蟲人の国
蟲人は特殊な種族である。
その性質は本物の虫に近く、動物系の亜人の獣人や海の生物系亜人の海人とは似ているようでかなり異なる。
産まれた時から役割も決まっており、大体が一生をその役割を果たすのみに費やす。
それ以外の事はせず、ただただ種の存続のみを考え動く、個ではなく群れで動く種族だ。
そして何よりも自分達の種を第一と考える為、人間や他の亜人達と交流するという概念も無く、他種族が近寄れば外敵として処理される。
まさに虫そのものと言っていい様な種族だ。
そんな蟲人と虫を分けるものは大きく以下の3つ。
それは人型で言葉を話し、そして下剋上をする事。
産まれた時から役割が変わらない蟲人だが、王のみ他の者が奪い取る事が可能なのだ。
それはより強き王を置く事で種の存続をより強固にする為であり、そうやって下剋上を繰り返す事で種を強化してきた。
そんな蟲人達は恐怖の対象となり、やがて彼らに近づく者はいなくなってしまった。
ノエル達は傷を回復させた後、ラミーアの転送術でラバトゥに向かった。
ラバトゥに着くと八武衆のアシュラが待っており出迎えてくれた。
ラミーアから連絡を受けていたらしく既に旅支度も整っており、ノエル達はすぐに出発した。
「にしてもよぉ、お前が来るとは意外だな。 てっきりアクナディンのおっさんが来ると思ってたんだけどな」
用意された水コブラクダに乗りながらリナはそう言った。
アクナディンの性格なら面白そうだという理由で自分から付いて来そうだ。
「確かに、アクナディンさんなら喜んで来そうですね」
「アクナディン殿は現在、周辺諸国を平定し戦力を増やそうと奮闘中です」
アクナディンは例の撤退戦の時ファクラに王位を譲り、現在王ではない。
だが武王としてのアクナディンの影響力は強く、ファクラはそれを最大限に利用する為自分の王位継承を他国には伏せている。
そんなファクラの王命によりアクナディンはめぼしい国に“武王”として派遣され、味方に付くように交渉させている。
もっとも、アクナディンが行っている時点で交渉でなく脅しに近いのだが、それでも順調に味方を増やしていっていた。
「有能な王は引退しても大変ね」
「ええ。 ですがお陰で兵力は回復して来ているのでそこはご安心くださいエミリア殿」
短期間で魔族に倒された兵力を回復する程の国を味方に付けるアクナディンに苦笑しながらも、改めてその力を頼もしく思った。
「それで、蟲人の国はどういう所なんです?」
「正確には我々も把握していません。 何せ人食いの噂まである以上下手に人を向かわせる訳にも行きませんし、かと言って軍を派遣して争いになるといけませんからね」
「なかなか面倒そうだな」
「ええ。 ですから此方も今回の事で手を打たせて貰いました」
アシュラはノエルにあるものを投げよこした。
それはギゼル達が使う小型の通信機だった。
「え? これって」
『お久しぶりです、ノエル陛下』
聞こえてきたのは魔甲機兵団第7部隊隊長アルファのこえだった。
「アルファさん!」
『よぉ大将達。 暫くだったな』
ベータの軽い調子の声が聞こえると、その後挨拶する様にガンマの駆動音が鳴った。
「なんだよ? お前らまでこっち来てたのか?」
『ラミーア殿がギゼル様に私達に動く様に要請したのよ。 私達の任務は諜報と追跡が主だから』
「私達が特訓している間に、随分みんな動いていたのね」
実際ここの所ノエルもエミリアもサタンとの特訓で実務はほぼしていなかった。
その間はプラネはエドガーが、アルビアは副官であるニコライとティトラが代行していた。
その為ノエルとエミリアは双方の代表でありながらあまり現状を把握しきれていなかったのだ。
「頼りになる仲間がいるのはありがたいですね」
「そうね」
苦笑しながらも、二人は必死に自分達をサポートしてくれる仲間達に改めて感謝した。
「それで、何か向こうのことはわかったの?」
『現在蟲人の国は女王が統治しています。 女王の名はリリィ。 蜂の蟲人で、絶対的な権限を持っています』
「女王と話をつけりゃいいってことか。 で、どうすりゃいいんだ? 蜂蜜でも土産に持ってくか?」
『何もしないで』
「は?」
「どういう事です、アルファさん?」
『何もしないで、ただ向こうの出方を任せてください。 無論手出しは一切せずに。 此方の素性と目的だけ話してください』
「おいそりゃどういう事だよ?」
『とにかく言う通りにして。 それが恐らく正解だから』
『ま、今は味方なんですしそこは信じてくださいよリナ姉さん。 んじゃ、そういう事で』
ベータに通信を切られ、ノエル達は首を傾げた。
「一体どういう事だろう?」
「彼女達の能力は私もよく知ってるわ。 そんな彼女達が言うんだから、従った方がいいと思う」
「ま、考えても仕方ねぇか。 アシュラ、そいつらの居場所までどのくらいだ?」
「急げば約半日。 ノエル陛下達には少々キツいコースを通る事になると思いますが」
「大丈夫です。 時間がないのはわかっているので。 少しでも早く着くように急ぎましょう」
アシュラは頷くと水ラクダを走らせ、ノエル達もそれに続いた。
砂漠地帯を走り続け日が暮れ始めた頃、ノエル達の視線に大きなオアシスが映った。
「あれが蟲人の国です」
周囲を森に囲まれ中央に大きな泉がある風景は、そこを砂漠の中と言う事を忘れさせる程緑豊かだった。
「漸く暑さともおさらばか」
「気を抜かないでください。 ここはもう蟲人達のテリトリー。 いつ何が来てもおかしくないですから」
そこまで言うと、アシュラが目を細めた。
「既に遅かった様ですね」
瞬間、砂の中からノエルを囲む様に何体もの蟲人が出現した。
赤茶色の甲殻に覆われ長い尻尾と両手の鋏から蠍の蟲人だという事がわかる。
殺気立つ蟲人達にリナが臨戦態勢を取るが、アルファ達の忠告を思い出したノエルがそれを制した。
「蟲人の方々ですか? 僕はノエル・アルビア。 プラネという国の王です。 今日は貴方達の女王にお会いする為に来ました!」
「女王にだと!?」
ノエルの言葉に反応したのはその中でも一際体の大きく、一際凶悪な顔をした蠍の蟲人だった。
少し何かを思案すると蠍の蟲人はノエルの前に近付き鋏を向ける。
「知った事かよ! どこの王だか知らねぇがて俺達の縄張りに入った連中は追い返すか殺す! それが俺達のやり方だ!」
「待て、オブト」
声にオブトと呼ばれた蟲人が振り返ると、2メートルを超える巨大な黒光りする甲殻を持つ蟲人が現れた。
「なんの用だポネラ!? てめぇら蟻んこ共は北担当だろうが!?」
「侵入者の気配がしたから来た。 お前がまた命令違反をしないか見張るのを兼ねてな」
「俺がいつ違反した!?」
「侵入者は捉えた後女王陛下の元へと連れて行き女王自ら検分される。 そして裁きを下すのが女王陛下からの命令だ」
「てめぇの目は節穴か? こいつらどう見てもやばいだろうが!? 女王の前に連れて行く前に殺すのが一番だろうがよ!?」
「命令は絶対だ。 それとも、違反者となり懲罰を受けるか?」
恫喝に全く動じずじっと見下ろすポネラに、オブトは舌打ちしながら引き下がった。
「てめぇら! そいつらをふん縛りやがれ!」
命令を受けた蠍の蟲人達は尻尾の毒針を向けながらノエル達を牽制する。
「おい、どうするよ?」
「ここは言う通りにしましょう。 手出しは一切せずですよ」
ノエルの言葉に従いリナ達は大人しく縛られ、蟲人達のオアシスへと連れて行かれた。




