特訓の後は・・・
「おや、随分派手にやったもんだね」
右目に大きな青タンを作ったサタンの姿を見たラミーアがそう言うと、ノエル達は苦笑した。
「ごめん。 少しやり過ぎたわ」
「謝る必要ないよエミリアの嬢ちゃん。 どうせサタンがノエルの坊やに無茶したんだろう?」
「ほら見ろ。 気にする必要ねぇって言ったろ?」
「ちょっとみんなおじさんに少しキツ過ぎない?」
不服そうにするサタンにリナはケラケラ笑って返した。
「まあでも、ノエルの坊やも漸く兆しが見えたみたいだね」
「ええ。 正直不安はまだありますけどね」
「でもさっき感じた魔力なら上級魔族なら楽に勝てるよ。 後は制御してより精密に使える様にすれば勝ち目はある。 リナの嬢ちゃん達も強くなったみたいだしね」
「おう。 任せとけ」
「それより他の皆の調子はどうなの?」
「イトスの坊やならさっき帰ってきたから後で傷治してもらいな。 それと、クロードの坊やからさっき連絡あったよ」
「クロードさんから!?」
ヤオヨロズにカイザルと出掛けてから音信不通だったクロードの連絡と聞き、ノエル達は身を乗り出した。
「クロードの野郎なんだって!?」
「ヤオヨロズは戦いに加わるらしい」
「本当ですか!?」
「ああ。 軍の編成に時間かかったらしいけど、近々こっちに合流するらしいから国境の手配を頼むってさ」
「わかった。 すぐに連絡しておくわ」
「やりやがったかあの野郎!」
その報告にリナは嬉しそうにニヤリと笑った。
これでラバトゥ、ルシス、セレノア、そしてアルビアを含めた大陸の大国全てが対魔族戦に参加する事が決まった。
これはノエル達にとって大きなプラスであり、対魔族戦での大きな力になる事は確実だった。
だがそれに対し、ラミーアは浮かない顔をしていた。
「どうしたんですかラミーアさん? ヤオヨロズに何かあるんですか?」
「いや、大国は全部此方に付いたのは大きい。 でも、それ以外の動きがどうも良くなくてね」
「どういう事です?」
「エミリアの嬢ちゃん初め、各国の王が他の中小国家に協力を打診してるんだけど、こいつのせいでなかなか成果が出ないんだよ」
そう言ってラミーアが尻尾を振ると鏡が現れた。
その鏡には血の様な赤い文字でこう書かれていた。
『我が名は魔王ディアブロ。
貴様らの知る名ばかりの魔王ではない、真の魔界の王である。
余は貴様ら地上の王共に要求する。
1つ。
地上を我ら魔族に明け渡し我らに服従せよ。
2つ。
服従を誓った国は年間その国の人口の内5%を生贄として差し出せ。
拒めばその国は滅ぶ。
既に我らはラバトゥ、ルシス両大国に大打撃を与え、セレノアを滅ぼした。
更に貴様らが最強と思っているアルビアも既に中央は我が魔族の手中にある。
この事実を知れば、どんな愚王だろうと余の言葉が世迷言ではない事は理解出来るだろう。
だがこの2つを守り我らに従えば、それぞれの国の管理は今まで通り現在の王に任せ、無益に貴様らを虐げる事はしないと約束しよう。
更に貴様らにも、我ら魔族が手に入れた無限の魔力、アーミラの恩恵の一部を受けさせてやろう。
賢明な王であれば、どうするべきかはわかるな?
それでも余に逆らうというのであれば、大国共の企てに参加するがいい。
纏めてアーミラの生贄として再利用してやろう。
魔界の王・魔王ディアブロ』
鏡に書いてある文を読み終えるとリナはその鏡を叩き割った。
「ふざけやがってあの野郎!!」
「あらら。 人口の5%って、ディアブロちゃん大胆な事しちゃってまあ」
人口の5%。
簡単に言えば人口約50万の国があれば、そこから毎年約2万5千人が生贄として差し出される事になる。
「これが、この大陸全ての国に?」
ノエルの問いに頷くとラミーアはやれやれと首を振った。
「各国ラバトゥやルシスの現状はもう耳に入ってるだろうから、こいつを信じる王は多いだろう。 幸い、殆どの国がまだ正式に連中に従うって表明はしてない。 けど、此方に味方するって言ってきてるのも少ないよ」
「みんな様子見って事ね。 厄介なもの流してくれたわね」
エミリアは割れた鏡を忌々しそうに見つめた。
すぐに表明を出さないのは、恐らくどちらが勝つか見極めようとしているのだろう。
先程のメッセージだけなら魔族が勝つ可能性が高く見える。
だが、もしノエル達が勝てばその国は人間の裏切り者として他国の記憶に残る。
そうなれば魔族を退いても、少なくとも現政権には未来はない。
慎重に議論を重ね、なんとしても正解を出そうとしている最中なのだろう。
「ゴンザやヴォルフ達に戦力集めさせてんのはこれがわかってたからか」
「そういう事だよ。 みんな自分の国を守る為に必死なのさ。 まあ中には自分の地位だけ守ろうとする馬鹿王もいるだろうけどね。 そこで、その手の連中振り向かせるのに、ノエル坊やには王としての仕事をしてもらうよ」
「王としての? 一体何を?」
「諸国があの文を見てもまだ迷ってる要因は2つ。 1つはヤオヨロズの存在だよ。
ずっと中立守ってきたあの国が動き始めたって情報は耳のいい国には既に入ってるだろう。
それにより大国全部が対魔族に動いたということになるからね、そりゃ迷うだろうさ」
「もう1つは?」
「このプラネだよ。 かつて大陸を震撼させた魔帝の息子が治めアルビアと渡り合った国だ。 加えて、この戦はプラネを中心に動いている。 未知数なの手伝ってもしかしたらという考えになる」
「んじゃノエルにその国全部と交渉しろって事か?」
「半分正解だよリナの嬢ちゃん。 説得はして欲しいけどそんな時間はないからね。 だから、連中が迷う要素を1つ増やす」
「どうやってだよ?」
するとラミーアはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「蟲人を味方に付けるんだよ」
「蟲人!?」
その言葉に真っ先に反応したのはエミリアだった。
「知ってるんですかエミリアさん?」
「蟲人は簡単に言えば、獣人の虫版よ。 ただ獣人と違って虫の習性が強くて共存が難しい亜人として知られているのよ。 現にあのセレノアですら奴隷として手に入れるのを諦めた程よ」
「あのセレノアが!?」
奴隷国家として名高く、その様子を実際に見たノエルにとってそれは衝撃的な事実だった。
それにラミーアが補足した。
「蟲人の大きな特徴としてはその戦闘力もある。 硬い甲殻を持つ者。 怪力の者。 毒を扱う者。 擬態による奇襲を得意とする者。 多種多様な虫の特性を活かし様々な戦闘に対応出来る。 加えて人喰いの噂もあるしね。 そんな危険なもん奴隷でも欲しがる奴は少ないよ」
「つまり、そんな危険な蟲人が味方になれば他の国も協力的になる可能性があると?」
「そういう事さ。 味方にならなくても敵にさえならなければ上出来だよ。 それだけ蟲人ってのは怖がられてるからね〜」
恐怖の対象を利用した人心掌握という手段にラミーアは再び悪い笑みを浮かべ、魔術で地図を出しその上にヒョイと乗ってある場所を指差した。
「ラバトゥの南西に蟲人の国がある。 まあ国といっても隠れ里みたいなもんだけだね。 アクナディンの坊やにも話を付けといたから、傷治したらとっとと行って味方にしてきな」
「ちょっと待てよ! 時間ねぇのに今からラバトゥまで行けってのかよ!?」
「安心しなリナの嬢ちゃん」
そう言うと、今度は1枚の紙を取り出した。
そこにはべクレムの転送の魔法陣が書かれていた。
「!? いつの間にそれを!?」
「あたしも魔女なんて言われてるんでね。 転移の1つや2つは使えるんだよ。 この前ラバトゥとルシスには持たせといたから直ぐに行き来出来るよ」
「これでも色々やる事はしてるんだよ」と言うラミーアにノエル達はその密かな行動力に感心した。
「なら急いだ方がいいですね。 リナさん、エミリアさん。 一緒に来てくれますか?」
「置いてくって言ったら殴ってるよ」
「私も勿論行くわ。 まだノエル君は外交は慣れてないだろうしね」
「ちょっとちょっとおじさんは?」
「あんたは留守番だよ。 主戦力の殆どが特訓中なんだからあんたに守ってもらわないと困るんだよ」
「ラバトゥの褐色美女ちゃんと遊べると思ったのにね〜」
サタンが不満そうにしながら承諾し、ノエル達の蟲人の国行きが決定した。




