辿り着いた境地
腹を貫かれたアルゼンは、直感的に悟った。
これはもう助からないと。
今まで何百という闘いを繰り返し、同時にほぼ同じ数だけ壊し、命を奪ってきたからこそわかる死の感覚。
それを散々相手に与えているからこそ、アルゼンは自分の体がもはや助からない事を確信した。
もしイトスレベルの回復術の使い手がこの場にいるのであればまだ希望もあるがそれもない。
鍛え抜いた肉体と技術で即死は免れたが、絶命するまで時間の問題だった。
キュラミスもそれは確信していた。
確実に急所を突き、もはや助からないと。
あっさり終わってしまったが、それも仕方ない。
寧ろ魔族の姿になったのはこの男への敬意を込めた行為。
その結果がこれなのだ。
少々物足りないが、役目を果たした事だし最後にこの男の顔を見てやろうとキュラミスは顔を上げた。
瞬間、キュラミスはアルゼンの顔を見てゾッとした。
アルゼンは、満面の笑みを浮かべている。
もはや助からないと自覚し、どの様な抵抗も無駄だと理解しているのにも関わらず、この男は尚笑っている。
まるで最高に楽しい瞬間を迎えられたかの様に。
それが不気味で、キュラミスは思わず手を抜き距離を取った。
「素晴らしい」
血を吐きながらアルゼンのちいさな呟きは、やがて大きな笑いへと変わっていく。
「何ということでしょう!? 我輩が死ぬ!? 致命の一撃を受けた!? 素晴らしい! なんという瞬間か! 先の大戦ではギエンフォード殿から敗北を知り、今回はこの様な致命の一撃を受けるとは! なんという素晴らしき技! しかもこれで命を守る為の動作は不要とした闘い方が出来る! ああ、最期にこの様な闘争に巡り会えるとはなんという幸運か!」
それは正真正銘の歓喜の笑い。
自分を殺せる程の強敵と出会えた事に対する心からの至福の叫び。
死への恐怖は勿論、先程まで弟子を心配という雑念の全てを消し去る程の喜びにアルゼンは大いに興奮した。
そのアルゼンの歓喜の表情に、キュラミスは異質な物を見る様な恐怖を感じた。
「おっとこれは失礼! 興奮してついはしゃいでしましました! 時間もない事ですし、我輩の最期のダンスに付き合って頂きましょうか!」
そう言うなり飛び出したアルゼンは先程よりも鋭い突きを放ってくる。
と言っても、魔族の姿になったキュラミスには余裕でかわされカウンターで手刀で貫こうとする。
アルゼンはそれを掠りながらギリギリでかわし更に追撃を加えてくる。
歓喜し雑念が消えた事で本来の動きを取り戻したアルゼンの怒涛の攻撃に逆にキュラミスは混乱する。
もはやアルゼンの死は決定事項。
どんなに足掻こうと意味は無く、勝てる可能性すらほとんどゼロだ。
なのに何故こんなに喜んでいるのか?
何故こんなに闘えるのか?
何故こんなに美しく舞えるのか?
キュラミスには何一つ理解出来なかった。
ただ言えるのはこの男はここで仕留めなければならない。
本来なら逃げ回るだけでアルゼンは勝手に死ぬ。
それだけの傷を与えたのだ。
だが今のこの男にそれをすれば自分が狩られる。
そう思わせるだけの気迫をアルゼンから感じ取っていた。
何より、ディアブロに四天王として選ばれた身で死にかけの人間相手に逃げを選択するなど美しくない。
キュラミスは確実にアルゼンを殺す為に攻勢を強める。
口から直接超音波を放ち、翼を鋭い刃に変え手刀と合わせて攻撃していく。
だがアルゼンは怯む事なく寧ろ更に喜びながら攻撃をしてくる。
防御はもはや不要と頭を潰す等即死しかねない攻撃以外はギリギリでかわし、少しでも攻撃の速度を上げようとしてくる。
勿論その間も傷は増えていく。
耳は千切れ、脇腹の一部が抉られ、超音波で内臓の損傷が悪化する。
だがそんな事は関係ない。
傷が増えれば増える程、キュラミスの攻撃が激しくなればなる程、アルゼンは歓喜した。
まだ先へ。
まだ先へ。
このまま戦い続ければ、今までの自分では辿り着けなかった境地に辿り着ける。
もっと、もっと闘いたい。
アルゼンは感覚がどんどん研ぎ澄まされていく中、ついにキュラミスの懐へと入り込み左右に6発、中央に一発掌底を叩き込んだ。
「七星流拳」
外部と内部の両方を破壊する掌底を7発同時に打ち込むアルゼンの切り札を喰らい、流石のキュラミスも吐血する。
が、キュラミスはニヤリと笑った。
「かかりましたわね」
キュラミスは翼の尖端でアルゼンの両肩を貫いた。
骨まで達する程深く刺され思わずアルゼンは顔を歪める。
(これは、ギエンフォード殿との時と同じ・・・)
かつてギエンフォードは始めから攻撃を受けるつもりでおり、アルゼンにわざとこの技を出させそれに耐え切りその隙を突き勝利した。
その時と同じ捨て身の行動をまさか格上のキュラミスが取るとは予想していなかったアルゼンは、自身の甘さに苦笑する。
「貴方の最期の攻撃、実に美しかったですわ。 その執念に敬意を評して、今度こそ一瞬で終わらせて差し上げますわ!」
キュラミスはアルゼンの頭目掛けて手刀を放った。
もはや防ぐ事も避ける事も出来ない。
両肩は貫かれダメージの蓄積が足に来ている。
ましてや、見切る事もほぼ出来ない速度だ。
(これまでか・・・)
アルゼンは自分の最期を悟った。
防ぐ事もかわす事も不可能。
相討ちの為の反撃も間に合わない。
実に楽しい闘いだったが、それももうお終い。
名残惜しいが、最期にこんな強者と闘えた事に満足した。
アルゼンは、敗北を受け入れた。
だがその瞬間、アルゼンは本能的に頭を下げた。
そしてキュラミスの手刀とは別の何かが頭の上を通り過ぎた。
「何呆けてんのよ馬鹿師匠!!?」
聞こえた声に上を見ると、下へ落とされた筈のリザがキュラミスの顔面に蹴りを入れていた。
キュラミスは突然の乱入者からの一撃でアルゼンを刺していた翼を外し後退った。
アルゼンは驚きながら、リザの方を見た。
リザの体はボロボロに傷付いていた。
深手と言える傷も少なくない。
だがここにいるという事は、下にいたキュラミスの人形達を倒してきたという事。
そして自分が本能的にリザの蹴りをかわしたという事。
呆然としながら、アルゼンは自分の内側から先程とは違う興奮を覚えた。
アルゼンは避ける価値のない攻撃は避けない。
ましてやもう死を受け入れ防御の事など頭にない状態だった。
なのに、自分はかわした。
本能的にかわせと体が反応した。
それはつまり、リザがアルゼンにとって驚異と言えるほどの強者へと成長した証だった。
「ふ、はははははははっ!!! なんとなんと!? この様な事が起こるとは!!」
アルゼンは心の底から嬉しかった。
いつもなら闘いに横槍を入れられ怒っただろう。
だがそれ以上に、今はリザの成長が嬉しかった。
何より優先してきた自分の闘いよりも、リザの成長がこんなに嬉しい。
アルゼンは自分が死にかけという事すら忘れ、声を上げて笑った。
「そんな事どうでもいいでしょ!? それより今は・・・」
「わかっていますとも。 弟子が成長を見せたのです。 師がこのまま終わっては、カッコ悪いですからな」
アルゼンの目に生気が戻り、拳に再び力を込める。
一方顔面を蹴られたキュラミスは、自身の顔を傷付けられた事に怒りを滲ませていた。
「ワタクシの、顔を、足蹴にするなんて。 どうなるかわかっているんでしょうね!!」
怒りに顔を歪ませ牙を剥き出しにするキュラミスはリザに向かっていく。
アルゼンはそんなリザの前に立ちキュラミスを迎え撃つ。
もう体は力が入らない。
放てて一撃。
それも効くかどうかわからない。
だがアルゼンの心は穏やかだった。
残る全ての力を拳一点に込め、静かに構える。
「技を借りますぞ、ギエンフォード殿」
キュラミスが迫る中、アルゼンは拳を放った。
一切無駄な力のない、綺麗な正拳。
一瞬その姿に見惚れたキュラミスの体を、その一発が貫いた。
なんの事はないただ残りの力の全てを込めただけの他愛もない正拳。
ただそれは、アルゼンが培った全ての武術の要訣が詰まった正拳でもあり、アルゼンが放った技の中で最も威力のあるものとなった。
貫いかれたキュラミスは最初信じられないという表情を見せるが、すぐに牙を剥き出しにしアルゼンの首に噛み付いた。
「こいつ、まだ!」
リザが止めようとするが、その前にキュラミスは笑みを浮かべて倒れた。
それに続く様に、アルゼンの体が崩れ落ちる。
「マスター!」
リザが駆け寄り上体を抱きかかえると、アルゼンは小さく笑った。
「いやはや、まさか最期の最期で、あの様な一撃を繰り出せるとは、本当に武術とは奥が深い」
いつもの様に話すアルゼンだが、その声には力がなく今にも消え入りそうだった。
「何こんな時までそんな事言ってるのよ!? 今手当するから黙ってなさい!」
「それ以上に、まさか貴方が我輩がかわす程の蹴りを繰り出せる様になるとは。 新たな境地と弟子の成長を同時に見られるとは、何たる幸運か」
「黙ってて! 今治すから!」
「惜しむらくは、今の貴女と闘えない事ですが、それ以上に、貴女の成長が・・・」
「闘えるから! 私が治して叩きのめしてあげるから! だから今は黙ってて!」
涙を滲ませ治療をするリザを見上げながら、アルゼンはキュラミスの指摘が正しかったと実感する。
自分が新たな境地に辿り着けた事よりも、キュラミスという強者と闘えた事よりも、アルゼンの心を満たしていたのはリザの成長だった。
戯れで拾い弟子にした少女の成長が、自分の想像を超えて成長したのが嬉しかった。
アルゼンはそれを見れただけで、満足だった。
「リザ」
アルゼンの声に、リザは涙に濡れた顔を向ける。
「貴女と出会えた事、心から感謝しましょう。 我が愛弟子よ」
「・・・私もです、マスター。 貴方と出会えて、よかった」
もはや手の施しようの無い事を悟り、リザは搾り出すように感謝を述べた。
アルゼンは笑うと、静かにその目を閉じた。
拳聖と呼ばれた男の心に最期に残ったのは、闘いの興奮ではなく、大切な者の心からの言葉だった。
 




