不安要素
プラネの医務室の一角、ケンシンはベッドに横たわる人物と話をしていた。
「やはり戦闘は無理そうですか?」
「すまんのぉ。 動けはするが踏ん張りがきかん」
シンゲンはそう苦笑しながら言った。
シンゲンは先の戦いでタナトスに脚を切り落とされた。
脚自体はイトスの術で繋がったが、万全には程遠い。
特に足腰が命の相撲使いであるシンゲンにとってこの怪我は致命的。
完治はするらしいが今回の決戦には間に合わず、前線に出る事を断念した。
「命を拾っただけ良しとするのが武士じゃが、お主のライバルてしてはかっこ悪いのぉ」
「体が動かなくても、貴方には私を何度も苦しめた戦力眼があるでしょう。 それで十分ですよ」
「やれやれ、わしらの王は人使いが荒いもんじゃ」
そう言いつつもどこか楽しげなシンゲンだが、不意に表情が真顔になる。
「そう言うからには、何かあったって事かのぅ」
「その察しの良くて助かりますよ」
ケンシンはそう言うと事の詳細を話し始めた。
つい先日、兵を補充し軍を編成し直している連合軍にある知らせが届いた。
魔族に付いた地上の4カ国の内の1つダグダ国が、秘密裏にこちらに付くと言ってきた。
先の大戦の結果を受けての鞍替えで思う所もあるが、それでも味方が増えるのはありがたい。
勿論罠の可能性も考慮しながら、ダグダ国を使った奇襲作戦等連携を取ろうと連合軍は考えた。
だがそれはすぐに不可能になった。
連絡を受けた翌日、連合軍の頭上を一本の熱線が通った。
熱線が通り過ぎるとその先が赤く光り、その後轟音が鳴り響いた。
イトスのシルフィーを使い熱線の先を調査させた結果、そこには焼けた大地と化したダグダ国があった。
そしてラミーアとルシフェルの証言から、熱線はバハムートの息吹である事が確定した。
たった一発の息吹で国が滅んだ事に驚きながらも、シンゲンは冷静に推測を口にした。
「見せしめと士気の向上じゃろうな」
「やはりそう見ますか」
前回の敗戦は魔族側に衝撃を与え、少なからず士気にも影響を及ぼしていた。
ダグダ国の離反もそれが原因だったのだろう。
そこでディアブロは先の戦いに参戦しなかった竜の代表であるバハムートを使い、ダグダ国を滅ぼさせた。
先の敗戦など問題ではない。
まだこれ程の力を持つ竜族も健在であり、それを従える魔王もここにいる。
そう自軍に言う様にバハムートに力を震わせた。
そして同時に、自分を裏切ればどうなるかを見せ付けたのだ。
「とんでもない方法じゃが、効果的じゃったろうな。 こちらに対する脅しにもなるしのぅ」
「ええ。 実際、かなり混乱しましたよ。 何せ本気を出せばいつでもここを消し飛ばせると言われた様なものでしたからね」
「大勝利の余韻も消し飛ぶ力か。 太古の竜神は恐ろしいものじゃ」
シンゲンは顎に撫でながら考えた。
軍上層部は問題ないだろう。
最早腹は決まっているし、いくつもの困難Ⅱぶち当たってきた強者達だ。
今更強大な力を見せつけられた程度では揺るがない。
だが一般兵はそうはいかない。
実力的にも精神的にも圧倒的にシンゲン達より劣る上、そんな力を見せつけられたのでは恐怖するのは当たり前。
無論、当初から困難な戦いになる事を承知で来た者達だからそうならない者もいるだろうが比率としては少ないだろう。
ケンシンがわざわざ自分の所に来たという事も、そのカリスマ性を持ってしても士気が思う様に上がらないからだろう。
また厄介な事態になったものだと思いながらも、シンゲンはニヤリと笑んだ。
「なに、心配いらんよ。 デカイ力を見せられたなら、それを超えるもんを見せりゃいいだけじゃ」
「? それはどういう事です?」
「マゴイチ達がこっそり用意しとったもんがあるじゃろう。 “あれ”を使えば士気も戻る」
“あれ”かなんなのか察しが付いたケンシンだが、怪訝な顔をした。
「なるほど。 ですが、あれは完成が間に合わないから保留になった筈では?」
「勿論マゴイチ達だけじゃ無理じゃ。 じゃが、ここは連合軍じゃ。 やりようはいくらでもあるじゃろう。 それに、わしらヤオヨロズは他の国に比べ参戦が遅かったからのぉ。 今の所お主とセイメイ位しか目立った活躍しとらんしな。 ここらで隠し玉の1つや2つ出さんと、来た意味ないじゃろ」
最後に茶目っ気ある表情で言うシンゲンに、ケンシンは「みんな活躍してますよ」と言いつつ納得した様に立ち上がった。
「では、マサユキや各国にも話をしてみましょう。 協力が得られれば、確かな戦力にはなりますからね。 助かりましたよ、シンゲン」
「なに、この程度の事が言えんと、本当にわし何しに来たのかわからんからね」
ケンシンはクスリと笑うと部屋を出ていった。
それを見送ったシンゲンは部屋の窓から外を眺めた。
先程の提案が士気と戦力向上の2つの意味でも、今出せる最適解だと思っている。
だから進言した。
だがそれでも、シンゲンには一抹の不安があった。
「即断して作業に取り掛かれても5日・・・いや最短で3日か。 その遅れが敵に有利に働かなければいいが」
未知の敵に時間を与える事を危惧しながら、シンゲンは上手くいく事を祈るしか出来なかった。
 




