死神との賭け
レオナは警戒しながら砦の通路を進み続けた。
キュラミスがいた階と違い、特に装飾もない殺風景な通路に、てっきり死体でも大量に置いてあるのかと思っていたレオナは少し拍子抜けする。
これまでレオナが対峙したデスサイズの印象からするとその位しててもおかしくない。
そうでなくても、デスサイズはスケルトンだ。
その体は常に飢え、渇き、決して満たれる事のない呪われた体。
その為最もその者にとって大きな欲求を満たす為に行動する。
デスサイズの欲求は殺しの筈。
なら、その犠牲者が並んでいると思ったのだが。
そもそも、レオナは何故ラミーアがデスサイズを仲間に入れたのか疑問だった。
他の四人は今はどうであれ、少なくとも根本的には善人の要素が強かった。
だがデスサイズは正真正銘悪人。
一晩で千人も手に掛けた殺人鬼だ。
そんな男を何故ラミーアは仲間に加えたのか。
そしてデスサイズが何故それを受け入れたのか。
考えてみれば、初めて戦った時からデスサイズに対してずっと何か違和感の様なものを感じていた。
レオナの中でそれは膨らみ、ついに一度その事をラミーアにデスサイズの事を聞いたことがあった。
するとラミーアは「不器用過ぎてほっとけなかったのさ」と言うのみだった。
その言葉が意味するのは一体何なのか。
レオナは疑問に思いながらも、最後の扉を前に意識を切り替える。
確実にこの扉の向こうにいる。
そう感じたレオナは、扉を剣で切り裂いた。
「ヒャ〜ッハハッ! 派手な登場じゃねぇかレオナ!」
切り裂いた扉の向こうから既に聞き慣れてしまった笑い声が響く。
デスサイズは部屋の奥の椅子に頬杖を付きながら腰掛け機嫌良さそうにニヤニヤ笑っていた。
「最終決戦なんだし、少しはらしい演出しないとね」
「なんだよ、意外と余裕じゃねぇか。 もっと色々テンパってると思ったけどな」
「これでもそこそこ修羅場は潜ってるのよ。 ま、殺しが趣味のあんたには負けるだろうけど」
「ヒャハハッ! ちげぇねぇ!」
愉快そうにデスサイズが笑っていると、外から何か雄叫びの様な声が聞こえてくる。
その声にデスサイズは少し顔を曇らせた。
「バハムートのジジィが死にやがったか」
「ッ!? それ本当なの!?」
「ありゃ竜が死ぬ前に近くにいる同胞になにか伝える断末魔だ。 つまり、てめぇらの誰かがジジィに勝つか道連れにしたってこったろうな」
バハムートの担当はクロード達。
レオナは4人がバハムートを倒したのだと安堵しながらも、皆が無事でいてくれる事を祈った。
「まさかジジィが人に殺されるとはな。 どうせなら俺が殺りたかったってのによ」
また違和感が過る。
毒づきながら、デスサイズの言葉には一抹の寂しさが混じっている。
殺すという言葉の裏に何か別の感情を滲ませるデスサイズに、レオナはこの男の本質は別の所にあるのではないかと感じてしまう。
するとデスサイズはまた表情を戻し笑い始めた。
「しっかしこれでまた楽しみが増えたってもんだ! ジジィ殺る程の獲物が出てきたんだからなぁ! ヒャ〜ッハッハッ!」
「随分余裕ね。 あたしなんて眼中にないって事かしら?」
「まさか! 今はてめぇが一番興味あんだよ! 俺を惑わすなんて罪な女だぜ!」
「あんたは完全に趣味じゃないから安心しなさい」
「相変わらず釣れねぇなぁ! そこがいいんだがよ! んじゃ、てめぇが興味引きそうなもん見せてやるよ!」
そう言って、デスサイズは後ろの幕を切り裂いた。
瞬間、レオナは自分の時間が止まる様な感覚になった。
幕の裏から現れたそれは、レオナにとって諦めながらも、心のどこかでずっと求めていた存在だった。
「お母さん・・・」
見間違うはずが無かった。
それは正真正銘、自分の母親だった。
200年前、まだ幼かった為能力を暴走させ鉄の像となった自分と同じ鉄の像の姿となった、もう二度と会えないと思った母親の姿。
なぜそんな姿になっているのか?
なぜ母がここにいるのか?
様々な感情が交錯する中、レオナはそう呟くのがやっとだった。
「感動の親子の再会ってやつか? ヒャハハッ」
「あんた、一体どうしてお母さんを?」
「なに、俺は魔界で違反者ぶっ殺すのが仕事だったんだが、こいつは許しもなく地上の美術品を持ち込んだ馬鹿殺った時没収したもんだ」
デスサイズが母の像を頬を撫でると、レオナ
剣を手にデスサイズに斬りかかる。
デスサイズはそれを受け止めてニヤニヤ笑い出す。
「おいおい、さっきまでの余裕はどうした? まだ話の途中じゃねぇか?」
「うるさい! お母さんを返してもらうわ!」
力を込めようとするレオナを受け流すとデスサイズは母の像を抱え距離を取った。
「まあ待てって。 こいつは俺も気に入ってんだ。 このまま殺り合ったらこいつが傷付いちまうぜ?」
デスサイズの指摘にハッとしたレオナは追撃しようとした手を止めた。
「そうそうそれでいい。 安心しろよ。 俺もこいつがぶっ壊れんのは望んでねぇ」
「意外ね。 そういう物に興味ないんだと思ってたわ」
「ああ、興味ねぇよ。 ただこいつは違った。 見た瞬間目を奪われたね。 特にこの表情。 思わず癒やされちまう様な温かみがある。 信じられるか? この俺がだぞ!? 俺が温もり感じちまってんだ! たかが鉄の像なんぞによ!? 思わずディアブロに報酬としてねだつちまった! 以来100年こいつはずっと俺の元にある! こいつを見てる時だけ、俺は渇きを忘れられる気がしたんだ! 自分でも信じらんねぇよ! なんでこいつがそんなに俺を惹き付けんのかわからなかった! だがレオナ! てめぇと出会って漸くその疑問が解けた!」
デスサイズは母の像を腕を指差した。
「ここがよ、なんか不自然じゃねぇか? まるで抱き締めてたもんがスッポリ無くなってるような、そんな感じの空洞がありやがる」
「ッ!? まさか、そんな・・・」
「そうさ! こいつはてめぇが暴走した後、自分も像になったんだよ! 鉄の塊になっちまった娘をずっと守る為に! 寂しくないようにと抱き締めながら、こいつはこんな姿になったんだよ!」
何故母までそんな姿にと疑問に思っていたレオナは理由を理解し、同時にショックを受けた。
自分のせいで母にまであの孤独な地獄を味合わせてしまった。
しかもそれは今も続いている。
レオナは持っていた剣の柄を強く握り締めた。
「私のせいで、お母さんが・・・」
「そういうこった。 つまりこいつは愛情の塊みたいなもんだ。 俺は親の愛なんてもんは知らねぇが、こいつを見てると多分それが満たされんだろうな。 ま、どっかの馬鹿のせいでてめぇらは引き裂かれちまったわけだがな。 さてと、ここで本題だ」
デスサイズは母の像を持つと被害が出ない様に部屋の上部に投げた。
「ここで俺と賭けをしようじゃねぇか」
「賭け?」
「ああ。 もしてめぇが俺を殺せたらあれはてめぇに返してやるよ。 今のてめぇなら元に戻してやれんだろ? ただし、てめぇが負ければてめぇも俺のもんになれ。 安心しろ、体を好きにさせろとか言わねぇよ。 この体じゃ何も出来ねぇしな。 どうせなら親子セットの方が絵になるからな」
骨の刃を出し臨戦態勢に入ろうとするデスサイズに、レオナも静かに構える。
「何が賭けよ。 要するに欲しかったら力づくで奪い返せって事じゃない。 あたしは元から、そのつもりだっての!」
「ヒャハハッ! いいねぇ! ならおっ始めようじゃねぇか!!」
二人は同時に飛び出し、違いの獲物をぶつからせ火花を散らせた。




