眠る横で
五魔集めもいよいよ後一人。
そう意気込み旅を再開させたノエル達は、ラクシャダで移動を開始していた。
レオナのいた町を離れ数日、ラクシャダの中では屋敷の庭でノエルがレオナ相手に剣を振るっていた。
レオナは片手でそれを受けながら冷静にノエルを観察している。
「はあ!せい!」
「振りが大きいわよ。もう少し脇しめて。後剣での自分の間合いを把握して。剣を自分の手の延長だと思いながら振りなさい」
「はい!」
ノエルの気迫に、レオナは小さく笑みを浮かべる。
ノエルは漸くここまで来たと思うと同時に、レオナの時殆ど役に立てなかった事で自分に力が足りないと改めて実感した。
そこでレオナに頼み、剣術の修行を付けてもらうことにしたのだ。
元々リナの重力のかかった鎧とライルと組手をしていたこともあり、ノエルの体はレオナの剣術の稽古にもそれなりに付いてこれる体にはなっていた。
因みにノエルの剣はレオナが稽古用に造った模造刀である。
「はい、ここまで。まだ剣に体が振り回されてるわね。もっと剣を自分の一部だという自覚を持って。それくらい体に馴染ませるの」
「はい!ありがとうございました!」
稽古を終えたノエルに、ジンガがすり寄ってきた。
「うん、終わったよ。また後で頼むねジンガ」
頭を撫でられ、ジンガはゴロゴロと喉を鳴らす。
「随分そいつの言ってることがわかるようになったじゃねぇか」
ジンガと触れあうノエルを見て、リナは感心したように言った。
「ジャバさんのお陰です。凄く丁寧に教えてくれますから」
「知らねぇやつが見たら結構異様な光景だけどな」
ライルはジャバに魔獣の扱い方を習うノエルの姿を思い出し苦笑する。
巨人とゴツい鎧の騎士が時おり変な声を上げながら魔獣と触れ合っている姿は、なかなか滑稽な風景だった。
「あ、そろそろ食事の準備しないと!レオナさん、ありがとうございました」
「ええ。わからないことがあったら聞いてね」
「はい。行こうジンガ」
ノエルはジンガと共に屋敷に入っていった。
「逞しい弟子だね~。それに引き換え…おいジャバ!いつまで落ちこんでんだよ!?」
「うがぅ・・・」
ジャバは庭の隅で膝を抱え小さくなっていた。
実は今回、1つ問題が発生していた。
ジャバが魔人ルシフェルこと、ルドルフ・ミレ・エルモンド の匂いを見付けられなかったのだ。
ジャバは神経を集中し何度も匂いを探したが、結局匂いはどこにもなかった。
ジャバが匂いを辿れないとなると、旅の目的地を決められないということ。
なので現在は聖五騎士団に気付かれぬ様に情報収集をしながら移動をしている。
ジャバは役に立てなかった事にショックを受け、こうして落ちこんでいるのだ。
「大丈夫ですよ。きっとエルモンドさんの事だから匂いを消すとかしているだけです。ジャバのせいじゃありませんよ」
「でも・・・」
リーティアに励まされながらもまだ立ち直れないジャバに、リナはため息を吐く。
「たくよ・・・まあ落ち込むのはわかるけどよ・・・」
「まあ、今は噂でもなんでも情報集めるしかないわね。今度町に着いたら聞き込みしないと」
「だな・・・そこら辺は飯食いながら考えるか」
「でもノエル君って本当タフよね。朝ライル君との組手にあたしとの稽古、その後ジャバの魔獣の扱い方にリーティアの魔法の授業、それで皆の食事を毎日でしょ」
「最近は飯の支度はリムとかが手伝ってるっスけどね」
ゴブラドと再会した時お茶を入れてくれたゴブリンの女性リムは、実はゴブラドの娘だ。
リム達生活班のゴブリン達はノエルが来るまでゴブリン達の食事担当をしていたのもあり、最近はノエルの料理の手伝いをし、ノエルを助けている。
「それでも毎食50人近くの食事作ってるのよ。それがどれだけ大変かわかる?」
実際ジャバの食事量は普通の人間より多いので、約60人分である。
「まあそこはな・・・でもあいつやっちまうからな~」
「何だかんだでノエルしょっちょう用してるっスよね。ぶっ倒れなきゃいいんだけど・・・」
「流石にそれはねぇだ・・・」
「ノエル様!?どうされましたノエル様!?」
リナの言葉を遮り、リムの叫び声が聞こえた。
リナ達は慌てて料理場に駆け込むと、倒れてリムに介抱されるノエルの姿があった。
「・・・風邪ですね。疲れが溜まっていたんでしょう。少し休めば熱も引くと思いますよ」
リーティアの診断に皆ホッとする。
ノエルが倒れた後ゴブラドは心配して取り乱すわ、心配したジャバは屋敷に無理矢理入ろうとするわで結構な騒ぎになった。
その騒ぎの中ライルがすぐ鎧を脱がしノエルを寝かせ、リーティアが診断して今に至る。
「申し訳ありません。私達がもっとしっかりしていれば・・・」
リム達生活班のゴブリン達が申し訳なさそうに頭を下げる中、リナは「気にすんな」と励ました。
「気付かなかったのは俺らも同じだ。それに稽古が増えても今まで通り飯作らせてたしな。だからどっちかっつうと俺らの落ち度だ」
「リナやクロードのおやつもあったしね」
「ぐ・・・」
「ははは・・・」
レオナのツッコミにリナは言葉につまり、リーティアは苦笑いする。
「しかしここまで消耗されているとは・・・全体的に見直しが必要か・・・農業班の数人生活班に当てるか・・・それで戦闘班の何人かを農業に・・・」
「よせよせ。今だって結構ギリギリなんだしよ。第一この前5人フランクに付けたんだ。これ以上避けねぇだろ」
ゴブラドの提案をリナが制すと、レオナが立ち上がった。
「じゃああたしがやるしかないわね」
「お前・・・出来んのか?」
「コレでもずっと朝の仕込みやらなんやらやってきてるしね。大勢の料理作るのには慣れてるのよ。少なくとも、リナがやるよりはマシなはずよ」
「どういう意味だこら!?」
「いや~姉さんのは料理じゃなくて兵器ぶるぁ!?」
ライルの一言でリナのアッパーが炸裂した。
「とにかく、皆の昼食とノエル君用に何か食べやすいもの作っとくわ。リム、手伝ってくれる?」
「は、はい!」
「じゃあ私は薬でも煎じましょうか。ゴブラドさん、薬草はどこに?」
「今案内いたします」
「あとジャバは近くの森で今から言う薬草を探してきてください」
「うが!任せる!」
「うっしゃ!俺も手伝うぜ!」
「ちょっと待て!?俺はなにすりゃいいんだよ!?」
皆次々と役目が決まる中、唯一決まってないリナが慌て出す。
「あんたはこれ」
レオナに冷たい水の入った金たらいを渡された。
「あんたはノエル君に付いてそれで頭冷やしてあげて。で、布が温くなったらそれにつけてまた冷たくして」
「わ、わかった」
「こまめに取り替えないと駄目だからね。あと布はちゃんと搾ってね。ビチャビチャじゃ意味ないから」
「わかったよ!ガキじゃねぇんだからわかってるよ!」
「そう。ならお願いね」
レオナが出ていくと他の皆も続き、部屋はリナとノエルだけになった。
「・・・しかしよく寝てるな」
それなりに騒がしかったにも関わらず眠ったままだ。
その顔は熱っぽく、どことなくつらそうだ。
「たくっ・・・だから言ったじゃねぇか・%・と、布取り換えなきゃ・・・」
リナは温くなったノエルの額の布を取ると水で冷やし、それを絞ってノエルの額に乗せた。
「見ろ。俺だってこれくらいできんだよ」
少し得意気になるリナだったが、ノエルの顔を見て少し表情が曇る。
(考えてみりゃ、こいつには結構頼りっぱなしだったな・・・)
リナはノエルとの旅を思い起こす。
まだ旅を始めた頃、料理は勿論、家事全般はノエルの仕事だった。
ノエルはそれを全てこなし、その上でライルとの組み手をしていた。
リナはノエルが全て出来る事をいいことに全部丸投げし、自身は特に家事は何もやらなかった。
もっとも、やらなかったというよりやらせてもらえなかったという方が正しいのだが・・・。
それはクロードが入ってからも続き、ゴブラド達が仲間になってから多少楽にはなった。
だがそれでも激しい稽古の後ではプラマイゼロと言ってもいい。
それでもノエルはいつもと変わらぬように、むしろ積極的にそれらの事をこなしていった。
(焦り・・・てのもあんのかな)
現段階では祭壇へ生け贄の様な行為をしている事しかわかっておらず、聖帝の具体的な目的まではわかっていない。
それはつまり、聖帝が目的を成就させるまでのタイムリミットがわからないということ。
ノエルはその見えないタイムリミットに内心焦っていたのだろう。
そして今、ノエルの五魔集めも後一人。
気が急くのも仕方がないのかもしれない。
それにノエルは自分の実力を低く見ている。
自分が戦闘では役に立たないという思いをいつも抱いているようにリナは感じていた。
(・・・最初に弱いって言い過ぎたかな・・・)
リナはノエルの実力を見た時の事を思い出し少し反省する。
ノエルは本来真っ直ぐで責任感の強い性格だ。
そんなノエルだからこそ、無意識に無理をしていまい、今回みたいに倒れてしまったのだ。
(全く・・・こういうとこは親父によく似ている・・・)
思い出せばノルウェもいつも無理ばかりしていた。
もっとも、ノルウェの場合肉体的ではなく、精神的にだが。
一部の者を除いて魔帝を演じ続け、心労が重なり倒れたことすらあった。
そして最後は、自ら国の為にその命を落としたノルウェ・・・リナにとって、それは忘れられない記憶だった。
リナはノエルの頬を優しく触った。
「・・・親父と同じ最後にだけは・・・絶対しねぇからな」
リナの表情はとても優しく、穏やかなものだった。
「ん・・・あれ?・・・」
ノエルはゆっくりと目を覚ます。
まだ頭がボンヤリとする中、なんで寝ているんだろうと思い出そうとする。
「僕・・・!?」
何があったか思い出したノエルは勢いよく体を起こした。
「お、目が覚めたか」
ノエルが横を向くと、ベットの横に置いてある椅子に座っているリナが目に入った。
その近くに水の入った金たらいが置いてある。
「よく寝てたな。ちょっと待ってろ」
リナはノエルの額に手を当てた。
「ん・・・いくらか下がったっぽいな」
「リナさん・・・僕・・・」
「急にぶっ倒れてライルが運んだんだよ。疲れが溜まってたんだろ。ただの風邪らしいし、今リーティアが薬作ってるから、それ飲んだらもう少し寝とけ」
リナの簡単な説明を聞いて、ノエルは申し訳なさそうに俯いた。
「すみません・・・僕また皆に迷惑を・・・あぎゃ!?」
ノエルの脳天に、リナの拳骨が炸裂した。
「ばか。迷惑でもなんでもねぇよ。第一、こんくらいで迷惑云々言うような繊細な神経してねぇっての」
「でも・・・」
「だぁ~!うるせぇなったく・・・」
リナはノエルの額をコツンと叩いた。
「こっちはお前に頼りっぱなしなんだ。たまには世話させろ」
その言葉に、ノエルはキョトンとした顔をした。
「頼り?・・・リナさんが・・・僕を?」
「当たり前だろ?つか、飯に家事にと、お前がいなきゃなんも成り立なかったしな。それに・・・俺の拳骨耐えられるくらいには・・・逞しくなってるしな」
ノエルは呆然とした。
ずっと頼ってばかりいたリナが、自分を頼りにしていたと言ってくれた。
そして自分が逞しくなってると言ってくれた。
思い起こせばリナはノエルを殴る事はなかった。
それはノエルを気遣ってのことなのだが、逆に言えばそれはノエルがそれに耐えられないという判断でもあった。
今の拳骨は、耐えられるだけ強くなったというリナから認められたという証だ。
ノエルは言葉と行動の意味を頭が理解すると、気持ちが高まり・・・。
「まあそれでもまだまだだからな。とりあえずもうちょい体力つくまで少し家事は・・・ノエル?」
リナはノエルの顔を見て驚いた。
ノエルの目から、涙が溢れていた。
「お、おいノエル!どうした!?体キツいのか!?それともさっきの拳骨か!?」
「違います・・・なんだか・・・なんだか・・・嬉しくって・・・」
リナ達の役に立ててた嬉しさ、リナが認めてくれた嬉しさ、それらが一気に押し寄せ、涙となって溢れていた。
「ばか・・・そんくらいで泣くなって・・・」
「リ~ナ~!あんたなにやってるの!?」
リナがビクッとして振り向くと、ノエル用の食事を持ったリムと、怒りの形相で立っているレオナがいた。
「あんたなに考えてんの!?病人に拳骨とかあり得ないでしょ!?」
「いや、あれはちゃんと加減した・・・てどこから見てたんだよお前!?」
「そんなことはどうでもいいの!熱出てる頭に拳骨なんて、これだからあんたはがさつなのよ!」
「んだとこのピーピー女!」
「何よピーピーって!?」
「ピーピーうるせぇからだよ!」
「あんただって似たようなものでしょ!?」
「たく姉さん達は・・・」
「まあ、リナの場合は照れ隠しもありますけどね」
「ライルさん、リーティアさん」
言い合うリナ達を見て、いつの間にかノエルの近くに来ていたライルとリーティアは苦笑する。
リーティアはノエルにニコッと笑うと額に手を当てる。
「やっぱり疲れだったみたいですね。今日はこのままゆっくり安静にしててください。あ、あとこれは薬です。食後に飲んでください」
リーティアはリムの持つ食事を乗せたトレイに黒い丸薬を3つ乗せた。
「ありがとうございます。心配かけてすみません」
「気にすんなって!普段散々働いてんだ!たまにゃあゆっくり休んでろ!それに照れてる姉さんなんて珍しいもん見れたしのぎゃは!?」
「てめぇなにいらねぇこと言ってんだよ!?」
ライルの顔面にリナの投げた金たらいがめり込んだ。
「あんた仮にも病人の部屋なんだからもっと静にしなさいよ!」
「お前の声の方がうるせぇ!!」
「ノエル!!元気になったか!?薬草足りるか!?」
「ライル様!しっかりしてください~!」
「もう・・・皆うるさすぎです」
口喧嘩するリナとレオナ、金たらいをくらいのびているライルを心配するリム、窓から様子を見に来たジャバに周りの騒がしさに苦笑するリーティア・・・ノエルはその光景に自然と笑みがこぼれた。
いや~日常編(?)みたいな話っていうのは書くのが結構難しいですね(~O~;)




