襲撃
「本当に・・・その騎士がディアブロだったんですか?」
話を聞き終え、驚いた様に聞くリナにノエルは頷いた。
「あの時はわからなかったけど、皆に話したら大騒ぎになって大変でした。でもその時会ったお陰で、ディアブロさんは皆が言うような怪物や化け物じゃないんだってわかったんです」
リナは話を聞いて何かを考え始めた。
まあ当然だ。
いきなり五魔を探してて、その上昔ディアブロに助けてもらった なんて、普通信じられない。
むしろここまで黙って聞いてくれただけでもありがたい。
もし信じたとしても、関わる気が失せるだろう。
そう思っていると、リナはまた話しかけてきた。
「ディアブロ・・・さんとノエルのことはわかりましたけど・・・お父さんとディアブロさんってどういう関係なんですか?」
ここまで聞いても先程と変わらず話してくるリナに戸惑いながら、ここまで来たら話すべきか・・・と口を開こうとした・・・その時。
「!?危ない!」
ノエルはリナを抱き飛び退くと、先程までいた場所に何本ものダーツが突き刺さった。
「大丈夫?」
「え、ええ・・・」
「ほぉ・・・思ったより勘がいいですね」
「!誰だ!?」
ノエルが振り向くと、眼鏡をかけた男が先程のチンピラ達を含めた複数の部下を引き連れ立っていた。
男は薄ら笑いを浮かべながら芝居がかった動きで頭を下げた。
「お初にお目にかかります。この町を縄張りにしているグリムと申します。以後お見知りおきを」
慇懃無礼なグリムの態度に、ノエルはリナを守るように立ち塞がった。
「あなたがグリムさんですか。その人達の仕返しに来たんですか?」
「いえいえ、そんな小さな事ではありません。こいつらや、後ろのお嬢さんの事などどうでもいいのです。私の目当ては・・・あなたですよ・・・魔帝ノルウェ・アルビアの息子、ノエル・アルビア殿下!」
その名に周囲の者は全員驚き、ノエルに視線が集まった。
そんな中、グリムは愉快そうにククク・・・と笑う。
「いやまさかかの魔帝のご子息に会えるとはなんたる幸運、光栄の極みですよ」
「・・・何故僕の事を知っているんです?」
「いえ、実はこんなものが今帝都から配られてましてね」
グリムは懐から紙を1枚取り出した。
それはノエルの顔を詳細が書かれた手配書だった。
「いや~まさか部下の報告を聞いてもしやと思ったのですが、流石帝都の手配書、特徴が見事に再現されてますな~」
グリムの笑いに呼応する様に、他の部下達が次々に現れた。
「何故帝都が今更貴方を捕まえようとしているのかは知りませんが・・・貴方を捕らえればこんな田舎で燻る日々共おさらばです。申し訳ありませんが、一緒に来ていただきましょう」
部下達がジリジリと距離を詰める中、ノエルは後ろのリナに小声で語りかける。
「・・・僕が引き付ける内に逃げてください」
「え・・・でも・・・」
「大丈夫、そんな簡単に捕まりません・・・よ!」
ノエルは黒炎を壁の様に展開させグリムの部下達を遮る。
「ぎゃあ!黒い炎だ!」
「に、逃げろ!」
「さあ!早く!」
突然の黒炎に部下達が混乱する中、ノエルの言葉にリナは駆け出した。
ノエルは黒炎を操りながら、リナが離れるのを見届けた。
その時、何かが黒炎を貫きノエルの肩を掠めた。
「ぐあ!?」
瞬間全身に落雷を受けたような傷みが駆け巡り、ノエルは倒れた。
「やはり勘はいいようですね。雷の速度をこれを誇るこのエレキダーツが直撃しないとは・・・」
貫かれ出来た道から現れたグリムの両手には、まるで雷を固めた様な形のダーツが握られていた。
「ですが惜しいですね。このダーツは電気の固まり・・・かすっただけで全身に電気が駆け巡るのです。素晴らしいでしょ?」
そう言いながらグリムは脇に燃える黒炎を一瞥した。
「しかしこれで確信しました。貴方・・・力を使いこなせていませんね」
グリムの指摘にノエルはギクッと反応する。
「黒炎・・・いえ、黒の魔術は魔帝のみが持つ至高の強化魔法。炎に宿れば全てを焼き尽くす黒炎に、雷に宿ればあらゆるものを打ち砕く豪雷に、肉体に宿らせればどんな攻撃も弾く鋼の肉体に・・・この力こそノルウェが魔帝と呼ばれた由縁です。しかし貴方のは黒炎にはなっていますが、威力は子供騙し。そもそも、完璧に操れれば私の技くらい簡単に防げたでしょうけど」
グリムは話ながらノエルに歩み寄ると、腕を掴んだ。
ノエルは痛みで顔をしかめる。
「貴方に恨みはありませんが・・・このまま帝都に引き渡し・・・ん?・・・あつあ!?」
ノエルは捕まれた腕から黒炎を出し、グリムの右手を焼いた。
グリムが慌てて手を離すと、ノエルはよろめきながら立ち上がった。
「すみませんが・・・まだ捕まるわけにはいかないんです・・・それに・・・」
ノエルは瞳に体のダメージを感じさせない強い光を宿し、グリムを見据えた。
「ある人に強くなるって・・・約束したんです」
「こ・・・このガキ!下手に出てれば調子に乗りやがって!お前ら!」
「へい!」
グリムの命令で、部下達がノエルを囲む。
ノエルは牽制しようと黒炎を出す。
「ビビるんじゃねえ!コケおどしだ!ちょっと我慢すりゃなんでもねぇ!」
グリムの言葉に、部下達は意を決しノエルへと突撃する。
ノエルは黒炎を放とうとするが、痛みでよろめいてしまう。
ここまでなのか・・・ノエルは心の中でそう呟いた。
「なに勝手に諦めてんだよ、小僧?」
ノエルの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
ノエルが目の前を見ると、突撃してきた部下達が宙を舞っている。
かつてディアブロに助けられた時の様な光景にノエルは驚いた。
だがノエルの前に立っていたのはディアブロではなかった。
「リ・・・リナさん!?」
逃げたはずのリナが自分を守るように立ちはだかっていたのだ。
部下達が地面に落ちると同時に叫ぶノエルに、リナは苦笑しながらやれやれと首を振る。
「全く、ちょっと頼もしくなったと思って様子見てたってのに・・・」
「いや、だってリナさん・・・ええ!?」
先程と正反対の男の様な口調とギラギラした目付きに、ノエルは混乱を隠せなかった。
無論、混乱したのはノエルだけではなかった。
「な・・・なんだあの女は?何故私の部下があんな小娘ごときに・・・」
グリムは目の前の出来事が信じられなかった。
先程まで眼中になかった大人しそうな女が、いきなりノエルと部下の間に現れ、目にも見えぬ速さで部下を殴り飛ばしたのだから。
そんな中、ノエルはある事を思い出す。
先程聞こえた言葉・・・今のリナの雰囲気・・・そしてこの強さ・・・ノエルは信じられなかったが、目の前の状況を見てそうとしか思えなかった…。
「リナ・・・さん・・・あなたは・・・もしかして・・・」
ノエルの言葉にリナはイタズラのネタばらしをする子供の様な笑みを浮かべた。
「改めて自己紹介してやるよ。俺の名はリナ・サタ。またの名を、五魔最強、魔王・ディアブロだ」
「え・・・ええ~!!?リナさんって男だったんですか!?」
自信満々に言うリナの告白に驚き叫ぶノエルの頭に、リナの拳骨が飛んだ。
「馬鹿野郎!俺はれっきとした女だ!!」
「え・・・だって俺って言ってるし・・・あの時だって・・・」
「これは元々だ!つかお前!あの時もうら若き乙女におじちゃんとか言いやがって!結構ショックだったんだぞあれ!」
「す・・・すみません・・・」
憤慨するリナに謝りながら、ノエルは彼・・・いや、彼女がディアブロであることを確信する。
(あの時と同じ拳骨だ・・・)
ノエルは痛みを感じながらも、あの頼もしかったディアブロを思い出し、懐かしい安堵感を覚え思わず表情を綻ばせる。
そんなノエルの様子に、リナは「たくよ・・・」といいながら頭をかく。
「なにニヤついてんだよお前は・・・そういうのはな・・・」
そこまで言うとリナは軽く跳ねてノエルの横に立つ。
すると先程の場所にダーツが数本突き刺さっていた。
「あのアホをぶちのめしてからにしろよ」
リナが正面を見据えると、グリムは「ぐ・・・」と小さく呻く。
「おいどうした?さっきまでとは随分態度が違うじゃねぇか?」
「まさか・・・こんな小娘がディアブロとは・・・」
そこまで言うと、グリムはニヤリと笑みを浮かべる。
「だが残念でしたね!あなたの勇名は10年前のもの!今や身を隠して暮らすただの敗残兵!部下程度には勝てても私には通用しませ…」
「ゴチャゴチャうるせえよ。さっさと来いよド三流。こっちはこいつと話さなきゃならない事が色々あるんでな」
「ッ・・・この小娘が!!」
リナの挑発に激昂しながらグリムは瞬時にエレキダーツを形成し投げた。
(先程のダーツで奴の速さは見切った!例え全力じゃなくても、奴の速さでは雷の速度は完全にかわせない!)
グリムが思考する間に、何本もの稲光がリナに直撃した・・・はずだった。
「雷のダーツか。器用なことするな」
リナが少し感心した様に言う中、エレキダーツは全てリナの目の前で止まっていた。
動きが止まったエレキダーツはそのまま小さく放電しながら消え去った。
「ば・・・馬鹿な!?」
目の前の現実が理解できない様にグリムは思わず叫んだ。
それも当然だ。
グリムの目にはリナが何もしていないのにエレキダーツが止まり、消えたように見えたのだ。
グリムはその事実を否定するようにエレキダーツを何本も投げるが、全て同じ様に止まり消えていく。
「貴様・・・何を・・・何をした~!?」
動揺し叫ぶグリムに、リナはどうとでもないように言う。
「どんなに早くて威力があっても、当たらなきゃ意味ねぇよな?だから当たらないようにしただけだよ」
「な、なんだと!?」
「まあ、そんだけ投げる姿が見えてれば、弾道読んで余裕でかわせるけど・・・こんな感じで」
瞬間リナの姿が消えた。
「(馬鹿な!?先程と別物の速さじゃないか!?)ど、どこに!?」
「ここだよ」
グリムが振り返ると、リナが立っていた。
「ひ!?ひぃ!?」
全く気配もなく背後を取られたグリムは思わず尻餅をついてしまう。
「お前もちょっとは出来るみてぇだが・・・所詮井の中の蛙ってやつだな」
そう言いながらグリムを見下ろすリナは、静かに拳を振り上げる。
その姿に、グリムは魔王ディアブロの意味を理解する。
「覚えとけ・・・こいつが五魔最強の拳だ!」
降り下ろされた拳は顔面にめり込み、グリムを地面に叩きつけた。
殴られた箇所に拳の跡がくっきり浮かび、グリムは白目を向き気を失った。
「う・・・嘘だ・・・」
「本当に・・・ディアブロ・・・」
圧倒的な格の違いを目の当たりにしたグリムの部下達はその場に凍りつく。
「・・・いつまでに見てんだ!?さっさと消えねぇとてめぇらもぶちのめすぞ!?」
「ひ!?ひぃ!?」
「すんませんでした!!」
部下達はグリムを抱えると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「たく、小物丸出しじゃねえか・・・さてと・・・」
リナはノエルの方に歩み寄る。
「おいどうした?お前まで呆けてんのか?」
「あ、いや、その・・・なんだか色々驚いたり、安心したりで・・・えっと・・・ディアブロさん?」
「リナでいいよ。にしても、まさかこんな形で会うとはな」
そう言うと、リナはノエルの頭に優しく手を置いた。
「まだまだ頼りねぇが、ちっとはマシになったみたいだな・・・ノエル」
「!・・・はい」
ニカッと笑うリナにそう言われ、ノエルは込み上げる何かを抑えながら返事をした。