真の魔竜
クロードは旧五魔の話を聞いた時、ほんの小さな疑問を抱いた事がある。
それは旧五魔の移動手段だ。
太古のジャバウォックの様な巨人がいるのだから、世界各地を回るなら何か特別なものがあった筈だ。
自分達みたいにラクシャダの様な巨大な魔物を使役したのか?
またはラミーアの魔術技術によるものか?
これから戦う驚異の情報としては余り重要ではない本当に興味本位程度の疑問。
それが今解決した。
答えは目の前の巨大な竜。
真の魔竜バハムートだ。
竜が数頭入っても余裕のある程の砦を突き破って宙に浮かんでいく巨大さは、クロードのしるどの竜をも凌駕していた。
頭から尾まで単純に見積もって100メートル前後。
翼を広げた姿はよりその巨体を際立たせ、その全身は黒曜石を思わせる美しい黒い鱗で覆われ、頭部の2本の角はまるで王冠の様に荘厳だ。
何より人の姿の時の老人だった面影など欠片もなく、その覇気と魔力は実際のものより更にバハムートを大きく感じさせる。
巨大だと思っていたジャバ達よりも圧倒的に巨大な姿に、クロードは思わず笑いが込み上げる。
「なるほど。 これなら余裕で世界を回れる訳だ。 向こうのジャバウォックも余裕で乗れてしまう」
「そんな事言ってる場合じゃないと思うんですけど?」
「わかってるよリーティア。 ただ色々と納得してしまっただけだよ。 確かに、これじゃ人の姿をしてないと不便だ」
自分達の想像を超えるスケールの存在である魔竜バハムート。
これなら同族に神扱いされるのも頷ける。
先程腹を貫かれながらも平然としていたのも、彼にとってはただの掠り傷程度の感覚なのだろう。
「これは、ある意味一番ハズレくじ引いたかもね私達は」
「でも、退く選択はないんでしょう」
自分が戦う事を選ぶと確信しているリーティアに、クロードは苦笑いしながら頷いた。
「全く、竜の異名を持つ者は損な役割をする運命なのかな」
魔力を高めて再び火竜の装束を纏う。
あの巨体にどこまで通じるかわからないが、それが抗う事を止める理由にはならない。
「損な役割も、ここまでの相手なら楽しめるというものだ。 竜の神の相手など、そうそう出来るものではないからな」
カイザルとジークの雷撃を纏い、珍しく好戦的に笑む。
開き直りにも似た覚悟に満ちた笑みに、クロードは頼もしさを感じた。
「ヒャ〜ハッハッハッ! いいじゃねぇか!! 神殺しなんて血が滾るじゃねぇか!! 俺が切り裂いてやるよ!!!」
闘志をむき出しにしガルジが翼を広げ飛び立つと、クロード達もそれに続いた。
クロードとリーティアはバハムートの周囲に火球を作り出し一斉に熱線を降り注がせる。
その隙間を縫いながらカイザルとガルジは高速で飛び、バハムートの体に爪とランスで攻撃を加えていく。
だがその全ては弾かれ、鱗に傷すら付ける事が出来ない。
クロードは熱線をリーティアに任せ、自身もバハムートに直接攻撃を加えようと炎の爪を形成する。
「暴竜爪!!」
鉄すら蒸発する1500度の斬撃がバハムート首に炸裂する。
だがそれですらバハムートの鱗はビクともしなかった。
「一体どんな構造してるんだか」
全員の波状攻撃ですらビクともしないバハムートにクロードは必死に対抗策を考える。
この体躯と防御力では普通なら勝てる相手はいない。
しかし太古のジャバウォックはバハムートが石化して眠りに付かなければならない程のダメージを与える事に成功している。
つまり無敵ではない。
そもそも無敵なら、ディアブロと組まず最初からアーミラを奪う為に動いた筈。
何か打開策がある筈だ。
クロードはそう考え思考を巡らせていると、バハムートの言葉を思い出す。
(つまらぬ屁理屈や小細工の様な能力すら蹴散らす純粋な力。 それこそ我等五魔が最強と言われた理由じゃ)
「(結局、それしかないのか)リーティア! カイザル君! ガルジ君!」
クロードの声に全員が反応し、その周辺に集結する。
「バハムートの体にはちょっとのそっとの攻撃じゃ効かない! やるなら一点集中! 私達の最高威力の技を一箇所に打ち込む!」
クロードの提案に、珍しく我の強いガルジが反発せず逆に愉快そうに口角を上げた。
「いいじゃねぇか!! そういう単純な方が俺好みだ! てめぇらと同時にってのが癪だがノッてやるよ!!」
「どの道それしか手が無いなら、やるしかないな。 ジーク!!」
ジークが雄叫びを上げると再び雷撃のブレスを放ちカイザルのランスに纏わせ、ガルジも口に魔力を溜めてブレスの準備を始める。
クロードもリーティアと共に魔力を高め、先程人型のバハムートを貫いた時よりも貫通力の増した熱線を生み出そうとする。
「喰らいやがれ!!」
「雷槍竜牙!!!」
「「フレアランス・螺旋!!!」」
それぞれの最高威力の攻撃が放たれ、それはバハムートの眉間へと届いた。
「このまま一気に押し切る!!!」
5人は更に勢いを増し、バハムートを押し切ろうとする。
すると今まで無抵抗で受け続けたバハムートは、静かに目を見開き咆哮を上げた。
バハムートの咆哮がそれぞれの攻撃をかき消し、5人を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた5人はなんとか空中で大勢を整えると、静で深い声が周囲に響き出す。
『久し振りに“敵”に会えた。 それだけに惜しい。 お主らがもう少し成長しておれば、もっとまともな戦いになっただろうに』
そう言うとバハムートは口に魔力が溜め始める。
『儂にこの姿を取らせた褒美じゃ。 真の竜の息吹を喰らわせてやろう』
瞬時にその危険性を察知した5人は回避行動を取った。
それが5人の明暗を分けた。
バハムートから放たれたブレスはその余波だけで5人を吹き飛ばし、体を焼き、砕いた。
骨や鱗を砕き、表面の皮膚が焼ける。
あまりの衝撃で5人は受け身も取れずに地面へと落下していった。
全身に痛みを感じながら、地面に落ちたクロードは自分の目を疑った。
自分達が避けたブレスは遠くの山に直撃し、跡形も無く消し飛ばした。
桁外れだった。
自分の理解を超える圧倒的な力。
バハムートの発言は偽りではなかったのだと、本能的に理解した。
地面に落下したクロードは他の皆を見た。
リーティアの最高硬度の鎧は砕け腕が消し飛んでいる。
自分を庇う為に限界まで熱線で威力を軽減しようとしてくれたのだろう。
カイザルは腕の形から右腕が折れており、傷口が出血しない程に焼けただれている。
ジークはカイザルを庇ったのか鱗が砕け大量の血が流れている。
一番防御力のある筈であるガルジも、虫の息と言える程に全身ボロボロだった。
クロードは自分の体を確認する。
リーティアが庇ってくれたお陰で恐らくこの中では一番軽傷だ。
それでも左腕と肋骨が何本か折れている。
不幸中の幸いが風圧による裂けた皮膚がブレスの熱で焼け、それが止血の役目を果たした事。
酷い怪我であるのは変わらないが、山が消し飛んだ光景を見た後では本当に幸運だったと思えてしまう。
『なんと。 全員生きておったか』
自分達を見下ろすバハムートが意外そうに声を上げた。
『儂のブレスで原型を保ち尚かつ死なぬか。 儂らに力が近い証だが、それが今は苦しみを長引かせるだけとは、なんとも皮肉なことよ』
哀れみを込めた様に話すバハムートは、周囲に夥しい数の火球と雷球を出現させる。
これが竜の神。
これが真の魔竜。
宙に浮かぶバハムートの姿は、まさに髪のそれだった。
「これは、勝てないか」
クロードは立ち上がり上を見上げてポツリと呟いた。
五魔の魔竜バハムートとしてリナ達とあらゆる敵と戦ってきた。
苦しい戦いも何度もあった。
だがこの相手はそのどれも超えている。
もはや、五魔の魔竜としての自分では勝てない。
「リーティア、立てるかい?」
クロードの声に、リーティアはなんとか立ち上がる。
「あれを、使うの?」
「ああ。 それしかもう手はない」
リーティアはクロードの覚悟を感じ、体内の収納スペースから一本の巻物を出した。
クロードはそれを右手で受け取ると、霧の里で大爺に言われた事を思い出す。
あれは、ヤオヨロズからプラネに帰る前日だった。
大爺に呼ばれた里の中心にある御堂やってきたクロードはその巻物を受け取った。
「これは?」
「我ら霧の里の長が代々受け継ぐ者じゃ」
「大爺様、私は・・・」
「わかっておる。 まあ聞け」
大爺はクロードを制すると御堂に鎮座する巨大な仏像を見た。
「これは人傀儡を編み出した初代サイゾウの奥方。 つまり最初の人傀儡となった女性じゃ。 元々は人の大きさであったが、初代サイゾウの死期を悟った奥方が、サイゾウが死した後も里を見守りたいと願い出てこの姿となったという。 初代サイゾウはその願いを聞き、彼女をこの姿へと変えた。 以来初代サイゾウが死に動かなくなってしまった今でも、彼女は守り神としてこの里を見守ってくれておる。 歴代の長は彼女の中にその力、お主達にわかりやすく言えば魔力を代々貯め続けていった。 無論、儂やお主の父もな。 そして里が危機を迎えた時、再びその力を振るう」
そして大爺は巻物を指差した。
「その巻物は長が彼女を呼び出す時に使う物。 しかし、その力の強大さ故長以外が使う事が出来ぬ様に呪がかけられておる。 お主が長を継がぬのはわかっておる。 しかしもし、お主が全てを捨ててでも勝ちたいと決意したその時は、彼女の力を借りるといい。 もっとも、そんな相手が出てこん事を願うがな」
大爺はそう言って微笑んだ。
「バハムート。 魔竜としては私の完敗だ。 その名は貴方に返そう。 しかし、この戦いだけは譲れない!」
クロードは巻物を広げ、その名を口にした。
「16代目サイゾウの名において命ずる。 いでよ。 忍びの神・摩利支天」




