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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
268/360

暴走

「たくよぉ、あの野郎人を除け者にしやがって」

「文句言ってもしょうがないでしょ。 今は私達の出来る事をしなきゃ」

 サタンに自分達だけ先に特訓を切り上げられ不機嫌なリナをエミリアが宥めていた。

「ノエル君が心配なのはわかるけど、あまり心配し過ぎると逆にウザがられるわよ?」

「な、なんでノエルの話になるんだよ!?」

「心配してるのバレバレだからよ」

「お前、なんか段々言う事レオナに似てきやがったかな」

「それだけ私も女らしくなったって事かな」

 からかう様にクスリと笑うと、エミリアは少し表情を引き締めた。

「で、実際どうなの? あなたから見てノエル君は?」

「本当はもっとやれんだろうな。 サタンのおっさんもそこ気付いてあいつだけ居残りにしてんだろうけど、こればっかりは俺達もどうしようもねぇ」

 リナやエミリアも、サタン同様ノエルの伸び悩んでいる原因に気付いていた。

 殺意や殺気。

 これだけ聞くと危険なものの様な気がするが実はそうではない。

 言ってしまえば力加減や気迫等と大差ない。

 要は使い方次第だ。

 例えば剣や槍は加減や扱い方を知らなければ危険だが、そこをしっかり身につければ身を守る事やただ相手を制する為だけに用いる事が出来る。

 今のノエルはその使い方を知らずどうしていいかわからない状態だ。

 だがこれは他人が教えてどうこうというのではない。

 何百、何千という命がけの闘いの経験が必要になる。

 当然その中には人を殺める必要がある。

 それを繰り返す事で漸く相手と自分の力量を瞬時に察し、相手を制し尚かつ殺さない絶妙な力加減を会得出来る。

 リナもエミリアもそうした戦いを何度も経験し、漸くその加減を知る事が出来たのだ。

 ノエルはここの所戦いが続いているがその絶対量が足りないのは勿論、殺した経験もほぼ皆無。

 少なくとも、自分から殺しに行く程の気迫を出して戦った事などないのだ。

 ずっとノエルを見てきたリナには、今ノエルがどれだけ悩んでいるかよく理解出来た。

 同時に自分達が手を貸すことは出来ない事も知り、それを歯がゆく思っていた。

「とにかく、今はサタンを信用して任せるしかないわね。 仮にも大魔王なんて呼ばれてた人だし、何かしら手は打ってくれるんじゃない?」

「あのエロ親父がそこまで信用できるかね?」

 そう言っているリナ達は、背後で大きな魔力の鳴動を感じた。

 そしてそれは溢れ出し、大きな黒い魔力の柱の様になっていた。

「ちょっと、この魔力は?」

「ノエルのだな。 あの親父何しやがった!?」

 リナは走り出し、エミリアもそれに続いた。






 黒い雷を纏わせた拳で殴りかかるノエル。

 サタンはそれを受け止めようとしたが瞬時に避けた。

 すると当たった地面が砕け、その破片が黒雷により分解された。

(これは、我でも触れればそれなりに効きそうだな)

 自分が喰らっても分解される事はないと判断しつつも、サタンはノエルの攻撃を危険と判断し避けた。

 つまりそれはノエルが加減を一切せず本来の力を出せた事を意味した。

 ノエルはすぐ様追撃を開始しサタンはそれを受け流した。

(まずはこれでいいが、問題はここからか)

 サタンの目的は2つ。

 理性のタガを無理矢理外す事でノエル本来の力を引き出させる事。

 これはサタンに避けさせるだけの攻撃を放った時点でクリアしている。

 もう一つは無理矢理引き出された感情や力を自力でコントロールさせる事。

 そうする事で本来必要な過程を飛ばし一気に力の加減を会得させようとしたのだ。

 最も、これは賭けでもあった。

 現在ノエルはある種の暴走状態だ。

 もしコントロールに失敗すればノエルは元には戻れない。

 最悪ずっと衝動のまま暴れ続けるだけの存在になってしまう。

 リナ達を先に帰らせたの確実に知れば反対するとわかっていたからだ。

 これはそれだけ危険な方法だった。

 だが短期間でノエルに殺気のコントロールをさせるにはこれしか方法がなかったのも事実であり、サタンもやるからにはなんとしても成功させるつもりだった。

 サタンはとりあえず向かってくるノエルを拳で吹き飛ばした。

 少し強め程度だがそれでも衝撃波で周囲の岩が砕け散る。

 吹き飛ばされたノエルは傷を負い倒れるが、すぐに起き上がり反撃をしてくる。

 しかも傷が体から溢れる魔力によりすぐに完治させられる。

(これは、下手すればリナやエミリア以上に厄介になりかねんな)

 そう考えるサタンの視線からノエルが瞬時に消えた。

 サタンはすぐに背後に拳を振るうと黒炎がサタン目掛け襲いかかった。

 黒炎を消し飛ばしたが火傷を負った左手を見てサタンはノエルの成長速度に驚く。

 暴走状態でありながら黒雷による刺激と肉体強化で雷光の様な速さで自身の背後に回り込むノエルのセンスは、魔界の強者を見てきたサタンから見ても一級品だった。

(さて、ぶん殴っても戻らんとなるともう一度奴の中を刺激するのが一番だが、今のコイツの速度じゃ捕まえるのも一苦労か。 となると、残る手は・・・)

「おい! 何やってやがる!?」

 騒ぎを聞いて駆けつけたリナとエミリアは、事態に驚いていた。

 ノエルが完全に我を忘れ殺気むき出しでサタンに襲いかかっている。

 しかもサタンに手傷まで負わせている。

 ほんの少し前までとは豹変しているノエルに特にリナは驚きと共に怒りを顕にする。

「サタンてめぇ!! ノエルに何しやがった!?」

「あ〜らら。 二人とも来ちゃったのね。 ま、これだけ騒げば当然か」

「ふざけてんじゃねぇぞこら!?」

 普段の軽い調子で返すサタンに怒りながら近付こうとするリナの目の前に黒炎が広がった。

 見るとノエルがリナ達に向かって手をかざしていた。

「ノエル! お前どうしたんだよ!?」

「これは、我を失っている?」

「そういう事」

 いつの間にか近くに来たサタンにリナは掴み掛かる。

「てめぇあいつに何を!?」

「あ〜怒るのはいいけど、とりあえず今は状況見ようか」

 サタンは拳の衝撃波でリナの背後に迫った黒雷を弾いた。

「少し荒療治のつもりだったんだけど、どうも思ったより効果出過ぎちゃってね」

「てめぇ」

「戻す方法はあるの?」

「ノエルちゃんが自力でコントロール出来れば一番だけど、今は多分抑えてた感情やらなんやらでゴチャゴチャだろうからね。 ちょこっと外から刺激与えないといけないのよね」

 そこまで言うと、サタンから軽い空気が消えた。

「後で貴様らの怒りは受けよう。 今は奴の動きを鈍らせろ」

 本気のサタンの言葉に、リナは舌打ちしながら手を離した。

「後でボコすからな」

「今の貴様の拳は我でも痛いからな。 手柔らかに頼む」

「それはノエル次第だがな!」

 リナが飛び出すとエミリアも剣を2本抜きそれに続いた。

 リナの重力波をノエルが強化した体で弾き飛ばし、急接近する。

 そんなリナを庇う様にエミリアが立ち塞がり光速剣を振るう。

 ノエルはそれに反応し拳でエミリアの剣を受け止めた。

 自身の速さに完璧に反応したノエルに驚きながら、エミリアは剣を振るいノエルを足止めする。

「今の内に!」

「わかってるよ!」

 リナは重力場を発生させエミリア事ノエルの動きを鈍らせる。

 ノエルはそこで標的をエミリアからリナに変えリナに向かっていく。

 重力場の中でも予想以上に早く動くノエルに、エミリアとリナの反応は遅れた。

 黒雷を纏った拳がリナに迫ると、サタンが目の前に立ち塞がった。

 拳はサタンの腹を貫き黒雷がサタンの中を駆け巡る。

「おっさん!?」

「この位体張らないと、無理矢理荒療治した責任が果たせんからな!!」

 サタンは先程の様にノエルの腹に右手を入れ、そしてノエルの深層を探った。

 するとサタンの中に溢れたノエルの感情が流れてくる。

 怒り、悲しみ、後悔。

 立場等から抑え込んでいた様々な感情が溢れ出し、巨大な濁流の様にノエルの中を駆け巡る。

 その大きさに、ノエルが普段抱えているものがどれ程のものかがよくわかる。

(随分と、抱え過ぎてたのだな)

 サタンもかつて最強の魔王として魔界に君臨した。

 しかし王とは名ばかりに好き勝手に振る舞い何も背負ってはいなかった。

 そもそも弱肉強食の魔界において当時最強クラスだったサタンに他者の何かを背負うという感情は乏しかった。

 ディアブロに敗れ野に下り初めて他者と対等に関わる事を知り、今のサタンになったのだ。

(これが王というものか)

 サタンは当時の自分とノエルとの違いを感じながら、荒れ狂うノエルの感情を少しだけ抑えた。

 完全に抑えては駄目なのだ。

 あくまで自分は手助け。

 コントロール自体はノエルがしなくてはならない。

 サタンはノエルならその位の手助けで大丈夫だろうと信じつつ、感情の濁流を抑え込む。

 するとそれがきっかけとなったのか、濁流は徐々にその勢いを失っていく。

 そしてやがてノエルの中には静けさだけが残った。

 サタンは終わったと思い意識をノエルの中から引き上げると、拳は抜いて戸惑うノエルがいた。

「あの、これは? 僕は一体?」

 自分のした事に驚きながら混乱するノエルを、サタンは静かに見下ろした。

「どうだ? おじさんはこの程度じゃ死なないだろ?」

「え?」

 サタンは普段の軽い調子に戻り続けた。

「正直思った以上でおじさんかなり焦っちゃったけどさ〜、まあこの程度じゃビクともしないし、むしろ程よい運動になった位なのよね〜」

 そう言うサタンの傷口をリナが軽く殴るとサタンは「いったぁ!?」と顔を歪めた。

「随分効いてるじゃねぇか」

「り、リナちゃん手厳しいね〜」

「黙って勝手やった罰だこの野郎」

 リナの態度に苦笑しつつ、サタンは改めてノエルに向き合う。

「ま、言っちゃえばこれからノエルちゃん達が戦う相手はこれくらいやらないとだめってことよ。 今のでノエルちゃんもなんとなく色々掴めたんじゃない?」

 そう聞かれたノエルは自分の手の平を見つめた。

 理性が飛び暴れていたとはいえ、体がさっきまでの戦いを覚えている。

 それは今まで出していた全力とは違い、あれが自分の本来の力なんだと実感出来た。

「意識が飛んであれだけ力を扱えてたんだ。 もう少し慣れれば、完全に感覚掴めるだろう。 そうなれば、連中にも対抗出来るだろうね」

「本当、無茶苦茶な人ですね貴方は」

 ノエルは少し呆れた様に言いながらサタンの傷に回復術をかけ始めた。

「でも、ありがとうございます。 お陰で前に進めそうです」

 溜め込んでいたものを吐き出してどこかスッキリした様なノエルに、サタンも満足そうに笑った。

「じゃあおっさん。 次は俺達の相手してもらおうか?」

 リナの言葉にサタンはギクリとした。

「いや〜、おじさん流石に疲れちゃったから、今日はもう休ませて・・・」

「あら? ノエル君だけに特別訓練したのに私達はしてくれないなんてズルいじゃない」

 エミリアも剣を手に迫ってきている。

 顔は笑っていたが、リナ同様明らかに怒っているのが伝わった。

「あ、あっれ〜? エミリアちゃんも結構怒ってる?」

「そうね。 とりあえず私達に黙って勝手に話進められたのはちょね」

「で結局俺達の手煩わせてんだしな。 やろうでしていたことは理解したけどよ、黙ってコソコソやりやがるその性根が気に入らねぇ」

「えっと、ノエルちゃんからもなんとか言ってくれない?」

 助けを求められたノエルは少し考えるとにっこり笑った。

「勝手に中をグチュグチュかき回されたのは嫌でしたね」

「ちょっ! ノエルちゃん!?」

「よっしゃ! ノエルの許しが出たぞ!」

「覚悟しなさい」

 その後、ノエルとのダメージが回復しきっていないサタンはリナとエミリアの総攻撃を受け、何百年ぶりの危機感を覚えたという。

 だがその結果、リナとエミリアの能力も飛躍的に上がったのだった。

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