大魔王の試練
「あ、イトス様! よくご無事、で?」
久しぶりにプラネに帰還したイトスを出迎えたキサラは思わずポカンとした。
知らない女騎士がイトスに抱き付き、四大精霊がその周りを囲んでいる。
当のイトスは疲れた様な表情を浮かべ、後ろに立つルシフェルはやれやれと呆れた様子だった。
「ああ、キサラさん。 わりぃな留守にしちまって」
「いえ、それは構いませんがこの状況は一体?」
「こいつらが過保護過ぎるのだ」
ルシフェルの様子にイトスに抱き付く女騎士、ジャンヌは睨みつける。
「貴方が加減を知らなさ過ぎるのではないですか駄天使殿」
「堕天使だ。 どこぞの小娘の様な物言いをするとは、精霊王とやらと程度が知れるというものだ」
睨み合うルシフェルとジャンヌを始めとした精霊達に挟まれイトスは疲れた様にため息を吐く。
「あの、イトス様。 これはどういうことですか?」
ジャンヌの正体すら知らず困惑するキサラに、イトスはそれを含め簡単に説明した。
光の精霊王であるジャンヌが従う事になった戦いの後、イトスが目を覚ますとルシフェルがいた。
ルシフェルはそのままイトスに戦い方を教えると言い訓練を始めたのだが、かなりのスパルタで骨が折れるのは日常茶飯事と言えるくらいキツかった。
対する精霊達はイトスを回復させながら全力でフォローしつつ、激し過ぎるルシフェルに対し日々抗議をするというのがここ数日毎日起こっていた。
当然間に挟まれるイトスからすれば只でさえ特訓で疲れてるのに毎日そんな言い合いに巻き込まれ、かなりうんざりしていた。
「それは、なんというか、お疲れ様です」
伝説の堕天使と精霊王との口喧嘩等キサラでもどう言っていいかわからず、とにかくイトスを労う事しか出来なかった。
「まあ、ちゃんと特訓にはなったし精霊の戦い方は身につけられたけどよ、もうなんて言っていいんだか」
「災難だったね、イトスの坊や」
そんなイトスの前に、イタズラっぽい顔をしながらラミーアが現れた。
「ウチのが悪いね。 こいつは昔から人に物を教えるのが苦手でね。 特に出来ない奴の気持ちが理解出来ないから加減が効かないんだよ」
「それは構わねぇよ。 むしろあいつが滅茶苦茶優しくなった方が不気味だ」
「違いないね。 まあ、精霊達も漸くあんたの力になれるって張り切ってんだ。 多少の過保護は許してやりな」
ラミーアの指摘に、イトスは苦笑する。
実際、精霊達のイトスへの扱いはかなり過保護だ。
特にジャンヌはイトスに付きっきりで常にイトスの事を最優先に考え守ろうとする。
ジャンヌに関してはずっと見守る事しか出来なかったのだから、それが爆発しているのだろうとイトスも理解はしていたが、流石に疲れる。
「まあ俺の事はいいよ。 それより、ノエルやリナ達はどうなんだよ?」
「みんな同じさ。 レオナの譲ちゃんやジャバの坊やは今も特訓中。 ラズゴートの坊やも武器が出来たんでそれを使いこなす為に訓練してるし、後は・・・」
その時の、プラネを囲う岩山の頂上で爆発が起こり、イトスは警戒する様に立ち上がった。
「なんだ!? また魔族が来やがったか!?」
「いや、あれはノエルの坊や達だね」
「ノエル達!?」
そう言ってる間に、もう一回爆発が起きた。
「そういや、あいつも手加減は苦手だっけね」
プラネを囲う岩山の頂上に不自然に出来た平坦な場所。
そこでリナ、エミリア、ノエルはサタンと対峙していた。
3人は既に満身創痍で、全身傷だらけだった。
ここはサタンが3人との特訓の為に素手で作り上げた簡易訓練場だ。
ここで3人はサタンから以前の様なおふざけ一切なしの特訓を受けていた。
内容はひたすら実践訓練。
ただただサタンと戦って戦って戦い抜く、ただそれだけだ。
だが、本腰を入れたサタンの強さは別格だった。
これまで手を抜いていたのは理解していたが、訓練が始まって当初はリナの重力波もエミリアの高速剣もノエルの黒の魔術も通用しなかった。
いや、正確には効くのだが攻撃する前に潰されてしまう。
サタンは速さ、力において完全にリナやエミリアを上回り圧倒。
初日は数分と持たず3人ともボコボコにされてしまった。
勿論、3人もそのままではない。
必死に喰らい付き、徐々に対峙できる時間を増やし、今日は漸く戦いらしい戦いになるまでになった。
「オラァ!!」
リナが重力を纏った拳でサタンに殴りかかると、それと連携する形でエミリアとノエルも続いた。
拳と剣をかわしながらサタンは拳を振るう。
なんとかかわすリナ達だが、その拳圧の衝撃波で軽い爆発が起きる。
ノエルが黒炎を黒刀に纏わせ斬りつけると、サタンは蹴りで刀ごとノエルを蹴り飛ばす。
その隙にリナとエミリアが左右から攻撃し、サタンはそれぞれの攻撃を受け止め投げ飛ばす。
「はいは〜い。 ここで一旦休憩」
体勢を整え着地すると、リナは不服そうな顔をする。
「なんだよ! せっかく乗ってきたってのによ!」
「そんな事言ってボロボロでしょ〜がよ。 ちゃんと配分したいと駄目だっての」
そう言いながらサタンは攻撃を受け止めた両手を見た。
エミリアの剣を受けた方には切り傷が、リナの拳を受けた方は骨にヒビが入っている。
(リナちゃんとエミリアちゃんは仕上がってきてるじゃないの)
自分にまともなダメージを与えられる様になってきた2人に満足しながら、サタンは起き上がるノエルの方を見る。
(問題はノエルちゃんか)
ノエルは未だサタンにダメージを与えられていない。
それは先程サタンが刀ごとノエルを蹴り飛ばした事でも明らかだ。
普通なら脚が斬れる筈なのに、小さな切り傷すら出来ていない。
無論サタン自身の強さも原因ではあるが、それでも黒炎による火傷すらない。
だからと言ってノエルが成長していない訳ではない。
寧ろ格上だったリナやエミリアに合わせ連携して戦えている時点で、その成長速度はサタンすら感心する程だった。
(やっぱり、精神的な問題かね〜?)
ノエルは元々人を殺めるのを極力避けようとする傾向にある。
それはかつてエドガーの腹心であるバルドを殺め覚悟を決めてからも、ノエルの根底を占めていた。
リナ達とノエルの差はまさにそこだ。
リナとエミリアは特訓中サタンを殺す気で挑んだ。
鬼気迫る気迫でサタンに攻撃し、結果それが更に二人の成長を早めた。
ノエルにはその気迫がない。
やる気がないとかそういう次元ではなく、相手の息の根を止める殺気がノエルにはないのだ。
可能な限り生かそうとするノエルの覚悟は強く、それも立派な覚悟だ。
甘くないと知りつつ、失う恐怖を知って尚それを貫こうとするノエルの強さはサタンも特訓しながらそれが自分にはない強さだと理解している。
ただ王として後方支援に徹するならそれもいい。
だがディアブロと対峙するならそれではだめなのだ。
かつてディアブロに敗れたサタンはそれを身を持って知っている。
殺す気で挑んで初めて活路を見いだせる。
それ程、ディアブロは強いのだ。
(やつの事だ。 我と戦った時より力を増しているのは確実。 そうなると、この3人が強くならないとこの戦い負ける)
そう思ったサタンは、回復薬を飲み休むノエル達の方を向く。
「さてと、んじゃリナちゃんとエミリアちゃんは今日はこれまで」
「はあ!? 続きやるんじゃねぇのかよ!?」
「まだ私達はやれるわ。 漸くコツが掴めてきたのに」
「おじさんとの特訓が今日はこれまでって話。 その後二人で自主練するなり組手するなり好きにすればいいでしょ」
「あの、僕は?」
「ノエルちゃんは補習授業。 ちょ〜っとおじさんと二人きりで遊ぼうか」
「おっさんまた変な事する気じゃねぇだろうな?」
「大丈夫大丈夫♪ ほらほらここはおじさん達が使うから、二人は行った行った」
不満そうにするリナだったが、エミリアにも促されその場を去った。
2人が行くのを見送ると、サタンはノエルと向き合う。
「さてノエルちゃん。 おじさんにダメージ与えられていない理由、わかる?」
「それは、僕がまだ弱いから」
「ノンノンノン! そゆことじゃないのよ。 本当は自分でも気付いてるんじゃないの?」
「僕が、殺す気がないから」
やはり気付いていたかとサタンは思った。
ノエルは自分が弱いと思っている。
だから足を引っ張らぬように自分に足りないものを必死に分析する。
ここ最近の訓練でノエルがその事に気づくのは自然な流れだった。
「正解。 必死に頑張るの殺気を込めるのは違う。 リナちゃんとエミリアちゃんは経験上その差を知っているけど、ノエルちゃんは違う。 その境界がわからない。 更にノエルちゃんは殺しを芯はしたくない。 それが無意識にブレーキかけちゃってるのよ」
サタンの指摘をノエルも理解してるのか黙り込んでしまう。
これではいけないと理解しつつ、どうすればいいのかわからないのだ。
「実際、殺気が籠もってたって本当に相手を殺さなくてもいい。 それをコントロールして相手に全力でぶち込めばいいのよ」
「わかっているんですけど、どうしていいのか・・・」
「なら、少し荒療治といくか」
サタンの空気が変わったと思った瞬間、ノエルの腹をサタンの右手が貫いていた。
だが血は出ず痛みもない。
混乱するノエルにサタンは静かに告げた。
「我は不器用な魔族でな。 2つの力しか使えぬのだ。 その内の1つがこれ。 相手の内側に干渉する力」
サタンが指を動かすと体の中の更に奥、魂自体を弄られる様な不快な感覚がし、ノエルは顔を歪める。
「な、何を?」
「これから貴様の奥にあるタガを破壊する。 普段抑えているもの全てを開放し、それをコントロールしてみろ、ノエル」
するとサタンはノエルの奥にある何かを握り潰した。
瞬間、ノエルは体の奥で何かが鳴動するのを感じた。
そして内に巨大な波が押し寄せ、ノエルの理性を消し去った。
「ぐあああああああああああああああああああ!!!?」
ノエルが叫ぶと同時に体から黒い魔力が溢れ出し、サタンは慌てて距離を取る。
その魔力は既に特訓で満身創痍だったとは思えぬ程強大なものだった。
更にボロボロだったノエルの体を勝手に癒やしていく。
「なるほど。 これが貴様の真の魔力か」
迸る魔力を見てサタンはノエルの潜在能力の高さを理解する。
ノエルは目を血走らせ、サタンに襲いかかった。




