賭け
突如現れたサタンを見て、二人の反応は真逆だった。
比較的若い魔族であるアンドラスはサタンを知らない。
なので突如現れた訳のわからない壮年のおっさん程度にしか認識していなかった。
最も彼の場合知っていたとしても対して反応は変わらなかっただろう。
対してキマリスは違った。
サタンの全盛期を知るキマリスは出していた兵士全てが最大給の警戒をし、その一挙手一投足に目を凝らしていた。
そんな二人の異なる対応等意に介さず、体を解す様にサタンは軽く首を鳴らした。
「さ〜てと、どんな感じで遊ぼうかね〜っと」
「魔王サタン。 まさかこの様な所でお目にかかるとは」
「おや〜、キマリスちゃんじゃないの〜? 随分お久しぶりだわな」
「お前と話したいのは山々だが私も任務中なのでな。 来て早々悪いがご退場願おうか?」
「つれないね〜。 こっちは久しぶりの実戦でそこそこ張り切って来たってのに。 なかな活きの良い子がいるって聞いてきたんだけど」
「それは俺の事かおっさん?」
アンドラスは立ち上がるとサタンと正面から睨みつける。
「人の喧嘩に割り込んできやがって。 サタンだかなんだか知らねぇが、ロートルには興味ねぇんだよ」
「なかなか生意気だね〜。 最近の若い子はみんなこうなのかね?」
「なんならてめぇから消してやろうか? 俺はどっちでも構わねぇんだぞ」
「それも面白いけど、どうせならもっと面白い事しない?」
「面白い事?」
アンドラスが首を傾げると、サタンはニヤリと口角を上げた。
「賭けだよ賭け。 おじさんこっち来てから結構色々やってきたけど賭け事はかなり好きでね〜。 もしおじさんが勝ったら、二人共おじさんの下で働いてもらおうかな」
サタンの提案にアンドラスは一瞬目を見開くが、徐々に笑い始めた。
「クハハハハ! 馬鹿じゃねぇのか!? 急に何言い出すかと思えば、賭けだと!? んな結果がわかりきってんのに賭けになる訳ねぇだろ!?」
「確かにそうだね〜。 なんせおじさんの圧勝は決まってるんだから」
その一言でアンドラスは再びサタンを睨みつける。
「随分な自信じゃねぇか。 なら俺が勝ったらどうすんだ?」
「おじさんなんでもしてあげちゃうよ。 “ぼくちゃん”の望むままになんでも言うこと聞いてあげる」
「上等だ。 その賭け乗ってやるよ」
挑発に乗ったアンドラスにサタンは内心ホッとした。
サタンはラミーアから敵を殺さない様に言われていた。
情報源としてもだが、何より一番厄介なのは死んでタナトスの部下として復活させられる事。
そうなれば崩壊なんて厄介な力を持つ何と殺しても生き返る化け物兵器が誕生してしまう。
更に予定外にいたキマリスとタナトスの部下になられると厄介だ。
なにせキマリス1人手に入れるだけで数百万規模の大軍団が完成する。
そんな厄介な二人がタナトスの下に付いたらこのまま野放しにする以上に被害が出る事は確実。
かと言ってアンドラスに関しては単純に拘束するにしても一苦労だ。
(これなら倒した後拘束必要ないしこっちの戦力にも出来て一石二鳥。 この手のタイプは扱いやすいから助かるわ)
上手く事が運びラミーア達から文句言われなく済みそうだとサタンは報酬でまた可愛い子に酌でもしてもらおうかとニヤニヤする。
「ならば、私も要求を言っていいかな?」
声に反応すると、サタンとアンドラスを囲む様に辺り一面覆い尽くす程のキマリスの大群がいた。
「おっと、随分いっぱい作ったね〜」
「お前達がのんびり話している間にな。 時間は有効活用しなくては」
「てことは、そっちも賭けには乗るってか?」
「ああ。 私が勝ったら二人共私の配下としてこき使わせてもらおう」
「てめぇみたいな雑魚増やすだけの奴が勝てると思ってるのかよ?」
「舐めるなよアンドラス。 今いるのは魔力を集中し量より質重視で産み出した精鋭。 それでも数は10万、更にどれも本体の私よりも強い。 いくらお前達でも、この一斉攻撃には敵うまい」
キマリスの言葉が正しい事を証明する様に、先程アンドラスに襲いかかった兵士達とは異なり1体1体の魔力量はかなり高い。
しかも前衛に重装備、その後ろに中距離装備、後衛には遠距離攻撃用の魔術師型と効果的な陣形まで組んでいる。
「少しずつ消耗させてからと思っていたが、サタンが出てきたなら出し惜しみは必要ない。 お前達纏めて、我が軍勢に飲まれるがいい!!」
号令と共にキマリスの兵士達が一斉に襲いかかり、後衛からは魔力弾が一斉に放射される。
一切逃げ場のない状況で、サタンは軽く指を鳴らした。
「いいねぇ。 久しぶりにちょっと楽しめそうじゃない!」
サタンは右腕の筋肉を隆起させると、思いきり振り抜いた。
すると風圧が竜巻を起こし、前方の兵士と魔力弾を巻き込んでいく。
竜巻の風速と巻き込まれた魔力弾に被弾し兵士達は次々に消し飛んでいく。
「なんだと!?」
「ほらほらどうしたのよ!? まだ始まったばかりよっと!」
次にサタンは正拳を繰り出すと、正面にいた兵士達の上半身が吹き飛んだ。
しかもその拳圧は後方にいる魔術師型の兵士達すらも吹き飛ばしていく。
それはかつてギエンフォードが見せた技に似ていたが、威力は段違いだった。
「やっぱ数が多いと暴れ概があるもんだね〜! しかも殺してもなんの影響もない連中だから存分に暴れられるもんよ!」
「下らねぇな」
アンドラスがそう呟くと、一気に魔力が開放された。
アンドラスの魔力はドームの様に広がっていき、それに触れた瞬間囲んでいたキマリスの兵士や魔力弾が次々に崩れ去っていく。
まさに抵抗する事すら許さない理不尽とも言える圧倒的な力に、キマリスの軍勢は次々と消されていく。
「ば、馬鹿な!? ここまでの力があるなんて、聞いていな、ぎゃああああああ!?」
ずっと話していたキマリスも飲み込まれ、魔力のドームが広がりきっていた頃にはキマリスの軍勢は愚か、草一本すら残らず崩壊し、魔力の範囲全てが荒野と化していた。
「俺がただ捕まってただと思ってたのかよ? 外に出せねぇなら内側でずっと練り続けて鍛えりゃいい話じゃねぇか」
「ほぉ〜、見た目によらず努力可なのね」
その声にアンドラスは驚き思わず飛び退いた。
その視線の先には間近で自分の魔力を喰らい真っ先に崩壊している筈のサタンが平然と立っている。
「な、なんでてめぇ無事なんだよ!?」
「ん〜? なんでも何も、別に何もしてないんだけどね〜」
「ふざけんじゃねぇぞこら!!」
アンドラスは再び魔力を開放しサタンに放った。
魔力のドームはサタンを捉えるが、サタンの体は傷1つ付かずただドームを通過した。
「な!?」
今まで一度もなかった事態に、アンドラスは動揺した。
アンドラスの魔力に触れたものはなんであろうと問答無用で崩壊させてきた。
それはまだ赤子だった頃に抱き上げた親を偶然崩壊させた事に始まり、以来自分に近付くものは全て消し飛んできた。
強固なデスサイズの骨の武器ですら魔力切れを起こすまで防ぎ切ってきた。
にも関わらず、魔力を受けながらサタンは涼しい顔をしている。
「てめぇ、一体どうやって・・・」
「ん〜そだね〜。 強いて言うなら、おじさんがこの魔力よりも強いって事なんじゃないかな?」
「そんな事があるかよ!? 今まで全部俺は・・・」
「そう思うのは勝手よ。 でも事実、おじさんはそっちの魔力に耐えられちゃってるのよ。 まあ最も・・・」
サタンは上に着ている服を脱ぐと、引き締まった筋肉の鎧に包まれた上半身を顕にする。
「おじさんの鍛えに鍛えた体に傷付けられる奴なんて、そう簡単にはいないんだけだね〜」
サタンは本来、戦闘用の力は持っていなかった。
ノエルに使った相手の内側に細工をする程度の力しか使えず、当時の魔界では弱者側に属する存在に過ぎなった。
だがサタンはそこで諦めず、考え抜いた末肉体を鍛えあげる事にした。
それはとてつもなく長く過酷で、生き残るのがやっとの魔界で自分の体を苛め抜いた。
それこそ、アンドラスが費やした500年の年月等及ばぬ程を時間をサタンは鍛える事に費やした。
結果、サタンはほぼ肉体の力のみで最強の魔王としての君臨するまで強くなっていた。
更に肉体を鍛えた事で魔力も上がり、ディアブロに倒されるまでサタンに傷を付けられる存在は極一部の者のみだった。
自身の力が一切通じない存在を前にしたアンドラスだったが未だにサタンを睨みつけ、先程とは違う明確な殺気を放っていた。
「まだやる気なのは感心するけど、引き際を考えるのも時には必要よッ!?」
完全に油断していたサタンの顔を掴むと、アンドラスは魔力を掴んだ手に集中して流し込む。
「知らなかったのか!? 直で流し込む方が強力なんだよ!!」
ドーム状の時より何倍も圧縮した魔力を直接体内に流し込まれ、サタンの体に今まで感じていなかった痛みが走る。
それを察したアンドラスは勝利を確信して笑んだ。
「少し驚いたが、こいつで終いだ! 賭けは俺の勝ち! 代償は命で払ってもらうぞ!」
「やれやれ。 小僧はすぐに調子に乗る」
先程とは雰囲気の違う深く威圧的な声にアンドラスが反応すると、魔力を流し込まれながらサタンがゆっくりと握り拳を作っていく姿が目に入る。
「てめぇ! なんで動けんだよ!?」
「我と貴様では、全てにおいて年季が違うのだ」
先程とは明らかに違う雰囲気に危機感を感じたアンドラスは更に魔力を流し込む。
だがサタンは一切動じず、その拳をアンドラスの顔面に叩き込んだ。
拳はそのままアンドラスを地面に叩き付け、周囲に大きなクレーターが出来上がった。
アンドラスが完全に沈黙したのを確認すると、サタンは「やれやれ」と首を鳴らした。
「全く、パンチ一発で気絶なんて情けないね〜。 ノエルちゃんやリナちゃん達見習わないとね〜」
そう言いながらアンドラスを見下ろすサタンを、遠くから見詰める者がいた。
(ま、まさかあれ程の力が残っていたとは。 大魔王は顕在か)
それはキマリスの本体だった。
キマリスは最初から本体は遠く離れた所で待機し、自分を模した兵隊のみを向かわせていた。
その為生き残っていたのだが、サタンの力を目の当たりにして生き残った安心感など全て消え失せていた。
しかも最後に見せた威圧感は魔王時代のそれと変わらぬもので、改めて自分とサタンとの次元の差を思い知らされる。
(と、とにかくディアブロ陛下に報告せねば。 回収されてもアンドラスを人間が使いこなせる訳が・・・ん?)
キマリスは遠く離れている筈のサタンが、こちらに手を向けているのに気付く。
(ま、まさか!?)
「賭けは守ってくれないと困るのよ、キマリスちゃん」
サタンがデコピンの要領で指を弾くと、そよ風圧がキマリスの額に当たった。
キマリスがそのまま気を失ったのを確認すると、サタンは通信でラミーアに終わった事を報告した。
「あ〜あ、もう終わっちゃったんだ。 意外と脆かったねあいつ」
「何が脆かったのだタナトス?」
砦の一室で何かを見ていたタナトスは、背後からいきなり声をかけてきたディアブロに驚きつつ冷静に向き直った。
「あれ〜? 魔王様が直々にこんな所に来るなんてどうしたのさ?」
「恍けるな。 己が逃したアンドラスの状況を盗み見ていたのだろう?」
「僕が? なんであんな物騒な奴逃がす必要があるのさ?」
「奴はその場にいるだけで無差別に全てを壊す災厄だからな。 奴が野放しになれば貴様の手駒となる死者が増えるし、上手くいけば奴すら手勢に加えられる。 死者を使えば奴の力に巻き込まれずに逃がす事も出来るからな」
自分の狙いを全て言い当てられ黙るタナトスに、ディアブロは背を向ける。
「貴様は必要な戦力だ。 多少の好き勝手は許そう。 だがあまり度が過ぎれば、その体、復活できぬ程粉々になると思え」
「はいはい。 魔王様の仰せの通りに」
軽い調子で返事をするタナトスにそれ以上ディアブロは何も言わずにその場を去っていった。
「ま、今の内に精々魔王様してればいいのさ。 どうせすぐに、みんな僕の物になるんだからね。 ふふふ、ハハハ、クハハハハハハ!」




