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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
289/360

茶の湯

 会談の後で、ノエルはケンシンに連れられヤオヨロズの駐屯地に来ていた。

 現在プラネには各国の軍が集まってきているが、流石にその全てをプラネに収容する事は出来ない。

 そこで各軍プラネの周辺の森の周りにそれぞれ駐屯地を作り、そこに兵の大部分はそこで生活してもらっている。

 勿論、可能な限り不自由の無いようにプラネ側のドワーフの職人達を駆出しそれぞれの国と協力し、必要な施設を建設した。

 到着したばかりのヤオヨロズの駐屯地にはドワーフの職人とヤオヨロズの職人が共同で作業を進め、宿泊施設等を今も建設している。

 ヤオヨロズの職人達も有能でプラネのドワーフ達とも上手く連携し、このまま行けば簡易的な物ならすぐにある程度揃えられるだろう。

「活気がありますね」

「ええ。 プラネの職人達に触発されたのでしょう。 ドワーフと言うのでしたね? いい職人達です」

「しっかし、本当変わった格好だな。 ヤオヨロズの連中は」

「リナさん、あまり見ると失礼ですよ」

 物珍しそうにキョロキョロとヤオヨロズの兵達を見るリナを嗜めるノエルを見て、ケンシンの後ろを歩くシンゲンが笑った。

「構わん構わん。 寧ろこっちも慣れん異国じゃし、お互い様って事でええじゃろう。 なんなら後でこちらの菓子でも馳走しようか?」

「お、話がわかるじゃねぇか爺さん」

 護衛で付いてきた筈が後ろで談笑する二人に、ノエルとケンシンは顔を見合って苦笑する。

「お互い、なかなか完全に二人きりという訳には行きませんね」

「ですね」

 返事をしながら、ノエルはケンシンという人物を観察した。

 王としての性質はラバトゥのアクナディンに近いと聞いているが、その雰囲気は異なる。

 中性的な見た目や僧侶の様な白装束も影響しているのか、どこか透き通るというか、神秘的な空気を纏っている。

 なので先程会談で殆ど発言をしなかったが、その場にいるだけで存在感を示している。

 かと思えばこうして話すと物腰は柔らかく、アクナディンの持つ威圧感は欠片も感じさせない。

 何度も比較対象にして申し訳ないと思いつつ、アクナディンと違いどこか掴めない様な人だなとノエルは感じた。

「着きましたよ、ノエル殿」

 ケンシンが案内したのは、駐屯地の中程にある小さな建物。

 簡易的に建てられたそれはシンプルな造りで、他国の王を招くような場所には見えなかった。

 するとケンシンは人が一人やっと入れる程度の入り口に手を掛けた。

「少々狭いですが、こちらからどうぞ。 あ、あ、武器の持ち込みはご遠慮ください」

 ケンシンは自分の七支刀をシンゲンに預けると、ノエルもそれに従いリナに刀を渡した。

「じゃあわしらはここで待っとるから、お主らはゆるりと話すが良い」

「感謝します、シンゲン」

 ケンシンが履物を脱ぎ先に入ると、ノエルはリナを見た。

「じゃあ、行ってきます」

「気楽に行ってこい。 取って食われる訳じゃねぇんだから」

 ノエルは頷くと、ケンシンの様に入り口に入っていった。

 入って初めてわかったが、あの入り口ではどの道刀を持って入るのは無理だ。

 狭すぎで必ず引っかかる。

 それを計算して作っているのかと感心するノエルは、床が木ではなく何か草を編んで作られているのに気付く。

「畳は初めてですか? 慣れないでしょうが、どうぞそこに寛いでください」

 ノエルは言われた通り敷いてある座布団に座ると周りを見渡した。

 あるのは目の前の囲炉裏と畳と呼ばれる床。

 そして座布団と呼ばれる敷物と何かの道具入れ程度だ。

 狭くて特段豪華でもない、椅子やテーブルすらない特異な部屋。

 だが何故か落ち着く。

 畳の香りと周りから隔絶された様な空間に、ノエルはなんだか久しぶりに穏やかな気持ちになった気がする。

 そんなノエルの姿を見ながらケンシンは道具入れから鉄の釜を取り出すとそれを囲炉裏にかける。

 茶碗や他の見慣れぬ道具を取り出すとケンシンは緑色の粉を茶碗に入れた。

 そして沸いた湯を茶碗に入れると、先がいくつにも分かれた竹の道具でかき混ぜる。

 キメの細かい泡がたつと、ケンシンはそれをノエルの前に差し出した。

「お茶です。 どうぞ召し上がってください」

「いただきます」

 ノエルはそれを受け取ると素直に口をつけた。

 緑色で苦いのかと思ったがとても飲みやすく、深い風味のスッキリとした味わいがする。

「美味しい」

 ノエルが思わずそう言うと、ケンシンはクスリと笑った。

「貴方はとても素直な方の様ですね」

「あ、すみません。 つい美味しくて」

「構いませんよ。 そういう面が見たくてお連れしたのですから」

「? どういう事です?」

「茶室は本来、俗世と切り離された場所として扱います。 外の世界でのしがらみも何もかも外に置き去り、人とこうして接する。 それが、この茶道というものです」

「つまり、僕の人となりを見ようとしたという事ですか」

「ええ。 ノエル殿は作法も何もわからない中、自分なりにこちらの礼に応えようとしてくれました。 他国の王と二人きりで何をされるかもわからない状態であるにも関わらず。 とても素直で、真摯に他者と向き合う事の出来る方なのだという事がその行動だけで伝わりました」

 「腹芸は苦手そうですけどね」と言うケンシンにノエルも笑いながらケンシンの意図がわかった。

 つまりケンシンは、自分の人となりを確かめたかったのだ。

 それも会話ではなく、この特殊な空間で、何も知識もない状態での自分の行動や態度を見て、王としてではないノエル・アルビア個人を見極めようとした。

「外と切り離すという事は、貴方も今は王ではなく個人として接していいという事ですか、ケンシンさん?」

 少し態度を変えたノエルにケンシンは頷いた。

「そういう事になりますね。 柔軟さも持ち合わせている様ですね」

「これでも、色んな王様と対話してきましたから」

 アクナディンとは闘いで、マークスとはチェスでと、ノエルはこれまで会った王達との“対話”を思い出す。

「なるほど。 なら、私も己を晒さなければ礼を失しますね」

 ケンシンは上半身に着ている装束の一部を外した。

「? なにを?」

 ノエルは首を傾げるが、それを見てすぐにその意味がわかった。

 装束の下に着ている着物の下で、ケンシンの胸が膨らんでいる。

 それは、ケンシンが女である事を表していた。

「改めて名乗らせて頂きます。 戦の国大名。 そして現ヤオヨロズ代表、ケンシンと申します。 可能なら性別については内密にお願いします」

「そ、それは構いませんが、その、あの・・・」

 別に直接見えているわけではないが、着物の隙間から胸が微かに覗き、ノエルは目のやり場に困った。

 そんなノエルの様子に小さく笑いつつ、ケンシンは胸元を直した。

「ノエル殿はなかなかウブな様ですね」

「そ、それとこれとは別です。 それより、なんで男装を?」

「別に我が国では男が優位というわけではないのですが、この方が何かと都合がいいのですよ」

 考えてみればエミリアも聖王アーサーとして振る舞っていた時は女性である事を隠していた。

 エミリアの場合は女を捨てて仕えるという覚悟を現す意味もあったが、その方が色々やりやすかったというのもあったのだろう。

「もっとも、性別を分かりづらくした方が神秘性が増して民の受けがいいと提案したのはマサユキですがね」

「あの軍師の方ですね?」

「ええ。 当時、我が国は各国でいざこざが耐えませんでしたからね。 それら異なる思惑の国を纏めるには象徴が必要だったんですよ。 そしてそれを保つ為に、随分色々犠牲にもしました」

 少し宙を見詰めると、ケンシンはノエルにいきなり頭を下げた。

「!? なにを!?」

「かつて私は、我が国に所属していたヒサヒデの暴挙を放置しました。 彼の野望による独立を放置し、結果この国に大きな被害を与えた。 そして貴方個人で言えば、お父上であるノルウェ殿に魔帝として生きる決意をさせてしまった」

 かつてヤオヨロズに所属していた(ばく)の国の大名ヒサヒデは独断で独立しアルビアに攻撃を仕掛けた。

 その時仕掛けた爆弾により当時ギゼルのいた町であるメルクは全滅。

 生き残った僅かな者はギゼルにより機械の体となり、ギゼルに大きな心の傷を作り、そしてノエルの父親であるノルウェに魔帝という修羅の道を歩ませるきっかけとなった、アルビアでもトップクラスの悲劇だ。

 当時中立を唱えていたヤオヨロズは、ヒサヒデを止めず、または守りもせず、中立を維持し続ける事を決めた。

 一切干渉しない事で自国の安定を安全を守ろうとした当時のケンシン達の判断は間違ってはいない。

 だがそれで犠牲になった者、人生が狂った者が大勢出た事は事実だ。

 そしてそれは当事者にとっては許せるものではなかった。

「この同盟をクロード殿に持ち掛けられた時、この事は避けては通れないと覚悟を決めました。 償いをする時だと。 今まで放置してきて勝手なのは理解しています。 ですが、この戦いを含めどうか私に、ヤオヨロズに償いの機会を与えてもらいたい」

 頭を下げ続けるケンシンを、ノエルは正面から見続けた。

「王様って面倒くさいですよね」

「え?」

「個人でどう思っていても、国の面子や責任とかで動きたい様に動けない。 どんなに理不尽で不義理な事でも、国民の為にそれをしなければならない時がある。 決定権がある分何でも出来るけど何にも出来ない。 本当、王様って面倒ですよね」

 「僕は結構好き勝手させてもらってますけど」と笑うと、ノエルはケンシンの隣に歩み寄り隣に座った。

「貴女は、多分本当は放置なんてしたくなかった。 貴女以外にもそういう考えを持った人もいたんでしょう。 でも当時の国の状態を見てそうせざる負えなかった。 そしてその後も公に謝罪する事も出来なかった。 だから、僕をここに呼んで個人として謝罪したかった。 そういう事ですよね」

「ノエル殿」

「でも僕はその謝罪を受け取る訳にはいきません」

 キッパリそう言い切るノエルだが、その表情は穏やかだった。

「貴女が本当に当時の事を悔いているなら、その謝罪は僕個人にするべきものじゃありません。 そしてその悔いは貴女だけが背負うべきものでありません。 ちゃんと本当に傷を負った人達にすべきです。 貴女の仲間と一緒に。

それが、貴女のするべき本当の謝罪です」

 諭す様に言うノエルに、ケンシンは漸く顔を上げた。

「貴方は、本当に真っ直ぐですね。 とても王とは思えない位に」

「腹芸が苦手なだけですよ」

 ケンシンはノエルに向き直り手を差し出した。

「約束しましょう。 この戦、必ず生き残り償いをすると。 ヤオヨロズの全てを賭けて」

「ええ、よろしくお願いします、ケンシンさん」

 ノエルはその手を取り、二人は握手を交わした。

 




「なんかそっちの大将も随分大変そうだな」

 茶室の外で待機していたリナはシンゲンに差し入れられた笹餅を頬張りながら話しかける。

「まあ、奴もなかなか苦労しとるのよ。 元々仏門、そちらで言えば教会というのか? そこに入っとんたんじゃが、自国の民の為に俗世に戻ったんじゃよ。 で、戦の才を開花させ、その神秘性も手伝いヤオヨロズの神輿として担がれたというわけじゃ」

「で、あんたはそんなあいつの一番の理解者ってか? わざわざこんなのに一緒に付いてきてるんだしよ」

「いや、一番殺し合っとるだけじゃよ」

 あっさり言うとシンゲンは自分の分の笹餅を頬張った。

「奴の国とは隣合っとったからな。 必然的に何度もやり合った。 じゃから奴の力と性格も嫌というほど知っとる。 そこは向こうも同じじゃろう。 じゃから奴からヤオヨロズを1つにする構想を聞いた時、真っ先に乗った」

「やっぱ理解者じゃねぇか」

「それが一番戦せんで済むと思っただけじゃよ。 わしらだって好き好んで争っとったわけじゃないしの」

 シンゲンは腰を伸ばすと、空を見上げた。

「さっさと戦を終わらせて、のんびり馬で駆け回りたいもんじゃ」

「その為には、あんたらの力期待してるぜ、おっさん」

「ふふ、任せとけ」

 リナの言葉に笑うとシンゲンとリナは拳を突き合わせた。

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