蟲との戦い3 女王の戦い
轟音と共に玉座の間の壁が砕けると、リリィが背中の羽を広げ飛び出した。
その後にヘラクレスがゆっくり現れ上空のリリィを見上げる。
そんなヘラクレスを見下ろしながら、リリィはその目に迷いがないのを理解した。
ヘラクレスの事は理解しているつもりだった。
口数こそ少ないが常に自分の横に控え、常にリリィにとって最善となる様動いてくれていた。
変革に関しての考えも理解し、最も信頼してくれていると信じていた。
だがヘラクレスはその信頼を裏切り自分と敵対している。
全て自分の思い込みだったのか?
そんな想いを抑え込み、リリィは女王としてヘラクレスを迎え撃つ覚悟を決めた。
リリィを高速で羽ばたかせるとヘラクレスを撹乱する様に飛び回る。
リリィはフェロモンだけで女王になった訳ではない。
その最大の武器は蟲人1の飛行速度にある。
空中戦に関しては戦闘能力では最強のヘラクレスですら遅れを取る程だ。
ヘラクレスもそれを理解しており、飛ばずに動きを見極めようとしている。
そして、ヘラクレスは狙いを付けリリィに拳を打ち込んだ。
拳はリリィの腹を貫通したかに見えたが、すぐにリリィの姿が消え失せる。
「こっちじゃ」
リリィの声に反応するよりも早く背中に衝撃が走る。
リリィの最高速度で放たれた重い蹴りにヘラクレスは吹き飛ばされる。
そのまま壁に激突したヘラクレスを見下ろすリリィは確かな手応えを感じながらも油断せず空中に留まった。
そしてすぐに、ヘラクレスは崩れた壁の中から何事も無かった様に立ち上がった。
「相変わらずの硬さよな」
近衛にはそれぞれ秀でた能力がある。
マンティは斬撃。
ポネラの怪力。
オブトの毒。
そしてヘラクレスはその頑強さ。
甲冑の様な甲殻に覆われたヘラクレスの頑強さは他の近衛の攻撃がほぼ通じない程の硬さを誇り、リリィの蹴りでもほぼ無傷なのがそれを証明している。
「随分と落ち着いているな」
「そちの硬さはよく知っておるのでな。
この位想定内じゃ。 故に、搦手を使わせてもらった」
その時ヘラクレスは周囲が甘い香りに満たされている事に気付いた。
「飛び回っている時フェロモンを撒き散らしていた。 これで、そちはもう動けまい。 吹き飛ばそうにもこの密閉された部屋では意味もないしの」
蟲人に絶対的な効果を持つフェロモンを充満させた事で、リリィは勝利を確信した。
後は取り押さえなぜこんな事をしたか問いただす。
そう思った矢先、ヘラクレスは一歩足を踏み出した。
「っ!? 馬鹿な!?」
驚くリリィを他所に、ヘラクレスはフェロモンで満たされた部屋の中をズンズンと歩いてくる。
「何故じゃ!? 何故妾のフェロモンが効かん!?」
「俺はリリィ陛下、昔から貴女にずっと仕えてきた。 それは同時にずっと貴女のフェロモンを間近で受けてきたという事だ」
「それがなんじゃと言うのじゃ!?」
「そのせいで俺にはフェロモンへの耐性が出来ているということだ」
「馬鹿な!? フェロモンに耐性じゃと!? そんな筈があるわけが無い!」
確かにリリィのフェロモンが通じ難い種族は存在する。
それでも濃度の強いものを嗅がせればある程度は効果は出る。
そして蟲人にはほぼ無条件で通じ、それが女王として君臨するのに大いに役立った。
それが純粋な蟲人であるヘラクレスに通じないというのは、リリィとしても納得がいかなかった。
だがヘラクレスは冷静に続けた。
「俺自身はその事に気付かなかった。 が、マンティはその可能性に気付いていた様だ。 そして今回は奴の読みが当たったというだけの事だ」
ヘラクレスは背中の羽を広げ戦闘態勢を取る。
理解出来ない事態に動揺していたリリィだがすぐに思考を切り替える。
フェロモンが通じないのは痛いがまだ飛行能力はこちらに分がある。
ならばヒットアンドウェイを繰り返しダメージを蓄積させればいい。
そうすればどんな硬い甲殻でも砕ける。
リリィがそう思った瞬間、ヘラクレスは高速で突撃してきた。
強固な甲殻に覆われたヘラクレスの突撃はは砲弾を凌ぐ威力になる。
リリィは危険を感じその動きを見極め横へとかわし、ヘラクレスは天井へと激突した。
「その程度の速さで妾を捉えられると思うたか!?」
だがヘラクレスはそのままリリィではなく何度も天井に向かって突撃を繰り返す。
ヘラクレスの奇行に困惑するリリィは、すぐにその意味を理解した。
ヘラクレスが破壊した天井が崩れ落ち、リリィに向かい降り注ぐ。
リリィは自慢の速さを駆使し天井の瓦礫の雨を避け続ける。
その時、ヘラクレスが頭部の角でリリィよ体を挟み込んだ。
「があああっ!?」
「この瞬間を待っていた。 貴女を捉える瞬間を。 いくら速くともこうなれば俺から逃れられない。 その体を切断するのみだ」
強力な締め付けに苦悶の声を上げるリリィにも、ヘラクレスは表情を変えない。
そこにはリリィに対する感情も勝利を目前とした歓喜も感じられず、ただただ冷静に相手を倒す事のみを考えている様だった。
「最期に1つだけ聞こう。 最初の一撃で何故毒針を使わなかった? 貴女の針を使えば、俺を確実に殺せた筈だが?」
リリィの腕に仕込まれた針は強力な神経毒を注入する事が出来る。
刺された者は全身の痛みと神経の麻痺による呼吸困難で死に至る。
最初の一撃でそれをしていれば、恐らくヘラクレスは既に息絶えていただろう。
問われたリリィは小さく笑みを浮かべた。
「配下を死なせる王があるか、たわけが」
その答えにヘラクレスは微かに反応するが、再び角に力を込める。
「せめて苦しまぬ様に一息に」
「そうはさせませんよ」
瞬間、黒い雷がヘラクレスの前を横切った。
ヘラクレスはそれを避ける為にリリィを放すと、それを横から現れた影が受け止めた。
「の、ノエル王」
「随分派手にやったじゃねえか、女王様よ」
ノエルが抱き抱えるリリィを護る様にリナがヘラクレスから守る様に立ち塞がり、不敵な笑みを浮かべた。




