幕間 蟲の苦悩
ノエル達がプラネに帰還し着々と戦力を整えている中、その男はプラネの一画で困惑した顔をしていた。
「? あれって・・・」
ノエルとリナはその男に気が付くと近寄っていった。
「どうしました、オブトさん?」
声をかけられたオブトは慌てた様子で表情を引き締めノエルに対し跪く。
「これはノエル陛下! お見苦しい様をお見せして申し訳ございません!」
「ちょっ、止めてくださいよ! そんな畏まらなくても大丈夫ですって!」
「リリィ陛下が同格と認められたお方に対し礼を失する行為をしては、女王陛下の顔に泥を塗る事になりますので」
オブトの態度に、ノエルとリナは顔を見合わせ苦笑する。
オブトはプラネに派遣された先発部隊の隊長を任せられ、プラネへとやってきていた。
蟲の国初の遠征、その先発隊の隊長を任命されたオブトはいわば蟲人の代表と言える立場だ。
しかも大国が幾つも集結する大きな戦の前に、リリィ達の本隊が各国と連携しやすくする為の下準備の役目も担っている。
そんな重大な任務を任せられたオブトは、かつてノエル達に見せた粗野な態度を引っ込め、特にノエルと接する時はリリィと接する時の様な礼節ある態度を取る様にしていた。
オブトの気持ちもわからなくはないが、元々の姿を知っているノエル達からすればなんとも違和感のある姿だった。
「出来ればもう少し普段通りにしてもらえるとこっちも助かります。 ずっとそれだと疲れるでしょ?」
「つうかあれだけ敵意剥き出しだったのに今更畏まらなくてもな〜」
軽口を叩くリナをノエルが「リナさん」と嗜める中、オブトはバツの悪そうな顔をしながらも「それが、お望みとあれば」と小さく咳払いをし立ち上がった。
「まあ、でもあんたは陛下が認めた相手だから、完全に前みたいにとはいかねぇんで、そこは了承してください」
多少普段の口調に戻ったオブトに、ノエルは「わかりました」と頷いた。
「それでどうしたんですかこんな所で?」
「まさか迷子になったとかじゃねぇよな?」
「流石にそれはねぇよ。 まあ、正直驚かされたのはあるけどよ」
オブトにとって、外の世界はプラネが初めてだった。
建築や道具、武器防具や魔術、果ては食事まで全く自分達の国とは違っていた。
というか、成熟度は完全にプラネの方が上だった。
まだ出来て間もない国と聞いていたにも関わらず、最上と思っていた自分達の国よりも遥かに上な文化水準のプラネに対し驚きを隠せなかった。
更に言えば他の国も多少の違いはあれどほぼ似たようなレベルだと知り、オブトは大きなカルチャーショックを受けた。
「まさかたかが食い物まであんなに手間暇かけて作ってやがるとは、本気でビックリしたわ」
到着した時歓迎の意味を込めて出された食事やノエルが作ったというケーキを見た時は、その見た目の良さと旨さに色々我を忘れかけた事を思い出しオブトは頭を抑えた。
「喜んでもらえたならよかったです。 でもそれじゃあ何があったんですか?」
「いや、その、なんつうかですね・・・」
再びバツの悪そうな顔をしながら口籠るオブトだったが、意を決した様に口を開く。
「実はその、何をすればいいか、戸惑ってるんです」
「? どういう事です?」
オブト曰く、今回先発隊の目的は先程言った様なものに加えもう一つ大きな役割があった。
それは一般の蟲人の個の確立。
リリィの目標は自我の薄い蟲人達に個人の意思をしっかり持ってもらう事。
国外で活動する事でそのキッカケを得られる事を大きく期待している。
先発隊は先に外の世界に触れる事で後から来る者達の手本になるという役目もある。
その為部隊は主にオールマイティに働ける蟻型の蟲人で構成され、それぞれ少しでも興味が湧いた所に配属する様に命じた。
その成果か、本国で主に建築や運搬等の仕事をしていたにも関わらず、兵士や鍛冶仕事、そして料理に興味を持ち給仕班に入る者も現れた。
産まれた時から与えられた役目を果たす事のみに生きてきた蟲人にとってこれは大きな変化であった。
「連中が順調に各部署に溶け込んでくれてること自体はありがたいことなんですが、それで俺自身手持ち無沙汰になっちまっいまして。 かと言って他の奴らみたいに興味を持ったものに触れるにしても戦闘以外からっきしなもので」
オブトは以前同じ近衛であるヘラクレス達に敗れたが、決して弱い訳ではない。
鋭い両手のハサミに尻尾を使った様々な毒の配合、更に地中からの奇襲攻撃と戦闘特化と言っていいものばかりで、正攻法で戦えばヘラクレス以外の近衛には十分勝てるだけの力を持っている。
そして個をしっかり持つようになってからはリリィへの忠誠心もありより戦闘力を上げる事に打ち込んだ。
だがそのせいで他の事には全く興味を示さず、今こうして悩む事になってしまった。
「戦闘の指揮とかそっち方面いきゃいいんじゃねぇか?」
「俺が指揮官タイプに見えるか? 簡単な指示は出せてもこの国の司令官レベルの奴らには敵わねぇよ。 実際配属された連中、俺の時より全然いい動きしやがる」
頭を抱えながらオブトは「それによぉ」と続けた。
「どうせこの戦いが終わったら俺達の国も他の国と関係を持つんだ。 なら戦闘以外の事と身に着けねぇとならねぇ。 女王陛下の側近である俺がそれを真っ先にやらなきゃならねぇってのに、この体たらくじゃ陛下に顔向け出来ねぇ」
落ち込みながらも、その理由がちゃんと戦いの先を見据えているオブトに少し驚いた。
力任せな印象の強かったがこうして何が必要かをしっかりと見極め、その為に何が出来るのかを模索する柔軟性を持っている。
リリィがオブトをこの部隊の隊長に選んだ理由もこういう所なのだろうと、ノエル達は感じた。
「なんなら料理でも教えてやるか?」
「毒使いの料理なんか誰か喰いたがるんだよ?」
「毒・・・! あ、なら良い所がありますよ!」
ノエルに連れられてやってきたのはドルジオスのドワーフ工房だった。
そこには既に連絡を受けたドルジオスとキサラ、そして現在プラネに滞在しているラバトゥ元八武衆の一人マコラガだった。
「おうノエル様! 待ってたぜ!」
「皆さん、すみません急に」
「いえ、ノエル様の命ならばすぐに参りますよ」
ノエルはニッコリ笑うキサラの横にいるマコラガに視線を向けた。
「マコラガさんもありがとうございます」
「いえ、この身がノエル陛下達のお役に立てるなら私としても光栄です」
マコラガは魔族の襲撃の時に負った怪我が原因で戦闘が出来なくなった。
その為現在は八武衆を引退。
ただ毒の知識と調合の腕は衰えていないので、アクナディンの頼みでキサラの元で医療薬の研究の手伝いをしている。
プラネの各部門の責任者が揃っているのを見て、オブトは何が始まるのかと動揺する。
「ノエル陛下。 これは一体?」
「オブトさんは毒を調合出来るんですよね?」
「あ、ああ。 大量にって訳じゃありませんが、独自の毒とかも体内で調合可能です」
「その中に痺れ毒とかはねぇか? 眠らせるのどかでも構わねぇけどよ?」
「ああ、死なない程度に麻痺させる毒なら数種類あるが」
「そいつはスゲェ! なら頼りになるな!」
喜び背中をバシバシ叩くドルジオスに訳がわからない様子のオブトにキサラが説明した。
「今回の敵は死者を扱う者がいます。 ですので殺してはただ死ななくなった兵士を増やすだけになります。 そこで殺すのではなく無力化する武具の制作をしようとこうして集まっていたのです」
「ついでに、あなたの毒から治療薬も作れないかと思ってね。 そのサンプルも貰いたいのよ」
「治療薬!? 毒がか!?」
「毒と薬は紙一重。 調合や使い方次第じゃ他の毒や病を消したり、体の活性化にも使えるの。 蟲人の毒は私ですら知らない様な効果があるって聞くから、かなり興味深いわ」
毒の専門家であるマコラガの説明に、オブトは驚いた様に目を丸くする。
「俺の毒が、人を生かす為に使える?」
考えても見なかった自分の可能性に驚くオブトの背を、またドルジオスが勢いよく叩く。
「ま、武器も毒も使い方次第ってこった! こっちもラズゴート殿の武器の制作も終わって手が空いたしな! たっぷり協力してもらうぜ!」
大笑いしながらそう言うドルジオスに、オブトはまだ驚きながらも初めてリリィと戦闘以外に心が動かされるのを感じた。
そしてこれが、戦いが終わった後に自分達の国の助けになると感じ目を輝かせる。
「おお! 俺に出来る事ならなんでも言ってくれ! 何をすればいい!? 毒を出せばいいのか!?」
「落ち着けって! まずはサンプルをいくつかくれや。 その中で魔族に効くやつや武器加工出来るやつを選別させてくれ」
「無力化以外にも致死製のものもあれば、その解毒薬用のサンプルも頂きたいです」
「任せてくれよ! 俺の毒が役に立つなら使ってくれや!」
スッカリやる気を見せるオブトに、ノエルは笑みを浮かべる。
「たくよぉ、単純な野郎だな」
「そこがオブトさんの良い所なんでしょうね。 もしかしたら、このままお医者さんとかになったりして」
「サソリの医者かよ。 ガキが泣くぞそれ」
ケラケラ笑うリナと同じ様にノエルも笑い、そんな未来を迎える為にもこの戦いに勝たなければと改めて思うのだった。




