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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
260/360

弱者の戦い

 イトスは状況を整理しようと必死に頭を働かせる。

 敵の姿は見えない。

 いつの間にか魔力で生み出された罠が各所に仕掛けられている。

 一人によるものか、それとも複数人による複合魔術か。

 そこまで考えてイトスは舌打ちをした。

(判断材料が圧倒的に足りねぇ! 罠の性質も統一性ないし、どうすりゃいいんだよ!?)

 そんなイトスの足もとで違和感を感じた。

 イトスが反射的に飛び退くと、地面から水流が噴射された。

「アチッ! アツっ!」

 水滴が付いた場所に焼けた様な痛みが走り、更にローブや周辺の草木の一部が溶けていく。

「硫酸かよ! 本当何でもありだなクソッ!」

 ローブを脱ぎ捨てると、イトスは再び思考を巡らせる。

 敵に関してはもはや分析しようがない。

 となると自分にできる事だが、戦闘力はほぼ皆無。

 出来るのは回復術と透明化の術のみだが、透明化は見破られている様なので意味がない。

 援軍が来るまでここで待つ事も考えるが、修行を開始してからほぼここで一人で生活をしていた為それも期待出来ない。

(リナやノエル達達みたいな力があれば手はいくらでもあるんたけどな)

 リナなら重力で広範囲を攻撃して罠を術者事押しつぶす。

 ノエルやクロードも黒炎やフレアランスで同じ事をするだろう。

 ジャバならその嗅覚で敵を見つけ出すだろうし、レオナなら長い鉄根でも出して上空へと逃れるなりなんなりするだろう。

 無いものねだりみたいな思考になりつつある自分に苦笑しながら、改めて自分の力の無さをイトスは実感する。

(落ち込んでる場合じゃねぇ。 そうなると手段はこの森からの脱出。 何が何でも森から出て味方と合流。 それ最善だ)

 イトスは意を決し、森の出口めがけ駆け出した。

 だが、その走りは衝撃と共にすぐに止められる。

 イトスの真横から棘の付いた鉄球が飛んできて、イトスの脇腹に当たりその体を吹き飛ばした。

 イトスは血反吐を吐きながら地面に横たわるとその場で動かなくなってしまった。






「なんじゃなんじゃ! もう終わりかい!?」

 動かなくなったイトスを見て、ドルマロは不満を顕にした。

「もっと必死に抵抗せんかこのウスノロめ! もっともっと苦しめられる罠をごまんと用意しとるというのに!」

 これがドルマロの悪癖であり、今まで四天王に選ばれなかったもう1つの理由でもあった。

 ドルマロは長年一人で洞窟から出ずに獲物を仕留めながら生活していた。

 当然、娯楽など何1つない。

 そんなドルマロを楽しませる唯一の娯楽は、罠にハマって苦しむ者の姿だった。

 罠にハマり、もがき、苦しみ、絶望していく者達の千差万別な姿を真の水晶で観察するのがたまらなく楽しかった。

 しかもその対象は自分より上位の者達なのだからまたたまらない。

 自分より強く力がある者達が自分の思惑通りに罠にハマり苦しむ。

 その姿を見るのはまさに至福だった。

 魔王軍に入ってからも、自分の陰口を言った連中を何人もそうやって秘密裏に罠にハメて消して楽しんだ。

 時には敢えてなぶる様な罠配置をして苦しめたりもした。

 まさに相手を苦しめるのはドルマロにとってかけがえのない娯楽だった。

 だがその性格は四天王として任務をこなすには不適格だった。

 何故なら、ドルマロは自分の娯楽を優先させる傾向があり任務の成功率を下げてしまうからだ。

 現に今もイトスを仕留めたならそれでいいはずが、苦しむ様子が見れず不満たらたらだ。

 ドルマロは水晶を凝視してイトスに語りかける。

「ほれほれさっさと逃げんかい! そして更に絶望して苦しんで死んでゆけ!」

 そんなドルマロの歪んだ声援が聞こえた訳ではないだろうが、イトスはゆっくり立ち上がっていく。

 すると、途端にドルマロの表情が明るくなる。

「おお! よう立った! 若いもんはやはりこうでないとな!」

 水晶の中のイトスは息を整えると、再び走り出した。

 だが今度はイトスの足元に刃が出現し、足首からスパッと斬り落とした。

 痛みで叫び声をあげるイトスと宙を舞うイトスの足を見ながら、ドルマロは愉快そうな笑い声をあげた。

「キャ〜ッキャッキャッキャッ! こいつは傑作じゃ! お前はいい楽器だぞ小僧! さあ頑張って這いながら進め! まだチャンスがあるかもしれんぞ!」

 そんなドルマロの言葉に従う様にイトスは這い始める。

 だがその先には、斬り落とされた足首が落ちていた。

 イトスはそれを掴むと、足首を切断面に付けた。

 すると傷がみるみる治っていき、切断面完全に塞がっていく。

「な、なんじゃと!?」

 驚くドルマロを他所に、足が完全に繋がったイトスはゆっくりと立ち上がっていく。






「くっ、いてぇなちくしょう」

 顔を歪めながら立ち上がるイトスは足の状態を確認する様に足首を回した。

 イトスは自分の治癒能力をフル活用して、足を繋げたのだ。

 イトスはエルモンドの元で学んだ知識と技術を元に、何人も治療を施してきた。

 その治療の早さと正確さは治癒に秀でたエルフのキサラですら驚嘆するレベルであり、イトスが唯一の仲間より秀でている能力だった。

 イトスはそれに賭けた。

 どんなに傷付こうと傷を治しながら走り抜ける。

 作戦と呼ぶにはあまりに無謀な賭けだった。

 だがイトスはそれに賭けるしかなかった。

 唯一他者より優れたイトスだけのこの力を信じる事。

 それがイトスに残された数少ない手段だった。

 走り出すイトスに今度は矢が刺さるが、すぐに治癒を行い傷口から矢を押し出し足を止めず走り続ける。






 その様子に、逆に焦りだしたのはドルマロだった。

「いかん! このままじゃ抜けられてしまう!」

 ドルマロにとって抵抗して苦しんでくれるのは確かにありがたい。

 だがそれでも任務が失敗するのはまずい。

 ましてや今回は四天王入りがかかった大事な任務だ。

 万一失敗なんてすればもう2度とこんなチャンスは来ないかもしれない。

 最悪処刑されかねない。

 ドルマロはイトスの前に仕掛ける罠をより致死率の高いものへと作り変えた。

 矢や槍には毒を仕込み、炎や雷なども増やした。

 だがイトスは皆それを致命傷にならないギリギリで交わし続ける。

 苦悶の表情を浮かべながらも瞬時に治癒をして走り続ける。

 治癒の高さは確かに脅威だが、更に恐ろしいのはイトスの執念。

 どの罠もかかれば激痛が走る様なものばかりだ。

 現に足首が斬り落とされるなど、大男でも動揺する様な大怪我をしたにも関わらず全く心が折れず突き進んでいく。

 ドルマロは楽しみから殺す事に意識を切り替えより苛烈に罠を追加する為魔力を送る。

 すると、水晶に映るイトスがニヤリと笑った。





「見付けたぞ卑怯者」

 イトスは何かを感知すると、その方向に向け杖から魔力を放った。

 すると魔力が飛んだ方向にある木々が姿を消し、小柄の老人の魔族の姿が現れた。

「な、なんじゃと!?」

 ドルマロから驚きの叫びが聞こえる中、イトスは再び口角をあげた。

 イトスは逃げる選択以外にもう1つ手を考えていた。

 それは透明化の術を使い敵の姿を見つけ出すこと。

 透明化は自分以外の他者にも有効だ。

 かつてアルビアと戦った時と部隊1つをまるまる透明化させる程の大規模なものも使用したことがあるイトスにとって、森の木々を消す事などどうとでもなかった。

 だが森全てを消してしまうと魔力消費が大きく、見つけ出しても何も出来なくなってしまう。

 だからイトスは逃げながら相手の魔力を探っていた。

 自分が逃げきれば確実に相手も焦る。

 焦れば無駄に魔力を使い、その乱れを感知することが出来る。

 逃げきればそれでいい。

 だがもし見つけ出す事が出来れば、場合によっては迎撃する事も出来る。

 これがイトスなりの渾身の二重の策だった。

(相手は一人か。 力も強くなさそうだ。 力が罠を仕掛けるだけなら、俺でもやれる)

 イトスは意を決しドルマロに向かい走り出した。

 ドルマロは焦ってイトスの前に罠を出現させるが、木々や茂みが消えている為に罠の場所が完全に丸見えになってしまっている。

「な、なんじゃと!?」

 丸見えの罠等怖くはない。

 イトスはその隙間を縫う様に走り抜け、ドルマロに接近していく。

「さあ観念しろこの野郎!」

「く、来るな! 来るな〜!!」

 イトスが目前まで迫ると、ドルマロは両手を前にかざした。

「なんてのぅ」

 瞬間、イトスの足元に深い穴が出現した。

 イトスは落ちそうになりながら杖を引っ掛けぶら下がる形でなんとか転落を防ぐ。

 下を見るとグツグツ音を立てながら大量の硫酸があった。

「キャッキャッキャッ! たまらんの〜! その表情!」

 ドルマロは近付くと穴からイトスを見下ろした。

「いや〜勝利を目前にして絶望する奴の顔とは格別じゃの〜! 最高じゃ!」

「お前、わざとやりやがったな?」

「まあの。 しかし見つかったのは流石に誤算じゃったわ。 まさか貴様の様な小童に姿を見られるとはのぅ」

 ドルマロはぶら下がるイトスに蹴りを喰らわせ始めた。

「このわしを! 貴様の様な小童が脅かそうなど何万年も早いわ! このまま落ちてわしの出世の役に立てこのゴミが!」

 杖を掴む手を蹴られ続け、イトスの握力が奪われ続けて行く。

 イトスは力を振り絞りながら、どうにか打開策を考える。

 だが攻撃系の魔術を殆ど使えないイトスにとって、この状況では何も出来る事はなかった。

(ちくしょう! こんな所で死ねるかよ! まだ俺はなんにもしてねぇんだぞ! 師匠とも話が出来てない! こんな俺を受け入れてくれたノエル達の役にも立ててないんだ!)

 イトスは縋る思いで、杖に魔力を送り続けた。

(なあ頼むよ! 俺は、俺はこんな所で死ねないんだよ! 生き延びて、ノエル達と一緒に師匠にもう一度会うんだ! だから頼む! 俺の魔力でもなんでも全部くれてやるから! 俺を助けてくれ! 頼む!!)

「ええい! いい加減落ちろ小童が〜!!」

 イトスの願いも虚しく、ドルマロの蹴りでイトスの手が杖から離れた。

 イトスは、悔しさでいっぱいになりながら落とし穴の底へと落ちていった。



・・・願い、確かに受け取った・・・



 イトスの脳内に声が聞こえると、イトスの杖の宝玉が光りだした。

 そしてイトスの体が誰かに抱き止められる感触がした。

 イトスが見上げると、白銀の髪を靡かせる女騎士が自分を受け止めていた。

 手から感じる温かい魔力から人間ではないのは明らかだった。

 何より、その体からあふれる魔力料は人間のそれを超えていた。

 だがイフリート達杖に宿る精霊ではない。

 混乱するイトスに女騎士は優しく微笑みかけると、ゆっくり浮かび穴から脱出した。

「な、な、なんじゃ? なぜこんな、こんな・・・」

 外にいたドルマロは腰を抜かした様に座り込み、明らかに動揺していた。

 女騎士はイトスを下ろすと、杖をイトスに手渡した。

「漸く、こうして会えましたね、イトス」

「あんたは、一体?」

 再び優しく微笑むと、その名を口にした。、「私は光の精霊ジャンヌ。 この世に存在する2体の精霊王の内の1体」

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