ライルVSヒュペリオス1
拳同士がぶつかった瞬間、ヒュペリオスはその拳を軸に体を回転させライルの後頭部に膝蹴りを放つ。
ライルはそれを左の拳で防いだ。
ヒュペリオスは追撃が来ると思い敢えて弾かれる形で距離を取る。
だがライルは追撃せず落ち着いてヒュペリオスの動きを見極めようと構える。
既に2撃拳を当てた手応えでわかったが、やはりヒュペリオスにかつての方法は通じない。
内部に送る衝撃を完全に内功で防がれている。
更に、ラバトゥの時と違いヒュペリオスは怒ってこそいるが冷静だ。
深追いせず、侮らず、こちらの様子を伺い一気に襲いかかる隙を狙っている。
まるで獲物を狩る野生動物の様に。
この手の相手が一番厄介だと、ライルは内心愚痴いた。
今までの格上同様自分を侮ってくれた方がどれだけ楽か。
ヒュペリオスにはその侮りはもはや一切無く、寧ろ警戒すべき相手として認知されてしまった。
(こりゃぁ、やべぇかもな)
ライルは決して弱くはない。
寧ろこの僅かな攻防でヒュペリオス相手に生きていられるのは間違いなく強者の部類だ。
だがリナ達の中にいれば弱者の部類となってしまう。
だからライルは自分を強いとは思った事はない。
寧ろ足手まといにならぬ様に必死にやってきた。
その結果、ライルの感覚は相手の強さを敏感に感じ取り、自分と比較する癖が無意識に備わってしまっていた。
相手が自分より強い時どうすれば倒せるか?
どうすれば役目を果たせるか?
どうすれば仲間の負担にならないかを考える。
絶対に負けられない。
リナ達の足手まといになりたくない。
自分が負ければジャバ達の負担になる。
焦りからそんな思いが次々と浮かび上がる中、突破口を探そうと観察する。
が、それは長くは続かなかった。
「いつまで止まっている?」
ライルは眼前に近付いてきたヒュペリオスに反応しその攻撃を避ける。
頬を掠めた手刀を横凪に振るうヒュペリオスにライルは避けながら拳を腹に叩き込む。
「効かんと言っているだろうが!?」
ヒュペリオスの鋭い蹴りがライル胸を掠め鮮血が飛び散る。
一撃でもまともに喰らえば致命傷になりかねない攻撃の中、避けながら必死に突破口を探す。
だがそんな隙等ある筈も無く、細かい傷が増えていきライルの体を削った。
「だぁ〜!! めんどくせぇ!!」
突然叫んだライルに、ヒュペリオスは少し驚き攻撃の手を止める。
「ここんとこ足止めだなんだと色々考えてやってたが、うだうだ考えんのはもう止めだ! 俺らしくねぇ! てめぇをぶちのめしゃそれでいい!」
初めて自分から攻勢に出たライルは反応が遅れたヒュペリオスの頭を掴むと顎にめがけて膝蹴りを浴びせる。
モロに喰らったヒュペリオスに、ライルは拳の連撃を叩き込む。
「オラオラオラオラ〜!! くたばれ蛇野郎!!」
ヒュペリオスは何発も拳を叩き込まれ、体を後退させる。
が、不意にニヤリと笑みを浮かべた。
「安心したぞ」
瞬間、ライルの顔面にヒュペリオスの拳が叩き込まれた。
骨がミシッという音が脳に響き、ライルは横っ飛びに吹き飛ばされる。
「先の大戦から温い攻めばかりで少々ガッカリしていたが、そうこなくてはな。 ラバトゥで無謀に挑んできたき様にこそ俺と戦う価値がある」
吹き飛ばされながらもライルは起き上がり、血を地面に吐き捨てた。
「そうかよ。 んじゃ悪かったな。 こっからが俺の本番よ」
「それでいい。 頭を使った小賢しい闘いなど俺達には不要。 ただ本能のままに闘い強者を決めればいい」
「そこだけは気が合うな。 俺もそっちのが性に合う。 ならよ、俺が勝ったらやっぱてめぇは空っぽの蛇野郎って事だな」
「いいだろう。 なら俺が勝てば、貴様は戯言ばかりのゴミになるという事だな!」
ヒュペリオスの攻撃をライルは真っ向から受けてたった。
拳同士がぶつかり傷が出来るが、以前の様に拳が効かなくなっているヒュペリオスに、徐々に押され始める。
腹に拳を叩き込まれ、くの字になった所を肘鉄で追撃される。
「がっ!?」
「どうした!? あれだけ大口を叩きながらこの程度か!?」
ヒュペリオスの猛攻が続く中、ライルは応戦しながらある光景が浮かんだ。
それはアルゼンに認められ正式に鍛えてもらえる様になった初日の事だった。
「さて、まず貴殿を強くするのに必要なものを試させていただきましょうか」
アルゼンは巨大な鉄板をライルの前に置いた。
鉄板はレンガの様に分厚く、剣は勿論槍などの武器でも貫くのは不可能だ。
「さて、これをご自慢の拳でぶち抜いていただきましょうか」
「はぁ!? これをかよ!?」
「まあまあ、まずやってみてはいかがですかな?」
ライル渋々構えると、意識を集中し拳を鉄板に打ち込んだ。
すると貫けはしないものの、鉄板は大きく窪んだ。
「ってぇ〜!!?」
「ふむ、ぶつくさ言いながらも流石ですな。 しかし、やはり威力不足は否めませんな。 仮にもライル殿が戦う相手は、かつてラバトゥの武神と呼ばれた八武衆のテン殿の手刀ですら貫けなかった強度の持ち主。 この位の鉄板位軽々と貫いてもらいませんとな」
「こんなもん姉さんとかじゃなきゃ無理だろがよ!?」
アルゼンはチッチッチッと指を振ると、ライルとは別の場所に正拳を鉄板に放った。
すると鉄板に綺麗な拳大の穴が空いた。
「マジかよ!?」
「故人曰く、手っ取り早く強くなりたければ、蹴りを突き並に起用にするか、突きを蹴り並に強くするかのどちらかだそうです。 ライル殿は後者が適しているでしょうな」
「突きを蹴り並に?」
「左様。 足は腕の3倍は筋力があると言います。 となれば、単純に考えても蹴り並に突きを強化すれば今までの3倍の威力となるわけです」
「でもよぉ、足並っつったってどうすりゃいいんだよ? 筋トレとかこいつ殴りまくるとか単純な事でどうにかなるわけじゃねぇだろ?」
「いえ、やること自体はそれと変わりません。 単純な反復練習程確実に力を増すものはありませんからな。 しかし、少々工夫はしますがね」
そう言ってアルゼンは愉快そうにライルにとって不吉な笑みを浮かべた。
(試してみっか)
ライルはアルゼンに教えられた事を思い出しヒュペリオスに猛攻を仕掛ける。
ヒュペリオスは鱗を攻撃された場所に出しながらそれを防ぎ、内功で内部へ衝撃が来ない様に防御する。
「無駄だと言っているだろうが!」
ヒュペリオスはライルの頭部に向かって手を伸ばし握り潰そうとする。
ライルは頭が掴まれるより早く、再びヒュペリオスの腹へと腕を振るった。
「何度言えばわかる!? それはもう効かな・・・・ッ!?」
ライルの攻撃が当たった瞬間、ヒュペリオスに痛みが走る。
それはかつての殴られた時の痛みとは異なり、貫かれた様な痛みだった。
ヒュペリオスはライルに蹴りを浴びせてその体を引き剥がす。
息を詰まらせながらも倒れずにいるライルの指先に血がついている。
「なるほど、貫き手か」
貫き手は普通の突きに比べ指先に力を集中する為その威力は通常の拳より当然上がる。
だがそれでも自分の鱗を貫き、浅いながら傷を付ける事は難しい筈。
ヒュペリオスの本能が警鐘を鳴らす。
あの貫き手はマズイと。
ヒュペリオスはライルが再び攻勢に出る前に追撃に打って出た。
それに対し、ダメージを負いながらライルは笑みを浮かべる。
ヒュペリオスに通じる手段を見つけた。
なら、後は自分に出来る全てをつかってガムシャラに戦うだけだ。
ヒュペリオスが攻撃を仕掛けるが、ライルはそれをかわして再び拳を見舞う。
ヒュペリオスは鱗を出さず柳の型でかわす。
もはやライルの拳を受けるのは危険と判断して避けに撤する。
だがそれもメロウと戦ったライルには十分感知できるものだった。
ライルはかわされた方向へと蹴りを放つ。
位置をすぐに気取られたヒュペリオスだが蹴りならばと鱗を出現させ受けようとする。
だがライルの蹴りは急に軌道を変え、鱗のない箇所に食い込む。
「カッ!?」
苦悶の表情を浮かべるヒュペリオスを見て、ライルはアルゼンの「どうせ習得するなら、突き並に器用な蹴りもしちゃいましょう」という無茶ぶりに感謝する。
本来砂を使う貫き手の特訓を鉄板で行った後リナの重力付きの重りを付けてのあらゆる角度への蹴りの特訓。
そしてアルゼンやその弟子であるリザ達との組手。
ギエンフォードのそれを遥かに超える過酷な特訓に何度もアルゼンを恨んだが、そのお陰で漸く自分はこの化け物と張り合える。
ライルは貫き手と拳を織り交ぜ、更に防御箇所の薄い場所に蹴りを入れる。
ヒュペリオスはそんなライルの猛攻に明らかに押されていく。
このまま行けば勝てる。
だが、ライルは違和感を感じ距離を取った。
急に止んだ猛攻に、ヒュペリオスは警戒する。
「貴様、なんの真似だ?」
「なあ、てめぇは変身しねぇのか?」
ライルの指摘にヒュペリオスはピクリと反応する。
ベルフェゴールと戦ったオメガの報告で、少なくとも四天王クラスの魔族は人の姿と魔族の姿を持つ事がわかっている。
だがヒュペリオスは鱗を出しはするがそれは変身という程ではなかった。
四天王最弱だったベルフェゴールですら持っていた変身形態を、ヒュペリオスが持っていないとは考えられにくい。
しかし劣勢にも関わらずヒュペリオスは変身する素振りすら見せなかった。
「てめぇよ、まさか散々強さがどうのこうの言っといて全力出さねぇでいるつもりじゃねぇよな?」
「そんなつもりは毛頭ない。 だがな、俺は魔族の姿になる気はない」
そう言うと、指先から紫色の液体を垂らした。
すると地面の一部がジュゥと音を立てて溶けた。
「俺の力の根本は毒だ。 あらゆるものを腐食させ、溶かし、蝕む。 だがこの力は俺の惚れこんだ武術にとっては邪道も良い所だ。 だから俺はこんなものを使わず武術のみで貴様を殺す。 それが地上の武術家達への俺からの敬意でもある」
鍛え抜いた技でもなく、ただ相手を無条件に蝕む毒。
それは肉体と鍛錬のみで強さを確立してきた武術にとって侮辱とも言っていい力だとヒュペリオスは感じていた。
だからこそ、毒は使わずずっと人型のまま戦い続ける事を誓ったのだ。
それが、ヒュペリオスが武術を扱う上で自分に課した枷でもあった。
「・・・・っざっけんじゃねぇ!!」
そんなヒュペリオスの真意を聞き、ライルは怒声を浴びせる。
「んなもん気にしてやがったのかてめぇは!? だからてめぇは空っぽだっつったんだよ!?」
「貴様! 俺の覚悟を侮辱するか!?」
「んなもん覚悟でもなんでもねぇ! んじゃ何か!? てめぇの理屈通りで言えば体がデケェ奴は小さくなれってか!? 手や足が多い野郎は手をぶち切って2本にしろって話か!?」
「何を分けのわからんことを!」
「てめぇの毒はてめぇが産まれた時からあるもんだろが!? そいつを使うののどこが邪道なんだよ!? 自分の体に最初からあるもん使うのの何が悪いんだよ!?」
ハッとするヒュペリオスに、ライルは更に続けた。
「俺はアルゼンのおっさんみたいな武術家じゃねぇけどよ、武術ってのは自分の体をどんだけ上手く使えって戦うかっての極めたもんだろが! それをしねぇで何が敬意だ!? 結局てめぇは上辺だけで本質わかってねぇ半端野郎なんだよ!!」
ライルの言葉でヒュペリオスは理解してしまった。
自分がいかに武術の表面的な側面しか見てこなかったかを。
武術は弱者が強者を倒す為のもの。
その本質はいかに自分の体を上手く使い、相手を上回る力を出すか。
ヒュペリオスにはそこが見えていなかった。
そうなれば自分が武術家達へ敬意を示していたと思っていた事は、中途半端に手加減したという侮辱に過ぎない。
全力で己の全てを出し切る事こそ、武術家への、そして戦士への最大の敬意なのだ。
だからライルは怒ったのだ。
自分が全力を出しているにも関わらずつまらない理由で力を出し惜しんでいるヒュペリオスに。
「・・・なぜだ?」
「あ?」
「なぜ俺にそんな事を言う? 人型のままならば、貴様にとって優位な筈。 それもこの戦いは負けられないものなのだろう? ならばなぜ自分に不利になるような事を言う?」
「知るかよ! ただ俺は舐めた態度取ってるてめぇが気に入らねぇだけだ! それによ、てめぇが強くなろうが俺が勝てばいいだけだろうがよ!」
馬鹿だとヒュペリオスは思った。
この大一番で、負ければ地上の命運を左右しかねない大戦の中でこんな事を言うライルは正真正銘の馬鹿だと。
だがそれは、つまらない思い違いで力を出さなかった自分も同様だと思い、思わず小気味良さを感じてしまう。
同時に、ヒュペリオスの体から魔力が溢れ出す。
「非礼を詫びよう。 そして礼を言うぞ、ライル」
ヒュペリオスは異音を立てながら、その姿を変えていく。
全身に紫の鱗が現れ始め、両脚は融合し、両手の爪が鋭くなる。
頭部の骨格も変わり始め、瞳が爬虫類のそれへと変化する。
「貴様のお陰でいかに自分が思い違いをしていたか漸く理解出来た。 その返礼として見せてやろう。 蛇王ヒュペリオスの真の力を」
そう言い、圧倒的な威圧感と共にそれは姿を現した。
蛇の尾の様な下半身に鋭く尖った爪と牙。
その爪の先から滴る毒は地面に落ちる度に地面を溶かしその危険性を表している。
強固な鱗に覆われ、あらゆるものを睨み殺す様な黄色い爬虫類の瞳を持つ蛇神。
これがヒュペリオスの真の姿だった。




