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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
290/360

幕間 あらくれとエルフ騎士(ナイツ)

 ヤオヨロズ合流というノエル達にとって喜ばしい事が起こった矢先にそれはプラネの食堂で起こった。

「なんだとこらぁ!? もういっぺん言ってみろ!!」

「何度でも言おう! 貴様らの様な野良犬が我らと同じ場にいること自体間違っているのだ!」

 たまたま近くを通りかかったノエル達が見たのは、一触即発な空気で睨み合う2つのグループ。

 片方はルシス所属のエルフの戦士達。

 もう片方はガルジ傘下のあらくれ達。

 両者睨み合い、今にも殴り合いが起りそうになっている。

「え? どうしたんですかこれ?」

「喧嘩だろ? 軍じゃよくある事だろ」

「連合軍だしいざこざはあるだろうけど、これは少しほっとけないわね」

 仲裁にエミリアが出ようとすると、それよりも早く二人の人物が両陣営の前に割って入る。

「貴様ら! 何をしている!? マークス陛下の顔に泥を塗るつもりか!?」

「ヴィ、ヴィクター騎士団長! も、申し訳ありません!」

「ほらほらみんな。 あまりヤンチャするとまたガルジに絞められるよ? 暴れたいなら魔族相手にね」

「ゲ!? 参謀の兄ちゃん! す、すまねぇ! この件は頭には言わねぇでくれ!」

 二人の声で散っていく両陣営を見ながら、エミリアは感心した様子を見せる。

「確か彼は、エルフ騎士(ナイツ)のヴィクター殿ね。 あれだけ殺気立ったエルフ達を一喝で収めるなんて、流石の統率力ね」

 ヴィクター・サーヴァン。

 翡翠色の鎧に身を包んだ銀髪の長髪が特徴的なこのエルフはルシス最高戦力のエルフ騎士(ナイツ)の中で最強に君臨する男であり、マークスの腹心とも言える存在だった。

 また、先の戦いでデスサイズに殺されたヴェルク・サーヴァンの弟でもある。

「あいつも凄いけどよ、もう一人の方もやるじゃねぇか? あんなのガルジの下にいたか?」

 リナはあらくれ達を収めた方の青年を見て首を傾げる。

 引き締まった体にあらくれ達とは正反対の品のある仕草は、どことなく貴族を思わせる。

 注目されている二人はノエル達の存在に気が付くと歩み寄っていき頭を下げた。

「これは皆様。 挨拶が遅れ申し訳ありません。 マークス陛下配下、エルフ騎士(ナイツ)が一人ヴィクター・サーヴァンと申します。 我が軍の者がお見苦しい所をお見せして大変申し訳ありません」

「此方もすみませんでしたノエル陛下。 折角久し振りの再会なのに内のみんながやらかしてしまって」

「え? 久し振り?」

 首を傾げるノエルを見て、あらくれ達を纏めた青年はショックを受けた様に固まった。

「あれ? もしかして忘れてます? 確かに一回しか会ってませんけど。 というかあれ?

リナさんやエミリア様も忘れてます?」

「え? 私も?」

「全然知らねぇ」

 エミリアにすら忘れられている事実に完全にショックを受けた青年は涙目になりながらエミリアに訴えた。

「僕ですよ! 貴女にガルジのお目付け役命じられたコルトバです!」

 名前を聞いて、ノエルとエミリアは漸く思い出した。

 エミリアがアーサー時代にガルジのお目付け役を命じられ、そのままガルジが聖五騎士団を抜けた後古巣の盗賊団へ半強制的に入らされた貴族の青年だ。

「いや、随分逞しくなりましたねコルトバさん」

 元々のでっぷりとした体格だったコルトバだが、今は程よく筋肉も付き美青年と言っても過言ではない程変貌を遂げていた。

「そりゃガルジの所で盗賊生活なんてしてれば嫌でもこうなりますよ。 というかエミリア様完全に僕の存在忘れてましたよね?」

「いや、あまりに変わっててつい」

「男だと思ったら実は女性だった人に言われたくないですよ“アーサー”様」

 申し訳なさそうにするエミリアの横で「やっぱ思い出せねぇ」とまだ考えるリナに、コルトバは更に落ち込んだ。

「え、えと、とにかく、さっきの騒ぎは何だったんですかヴィクターさん?」

 ノエルが聞くと、ヴィクターは説明を始めた。

 どうもきっかけは数日前のエルフの戦士達の一言だったらしい。

 曰く、あるエルフの戦士があらくれ達を見て「何故あんな駄犬がこの軍に参加しているんだ」と仲間に言ったのがあらくれ達の耳に入ったらしい。

 以来小規模ながらあらくれ達とエルフ達との間で小競り合いが起き、今日とうとう乱闘一歩手前まで来てしまったというわけだ。

「彼らには厳罰を与え二度とこの様な事が起らぬ様にとしますので、どうかご容赦を」

「いえ、そんな大事にしなくても・・・」

「ま、エルフ連中がそういうのもわかるけどな。 連中からしたらあいつらと組むなんて考えてもみなかったろうしよ」

 エルフは本来プライドの高い種族だ。

 高い魔力と不老とも言える肉体を持ち、亜人の中でも上位として君臨している。

 その中でも彼らはマークスに選ばれた精鋭の戦士だ。

 そんな彼らが盗賊等と手を組み戦うなど、本来ならあり得ない事だった。

 一方であらくれ達からすればエルフの戦士達はいかにもお高く止まった貴族という様な態度のいけ好かない連中という印象だ。

 そもそも、ゴンザ達の所のあらくれ達と違ってガルジの傘下は本物の盗賊や山賊達だ。

 元々の王や貴族に従うなどという事に抵抗感を持つ者が多い。

 それが自分達を見下す様な態度を取れば気に入らないのは当然と言える。

「我々はマークス陛下のお力により今でこそこうして国を築ける程になりましたが、元々は魔界の奴隷種族でした。 当時の事を覚えている同胞もおり、お恥ずかしいですがその事を思い出さぬ様にああいう態度を取ってしまう傾向の者も少なくないのです」

 今回の戦いはエルフ達からすれば、魔族にかつてとは違うという事を見せ付けるという意味もある。

 そのある種の聖戦に盗賊やら山賊崩れが参加するのが納得出来ない者がいるのは仕方のない事だった。

「でも、このまま放置という訳にはいかないでしょうね。 肝心な時にまた喧嘩されたら、軍にとって致命傷になりかねないもの」

「ええ。 だから僕もヴィクターさんとは何度も話し合っているんですけど、その場しのぎ位しか今は手が無くて」

 上から抑えても、この手の禍根はそう簡単に消えるものではない。

 万一エルフとあらくれの不和が表面化すれば、大きな衝突になる可能性が高い。

 魔族との決戦を前にそんな事は避けたいノエル達が悩んでいると、リナは何でもない様に言った。

「ならよ、決着付けさせればいいじゃねぇか」






 その後、プラネの広場に人だかりが出来てきた。

 その中央には先程揉めていたエルフとあらくれ達。

 そして、ガルジとヴィクターが対峙していた。

「ヒャ〜ッハハ! 急に呼び出してなんだと思ったが、随分面白そうな事やらかそうとしてんじゃねぇかコルトバよ〜!?」

「ガルジ、あまり相手煽らない様にね」

 ガルジの横で頭を抱えながら、コルトバは両者の中央に立つリナの事をジッと見た。

 リナはそんな事お構いなしに両陣営に言い放った。

「おらてめぇら! チマチマ我慢してっからいつまでもスッキリしねぇんだ! ならよ、ここらで一気に決着付けてくだらねえ喧嘩終わらせろ! ただし、大将同士の一騎打ちでな! お互いの一番強い野郎同士がやり合うんだ! これなら文句ねぇよな!?」

 リナの声にあらくれ達から歓声が上がり、エルフ側も無言で頷いた。


 その様子を離れた所からノエルはエミリアとマークスと共に見ていた。

「すまないねノエル王。 内の者達が迷惑をかけてしまって」

「その割には少し楽しそうですねマークス王」

「いや〜、こういうのは嫌いじゃなくてね。 まあ娯楽が少ない王様生活をしているからそこは目をつぶってくれ」

 よく女の子をナンパしているくせにと言う二人の視線を気にする様子もなくマークスは中央の二人を見ている。

「しかし彼女らしいね。 どっちが上かハッキリさせて収めようなんて。 まあ一番シンプルで後腐れのない方法ではあるけど」

「そのせいでちょっとしたお祭り騒ぎだけどね」

 両者の周りにはあらくれやエルフ達以外にも見物人が多く、ラバトゥやセレノア、ヤオヨロズの兵達は勿論、アクナディンやサタン等酒盛りしながら観戦を始める者達までいる。

「まあここの所慌ただしかったし、息抜きにいいんじゃないかな? それに、火種は早めに消しとくに限るしね」

 「やっぱり楽しんでる」とノエル達は思ったが、ツッコんでも無駄だなと思い視線を中央の二人に戻した。


 ヴィクターは周りの空気に「どうしてこうなった?」と思いつつも、気持ちを切り替え正面のガルジと向き合った。

「原因が此方の者だとはいえ、こうなってしまっては仕方ない。 戦うからには加減はしないつもりなので了承してもらいたい」

「ハッ! 寧ろ好都合だっての! ここんとこ雑魚でしかやってねぇからな! 加減なんてしやがったらマジでぶっ殺してやるよ!」

 やる気満々のガルジに、ヴィクターは魔力を集中させる。

「ならば、遠慮なく」

 するとガルジの足元からいくつもの石柱が現れガルジの腹を直撃した。

 開始の合図もない状態での奇襲に周囲がざわめき、あらくれ達からはブーイングが、エルフ側からはヴィクターの意外な行動に動揺の声がもれる。

 だがそんな周囲とは真逆に、ガルジは愉快そうに笑った。

「ヒャハ! 上品な面してやるじゃねぇか」

 ガルジは石柱が当たった場所に鱗を出現させガードしダメージはなかった。

「仮にも元聖五騎士団最高幹部の一人に油断や加減をする程私は自惚れていないのでね。 それに、戦いに合図も何もないだろう」

「気に入ったぜ! ならこっちもしっかり礼をしねぇとな!」

 ガルジは両手から爪を出すとヴィクターに斬りかかる。

 だがヴィクターは自分の立つ地面を隆起させ避け、そのまま隆起した地面を移動させながら周囲から土の盛り上げ出現させガルジに襲いかからせる。

 土の津波の様な攻撃をガルジは爪で引裂き、一気にヴィクターへと間合いを詰める。

 ヴィクターは再び地面を隆起させ爪を防ぐと鉱石の散弾をガルジに向けて放つ。

 ガルジは竜人化を使い全身を鱗で覆いそれをガードすると咆哮した。

「土使いか。 お上品なエルフにしちゃあ泥臭い戦い方するじゃねぇか」

「兄が風使いなのでね。 バランスが取れて丁度いいのだよ。 それに、大地がある限り私に出来ぬ事はない」

 本人の言う通り、ヴィクターの得意技は土の魔術。

 その力は広範囲に及び、対人、対集団戦どちらに置いても圧倒的な強さを誇る。

 また攻守ともに優れており応用も効く事から、兄と並び“天地の支配者”と称された程だった。

「随分大仰なこった! そうこなくちゃおもしろくねぇ!」

 ガルジは愉快そうに笑うとヴィクターに飛びかかり、ヴィクターは土や鉱石を操り迎撃する。

 ガルジの尾がヴィクターの土の波を粉砕したかと思うと、ヴィクターの分厚い土壁がガルジの爪や牙を防ぐ。

 両者一歩も譲らない一進一退の攻防に、周りはいつの間にか歓声をあげていた。

「泥遊びも楽しいが、そろそろ終いにしてやるよ!」

「ならばこちらも、相応の力で応えよう」

 ガルジは爪に力を込め突進し、ヴィクターは先程よりも大きく土を隆起させ土石流の様に降らせ迎え撃つ。

「そこまでだ」

 だが両者の攻撃は割って入ったリナに止められた。

 ヴィクターの土石流とガルジの爪の両方を重力で固定し、完全に動きを封じた。

「てめぇ! 焚きつけといて邪魔すんじゃねぇ!」

「いや、そうするつもりはなかったんだけどよ、このまま行くと多分後々面倒になるからよ」

 リナの視線の先には、自分達もやりたそうにするアクナディンやラグザ等戦闘好きの姿があり、このまま続ければ確実にこの周辺が更地になる大乱闘へと発展する。

「つうわけだからここは引き分けって事にしといてくれや。 埋め合わせてお前とは今度やってやるからよ」

 ガルジは暫くリナを見ると、舌打ちしながら竜人化を解いた。

「仕方ねぇな。 楽しみはまた今度にとっといてやるよ」

 ガルジはそう言ってその場を去るとコルトバは頭を下げながらそれに付いていった。

「悪いな、横槍入れちまってよ」

「いや、こちらとしても止めてもらって助かった。 それに、どうやら目的は達成した様だ」

 ヴィクターが見るとあらくれもエルフも関係なく先程の戦いに興奮し歓声をあげていた。

 わだかまり自体完全に消えたかどうかはまだわからないが、少なくとももうどちらかを下に見る様な事はしないだろう。

「たくよぉ、こうやって見ると種族だなんだなんで関係ねぇな」

「そうだな」

 ヴィクターはリナと一緒に興奮し騒いでいるあらくれやエルフ達を見ていた。






 戦いを終えたガルジは、葡萄酒の瓶を片手に一人で飲んでいた。

「一緒に飲んでも構わないか?」

 声をかけてきたヴィクターに、ガルジは「好きにしろ」と興味なさそうに言った。

 ヴィクターは正面に座ると持参したルシス産のワインを木製のジョッキに注ぐとガルジに勧めた。

「先程は感謝する。 此方のせいで面倒をかけた」

「別に構わねぇよ。 こちとら暴れたいから暴れただけだ」

 ガルジはそう言ってジョッキを飲み干すと、気に入ったのかジョッキを差し出しヴィクターは更に注ぎ、自分のジョッキにも注いだ。

「なら一つ聞いていいか?」

「? なんだよ?」

「なぜ手加減した?」

 ガルジは口に運ぼうとしたジョッキを止め、ヴィクターの方を向いた。

「竜人化したならば、私の土壁程度簡単に破壊出来た筈。 なぜ本気を出さなかった」

「てめぇが本気出してねぇからだよ。 いや、違うか。 あそこじゃ出せねぇってのが正確か」

 ガルジの指摘にヴィクターは「見抜かれたか」と呟いた。

 ヴィクターがガルジを本気で倒すつもりなら、もっと大量の質量の土を使う必要があった。

 だがあの場でそれをすれば周囲を破壊するのは勿論、見ている者達に被害が出る。

 だからあの場ではあの程度の土しか操れなかったのだ。

 此方の状況を瞬時に見抜き、それに合わせて戦ったガルジの見た目に合わぬ思慮深さにヴィクターは少し驚いた。

「てめぇが本気でやり合える様になったら今日の続きだ。 今度はたっぷり相手してやるよ」

 ジョッキを飲み干すガルジを見ながら、ヴィクターはなんとなくこのガルジという粗野で乱暴な男が気に入った。

「ならば、これから前哨戦といかないか? 向こうで一部が酒盛りをしているのだが、どちらが先に潰れるか勝負といこう」

 ヴィクターの提案に、ガルジは目をギラリと光らせ愉快そうに笑った。

「ヒャ〜ッハハッ! 上等だ! てめぇ上品な面していい度胸してんじゃねぇか! 気に入ったぜ! とことん付き合ってやるよ!」

 ヴィクターは自分のジョッキを飲み干すと、ガルジと共に酒盛りをしている者達の中へと入っていった。

 途中アクナディン達まで乱入し、翌日参加した全員酷い二日酔いに悩まされた。

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