巨大砲台
「兵器、ですか?」
「ええ。 使用が難しいと思っていたので保留にしていましたが、皆さんの助力をいただければ使用可能ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
シンゲンと話したケンシンはすぐにマサユキにこの事を話し、ノエル達各国の王とギゼル達技術者を集め会議を開始した。
「そもそもその兵器とは一体何ですか?」
「私がお答えしましょうノエル陛下。 我々の言う兵器、それは砲術技術の優れたマゴイチ達に造らせていた大砲です。 それも、従来品の数倍はある巨大砲。 今回の戦で使えるかもしれぬと研究中だったものを運んできたのです」
「そいつは面白いわ! そがあな隠し玉があるとは、ヤオヨロズもやりよるのぉ!」
「全く、相変わらず単純だねこの武王は」
「なんじゃとおどりゃ!!」
「使用が難しいと言っていたということは、なにか欠陥があるということだろうマサユキ君? そんなものがあるなら、先の戦いで使っていても良かったはずだろうしね」
「その通りですマークス陛下。 1つは、その巨大さ故移動が困難という事です。 ここまではパーツに分けてバラして運びましたが、あの戦場で組み立てて使うのは事実上不可能に近かった」
マサユキが見せた図面によれば、確かに巨大。
少なくともこれをそのまま移動させるとなると、ジャバクラスの大きさの巨人が二人がかりで肩に担いで漸くといった所だろう。
他にも主砲となる巨大砲以外にも多連式砲台の図案もあったが、これらをセイメイが出現させた巨大ぬりかべである太郎丸の上で組み立てるのは無理があった。
「もう1つの原因とは?」
「多連式の方はともかく、主砲に使える弾がないんですよ」
「なんじゃ。 それじゃ使えんじゃないか」
「正確には候補はあります。 ですが威力が高過ぎる為使えば味方にも被害が出る可能性があるのです。 それに、出来ればそれは使いたくないというのが、私の本音です。 余りにもイメージが悪過ぎる」
「? どういう事ですか?」
ノエルに聞かれたマサユキは少し躊躇いながらもその言葉を言った。
「皆様は、メルクという街をご存知ですかな?」
その街の名前にその場にいた者の空気が変わった。
特にノエルやエミリア、そしてギゼル達は完全にマサユキの言わんとする事に予想がついた。
「まさか、その大砲は、あの爆弾を?」
マサユキが頷くと、ギゼルはマサユキの胸ぐらを掴んだ。
「貴様ら! まだあれを持っていたのか!? あの様な惨劇を起こしておきながら!?」
ギゼルの言う惨劇、それはかつてヤオヨロズから独立した爆の国のヒサヒデが起こした爆破事件。
ヒサヒデが造り出したカグヅチという爆弾によりメルクは完全に崩壊、住んでいた人間の殆どが死んだ。
唯一の生き残りであるギゼルの魔甲機兵団の幹部クラスは皆体の大部分を失い改造を余儀なくされ、ギゼル自身娘同然だったアンヌを失う事となった。
アルビアにとって最大級の惨劇の1つとして語られ、ギゼル達にとってトラウマとも言える事件で使われた爆弾を再び使うと言われれば、ギゼルが怒るのも無理はなかった。
「ギゼル殿落ち着いて!」
「しかしエミリア!」
「気持ちはわかるわ! でも、今は話を聞く方が先よ! 今は抑えて!」
エミリアとしても気持ちとしては複雑だ。
だが今内輪でイザコザを起こす時でもないし、その時間もない。
エミリアの心中を察し、ギゼルはマサユキから手を離す。
「カグヅチの事を話さなかった事については謝罪します。 しかし先に弁明させて頂くが、元々この砲台はカグヅチとは無関係で制作された物。 最初からカグヅチを兵器登用するつもりは我々にはなかった。 そこだけはハッキリさせて頂きます」
「ケンシン殿、説明をお願い出来ますか?」
ノエルに聞かれ、ケンシンは頷き説明を始めた。
「まず、砲台に関しては先程マサユキが言った通りカグヅチを使う為に造ったものではありません。 ここ暫く国外に不穏な動きがあった為、自国防衛策の1つとして発案された物です。 最も、配備する前に事が進んでしまいましたがね」
「では、なんでカグヅチがまだあるんですか?」
「ヒサヒデの爆の国が滅ぼされた後、我々ヤオヨロズが最も懸念したのはまだ残っている可能性のあるカグヅチが他国の手に渡り、その製法を解明され再び量産、使用される事でした。 そこで私達は忍びを使いカグヅチを爆の国跡からカグヅチを捜索、発見しました。
当初は破棄を考えましたがその威力の為下手に扱えばいらぬ被害が出る恐れがある。
そこで霧の里の長に頼み封印してもらっていたのです。
そして二度と使わぬ様に、その場所は私やマサユキ含め、その長以外誰も知りません」
「ではなぜ今回それを使おうと?」
「今回の発案はバハムートにより萎縮した兵達を士気を上げる目的もあります。 それを考えればただ巨大な砲台だけでは役不足。 向こうにも負けない威力を誇る兵器がある事を示す為に、カグヅチを候補に上げたのです」
理屈としては確かに正しい。
国一つを滅ぼす息吹を放つバハムートに対抗するものとしては、街一つ消し飛ばす位の物が最低条件。
その中でカグヅチは威力、知名度共にまさに最適なものと言える。
だが同時にマサユキが言ったイメージが悪いというのもわかる。
惨劇の兵器として名高いカグヅチを使えば、少なくともその被害にあったアルビアの兵達から反感が出る可能性が高い。
今の状況でその事態は避けたい事だった。
「いいじゃないか。 その爆弾を砲弾として使おう」
マークスの軽い言葉に、ギゼルはジロリと睨みつける。
「それは、我々の悲劇を知っての発言か賢王マークス?」
「勿論。 そもそも処分に困ってた爆弾だ。 今回の戦いで敵に使ってしまえば処分も出来て一石二鳥だろ?」
ギゼルが怒りのあまり何かを言おうとしたがマークスは「それに」とその言葉を遮った。
「この戦いは決して落としてはならない。 綺麗事だけで片付く事も不可能だ。 だからこそ、ヤオヨロズも自国の汚点と言える物をわざわざ砲弾として使う案を言ってきたんだろう?」
マークスの指摘は正論だった。
確かに先の戦いには勝った。
だが今回の最終決戦で負ければ全て無意味に終わる。
それだけはなんとしても回避しなくてはならない。
だから勝てる可能性が少しでも上がるなら手段を選んでいる場合ではない。
この状況では、ヤオヨロズとマークスの決断は何よりも正しかった。
「勿論、多少手は加えさせてもらうけどね」
「手を、だと?」
「考えてもみなよギゼル殿。 今のまま使うのではイメージが悪過ぎる。 味方が巻きになるかもしれないし、君みたいに怒りで我を忘れそうになる者も出てくるかもしれない。 折角これだけの国が集まった事だし、その技術を結集して更に強力かつ味方に被害が出ないものにすればいい」
そこから皮切りにマークスは思い付く案を矢継ぎ早に話し始めた。
「まず砲台だけど、どうせなら移動要塞にしよう。 そうして兵士を乗せて移動すれば進軍時間の短縮にもなる。 ラバトゥの石像兵に丁度いいのがあった筈だからそれを利用すれば作る時間を短縮出来る。
更にカグヅチ自体も改造が必要だ。 なら士気を上げる為だけでなくより実用的にする。
その為には我がルシスの魔術を加えよう。 魔術制御を可能にすれば爆発範囲も固定出来て威力を集約出来る。 そうすれば結界が消えたと同時にアルビア城を砲撃してアーミラを直接攻撃出来るし、上手くいけばそれで片が付く。 さて、何か意見はあるかなギゼル殿?」
息つく間もなく一気にまくし立て自身のペースを作るマークスに、ギゼルは戸惑いながらも思考を切り替え意見を言った。
「もしこれを運用するなら、多連式の砲台の物と別にする必要がありますな」
「ほぉ、なぜだい?」
「多連式の方が見栄え的にも実用的にも優れている。 それを前線に立たせる事で敵の目をそちらに集中させる。 その隙に後方から長距離でメインとなる巨大砲台を使えばより正確にアーミラを狙う事が可能となるでしょうな」
「なるほど。 しかし、敵に気付かれないレベルで離れた所からの長距離射撃となるとかなり難しくなると思うけど?」
「そこは我が魔甲機兵団の演算システムで補正する。 後、ヤオヨロズには優秀な砲術使いがいる様なのでその者に頼るとしよう」
ギゼルの意見にマークスは「流石だね」満足そうに笑みを浮かべた。
「やはり君は有能だね。 あれだけ感情的になりながらこうして実用的な案を出せるのだから」
「個人の怒りより、貴方のペースに巻き込まれた方が得策と踏んだまでです。 実際、今は私の感情などにかまける猶予はない。 どんな手を使っても勝たねばならない」
先程のマークスの話は、ギゼルに禁忌とした自身の体の改造を決心させた時の事を思い出させた。
自分の感傷のせいで、大事な部下を大勢死なせてしまった。
その過ちを繰り返さぬ為にどんな事でもしようと決意した。
だからこそ、かつてのトラウマとなった爆弾すら利用する。
マークスの正論はギゼルの覚悟を決めさせた。
ギゼルは先程胸ぐらを掴んだマサユキに対し頭を下げた。
「先程はすまなかった」
「いや、当然の事だ。 むしろ受け入れてくれた事に感謝する」
ギゼルにその決断をさせる事がどれだけ酷な事かを理解していたマサユキとケンシンは、深く感謝を込めギゼルに頭を下げる。
「さてと、私が勝手に話を進めてしまったが、他の方々はこの案を受け入れるという事で構わないかな?」
「そんだけ具体的に話勧めといて今更じゃどアホが。 ラバトゥは異論ないけぇ。 すぐに石像兵を用意する」
「アルビアも同じく。 思う所がないと言えば嘘になるけど、彼が飲み込んだならその意思を尊重するわ」
「セレノアもだ。 人員位しか出せるものはないが協力しよう」
「プラネも構いません。 早速取り掛かりましょう」
皆が賛同した事に安堵するケンシン達と共に皆が準備の為に部屋を出ていった。
そんな中、部屋に残っていたマークスにノエルが声をかけた。
「ありがとうございます、マークス陛下。 貴方のお陰で上手く纏まりましたよ」
「これでも賢王と呼ばれているんでね。 この位の口八丁位出来ないとね。 もっとも、口八丁しか出来ないのは歯痒いけどね」
苦笑するマークスだったが、「しかし」とノエルの方を興味深く見た。
「君はもう少しゴネそうな気がしたけどね」
「僕がですか?」
「君の父上の件もあるけど、君は人死にを避ける傾向がある。 それは魔族相手でも同じだろう。 そんな君にしてはあっさり了承し過ぎだと思ってね。 正直違和感があるんだよ」
マークスの問いにノエルは納得した様に「ああ」と呟いた。
「まあそうですね。 父の事はエミリアさんと同じです。 一番辛いギゼルさんが飲み込んだのなら僕も受け入れようと思ったんです。 後は貴方が原因ですかね」
「私がかい」
「マークス殿はカグヅチの使用をアーミラ撃破に限定してくれました。 僕を気遣ってくれたんでしょう?」
「それが一番有用な使用法だと思ったから言っただけなんだけどね。 まあそういう事にしておこう」
「それと、もう1つ理由があるんですよ」
「ほぉ、それは?」
「それぞれの国が技術を合わせて完成させる事で、団結の象徴になるんじゃないかなと思ったんですよね。 まあ、それが兵器なのがちょっと複雑ですけど」
そう言い、ノエルは頬をかきながら苦笑する。
「変わらないね君は。 こんな状況だからもっとピリピリした雰囲気になっててもおかしくないのに」
「ある人と約束しましたから。 変わらないで自分の道を進むと」
ゴブラドの事を思い出すノエルの様子に、マークスは少し微笑むといつもの軽い調子に戻る。
「まあ、そこが君の一番の魅力だからね。 君は君らしく私達を引っ張っていってくれればいいさ。 不得意な所は私達がフォローするしね」
最後に「武王は頼りないけどね」といたずらっぽく言うとマークスは部屋から出ていき、ノエルもそれに続いた。




