに炸裂した。
とうとう50話まで来ました。
色々未熟ですが、これからも読みやすく楽しめるものを書けるよう頑張りますので、よろしくお願いします(^_^ゞ




