女王リリィ2
リリィに付いていき通された部屋は、女王の部屋だけあり豪華で広々としており、恐らくジャバがいても余裕でくつろげる程の広さがあった。
リリィは綿の様なベッドの上に腰掛けると、ふぅも一息ついた。
「さてと、もうその枷は外して構わぬぞ」
「え?」
先程と違い軽い調子でそう言われたノエルは少しキョトンとする。
「だ〜か〜ら、外して構わぬと言っておるのじゃ! その様な枷、本当は簡単に壊せるのであろう?」
「え、えと、そうですね」
「なるほど、俺と同類ってことか」
そう言うとリナは簡単に枷を砕いて首を回した。
エミリアやアシュラもそれに続き、戸惑いながらノエルも枷を壊した。
「おお! やはり簡単に壊したか! 流石に強いのう!」
先程の凛とした表情ではなく少女の様に目を輝かせるリリィに、ノエルはリナの言った同類の意味を理解した。
「つまり、こちらが素だということですね」
「そういうこった。 落ち着いたしっかり者の女王様演じてたって事だよ」
「なるほどね。 あなたもおしとやかな女の子演じてたものねリナちゃん」
「てめぇも似たようなもんだろう、聖王アーサー様」
お互いからかい合う様に言うと、エミリアは表情を引き締めてリリィに向き合った。
「お初にお目にかかります、リリィ陛下。 元アルビア王フェルペス・アルビアの娘、エミリア・アルビアと申します。 この度は謁見をお許し頂き感謝致します」
「あ〜良い良い。 そう堅苦しくならんでも。 そう思ってこの部屋に招いたのじゃ。 そちはラバトゥの者じゃな」
「はい。 ラバトゥ八武衆が一人アシュラと申します。 この度はノエル陛下達の案内役として同行しております」
「うむ。 っと、いつまでも立たせてすまぬな。 ヘラクレス」
リリィに指示され、ヘラクレスは丁寧にノエル達に椅子を出し、ハーブティーを用意した。
「陛下、此方を」
「うむ。 そち達も飲むといい。 砂漠超えをした身には丁度いいじゃろう」
リリィが一口飲むと、ノエル達もそれに続いてハーブティーに口を付けた。
熱すぎず飲みやすい温度で入れられ、優しい香りと水分が体に染み渡る。
「まずはこの様な形でそち達を招いた非礼を詫びよう。 じゃが妾達にも少々事情があっての。 余所者を易易と認める訳にはいかぬのじゃ」
「いえ、それは大丈夫です。 でも、なんで僕達をこんなにあっさり部屋に?」
「この者達じゃよ」
リリィに指示されヘラクレスが取り出したのは、ノエル達の持つアルファ達の通信機と同じ物だった。
「それは、アルファさん達の!?」
「彼女達は、既に貴女と接触していたのね」
「そういう事じゃ。 面妖な姿で少々驚いたが、中々興味深い話を沢山聞かせてくれたわ」
そう言うとリリィは立ち上がりノエル達に顔を近づけた。
「なあなあ! そち達の国には獣の姿をした者や鬼等もおるのじゃろ!? 砂漠も無く様々な植物や木々が生い茂ってたり、コオリやユキというもので覆い尽くされた摩訶不思議な国もあるのじゃろ!?」
「え、はいそうですね。 プラネには多くの亜人がいますし、アルビアも自然豊かです。 氷や雪が多いのはルシスという国ですね。 そこの王のマークス陛下もエルフという亜人です」
「なんと!? その様な者が国の王なのか!? 是非見てみたいものじゃ!」
「陛下」
ヘラクレスの言葉に我に還ったリリィは小さくコホンと咳払いをした。
「すまぬ。 また悪いくせが出てしまった」
「いえ。 それより、外の世界に興味がおありなんですね」
すると、リリィの表情が少し変わった。
「ノエル王にエミリア殿。 そち達にこの国をどう見えた?」
「え?」
突然の質問に戸惑う二人に、リリィは続けた。
「なかなか異質じゃろう? 皆産まれてから決められた役目を果たし、その為に生きその為に死んでゆく。 例外はほぼ無い。
故に変化を嫌い、他国との接触も交流も持とうとせぬ。 静かで平穏と言えば聞こえはいいが、ここはそんな閉鎖的な国なんじゃ。
かくいう妾も疑問は持っておったがこれで良いと思っておった。
妾は寿命が尽きるか打倒されるその日まで王として民を守る。 それのみに力を注げば良いとの。
じゃが、ある日迷い込んだ商人から外の世界の噂を聞いた。 実に興味深かった。
様々な文化を持つ国や見たこともない景色の話。 妾達とは全く違う種族も多くおると聞く。 以来外の世界がどの様なものなのか気になって気になってしょうがないのじゃ。
まあ、こんな考えを持つこと自体、この国では異端なんじゃがな」
「よくそれで女王になれたな」
「無論、異端じゃろうがなんじゃろうが強ければ良いのがこの国の利点ではある。
それに、妾は強さ以外にもう一つ力があるからな」
そう言うとリリィを中心にまた玉座の間で嗅いだ甘い匂いが漂い始める。
するとノエル達の頭が軽くボ〜っとし始める。
「フェロモンというのじゃ。 妾はこれを自在に操り、嗅いだ者は皆妾に逆らえなくなる。
無論、フェロモンに打ち勝てる強い意思を持つ者には効果は薄いが、これで妾は王で有り続けられる」
「それ俺達みたいな余所者に教えちまっていいのかよ?」
「そち達が妾達を害する者でない事は理解しておる。
伝言したとはいえ、妾の配下を傷付けなかったのがその証拠じゃ。
正直オブト辺り倒されるかもしれんと思っておったからな」
「あの蠍野郎か。 やる気満々だったからなあいつ」
「スマンな。 奴は言動こそああじゃがフェロモン関係無しに忠誠心の強い男じゃ。
今頃妾に謝罪させてしまった事で猛省しとるだろうよ。
と、話が逸れたのぅ。 まあそういう訳で、妾はこの国を変えようと思うておる。
その第一段階として、近衛を始めとした一部の者に個を持たせた」
「個?」
「この国の住民は個が薄い。
まるでそち達の仲間の体にある歯車の様に役割を果たすだけじゃ。
故に、妾は手始めに近衛となる者や側近の一部に命じた。
己の内なる声に正直であれとな。
オブトが一番効果が出てあの有様じゃが、やり方次第で妾達もそち達の国の様になれると確信出来た」
そこまで話すと、リリィは少し表情を引き締めた。
「さて、ノエル王よ。 そちは確か妾達と組みたいと申したな」
「はい。 魔族と戦う為に貴女達の力を借りたいんです」
「魔族か。 にわかには信じがたかったがそち達の様子やアルファと申す者達の話を聞くにまことの様じゃの。
妾個人としては外と交流を持ついい機会じゃから手を貸したいが、いまそうもいかぬのじゃ」
「何か問題でも?」
「先程話した様にこの国は変化を良しとせぬ。
加えて、強者こそ王となるという思想が長く続いておる故、もし魔族とやらがこの国を支配下としてもそれは妾達より強かったという事になり受け入れられるだろう。
例え理不尽な支配を受ける事になろうともな。
だから今そち達と組むと言えば、その力を知らぬ者達がそち達や妾に反旗を翻すだろう」
「つまり、僕達の力を証明しろと?」
「まあそれが一番手っ取り早いが、それでは今までのこの国のやり方と変わらん。
だから妾はそち達をよく知りたいのじゃ」
「? どういう事です?」
「例えばノエル王。 そちにとって王とはなんじゃ? その責務をどう感じておる? 重くはないか? 投げ出したくはないか? その権限を使い贅の限りを尽くしたくはないか?」
急な質問に少し驚きながら、ノエルは首を横に振った。
「いえ、僕はそういう事はしません」
「では何故王としての責務を背負う? 王とは孤独で、更に大きな責任を伴う。 この国の歴代の王でさえ、中にはその責務に耐えきれず己の欲望に忠実に生き暴政を行った者すらおる。
そちは何故そんな重責を負う?」
「僕は元々一人じゃ何も出来ない一人の男です。 ですが、そんな僕を支えようと信じてくれる人達がいます。 そしてその人達に気支えられながら、気が付いたら王という存在になっていました。
最初は僕の目的の為の手段として王になりましたが、今はその人達の為に王であり続けたいんです」
「それを重荷に感じた事は?」
「正直に言えばありますよ。 僕の為に死んでいった人達もいます。 なんで僕なんかの為にって思って悩みもしました。 でもある人が教えてくれました。 もし僕が進む事を止めてしまったら、僕を信じてくれた人達の行為が無駄になってしまう。 だから僕は進むと決めました。 それが僕に託して死んでいった人達に対して出来る唯一の事だから」
ノエルは死んでいったゴブラドや今も支えてくれるラグザ達の事を想いつつ、自分の想いを伝えた。
それを聞いたリリィは「ふむ」と納得した様に頷いた。
「他者に想いを託すか。 良き王、良き民よ。 妾達もそうありたいものじゃ。 のぅヘラクレス」
ヘラクレスは無言でリリィの言葉に頷いた。
「妾はそのそち達の戦闘力とは違う強さを民達にも知ってもらいたい。 その為にまず妾はそち達のあり方を知らねばならぬ。 でなければ、妾達はいつまでも変わる事は出来ぬ。 故に妾はそち達に色々教えてほしいのじゃ。 民達が魔族とやらの理不尽な支配を受け入れずとも良くなるようにな」
「随分気が長えな。 そんなすぐに変わるほど甘くねぇのはそっちだってわかってるだろ?」
「無論、そち達に時間がないことも承知しておる。 じゃが変えねば意味がないのじゃ。 妾達と違う強さを理解せねば、もしそち達と組んでも上手くはいかぬだろう。 それはそちらも理解出来るだろう?」
リリィの本気で国を変えたいという気持ちを理解したノエルは、エミリア達と顔を見合わせると二人は「任せる」とノエルに決断を委ねた。
「わかりました。 僕達は具体的に何をすればいいですか?」
「ありがたい。 では妾に他国の事を可能な限り教えよ。 知らねば何も始まらぬからな。 その後近衛等妾が個を与えた者達にも色々教えてほしい」
「わかりました。 僕達で話せる事なら」
リリィはホッとした様に表情を緩めるとヘラクレスの方を向いた。
「そちはこの事を他の近衛に伝えよ。 その後改めてそち達を招集する」
「お任せを」
ヘラクレスは軽く会釈をすると、部屋から出ていった。
「随分信頼されてるんですね」
「無愛想な奴じゃが、あやつは妾の考えを最も理解してくれておる。 だから最初にこの話も聞かせたのじゃ。 それより、早速聞かせてくれ」
目を輝かせるリリィに、ノエル達は何を話すかと考え出した。
廊下を歩くヘラクレスの視線の先に、壁にもたれかかるマンティが目に入る。
「陛下はあの余所者とお話中ですか?」
「ああ」
ヘラクレスが返事をすると、マンティは「そうですか」とニヤリと笑う。
「これで暫くは陛下はあの者達と共にいるでしょう。 その間に例の計画を進めましょうか。 その前に確認ですが、決意は変わりませんね?」
ヘラクレスは頷くと、瞳をギラリと光らせた。
「ああ。 俺が、新たなこの国の王となる」




