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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
259/360

イトスの危機

 プラネ近くのある森の中。

 人の手が欠片も加わっていないその場所は、夜もいうこともあり完全な静寂が辺りを包んでいた。

 星と月の灯りのみが周囲を照らすこの森の中心で、1人の少年は静かに座禅を組んでいた。

 目の前には5つの宝玉が埋め込まれた杖が、その少年を見下ろす様に立てられている。

 少年、イトスは静寂の中精神を集中させそのまま意識を杖に向け続ける。

 だが、やがて水の中から顔を出した時の様に息を吐き出し、そのまま少し荒い呼吸をしながら「クソッ!」と地面を殴った。

「なんで、なんで何も言わねぇんだよ!」

 イトスは苛立ちを含ませながら杖に向かって叫んだ。

 目の前の杖にはかつてエルモンドが従えた精霊、つまり火の精霊イフリート、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフィー、そして大地の精霊タイタンの4体が宿っている。

 イトスはその4体から力を借りる為に、この場所で瞑想を続けていた。

 サルダージが指定した場所だけあり、この場所は瞑想をするには空気、魔力共に濃く、イトスの集中力を研ぎ澄ませた。

 更にイトスは貰ったメモに従い、効率的に可能な限り瞑想を続け、精霊達と交信を試みようとしていた。

 だが最初の1週間が過ぎても精霊達から何も反応はなく、2週間が過ぎた辺りからイトス焦り始めた。

 ただでさえ時間がない状況なのになんのせいかも無いイトスは、その日からサルダージのメモを無視して無茶な瞑想をし始めた。

 睡眠時間等可能な限り減らし、瞑想に瞑想を重ねたイトスは目の下に隈を作り、どんどんやつれていった。

 そしてとうとう20日が過ぎようとしている今、精霊達は未だ何も反応がない。

「なあ、お前達師匠の友達だったんだろ? だったらその友達助けるのに手を貸してくれよ。 こんな所で躓いてる時間ないんだよ」

 懇願にも似た声でそう語るイトスだったが、杖は何も反応しない。

 仮にも精霊の上位に存在する四大精霊だ。

 簡単にはいかないのはわかっていたし、甘く見ていたつもりもなかった。

 サルダージの指摘通り無茶もいい所なのも理解していた。

 だが何が何でもやらなくてはならなかった。

 師であるエルモンドを解放しアーミラから解放し、ノエル達の力になる為にはどうしても四大精霊の力が必要だったからだ。

 その為ならどんな無茶だってするつもりだった。

 代償が必要ならそれを払う覚悟もあった。

 自分の何を犠牲にしてもなんとかノエル達の助けになりたかった。

 だが精霊達はイトスを試すどころか何も応えない。

 まるで精霊など杖に宿っていないのではないかというくらい姿はおろか、吐息一つ聞こえない。

 やはり自分ではだめなのか?

 エルモンドの複製(クローン)にすぎない自分を、精霊達が認める事なんてないのだろうか?

 イトスはそんな考えを振り切る様に頭を振ると、また杖の前で座禅を組み直そうとした。

 その時、イトスは違和感を感じて杖を取りその場を飛び退いた。

 すると先程までイトスのいた場所に何本もの槍が突き刺さった。

(敵!? まだ仕掛けてこない筈じゃないのかよ!?)

 イトスは驚きながらもすぐに得意の術で姿を消した。

(とにかく、今の俺じゃどうしようもない。 今すぐこの森を出て皆に知らせないと!)

 イトスは気配を消しながら森から脱出しようと移動を始めるが、すぐ目の前に大岩が木をなぎ倒しながら転がってくる。

「嘘だろ!?」

 イトスは声を潜めることも忘れそう叫ぶと、慌てて横に飛び大岩を避けた。

 大岩はそのまま自然に消滅し、それが魔力で生まれたものである事をイトスは理解した

(何なんだよこれ? 鉱石を操る奴? いや、それならさっきの槍は一体?)

 混乱するイトスに追い打ちをかける様に、何かカチッと音がすると、今度は頭上から炎が降ってくる。

 イトスは服の端を焦がしながら転がる様に避けた。






 イトスのいる森の中で、小さい影が水晶を見ながら「キャッキャッキャッ!」と甲高い不快な笑いをしていた。

 その水晶には姿を消した筈のイトスの姿が完全に映っていた。

「なんちゅう必死な姿じゃ! こりゃ傑作!」

 青色の肌に鷲鼻の細く小さな老人の姿をしたその者は膝を叩きながら愉快そうに笑うこの者の名はドルマロ。

 ディアブロがアーミラからの指令でイトス暗殺に差し向けた魔王軍防衛隊長を務める老人だ。

 防衛隊長という役職ではあるが、見た目の通り力も無く魔力も弱い最弱の部類にいる魔族であり、本来そんな役職に付ける様な存在ではなかった。

 だがこの男、そんな最弱の身でありながら実はサタンの時代を含め約1万年をも超える時間を生きてきた。

 弱肉強食を是とする魔界にとって、長生きするは強者の証だ。

 なぜ最弱クラスのドルマロがそんな長い時間を生きられたのかは、それは彼の能力が大きかった。

 ドルマロの能力は【罠を張る】ただそれだけだった。

 ただしどこでも、どんな種類の罠でも瞬時に出現させる事が出来た。

 ドルマロはこの能力と唯一の持ち物である全てを映す真の水晶を使い、ずっと洞窟で暮らしてきた。

 迷宮の様な複雑な洞窟の奥に潜み、真の水晶で確認しながら的確な場所に大量の罠を仕掛けた。

 そうして洞窟から一切出ず、姿すら見せずあらゆる相手を罠にハメ、その死肉を喰らい生き長らえてきたのだ。

 そしてそのドルマロの洞窟は、ディアブロが自身の城の防衛隊長にスカウトするまで誰にも攻略される事はなかった。

 そんな魔族の中でも異質な存在であるドルマロは、水晶を見ながら混乱しながら苦しむイトスを眺めていた。

「この哀れな顔と来たらいいのぅ。 なかなか唆りおるわ。 魔王陛下も太っ腹な方じゃわ本当に。 こんないいもん見れて、小僧を殺せば四天王入りだなんて」

 手を擦り合わせながらディアブロの命令に感謝するドルマロだったが、急にその目が黒く濁った。

「これでわしを今までコケにしてきた連中に目にもの見せてやれるわ」

 ドルマロは防衛隊長という役職に付いてはいるが、それでも最弱クラスの力しかないのは変わらない。

 当然直接戦闘では一般兵士にすら傷1つ付けることが出来ない。

 その為、所詮籠城頼みの引きこもりだの、最弱の老害などと陰口を叩き、ドルマロを馬鹿にする者は少なくなかった。

 長年に渡る洞窟生活から漸く日の目を見たドルマロにとって、それは許せるものではなかった。

 なぜなら最強の魔王であるディアブロにスカウトされて来たという事実が、ドルマロの自尊心を大きくしていたからだ。

 そしてそれは出世欲にも繋がり、自分を馬鹿にする者達より上の地位になりたいと思い続けてきた。

 そして今回、漸くチャンスがやってきた。

 自分の罠が籠城以外にも役に立つ事を証明し四天王になれば、自分を馬鹿にしてきた全ての者を黙らせる事が出来る。

 その姿を想像すると、またドルマロは不快な笑い声を上げた。

「さあたっぷり苦しめ。 そしてわしの為に死ぬがいい」

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