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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
294/360

人魔決戦・開戦

 バクヤ平原。

 広々とし起伏も少ないその地は、普段なら穏やかな空気が流れる場所だが、今は逆に張り詰めた空気に満たされている。

 西側にノエル達の連合軍。

 東側にタナトス率いる魔族と死人の軍。

 その両者が睨み合う形で陣取られている。

 その魔族側の軍の奥で、タナトスは戦場を見下ろしている。

「ミスタータナトス。 どうですかね人の軍は?」

 背後に現れたベアードに視線を向けると、ここに来るまでの間苛立っていたのが嘘のように機嫌がいい。

「どうもこうもないよ。 この大陸のデカイ国の連合軍って聞いてたから期待してたのに、あれじゃだめだよね〜」

 タナトス達は縦長に陣形を組み厚みを増しいるのに対し、ノエル達の連合軍は扇型に陣形を取っている。

 タナトスはそれを見て鼻で笑った。

「あれなら確かに自分達より大きい兵力でも囲んで戦えるって思ったんだろうけど、兵力差があり過ぎるよ。 苦肉の策以外の何ものでもないよ。 よっぽど向こうの軍師は馬鹿なんだろうね〜」

「その割には楽しそうですな」

「そりゃそうだよ。 勝ちが決まった勝負で自分のコレクション大暴れさせられるんだもん。 しかも皆殺しにすれば一気にまたコレクションが増えるしね。 たまらないよもう」

 タナトスは子供の様な、しかし邪悪さを滲ませる様な笑顔で笑った。

 まるでこの戦いが自分にはただの遊びでしかないと言う様に。

「まあ、決まった勝利というのもなんとも虚しいものではありますがね」

「うるさいな〜。 楽しみ方は人それぞれだからいいでしょ?」

「そうですな。 しかし向こうにはミスターサタン等もいるので、用心した方がいいかと」

「サタンね。 ま、それもこいつら使えば問題ないでしょ」

 そう言うタナトスの頭上を、巨大な竜の影が通った。

 上空にはタナトスが蘇らせた竜や天翼族の戦士が数万。

 地上にはそれを超える数の兵に加え、今はほぼ滅びた巨人族(ジャイアント)の戦士も数千人。

 しかも主力はどれもタナトス選りすぐりの歴戦の戦士ばかり。

 これで負けるなんて絶対ありえない。

 タナトスはそう思うと益々顔を邪悪に歪ませる。

「さてと、開戦といこうか。 連中に地獄を見せてやるよ」

 タナトスが合図すると、前方の部隊が突撃を開始した。

 数にして約20万。

 全軍の6分の1程度だがそれでも連合軍よりも多い。

 更に大型の魔獣や魔族の死人が大量に導入されている。

 そんな軍団が死を恐れずに連合軍に向かってくる。

 普通であれば、恐怖しかない様な光景だ。

 だが、そんな死人の軍団を前に現れたのは一人の優男。

 その男は扇で口元を隠しニヤリと笑んだ。

「おいでませ。 太郎丸殿」

 すると死人の軍団の前で突如地面が隆起した。

 それはどんどん伸びていき、ついには長く巨大な砦の壁の様になった。

 突如現れた巨大な壁に驚きながらも死人の軍団は壁を破壊する為に突撃していく。

 だが触れた瞬間、死人は次々と壁の中へと取り込まれていってしまう。

 それを見ていたベアードは物珍しそうに「ほぉ」と呟いた

「これは面妖な。 まるで生きた砦が急に現れた様ですな」

「あれは、確かヤオヨロズの」

 先程まで機嫌がよかったタナトスはギリッと歯ぎしりをした。






「全く、なんだよこの出鱈目なのは」

 壁の上に立ちながら呆れた様に言うイトスに、壁を出現させたセイメイは楽しそうに笑う。

「出鱈目とは心外な。 この方は妖怪、そちらの国で言う亜人の一種でぬりかべという種族でしてね。 特にこの太郎丸殿は一族随一の巨体を誇るお方なのですよ」

「にしたってこのデカさわな」

 イトスは自分の立つ太郎丸を改めて見下ろした。

 高さ66メートル。

 横に約1km程伸び、文字通り生きた砦の様な姿だ。

 こんな生き物がいるのかとイトスは驚くが、セイメイはなんの事はないという調子で続けた。

「私はこの手の方々と盟約を結んでおりましてね。 安全な生活を提供する代わりに有事の際は手を貸してもらうというものです。 イトス殿の精霊の方々と同じですな」

「それにしたって、出鱈目すぎるだろうがよこれは」

「私、こう見えて器用でしてね」

 器用ってレベルじゃねぇよと呆れるイトスに、セイメイは「それに」と付け足した。

「マサユキ殿の“敵の眼前に瞬時に砦を出せ”等と無茶な願いを叶えるにはこの位こなせなくては」

 マサユキが作戦の第一段階としてセイメイにその指示をしたのは知っているが、無茶苦茶なエルモンドのそばにいたイトスからしても無茶苦茶な話だった。

 一夜で城を建てたなんて話は聞いた事があるが、流石にこんな無茶は普通なら考えない。

 セイメイの能力の特異性を理解しているからこそなのだろうが、それにしたってそれをこの大戦で実行する事自体思い付いても出来ない。

 本人も言っていたが力押しも良い所だ。

「まあ、私としても折角人と魔という伝説に語られる様な大戦です。 張り切らぬ訳には参りませぬからね。 貴方もそうでしょう? モンストロ殿?」

 セイメイに呼ばれ、イトス達の後ろから巨大な影が現れる。

 シロナガスクジラの海人(シーマン)にして海人(シーマン)の長モンストロ。

 ジャバをも超える30メートルの巨体ながら、その表情は長として冷静かつ穏やかなものだった。

「私は、ノエル陛下達に同胞を救っていただいたお礼をするだけですよセイメイ殿。 それに、この様な自体ですから、我らも役目を果たさねばなりません」

「では、海を束ねる長の力、間近で拝見させていただきましょうかね」

 モンストロは頷くと、頭を下にいる死人の軍団に向ける。

大海浄波(たいかいしょうは)

 すると頭にある穴から大量の海水が吹き出した。

 海水は一気に死人の軍団を飲み込み、まるで海が出来たと錯覚する様な光景となった。

「後は任せよう、海の戦士達よ」

 モンストロの声に反応しメガロを先頭に何体もの海人(シーマン)が飛び込んでいく。

「さて、引く前に一気に片付けるかね」

 飛び込んだメガロは高速で泳ぎ、水中でもがく死人の頭を容赦なく噛み砕いていく。

「さあ、水が無くなるまでが勝負だ! それまでの間に敵を減らすぞ!」

 メガロの号令に海人(シーマン)の戦士達はそれぞれ死人に襲い掛かった。






「始まったか」

 連合軍の左翼に布陣していたエルフ騎士(ナイツ)のヴィクターは中央の戦闘に意識を向ける。

 その横にクロードとリーティアが静かに降り立った。

「さて、こっちにももうすぐ余波が来るだろうね。 じゃあよろしく頼むよヴィクター君」

「承知した」

 ヴィクターは魔力を込めると、地面を大規模に隆起させる。

 そしてカーブを描く様に巨大な壁を作ると、モンストロの出した海水で流されてきた死人の軍団を塞き止める。

「土に還るがいい」

 ヴィクターが片手を上げると壁の外に集められた死人の軍団の両脇の地面が隆起し、左右空挟む形で飲み込んでいく。

 地面に貪り喰われていく死人達を見てクロードは苦笑する。

「全く、マークス陛下もこんな隠し玉を持ってるんだから人が悪いよね」

「貴方方五魔の武勇に比べれば私の力など微々たるもの。 故に私も存分にそちらに背中を任せられます」

「そう期待されたら、応えなきゃ悪いよね。 行くよリーティア」

「ええ、クロード。 一気に片付けましょう」

 クロードとリーティアは魔力を共鳴させ倍増させ、上空にいくつもの魔力の玉を生みだしていく。

「「フレアダンス!!」」

 玉から打ち出されたいくつもの熱線が、ヴィクターがうち漏らした死人達に降り注ぎ容赦なく撃ち抜いていく。

 更に撃ち抜かれた死人はその場で炎上し、燃え尽きて崩れ落ちていく。

「出し惜しみは無しだ。 私とリーティアの力、存分に教えてあげるよ」






 連合軍の右翼では、左翼と打って変わり静寂が包んていた。

 巨大な氷の壁がそびえ立ち、そこから伸びた氷の茨が死人達を刺し貫き凍らせていく。

 その壁の上から蟲人(むしびと)の女王リリィは珍しそうに目を輝かす。

「なんということじゃ!? これが氷か!? この様な術が使えるとは、そちはなんと優れた術者じゃエドガー!」

「お褒め頂き光栄ですよリリィ陛下」

 元反アルビア組織コキュートの王エドガーが腕を振るうと茨が次々と死人に襲い掛かる。

 海水で濡れている事もあり死人達は動きを鈍らせながら凍りついていく。

「そちの様な者を配下にしておるとは、ノエルも侮れん奴じゃな」

「私達はノエル陛下に呪縛から解放してもらいました。 だからこそ今この力を陛下の為に使う。 それがかつて過ちを侵した私の新たな使命です」

「果報者じゃなノエルは。 では、わらわも共に暴れるか」

 リリィは後ろにいる自身の率いる第四部隊にフェロモンを飛ばす。

 すると第四部隊の者達の体に活力が漲ってくる。

「さあ新たな同胞達よ! 今こそ種族も国も超え、わらわ達の力を思い知らせてやるのじゃ!!」

「しゃあ! 行くぞ野郎ども!!」

 マゴイチの火縄銃を皮切りに、ドルイド等遠距離攻撃を得意とする者達の魔術や弓矢が一斉に死人達へと降り注いだ。





 蹂躙されていく先発部隊に、タナトスはイライラした様に戦場を睨みつけた。

「これはなかなかやりおりますな」

「ふん。 あんな連中、どうって事ないさ。 兵力も力もこっちが上だし、まだ主力は出してないんだからね」

「ならばどうしますミスタータナトス? このまま小出しにするか、それとも策を練るか」

「全軍で叩き潰すさ」

「それはまた豪快ですな。 しかし、敵の様子を見るともう少し慎重になった方がいいかと」

「僕に指図する気?」

 タナトスが睨みつけると、ベアードはやれやれと肩をすくめる。

「わかりました。 軍の責任者は貴方ですからな。 従いましょう」

 タナトスは立ち上がると言い放った。

「遊びは終わりだ! 連中の何もかも押し潰せ! 僕に選ばれた者の力を、僕に見せてみろ!!」

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