旧五魔会談
それはバハムート達にとって懐かしくもそこにいる事が信じられない存在だった。
かつてラミーアの元共に五魔として過ごし、そしてその後もラミーアに一人尽くし続けている魔人ルシフェル。
それが今こうして自分達の目の前にいるのだ。
今敵対関係にあるルシフェルがなぜここに?
皆が困惑する中一人冷静なディアブロは、ルシフェルの姿を見ると椅子から立ち上がった。
「久しいな、ルシフェル」
その時だった。
ルシフェルはディアブロの目の前に瞬時に移動すると拳をディアブロに向かって放った。
ディアブロはその急襲に驚く様子もなく拳を受け止めお返しとばかりに殴りかかる。 ルシフェルもそれを迎え撃ち、そのまま数発二人は攻防を続けた。
拳と蹴りがぶつかり合うだけで衝撃波が起こり、たったその数発の攻防でディアブロ達のいた広間は半壊してしまうほどだった。
もし下級の魔族の兵がこの場にいたら、その攻防の余波のみで死を迎えていただろう。
そんな攻防の間に割って入り、二人に骨の刃を向けながら笑う影があった。
「ヒャハハハハ! 久し振りに会って速攻殺し合いか!? 相変わらず楽しい野郎だなルシフェルよ!」
愉快そうに笑うデスサイズを一瞥すると、ルシフェルは拳を引いた。
「見た目通り節穴になった様だなデスサイズ。 こんなものじゃれ合いにもならん」
「その傲慢な態度、懐かしいじゃねぇか! 久々に殺り合うか!?」
デスサイズは楽しそうに笑いながら刃を引っ込める。
実際デスサイズも二人が本気でない事はわかっていた。
もし本気でディアブロを殺す気だったら、ルシフェルは最初から大技の1つも放っていただろう。
そもそもルシフェルは傲慢だが愚かではない。
デスサイズやバハムートが揃うこの場でディアブロに本気で戦いを挑むなどという愚策をルシフェルがする筈がないのだ。
バハムートもそれを理解しており、やれやれと落ち着いた様子で歩み寄ってくる。
「やはり目覚めていたかバハムート」
「ああ。 寝過ぎるほど寝てしまったからな。 お主ともこんな形で会いたくはなかった」
そう言いながら、バハムートの周りに静かな闘志が満ちるのをルシフェルは感じた。
バハムートは自分を敵とみなし警戒態勢を取っている。
「それは私も同じだ。 竜の神とまで言われた貴様があの愚物の下にいるとは。 堕ちたものだな」
表情を変えずそう言うルシフェルだったが、バハムートはその中に微かな憂いを感じ取り同様の気持ちになる。
「堕天使に堕ちたと言われるとはな。 まあ否定はせん。 一族の為なら仕方ないことじゃ」
「ちょっとちょっと! なに僕を無視して話し込んでるのさ!?」
蚊帳の外にされて騒ぐタナトスをチラリも見ると、ルシフェルは興味がないとばかりに無視をした。
「今目が合ったよね? なに無視してんのさ? あんまり調子に乗ってると温厚な僕でも怒るよ?」
「ヒャハハ! やっぱてめぇは嫌われてんだとよ!」
「それよりルシフェル。 お主なにしにこのに来た? まさかディアブロを殴る為と言うわけではなかろう?」
「それでも構わないが、今は我が君からの命があるからな」
我が君がラミーアの事だと察したバハムートとデスサイズは驚き顔を見合わせる。
ルシフェルはそんな二人の反応を流しつつディアブロと向き合った。
「我が君ラミーアからの言葉を伝える。 拒否権はない。 この場で返答してもらう」
「いいだろう。 話せ」
「ラミーアは貴様ら魔族と竜族の現状を把握している。 その為に貴様らがアーミラと呼ぶあの不順物を利用しようというのもな。 だから貴様らに提案してやる。 1つは半年後に貴様らと決戦をして決着を付ける事。 もう1つは貴様らがアーミラを放棄し排除に協力する事」
「協力? 今更? 馬鹿じゃないの? そんな事するわけないじゃない」
「屍もどきには聞いていない。 私はディアブロに聞いているのだ」
ルシフェルの言葉に、タナトスは普段と違う鋭い視線を向けた。
「言ってくれるね。 仲間を見捨てた天翼族の異端児が」
タナトスが指を鳴らすと、彼の操る無数の死人が瞬時に現れルシフェルへと襲い掛かる。
ルシフェルは死人を一瞥すると軽く指を振るった。
「冥獄の断頭台」
死人達は首に見えない何かに通り過ぎると、首が次々と落ちその場に崩れ落ちていく。
「私が話しているのはディアブロだ。 貴様の悪趣味な人形遊びに付き合う気はない」
「ふ〜ん。 そう。 なら直接相手してあげよっか?」
「そこまでだタナトス」
ディアブロの声に僅かに怒気が混じっているのに気付いたタナトスは動きを止めた。
「これ以上余とルシフェルの会話を邪魔するなら、貴様といえど容赦はしない」
睨みつけるディアブロにタナトスは気圧される訳でもなくやれやれと肩をすくめた。
「はいはい。 ここは魔王様の顔を立ててあげるよ」
タナトスが退くと、ディアブロは怒気を収めルシフェルに向き直る。
「すまんな。 さて、返答の前に一つ聞きたいことがあるが?」
「アーミラを放棄した場合の貴様らのメリットだろう?」
「そうだ。 話が早くて助かる」
「貴様らがアーミラを放棄すれば、魔族の地上への進出の手助けをしてやる。 加えて、貴様らにとって死活問題である魔力の減少。 これについてもラミーアが蓄えた力の全てを使い協力すると言っている。 無論私も協力しよう。 竜族も同じだ。 貴様の一族を救う手立てを此方の勢力で全力で取り組もう」
尊大だが、ルシフェルの提案は冷静に考えれば悪くはなかった。
ラミーアの力は旧五魔の面々からすればよくわかっている。
その力を使えば確かにアーミラによる魔力生産を使わずとも魔族が糧を得る術が手に入るかもしれない。
しかもルシフェルの提案には今までの魔族による侵攻の賠償や責任は一切ない。
それで地上に魔族の受け皿となる地が手に入るなら受けてもいい話ではある。
もっとも、この時点で各国に了承を得ていないのだが、恐らくラミーアは各国を納得させるだけの材料をすでに用意しているのだろう。
なかったとしても、必ずラミーアは必ず各国を説得するだろう。
ラミーアにとってこれは、かつての仲間と争わない為に考えた最後の案なのだから。
「断る」
だがディアブロは冷静にそう言い放った。
「ラミーアと貴様の協力は魅力的だが、やはりアーミラの魔力の方が確実だ。 地上も我々の力でどうとでもなる。 つまり、ラミーアの力も地上の国の協力も不要だ」
ラミーアが不要。
その言葉にルシフェルは凄まじい怒りを覚える。
殺気が周囲に広がり、離れている筈の魔族の兵達がディアブロが激怒したのかと混乱し始める。
だがルシフェルはラミーアからの役目の為その怒りを自力で抑え、バハムートへと顔を向ける。
「貴様はどうだバハムート?」
「すまんが、儂もその話には乗れぬ」
バハムートは声に若干の寂しさを帯びながら首を横に振った。
「儂個人ならば、お主やラミーアと争う道は取りたくはない。 その気持ちに偽りはないが、もはや事態はその様な感情では治まらん。 これは我が種族の誇りを取り戻す戦いだ。 その誇りを奪った人と手を取り合う様なお主達の提案を、受ける訳にはいかん」
それはかつてルシフェル達の友だった魔竜としての言葉ではなく、竜の神としての言葉だった。
その言葉の重みを理解したルシフェルは「残念だ」と言いバハムートから視線を外した。
「やはり貴様らとは戦う定めか」
「余達がどう答えるか予想はついていたのだろう? だから半年後に決着を付けるなど期限まで指定してきた。 その間に自分達の戦力を整える為にな」
「それは貴様らとて必要な時間だろう? 魔界から大部隊を呼び込む拠点にまさかこの壊れかけの城を使うつもりではないだろう」
現在ディアブロ達はアーミラを中心とした結界の外に簡易的な拠点を築きほぼ野営している状態だった。
当然魔界にいる戦力を全て迎え入れる事は不可能であり、ルシフェルもそれを見抜いての指定だった。
「なるほどな。 だが今の戦力でも今攻めれば貴様らに勝つことは出来る。 被害は多くなるが、先の事を考えれば小さな犠牲だ」
「その口調といい、随分傲慢になったものだなディアブロ。 昔の貴様は馬鹿だったが、今より愚か者ではなかったぞ」
「貴様に傲慢と言われる日が来るとはな。 だがなんと言おうと貴様らに時間はくれてやるつもりは・・・」
「おいおい待てってディアブロよ〜」
二人の会話に、デスサイズがニヤニヤしながら割って入った。
「折角こいつが俺達に頼み事しに来たんだ。 時間位やってもいいんじゃねぇか?」
「なんのつもりだデスサイズ?」
「ヒャハハハ! な〜に! この傲慢天使様が俺達に頼み事するなんて滅多にねぇだろ!? だったら聞いてやって恩売るのも面白ぇじゃねぇか!」
「意味のない恩など売る必要などない」
「つまんねぇな〜! 折角久々に本気で殺し合い出来る戦いなんだぜ!? 遊んでもいいじゃねぇかよ〜! それによ」
瞬間デスサイズの空洞な瞳の奥がギラリと光った。
「俺の仕える魔王様ってのは、ちょっと時間やった位で負けちまう程弱いのかよ?」
空気が変わったデスサイズと暫く見つめ合うと、ディアブロは首を振った。
「3か月だ。 それで文句はないだろうデスサイズ?」
「だとよルシフェル。 俺様に感謝しろよ」
そう言うとデスサイズはカタカタ音を鳴らしながら笑った。
デスサイズの行動の真意が読み取れないルシフェルだったが「いいだろう」と肯定の意思を見せた。
「どうやら、儂らの中で一番成長したのはデスサイズの様じゃな」
「なら褒美に殺し合わせろよジジイ。 一度やってみたかったんだよてめぇとはよぉ」
「前言撤回じゃ。 やはり何も変わっとらん」
二人の仲裁に入ったデスサイズに感心していたバハムートだったが、相変わらずのデスサイズに呆れた様に息を吐く。
そんな二人のやり取りを見ながら、ルシフェルは用は済んだと言う様に背を向け自分が入ってきた壁の穴へと歩いていく。
「ルシフェル」
ディアブロに呼び止められルシフェルは足を止めた。
「次会う時は、貴様の最期だ。 せいぜい足掻くといい」
「本当に、どこまでも傲慢になったものだなこの愚物が。 その代償、貴様の命だということを覚えておけ」
ルシフェルはそのまま振り返らず漆黒の翼を広げ飛び立っていった。
「あ〜あつまんないの。 今なら確実に殺れたのに」
「そう言うなタナトス。 かつて仲間だった者へのディアブロなりの最後の礼よ」
「仲間なんていなかったてめぇにはわかんねぇだろうがな」
「いないんじゃなくていらないんだよバカ骨。 でもまさか本気で3か月待つつもり?」
タナトスの質問には答えず、ディアブロはルシフェルが来る前に座っていた椅子に再び座った。
「うわぁ〜なにこの蚊帳の外感? すっごいムカつくんだけど?」
無反応なディアブロにタナトスは子供の様に拗ねた。
「貴様は兵を増やしておけ。 冥府から選りすぐりの兵をな」
瞬間、ディアブロの真意を理解したタナトスはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「そういうことね。 了解。 なら従ってあげるよ」
タナトスが機嫌よくその場を後にすると、ディアブロはデスサイズに視線を向ける。
「それで、貴様の本当の狙いはなんだ?」
「いやな、向こうに楽しめそうな女がいてな。 どうせなら長く楽しみてぇだろ? だったらちったぁ強くなってもらわねぇとと思ってよ」
デスサイズの本音に呆れながら、ディアブロは「まあいい」と呟いた。
「どの道、侵攻は少しの間止めるつもりだった。 その間に貴様らもするべきことをしておけ」
「よかろう。 今は流れに身を任せよう」
「ヒャハハハハ! 楽しくなってきやがった!」
二人が広間から消えると、ディアブロは再び目を閉じた。
その真なる想いを誰にも悟らせない様に。




