各地での奮戦
戦場が激化する中、結界を形成する砦の1つを目指しその集団は進軍していた。
「おらぁ!!」
「ライトニングフィスト!」
ヴォルフの鋭い爪とオメガの雷光の拳が魔族達と屍の兵達を蹴散らしていき、それに続く様に獣王親衛隊と魔甲機兵団が進軍していく。
その集団の中でイトスとギゼル、ラミーアの三人が共に進んでいた。
「たくよぉ! ここに戦力集中し過ぎじゃねぇか!? 俺はオヤジの方に行きたかったってのによ!」
「文句を言うな。 ここにはラミーアがいる。 奴がやられればこちらとしては大きな痛手となる」
「そりゃわかってるけどよぉ!」
「やれやれ、意外と文句の多い男だね」
横からすり抜け魔族に刃を奮った老婆、アメルダはやれやれと首を横に振る。
ヴォルフ達が引き入れたメロウの古巣である暗殺者ギルドの者達も、獣王親衛隊に混ざり共に進軍していた。
集められた精鋭の暗殺者達は白兵戦でもその力を発揮して、ヴォルフ達の進軍を助けていた。
「今は愚痴より手を動かす。 他の連中は割り切ってんのに、あんたは色々雑念が多いよ」
「俺だって割り切ってるっての! ただ、アイツが暴れてる姿見るとやっぱ過剰戦力じゃねぇかって思っちまうんだよ」
「まあ、そこは否定しないがね」
アメルダも見上げると、上空で天翼族を率いて暴れるルシフェルの姿があった。
多数の魔族や屍兵を相手にしながら息一つ乱さず、まるで退屈な作業をこなすかのように次々と倒していく。
強者が集うこの戦場で、やはりルシフェルは別格な存在だった。
「貴様ら何をしている? 私が地上でこ我が君の護衛を任せているのだ。 余所見などせず命懸けで御守りしろ」
下からの視線に気付き睨みを利かすルシフェルに、ヴォルフ達は戦闘に戻る。
「任せるか。 随分らしくない台詞を吐くようになったではないか」
ルシフェルは言葉に反応するなり背後から飛んできた矢を片手で掴む。
同時にルシフェルの周りを背中に6枚の羽を持つ天翼族が姿を現した。
「四大天使。 なるほど。 ミカエルで敵わないと見て残りの大天使全員を復活させたかタナトス」
四大天使とは大天使長ミカエルに次ぐ実力者であるウリエル、サリエル、ラファエル、ガブリエルの四人の称号である。
各々各分野で天界を支え、最期はミイラ化するまで魔力を使い切り天界を守ろうとした天界の守護者達だ。
冷静に振る舞うルシフェルだったが、再び同胞を利用されている怒りから掴んだ矢をへし折った。
「なんだ。 大して驚いてくれないとは。 せっかく復活したというのにつまらん奴だ」
「それはこちらの台詞だウリエル。 少なくとも私の知る貴様は、こんな姑息な不意打ちをする様な奴ではなかった」
「言ってくれるではないか。 だがまあいい。 四人がかりで貴様を迎え撃つ時点で、かつての俺達からすれば十分姑息だしな」
ウリエルが手に持つ弓矢を構えながら浮かべる笑みは、ルシフェルが知るものより歪んでいた。
かつてのウリエルは快活で、その広い視野からミカエルの補佐を任される程だった。
他の3人もそうだ。
サリエルは天界の裁判官だったが、公正ながら法に縛られない柔軟な判決をする事で罪を犯した者が再起しやすくする様配慮する情け深い男だった。
ラファエルは芸術家肌でそのバイオリンの音色は天界をいつも盛り上げ、心を満たしていた。
ガブリエルは天翼族の軍を指揮する将軍で、豪放磊落で正々堂々を旨とした気持ちのいい男だった。
それが今では全員にかつての面影はなく、ウリエル同様に歪んだ表情でルシフェルを狩ろうとそれぞれの獲物を構えている。
「タナトスは余程芸がない男と見える。 ミカエルで敵わなかったというのに、貴様達4人を出した所で私が精神的に動揺するとでも思っているのか」
「そっちは俺達が死んでる間に随分考えが甘くなったな」
「なんだと?」
「お前達はタナトスを怒らせ過ぎたってことだよ」
その言葉に何かに勘付いたルシフェルはプラネの方を向き舌打ちをした。
ノエル達が出撃したプラネは混乱していた。
死者の軍勢が大挙を成して迫ってきているという報告が入り、それは既に肉眼で確認出来るレベルにまで近づいて来ていた。
その上プラネだけではない。
ラバトゥ、ルシス、ヤオロヨズと、プラネと組んだ大国全てに同様の軍が迫ってきているという知らせが舞い込んできている。
主戦力となる人材の殆どが出払っている状態の各国は、その軍勢を前にどうすればいいか混乱する他なかった。
「ハハハハハ! 戦場がここだけと誰が言った!? タナトスは先の大戦でお前達にやられたのがかなり屈辱だったらしくてな! まずお前達の帰る場所を奪う事にしたのだ! お前達はどうする事も出来ずに大切な故郷が滅びるのを見ながら死んでいくしかないのだ!」
勝ち誇った様に笑うウリエル達に、ルシフェルはギリと歯ぎしりする。
「これは、ディアブロの差し金か?」
「いや、タナトスの独断だ。 生贄目当てのディアブロに話せば止められるだろうからな」
その言葉を聞き、ルシフェルは口角を上げた。
「安心した。 奴のみの計画ならば、私が奴を倒せば事足りる」
「なんだと?」
「それに、あまりこちらを舐めないでもらおうか? タナトス如きに裏をかかれるほど、地上の民は愚かではないのでな」
プラネに迫る死者の軍勢だったが、突如その前に巨大な壁が出現し動きを止めた。
その壁の上から、一人の陰陽師が見下ろしている。
「んん〜、これはこれは。 世紀の大戦に行けず留守役を任された時はガッカリしましたが、この軍勢相手ならば退屈はしなさそうですな」
巨大ぬりかべ太郎丸を出現させたセキメイは愉快そうに下の死者の軍勢を見下ろしている。
その姿に後ろにいるシンゲンは呆れた様に肩をすくめる。
「全く、お主のその神経は頭が下がるわ」
「ふふふ、そう仰らずに。 それにシンゲン殿に采配を奮ってもらわねば流石に我が盟友達でも少々苦しいですのでね。 療養中に申し訳ありませんが、頑張っていただかないと」
「ま、他の連中も気張っとる中寝てたら、わしかっこ悪いしのぉ」
そう言うシンゲンは手元にある通信用の水晶を見た。
ラバトゥ国境前、一人の坊主が残った兵達の先頭に立ち達死者の軍勢を迎え打とうとしていた。
「決戦の最中こちらを狙うとは、敵もなかなかやりおる」
八武衆でアシュラに次ぐ実力者だったテンは静かに闘志を燃やし敵軍を見据える。
その後ろにアクナディンから王の座を引き継いだ現ラバトゥ王ファクラが心配そうにテンの頭の怪我を見ている。
「すまない。 本来ならその状態で戦わせるわけにはいかなかったのだが」
テンは先の魔族によるラバトゥ侵攻の時、魔族四天王ヒュペリオスにより頭部を負傷。
一命を取り留めたものの戦闘に参加する事はもう出来ないと言われほぼ引退状態だった。
「いや、国の危機とあれば立ち上がるのは元八武衆として当然の責務。 それにアシュラ達が命を懸けて戦っているというのに拙僧だけ何も出来ぬというのは情けない話なのでな」
そう言うとテンは敵に向けいつもの合掌の構えを取った。
「王は下がり民へ指示を。 ここは拙僧達が食い止めますので」
「わかった。 武運を祈ろう」
ファクラが下がると、テンは静かに闘志を燃やす。
「さあ死者の兵達よ。 武王が鍛えしラバトゥ軍の底力、見よや!!」
テンを先頭に、ラバトゥの軍は死者の軍へと突撃していった。
ルシス国境前では、死者の軍は結界に阻まれていた。
「全く、私につまらん役割をやられよって」
そう愚痴るのはアルビア王宮魔術師長サルダージ。
彼はマークスの指示によりルシスの守備をする為にこの場へとやってきていた。
「今度こそエルモンドへ私こそが上だと見せつける絶好の機会だというのにあの若作りエルフが」
「まあまあ。 あの賢王に貸しを作れると思えばいいじゃないですか」
アルビア軍の隊長セクノアがそう宥めるとサルダージは不満そうにふんと鼻を鳴らした。
「それも連中が向こうに勝たねば意味がない。 ああ、こんな大事な局面を連中に任せねばならないとは、なんともいう不幸か」
「でもそれが一番確率が高いと思うからこうしてここに来たわけでしょ?」
「本当にお前は遠慮もなくズケズケと言うね」
「だから心読める貴方におべっか使う方が不敬でしょう? お陰で最近貴方のお付きみたいな仕事ばかりですよ」
「お付きならフケ顔でなくもう少し私に相応しい見た目の者が好ましいがね」
悪態を付きながらも否定はしないサルダージに素直でないと思っているセクノアの横をもう一人とお付きと化した隊長デルケドが通る。
「迎撃部隊の準備が整った。 いつでも出れる」
「漸くかね」
サルダージは持つ手に魔力を込めると死者の軍に意識を向ける。
するとサルダージは舌打ちをする。
死者の軍の思考を読もうとしたが、聞こえるのは無理矢理蘇らせられ戦わされる者達の嘆きや苦しみのみ。
中には故郷を攻撃させられる事に絶望し早く自分を殺してくれと願う者までいる。
サルダージはタナトスに対し嫌悪感を抱かずにいられなかった。
「まずは私が意識を反らせる。 そこからはお前達が好きに暴れるといい。 この哀れな連中に引導を渡してやりな」
「了解。 ま、お付きらしくそろそろ活躍しないとね」
「いつでもいけるぞ」
サルダージの心情を察したのか、セクノアは素直に双剣に炎を宿らせ、デルケドも漆黒のメイスを構えた。
「さあ行け! この者達を終わらせてこい!」
サルダージが魔力弾の雨を降らせると、セクノアとデルケド達は迎撃を開始した。
ヤオロヨズ国境の目前まで接近した死者の軍はある大軍に進軍を阻まれていた。
それはキマリスの能力で生み出された兵士達だった。
キマリスは自身の分身とも言える軍団で死者の軍を迎え撃つ事でその動きを完全に止めていた。
「カッカッカッ! いやはやお見事! これ程の数を操るのは我らの傀儡使いの中でもおらんわ!」
後方でキマリスの横に立ったのはクロードの故郷である霧の里の元長である14代目サイゾウ、現大爺様と呼ばれる長老だ。
ヤオロヨズの地形に不慣れなキマリスのサポート役として今回同行する事になり、こうして共に出陣する事になった。
「そちらのお陰でいい形で布陣できたのも大きい。 礼を言う」
「なに、わしは役目を果たしただけじゃ。 それより、魔族であるあんたがこうして戦ってくれるのは少々意外なんじゃが?」
「単にそうする流れになっただけだ。 それに、今となってはサタン達が勝った方が魔界の為になりそうなのでな」
「故郷の為か。 種族は違えど故郷を想う気持ちは変わらんと言うことか」
「そんなもの関係ない奴もいるがな」
そう言う大柄の魔族がノソノソと不機嫌そうに歩み寄ってくる。
「私の兵隊ごと消し飛ばしていい。 存分に暴れろアンドラス」
「ケッ! てめぇに指図されんのはシャクだが、怪我のせいで置いてけぼり喰らってイライラしてたからな。 腹いせに全部消し飛ばしてやるよ!」
皆殺しの悪魔アンドラスが敵陣に飛び込むと、その魔力を全開にし先頭の死者の軍の消し飛ばした。
「どうやら他の国の連中も始めたようじゃのぉ」
「では、こちらも始めましょうか」
セイメイは手に持つ扇を広げると、前方に翳した。
「お目覚めを! 黒天我髑明王殿! 羅刹牛鬼丸殿! 八百八狸狗神刑部殿!」
セイメイの声に反応し影の中から巨大な甲冑姿の髑髏に蜘蛛の様な下半身を持つ牛頭の怪物、そして上等な着物を着た狸の化け物が出現し、更にその後に続くように妖怪達が次々と出現していく。
「さあ、我が百鬼夜行の大行列! 特とご堪能あれ!」
セイメイの号令で、妖怪達は一斉に死者の軍へと飛びかかっていった。
「タナトスもくだらぬ浅知恵を使ったものだ。
屈辱に駆られたなら歴戦の名軍師でも呼び出し出し抜く策を練ればいいものを。 傲慢さというのはやはり罪深い」
「随分余裕だが、お前も傲慢なのは変わらないだろう。 今の状況、いくらお前でも勝つのは不可能だと思うがな」
「そんなに私と会いたくないか。 タナトスという男は、存外臆病者ということか」
「ならいい。 その傲慢さと共に散れ!」
タナトスの苛立ちを体現する様にウリエル達は一斉にルシフェルに襲いかかり、そこから大天使達の戦いが始まった。
その様子を見ていた地上のヴォルフ達は、大天使同士の戦いの余波に身構える。
「ちぃ! 派手に始めやがって!」
「これでは過剰戦力とは言っていられなくなったな。 加勢するか?」
「止めとけって。 仮にもあの傲慢野郎が任せるなんて言葉使ったんだ。 こっちはこっちの仕事に専念・・・なんだ?」
ヴォルフが前方に意識を向けると、前の方が混乱した様な叫び声が聞こえてくる。
「あっちは俺が引き受けるからお前はラミーア達の方に付いていけ!」
「了解した。 死ぬなよ」
「誰に言ってんだよ!」
ヴォルフはオメガに後を任せて騒ぎの方に向かうと、その目を疑った。
味方の兵達が紙切れの様に次々と切り裂かれ、その中心でカメレオンの獣人の青年が一人、クナイを手に立っていた。
その青年の顔を見たヴォルフは、ある男の姿が過ぎった。
「まさか、メロウ爺?」
混乱するヴォルフに、カメレオンの獣人はヴォルフに襲いかかった。




