反乱
「むぅ、なるほど。 温泉という湯の泉があるのか。 それで怪我を治すと?」
「ええ。 他にも美肌効果があったりとその温泉によって種類は様々ですよ」
「なんと!? 美肌とな!? もう少し詳しく・・・」
「なんか色々話ズレてねぇかさっきから?」
リリィと話すノエルとエミリアの様子を見ながらリナは隣のアシュラに問い掛けた。
当初ノエルとエミリアはリリィに他の国の仕組みや成り立ちなどをかいつまんで説明していた。
アルビアやプラネだけでなくラバトゥやルシス、セレノアの奴隷制度の事も自分達のわかる範囲で話した。
リリィが国を変える為の知識となる様に、そして変な先入観を持たない様に中立を意識して。
やがてそれは風土や気候の話になり、今は娯楽や食等の話へとシフトしている。
国云々の話ならともかく、温泉やらなんやらの話まで関係あるのかとリナは用意された蜂蜜の菓子を頬張りながら思った。
「リリィ陛下は今まで外を知りませんでしたから、興味が尽きないのでしょう。 他にこの手の話が出来る者もいなかったでしょうし、多少今まで抑えていた知識欲を抑えきれなくなっているというのもあるでしょうが」
アシュラにそう言われリナはなるほどなと思った。
リリィは自身でも自覚していたが蟲人の中では異端だ。
外に興味を持ち種族のあり方を変えようなど普通の蟲人なら考えもしない事をしようとしている。
その難しさを理解しながらも、彼女はそれを求めずにはいられない。
それだけ強い想いがあるなら、それに必要なものを与えてくれる存在を目の前にして抑える事など出来ないだろう。
「ま、俺もずっと喰えなかった状態でケーキ出されりゃ我慢出来ねぇわな」
「それとは違うのでは?」とアシュラは思ったが、面倒になりそうなのでその言葉を飲み込んだ。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「陛下。 ヘラクレスです」
「うむ。 入れ」
ヘラクレスは部屋に入ると一礼した。
「そろそろ客人達を部屋にお連れした方がいいかと」
「むぅ、もうその様な時間か。 つい話し過ぎてしまったようじゃな」
リリィは少し残念そうにしながらも話を切り上げノエル達に頭を下げた。
「礼を言うぞノエル王にエミリア殿。 おかげで色々知る事が出来た」
「いえ、こちらも話せてよかったです。 少しは役に立ちそうですか」
「大いにな。 民達が興味を示しそうな話が多くあったわ。 やはり個を持たせるにはその者が興味を持つものに触れさせるのが一番じゃからな。 誰がどの話に興味を持つか楽しみじゃ」
嬉しそうに笑うリリィに、ノエル達も話をしてよかったと笑顔になる。
「では申し訳ありませんが、また枷を付けさせてもらいます」
「またかよ。 まさか部屋まで牢屋って事はねぇだろうな?」
「すまんな。 正式に客人として扱えるのは妾が民に話をしてからになる。 じゃが部屋は普通に過ごせる様にしてあるから安心するがいい」
ヘラクレスは再びノエル達の両手に樹脂の様な枷を付けた。
「案内はポネラがするので彼に付いて行ってください」
「なんじゃ? そちが行くのではないのか?」
「俺は出来れば陛下の知った他国の話を聞きたいのですが、構いませぬか?」
「そうか。 良いぞ。 そちには一番先に聞く権利があるからの」
「感謝します。 ポネラは扉の外にいますので」
「わかりました。 それではリリィ陛下。 また明日」
「うむ。 またよろしく頼む」
ノエル達が出ていくと、リリィはニコニコ笑った。
「良い時間を過ごされた様ですね」
「うむ。 実に興味深い話が多かった。 特に国の成り立ちもじゃが娯楽や食事も面白い。
この様な多様な知識を得れば、民達の心も思ったより早く変わるかもしれんな。 そちには協力してもらい感謝しておるぞ」
「俺は俺の成すべきことをしているだけです」
リリィは嬉しそうに笑うと座る様に促した。
「では、その功を労う意味も込め早速話すとするかのう」
「お受けいたします」
ポネラを先頭に、ノエル達は廊下を進んでいた。
建物全体は静けさに包まれ、人の気配がしなかった。
「なあ、随分静かじゃねぇか。 警備とかいねぇのか?」
「今は外に兵士を割いている。 貴様等の話した事が事実なら警戒する必要があるからな」
「お前はそっち行かなくていいのかよ?」
「自分は貴様達の案内を任された。 命令は絶対だ」
「そうか。 あの蠍野郎はどうした?」
「奴は外の警備に当たっている。 気性は荒く命令違反も多いが奴に任せれば問題はない」
そこまで話すと、ノエル達は大きな広間に通された。
「ここを通って下に行けばすぐに部屋だ。 着いたらゆっくり休むといい」
「そいつはありがたいんだけどよ、1つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「お前芝居下手だろ?」
「? 意味がわからんが?」
「さっきから殺気が漏れてんだよって言ってんだよ。 周りが上手く気配消せててもそれじゃ意味ねぇよ」
瞬間、ポネラは振り向きざまに拳をリナ達に振るった。
アシュラが前に出るとすぐに手枷を壊しポネラの拳をいなした。
「やっぱりこうなりやがったか」
リナ達も手枷を壊すと、ポネラは歯ぎしりをし睨みつけた。
「不覚。 最初から気付かれていたか」
「あの女王さんは随分悠長な事言ってたがよ、お前達みたいに自我がしっかりしてる連中は俺達みたいな異分子が来りゃなんか動くだろうとは思ってたよ」
リナの言葉に反応する様に広間にどこからか拍手が鳴り響いた。
「素晴らしい。 流石異国の強者達。 この手の経験は我々よりあるという訳ですか」
マンティが羽を広げながらポネラの隣に降り立つと、広間の至る所から大量の兵士達が溢れ出てきた。
「あらあら。 随分大仰な事ね」
「目的は僕達の排除、だけじゃないみたいですね」
「そういう事です異国の代表者の皆様。 貴方方はきっかけに過ぎません。
我々が新たな王の誕生のきっかけにね」
「!? まさかリリィ陛下を!?」
「その通りです! 今夜リリィ陛下は消え、我らが新たな王が誕生するのです!」
「? なにやら外が騒がしいの? 何かあったのか?」
リリィが立ち上がろうとすると、ヘラクレスはその前に立ち塞がった。
「? どうしたのじゃヘラクレス?」
「リリィ陛下。 最後に1つお聞かせ願いたい。 貴女の考えてこの国は変わると、より豊かになると本気でお思いですか?」
ヘラクレスの態度から何かを察したリリィは、女王として答えた。
「絶対、とは言わん。 じゃがこのまま行けば妾達は単なる虫と変わらん。
ただ同じ毎日を繰り返すだけで進歩も何もない日々を過ごすだけでなく、このままいけば魔族なる者達の傀儡と化すじゃろう。
主としての誇りを真に持つなら、妾はそんな未来は望まん。 ただそれだけじゃ」
リリィの言葉を聞き、ヘラクレスは一度目を閉じると小さく息を吐いた。
「貴女の想い、しかと聞きました。 ならば!」
ヘラクレスが拳を振り下ろすと、リリィは瞬時にそれを避けた。
拳が床を割り、部屋の一部が崩れる中ヘラクレスは拳を抜きリリィを見据えた。
「今ここで貴女に王座を賭けて挑戦させてもらう! 女王リリィ!!」
リリィは空中に留まりながらヘラクレスを見下ろし、少し悲しい表情を覗かせるがすぐに女王の顔になる。
「そうか。 そちは妾の一番の理解者と思うておったが、残念じゃ。 ならば女王として、相手をしようか、ヘラクレス!!」
リリィは高速でヘラクレスに向かい、ヘラクレスは拳を再び振り抜いた。
「と言う訳で、貴方方にはここで倒れてもらいます。 貴方方がとてつもない強者である事は承知してますが、千を超える蟲人の精鋭を相手には敵わないでしょう。 抵抗しなければ楽に終わらせてあげましょう」
戦闘態勢の兵士達の前で余裕の表情でそう話すマンティにリナは呆れた様子でため息を吐く。
「何も知らねぇってのは怖いもんだな」
「仕方ありませんよ。 皆さん五魔も何も知らないんですから」
「そうね。 外と接触がないというのも考えものね」
本来なら危機的状況であるにも関わらず平然と会話をしているリナ達の様子にマンティは困惑する。
「何を呑気にしてるのですか? この状況を理解しているのですか?」
「ノエル陛下達はリリィ陛下の元へどうぞ。 ここは私が」
「私も残るわ。 ここの戦力の把握もしておきたいしね」
「ええ。 ではお任せします」
広間から出ていこうとするノエルとリナに、マンティは慌てて兵士達に攻撃する様に支持を出す。
「私を無視するんじゃありません! あの二人を止めなさい!」
声と共に何人かの兵士が飛び掛かるが、その兵士達はノエル達に触れる事なく突然地面に叩き付けられてしまう。
その間にノエルとリナは広間から脱出した。
「な、なんですか今のは?」
「重力操作って言っても、貴女の知識じゃわからないでしょうね」
驚くマンティに向かいエミリアは剣を抜き、アシュラは静かに構えた。
「貴方達の最大の失敗を教えてあげる。 貴方達は無知過ぎたのよ」
「ぐっ! 殺しなさい! こいつらを殺して急いでさっきの二人を殺すのです!」
兵士達が一斉に飛びかかり、エミリアとアシュラはそれを迎え撃った。




