VS冥府の王
「貴様、その姿はなんだ?」
「あれ? どうしたの? 僕の顔になにか付いてるかな?」
タナトスは自身を見たギゼルの反応にクスクス笑う。
ギゼルが会った時は少年姿だったのに今のタナトスは青年のそれだ。
一度対峙した事のあるギゼルが疑問に困惑するのは無理もなかった。
「おいおっさん。 あいつがタナトスでいいんだよな?」
「それは間違いない。 どんなに姿が変わろうが、この悍しい感覚は忘れん。 しかし、なぜあんな姿に?」
「大方前リザ達にやられたのが原因だろうね。 単に前の体が使い物にならなくなっただけか、それとも遅いけど漸く本気になったかは知らないけどね」
ラミーアの考察により見抜かれ、折角ギゼル達の反応を楽しんでいたタナトスは小さく舌打ちをする。
「僕より先にネタバラしするなんて、空気の読めない猫だね」
「そいつは悪かったねタナトスの坊や。 っと、あんたなんか小僧でいいかね」
「本物の猫みたいにうるさいねラミーア。 ま、別にいいさ。 君の言う通り、今日の僕は本気だ。 光栄に思うんだね」
その言葉を裏付ける様に、タナトスが纏う魔力は少年姿の時と質が違う。
冷気とは違う冷たさ宿した重く暗い魔力。
まるで冥府の空気でも纏ってきたのかと思う様なそれに、ギゼルとイトスは身構える。
「いいね。 ちゃんと理解してるみたいだ。 そうこなくちゃ、わざわざ君達の知り合いをこの場に蘇らせずにいた甲斐がないよ」
今までのタナトスのやり方だと、必ず死者を使ってきていた。
それこそ先の戦いで死んだギゼルの配下の魔甲機兵団を蘇らせ、精神的に追い詰めていただろう。
「つまり、そんな事しなくても勝てるという事か。 見縊られたものだ」
「僕からしたらそっちが僕を見下し過ぎなんだよ。 まあ、今までのやり取りじゃそう思われても仕方ないけどね。 だからそろそろ本当に、君達を捻り潰してやるよ」
「そう簡単にいくかな?」
瞬間、地面からタイタンが姿を現しタナトスに拳を振るう。
大地を真っ二つにする程の威力の拳を、タナトスは見向きも出来ず直撃する。
「なんか裏でコソコソしてると思ったら、使い古しの陽動だね」
拳を受けたタナトスは微動だにせず、逆にタイタンの拳から鈍い音がした。
「四大精霊1の物理攻撃力って聞いてたけどこの程度か。 それとも主が悪くて弱体化した?」
「舐めんな!」
イトスは瞬時にイフリートとシルフィーを出すとタナトスに向かわせる。
イフリートの火炎とシルフィーの風が一体となり火炎の竜巻となってタナトスを包み込む。
更に鎌鼬まで発生し、高熱を帯びた風の刃がタナトスに襲いかかる。
「ぬるい炎だ」
タナトスの足元から青白い氷柱が飛び出し炎を消し飛ばす。
だが吹き飛んだ瞬間アンヌとタイタンがタナトスを攻撃する。
タナトスは防御するでもなく、まるで圧倒的な防御力を誇示する様に受ける。
「理解出来た? ただでさえ戦闘タイプじゃない君達が、今の僕に勝てるわけないだろ?」
そう言ってアンヌとタイタンの手を取るとその手を捻じりあげる。
タイタンの腕は折れ、アンヌは肩から左腕をもぎ取られる。
「アンヌ! 退け!」
アンヌが後方に退くとタイタンも姿を消す。
タナトスは追撃する様子もなくイトス達の様子をニヤニヤと見ている。
「さて、次はどうする? 光の精霊王でもぶつける? それともギゼル、君が来るかい? 体を改造したんだろう? それとも、ラミーアが相手してくれるのかな?」
「俺が相手してやるよ」
イトスが前に出ると、その背後に光の精霊王ジャンヌも姿を現す。
「精霊王様のご登場か。 まあそうだよね。 今の攻防で弱点らしい弱点も見つからなかったんだし、最大火力の精霊王をぶつけるのが一番有効だろうね。 実際通じるかは別だけど」
「話聞いてんのか? 俺が相手するって言ってるだろ?」
「君は戦えないだろ? 精霊達に助けてもらって漸く半人前の小僧なんだから」
挑発的に見下して笑うタナトスに対し、イトスはやれやれと首を振る。
「やっぱ死者の王ってのは脳みそも腐ってんのか?」
「なんだと?」
イトスが視線を送ると、ジャンヌは静かに頷く。
イトスは杖を前に出して意識を集中する。
「生命支えし大地よ我が鎧となれ」
「!? この詠唱は!?」
タナトスの顔色が変わる中イトスは詠唱を続ける。
「世界を跨ぐ疾風よ我が脚となれ
全てを受け止めし水流よ我が盾となれ
万象を灰燼と化す炎獄よ我が剣となれ
そして万物を照らす光の本流よ、我が兜となれ!」
詠唱が終わると同時に、隣にいたジャンヌと杖に宿る四大精霊が粒子となりイトスを包み込む。
そしてタイタンは鎧に、シルフィーは靴に、ウンディーネは盾に、イフリートは剣に、そしてジャンヌはフルフェイスの兜へと姿を変えた。
かつてエルモンドが行った精霊を纏うという規格外の術を、イトスはここに再現したのだ。
「これは、驚いたね。 まさか君如きがそんな事を出来るなんて」
「ルシフェルに徹底的にしごかれたんでな。 これで少しは焦ってくれるよな!?」
イトスは疾風の速さで突っ込むとイフリートの獄炎の剣を振り下ろす。
タナトスは初めて防御の体勢になりそれを受け止める。
先程のシルフィーとの合わせ技よりも高い高温の剣にタナトスの受け止めた手の表面が焼ける。
更にタイタンの怪力もプラスされ、脚が床に沈みだす。
「調子に乗るなよ」
タナトスは力を込めイトスを振り払おうとする。
するとイトスはすぐに剣を引っ込めタナトスをいなし、また別方向から斬りかかる。
深追いせずのヒットアンドアウェイにタナトスは目を細める。
確かに戦法としては悪くない。
相手の決め手がわからない状態で一気に攻めず、こうして少しずつ削るのは正しい戦法だ。
だがそれは普通の相手ならばの話だ。
タナトスはこの程度の傷ならすぐに治癒してしまう。
このまま消耗戦を続ければ確実にタナトスが勝つ。
そんな事はイトス達もわかっている筈だし、まずラミーアが止める。
かと言って何かの時間稼ぎかと勘ぐるがギゼルやラミーアが何かを準備している様には見えないし、他の伏兵の気配もない。
そしてもう一つ。
光の精霊王ジャンヌの兜の能力がわからない。
単純にジャンヌが加わった事で基本能力や攻撃力は上がるだろう。
恐らく今のイトスはクリスと戦った時より強い。
だが精霊王と呼ばれるジャンヌを纏って戦闘力が上がるだけなどあり得る訳がない。
タナトスはそれらの疑問に苛つき始める。
「どうした!? 冥府の王様は小僧一人に手も足も出ないのか!?」
「わかりやすい挑発だな。 でも、いい加減うざったいから乗ってやるよ!」
タナトスは蒼白い炎を手から出した。
イトスはウンディーネの盾でそれを防ぐが、ジューという音が鳴り盾が蒸発しそうになる。
「これはっ!?」
「君ごときに出すつもりは無かったんだけどね。 冥府の力の一端をたっぷり味わって死ね」
炎が勢いを増す中、イトスは兜の中でニヤリとする。
「やっぱ脳みそ腐ってたな!」
瞬間、イトスがいた位置に入れ替わる様にギゼルが現れる。
「なに!?」
「姿は変わっても性格は治らんらしいな愚か者が!」
ギゼルが右腕をかざすと炎が吸い込まれていく。
(炎を吸収!? いや、魔力そのものを!)
ギゼルはすかさず腕をかざすと、手の中央が光りだす。
「自慢の力、自分で味わうがいい!」
ギゼルの右腕で吸収した炎が一回り大きくなりタナトスの方へと放たれ、タナトスを飲み込んでいった。




