人魔決戦9・軍神降臨
アルゼンはキュラミスとザガンを前にして心が弾むのを感じる。
両者とも確実に強者である。
どちらと戦っても確実に自分の求めるものを味わえる。
そう確信に似た予感を感じる。
ただ口惜しいのは戦えるとしたらどちらか片方のみ。
となれば、前回のリベンジを兼ねてキュラミスの相手をするのが先決。
総判断したアルゼンは着ていた服を脱ぎ捨て、ギェンフォード戦の時着ていた拳法着姿に変わった。
「あら、今日はあのセンスの悪い服ではないのですね?」
「極上のレディのお相手をするのです。 我輩なりの最上の姿で相対せねば礼を失するというもの」
「それは素敵な心掛けですわ。 でも
わたくしがいつ貴方の相手をすると言いました?」
「これは心外。 我輩、キュラミス嬢と一戦交える為に鍛え直してきたというのに」
「そんなすぐにわたくしと戦えると思っている思い上がりが不敬というものですわよ?」
キュラミスにとってアルゼンは確かに少し面白い相手ではあった。
だがそれだけだ。
前と違って今回は決戦と言うに相応しい舞台。
自身が直接戦うなら敵の王か、地上の五魔を名乗る者かそれに匹敵する実力者。
それ以外の者と戦うのは、この華やかな舞台で戦うなど無粋も良い所。
前回自分に傷すら付けられなかった程度の弱者の相手など、眼中にない。
「これはこれは手厳しい。 ですが、我輩も自分の欲望に忠実でしてな」
アルゼンは瞬時にキュラミスとの距離を縮める。
動きを完全に追えていたキュラミスだったが、前回より明らかに速い動きに一瞬気を取られる。
「何が何でもお相手願いますぞレディ」
アルゼンはキュラミスの油断を突き拳を振るおうとする。
だが次の瞬間、アルゼンは我が目を疑った。
目の前にいたキュラミスが、ザガンへと変わっていた。
「なっ!?」
「確かに速い。 が、相手が悪かったな」
ザガンの手刀がアルゼンを捉えその顔面を貫こうとする。
かわしきれないと判断したアルゼンは片目を犠牲にし、拳を叩きこもうと力を込める。
しかし、それは両者の間を通った光の剣線により阻まれた。
いきなり目の前を通った剣線に驚く両者の間に、ヤオヨロズの王ケンシンが静かに降り立った。
「これはこれは。 お二人の素敵な闘志に当てあれ、つい出てきてしまいました」
戦場とは思えない優雅な仕草に思わずアルゼンは見惚れかける。
アルゼンだけではない。
敵であるザガンも、そして何より美しさを是とするキュラミスは、その美しい存在に目を奪われる。
だがすぐ戦場と正気に戻ったアルゼンはケンシンの登場に苦笑する。
「これはケンシン様。 貴殿はもう暫く軍を指揮している予定では?」
「申し訳ありません。 強者の匂いがしたのでつい」
柔らかい笑みを浮かべるケンシンの瞳に、アルゼンは獣の様な鋭さを見た。
それは自分やアクナディンと同じ強者と戦うのを至上とする者の目だった。
(なるほど。 これは確かに武王殿と同類ですな)
アルゼンは納得すると、普段の調子に戻した。
「いやいや、今回は我輩としても大変助かりましたぞ。 なにせ本命と戦う前に片目を失う所でしたからな」
「それならば何よりです。 では、その本命とやらと戦うなら、私はこの者の相手を引き受けましょう」
「おや? よろしいので?」
「乱入者は私ですから。 美味しい所はお譲りしますよ」
「これはこれは。 ではお言葉に甘えましょう。 このお礼は今度ヤオヨロズに無償で何かお売りいたしますよ」
商人としての顔を覗かせるアルゼンはキュラミスに意識を向ける。
だが当のキュラミスはケンシンの方を向いたまままだ動かない。
「・・・欲しい」
キュラミスは口角を上げ欲望剥き出しの顔になる。
「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい! あの方は是非ともわたくしの人形達に加えたいですわ!」
ケンシンの姿が余程気に入ったのか、キュラミスは牙を剥き出しにしてケンシンに飛びかかろうとする。
するとその間にアルゼンが割って入る。
「おどきなさい! わたくしはあの方を手に入れるのです!」
「つれないですなキュラミス嬢。 これだけ貴殿を求めてきた我輩を無下にして新しい殿方に目を奪われるとは。 ですが、折角なのでそれを利用させていただきましょうかね」
「そう! なら貴方を速攻で殺してあの方を手に入れさせてもらいますわ! ザガン様! それまでその方を抑えておくのです!」
アルゼンとキュラミスは、そのまま戦闘を開始した。
その様子を見ていたザガンはやれやれと首を振りながらも、目の前の急に現れた存在であるケンシンを見据えた。
「ケンシン。 ガープの肥満体を本当のデクの棒にした男か」
「おや、ご存知でしたか」
「情報は力、と昔から言うからな。 敵の実力者は頭に入れている。 地上の五魔。 聖五騎士団のトップ4人。 武王とその部下アシュラ。 四天王ベルゼフェゴールを倒したオメガという戦士。 そして、ヤオヨロズという東の国の王ケンシン」
「強者と認識されているのは光栄ですね」
「だが、貴公の戦闘情報は非常に少ない。 一振りでガープを使い物にならなくした程度ではその力はわからん。 ならば、じっくり戦い、見極めさせてもらう」
ザガンの言葉が終わるか終わらないかの間に、“背後”からケンシンの頭に蹴りが繰り出される。
ケンシンは手に持つ七支刀で防ぎすぐに後ろを斬りつける。
だがザガンの姿は無く七支刀は空を斬る。
(速いが、ただの速さではないですね)
単純な速さではないと思ったケンシンは気配を探す。
すると突然空中から現れたザガンが手刀を放ってくる。
ケンシンは迎撃しようとするが、何かを感じその場から飛び退く。
だが左の脇腹に痛みが走り、見るとザガンの手だけが空中の穴から出現しケンシンの脇腹を斬りつけている。
そしてザガンを見ると、片手の手首から先が消えている。
「あれをかわすか。 勘のいい奴、で片付ける訳にはいかぬか」
「なるほど。 変わった能力をお持ちの様ですね」
地面に着地したザガンの手は既に戻っている。
ザガンは手首を軽く鳴らすとケンシンを見た。
「その様子だと、我が力の正体は気付いている様だな」
「空間転移、という所ですか」
先程からのザガンの動きは、まさに突然現れたという表現が適切と言えるほど速く不自然だった。
しかも体全体で移動するならともかく、蹴りのみが背後から飛んでくるなどどう考えてもおかしい。
まさに空間を移動していると考えるしかない程に。
「流石、というべきか。 最も、我が力はそれよりも応用が効くがな。 この様に」
ザガンは突きを放つと同時に自身の手を消した。
するとケンシンの横からザガンの手が現れケンシンに襲い掛かる。
ケンシンはそれをいなすが、すぐに別の場所からザガンの手が現れる。
「空手断突(くうしゅだんとつ)」
ザガンは突きを連打させると、ケンシンの周辺のあらゆる場所から拳が現れる。
それこそ前後左右上下に斜めとあらゆる方向から拳が飛んでいき、逃げ場も無い様だった。
ケンシンはなんとか被弾しない様にいなし、かわし続けていく。
「ここまで我が拳をかわしたものは少ないが、それだけではどうしようも・・・ッ!」
ザガンは手に痛みを感じ突きを止める。
すると、手の一部が軽くではあるが斬られている。
(あの攻撃の中いなしながら斬ったというのか?)
驚くザガンの隙を突きケンシンは一気に距離を縮める。
そして七支刀でザガンの胸を貫いた。
だが手応えはない。
よく見るとケンシンの七支刀の剣先がザガンに当たる前に消えている。
「残念だったな」
ザガンの蹴りが入りケンシンは背後に吹き飛ぶ。
ケンシンは着地するがザガンはすぐに背後に転移し追撃をしてくる。
ケンシンは七支刀で防ごうとするが再びザガンの手が消え、ケンシンの腹にめり込んだ状態で出現する。
「グッ!?」
「我が力の真髄は防御にあり。 如何なる攻撃も消してしまえばそれで届かぬは道理。 防御も同じ。 強固な守りも中を攻められればそれまで」
冷静に語るザガンはケンシンの七支刀に見る。
「見た所貴公の刀は他者を殺めるのに不都合。 本来は儀式か何かの為の物ではないのか? 他者を殺めたくない故にその様な武具を使っているのだとしたら、とんだ期待はずれだ。 その様な甘い者が頂点とは、ヤオヨロズとやらはとんだ弱国・・・!?」
ザガンは思わず飛び退いた。
ケンシンは何もしていない。
だが、思わず飛び退かなければ、そうしなければ殺されると思う様な気配を感じた。
ケンシンは立ち上がると、静かに微笑んだ。
「貴方もいい観察眼ですね。 流石情報は力と公言するだけあります。 確かに、この刀は本来人を殺めるのには不向きです。 殺めたくないという心理も当たりです。 だってそうしないと殺し過ぎてしまいますから」
ザガンは徐々に、ケンシンの美しく穏やかな微笑みが得たいの知れないものに見えてくる。
そして、それに驚異を感じ始めている自分に気付く。
「それと、実はもう一つ理由があるんですよ」
「なんだと?」
「この刀を使わないと、すぐに戦いが終わってしまってつまらないんですよ。 折角の戦いをすぐに終わらせるのは勿体ないですから。 ですが、貴方なら持ってくれそうですね」
ケンシンは七支刀の鍔、腹、切っ先の三方を手刀で斬るように叩いた。
「破邪の光を刀身に込め、万象切り裂く剛剣とならん」
ケンシンが言葉を発した瞬間、七支刀から凄まじい光が放たれる。
やがてそれが収まると、七支刀は一本の光の刀へと姿を変えていた。
「さて、行きますよ」
ケンシンが刀を横凪に振るった瞬間、ザガンは避けた。
先程の様に魔術で空間に穴を開ける事も無くただ避けた。
受けてはいけないというザガンの本能の叫びが、ザガンにその行動を取らせた。
その判断は正しかった。
ケンシンが横凪にした瞬間、近くいた屍兵が一瞬で消え去った。
その数は目測で約100近く。
たったの一振りで100近い屍を消し去るケンシンの技に、ザガンは魔王ディアブロと対峙した時と似たような戦慄を覚える。
いや、ある意味ディアブロより不気味かもしれない。
うつくしく神々しい姿に、羅刹の様な戦いへの欲求。
その相反する2つを同居させたケンシンという人物に、ザガンは久しぶりに恐怖を感じる。
ケンシンは軽く飛ぶと、ザガンへと距離を縮めようとする。
ザガンは空間転移を使い距離を取ろうとするが、ケンシンの剣速の方が速い。
避け切れないと感じたザガンは止む終えず先程の様に空間に穴を開け刀をいなそうとする。
「破邪顕正」
だがケンシンの斬撃はザガンの肉体に届いた。
まるで空間毎切り裂くが如く、ザガンの胸に横一文字の傷を生み出した。
鮮血が飛び散り、ザガンは仰向けに倒れる。
「残念。 もう終わってしまいましたか」
「ば、馬鹿な。 なぜ?」
「私の解号を聞いていなかったのですか? 万象切り裂くと言っていたでしょう?」
「まさか、貴公は全てを切り裂くと言うのか? 形のない、空間までも」
「ええ。 肉も岩も鋼も魔鋼も火も水も風も、 そして力そのものも。 この世の万象一切切り裂く業。 それが私の破邪顕正」
それで漸く理解した。
ガープの力が消し去られたのもこの男の全てを切り裂く力によるもの。
つまりガープは力そのものを切り裂かれたのだ。
そして、今自分も力を失った。
先程から転移をしようてしても発動する気配すらない。
ザガンは今、自分の魔術を失ったのだ。
「何という、恐ろしい男だ。 我が誇りを。 研鑽し磨き上げた全てを無に帰すとは」
「戦とは無情のもの。 命すら水泡の様に消え失せる。 貴方方もその覚悟で戦を仕掛けたのでしょう。 ならば力のみで済んだことに感謝しなさい」
「馬鹿な! これで我は利用価値も無くなった! 生き長らえても意味などない!」
「それでは、貴方の身柄はこちらで預かりましょう」
「なん、だと?」
「我々の目的は戦の早期終結。 殲滅ではありません。 長引く戦に益など無いですからね。 貴方には戦を終わらせる為に協力してもらいましょう。 まあ、無理に協力せずとも、保護はさせてもらいますけどね」
「な、何を考えている? 貴公は戦い求める者。 戦の早期決着など・・・」
「戦いは好きでも殺しが好きとは限らないということです。 それに私も王です。 血を流さす戦が早く終わった方が、民達を守る事にも繋がりますからね」
先程の様な闘気は消え失せ穏やかな表情を浮かべるケンシンは空中を見た。
「これで、地上の強者は抑える事が出来ました。 後は、上ですね」
「フレアダンス!」
クロードいくつもの熱線が何体もの竜や飛行魔族の屍兵を撃ち抜いていく。
だが数は未だ多く、減る気配が一向に見えない。
空中では未だに戦闘が続いている。
ボルガルスが消えたとはいえ空中戦力が少ない連合軍は苦戦を強いられている状況だ。
クロードとリーティアが前に出てなんとか防いでいる状態だが、少しでも崩れれば一気に押し込まれる様だギリギリの状態だった。
「クロード。 少し後方に下がった方が」
「そうもいかない。 カイザル君が動けない今、私達が押されれば一気に崩れる。 なんとしても死守しないと」
そう言いながらクロードはある屍達を見る。
背中に羽の生えた天使の様な姿の天翼族。
実を言うと彼らが一番厄介だった。
小回りが効き高い魔力を保有している。
その上生前の名残か付けている武具防具の品質も高く、竜を相手にするよりも倒すのに手間がかかる。
「せめて彼らをどうにか出来れば」
「随分と下らぬ真似をしてくれたようだな。 あの屍使いが」
上空から聞こえた声に見上げると、クロードはニヤリと笑った。
「随分遅い到着じゃないか、堕天使様」
そこには不遜な態度で戦場を見つめる旧五魔魔人、ルシフェルの姿があった。




