表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
247/360

幕間 盾の昔語り

 アルビア城玉座の間。

 かつて聖帝フェルペスが座したその部屋にはかつての荘厳な空気は無く、所々崩れかけた壁に覆われ廃墟の様な空間と化していた。

 その玉座に座るのが、エルモンドの体を得たラミーアの魔力・アーミラ。

 その体から伸びた黒い帯で用意された生け贄から情報を吸い取り、周辺には食べカスの様に情報を吸い尽くされたミイラが散乱している。

『マスター』

 玉座の傍らに置かれた杖が光ると、その上に一人の少女の姿を映し出す。

 彼女はクリス。

 かつて聖五騎士団で聖盾(せいじゅん)の名を持ちリナ達と戦った最高幹部の一人だったが、その正体はかつてラミーアが使っていた意思を持つ杖だ。

 かつての主であるラミーアの力を宿すアーミラを主と認識しエミリア達を裏切り、今はこうしてアーミラの杖として側にいる。

『マスターぼくね、マスターに話したいことがあるんだ。 あのね・・・』

「今は必要ない」

 子供の様に話しかけるクリスに対し、アーミラは無関心にそう言った。

 クリスは少し寂しそうな笑みを浮かべた。

『うん、わかったよ。 今忙しいものね。 また今度お話ししよう』

 クリスはそう言い、意識を杖の中に戻した。

 杖の中に戻ったクリスの表情はくらいものだった。

 1500年ずっと待ち続けてきたマスター。

 その力を感じた時、クリスは漸く自身の役目を思い出した。

 そして同時に歓喜した。

 かつて自分を大事に使ってくれたマスターにもう一度会える。

 またあの時みたいに話をすることが出来る。

 そう心を踊らせていた。

 だから共に行動してきたエミリア達ですら裏切ったのだ。

 それほどクリスにとって、ラミーアは特別な存在だった。

 だが今、クリスの目の前にいるアーミラはかつてのラミーアとは違う。

 ずっと生け贄から情報を吸い続けるのみでクリスの話を聞く所か関心すら持っている様子もない。

 それがクリスにとってとても寂しかった。

(きっと起きたばかりでお腹が空いてるんだよね。 ぼくもお腹が空くと食べるのに夢中になってたし)

 人の姿をしていた頃の事を思い出していると、クリスは足音が近付いてくるのに気付く。

(だれ? ぼく以外ここには来れない筈なのに?)

 クリスが首を傾げて足音のする方を見ると、そこに見覚えのある人影が立ち、特徴的な笑いをしていた。

『ふひひ、やけに暗いじゃないかクリス君』

『おじさんか。 まだいたんだね』

 クリスの目の前に現れたのは、アーミラに体を明け渡した筈のエルモンドだった。

 エルモンドはまたふひひと笑うと、クリスに歩み寄った。

『なに、ちょっと退屈でね。 こうして少ない力で君と話をしに来たんだよ』

 そう言ってクリスの前で腰掛けるエルモンドの表情はノエル達に見せた狂喜じみたものではなく、アーミラに影響される前の穏やかなものだった。

『退屈なの? おじさんはマスターと1つになっていっぱい知識見れる様になったんでしょ?』

『ああ。 毎日毎日、色んな人の一生を知っていったよ。 でもね、なんか味気無くてね』

『味気無い? なんで?』

『だって、僕が見てるのは情報の羅列だもの。 経験したりして感じたり自分で調べたものじゃない。 もしくは、知った情報を活かす事も出来ない。 これじゃ情報の羅列をただ機械的に頭に入れてるだけで、なんの面白味も発展性もない。 はっきり言って退屈でしかないよ。 自分が知りたかった筈のものなのに、可笑しな話だね』

 苦笑し肩を竦めるエルモンドはそのまま真っ直ぐクリスの顔を見た。

『君もそうなんじゃないかな? 会いたい人に会えたのに、全然相手にしてもらえないんだもの。 退屈で寂しいんじゃないかい?』

 エルモンドの問いに、クリスは否定できなかった。

 事実クリスもある意味エルモンドと同じ感覚だった。

 1500年。

 自分が何の為にこうしてさ迷っているのか、自分がなんなのか忘れてしまうほどの年月を過ごしながら待ち続けた。

 それほどまで再会したかったアーミラとの日々は、退屈でつまらないものだった。

『・・・マスターはまだ力が戻ってないだけだよ。 お腹いっぱいになれば、マスターは昔に戻るよ』

 クリスの解答をエルモンドは否定せず、またふひひと笑った。

『そうかい。 まあいずれにしても、僕ら二人とも暇を持て余した者同士だ。 仲良くしようよ』

『仲良く? どうやって?』

『そうだね。 君の話を聞かせておくれよ。 どうやって君のマスターと出会ったのか? 君にとってマスターはどんな存在なのか? とても興味深い』

 エルモンドがニヤリと笑うと、クリスは少し悩みながらも、少しずつ語り始めた。






 昔、ぼくはマスターに会う前に魔術師に造られた。

 他にも兄弟はいたけどみんな喋ることの出来ない失敗作ってそのマスターは言ってた。

 そしてぼくも失敗作だって言ってた。

 僕を使うには自分の魔力じゃ足りないんだって。

 1度ぼくを使おうとして死にかけた事もあるって言ってた。

 それ以来その魔術師はぼくを自分の住む洞窟の奥に置いていった。

 ぼくはずっと、その間一人だった。

 時間もわからない暗い中、ずっとただそこにいるだけ。

 考えるのも面倒になって、ぼくはずっと眠り続けた。

 そんなある日、久し振りに扉が開いた。

 いつぶりかに見る光の中にいたのはその魔術師じゃなくて、女の人だった。

『だれ?』

 ぼくが声をかけると、女の人は驚きながらニッコリ笑った。

「凄い! 本当に話せるのね! あたしはラミーア。 よろしくね、可愛い杖さん」

 それが、マスターとぼくの出会いだった。


 マスターの話だと、ぼくを造った人はもうずっと前に死んでたみたい。

 ぼく以外の杖を造ろうとして失敗したらしいって言うけど、正直何も思わなかった。

 マスターは風の噂で喋る杖の事を聞いて興味を持ってぼくを探しに来たんだって。

 マスターは何にでも興味を持つ人だった。

 自分が知りたいと思ったものはすぐに調べたり現地に行ったり体験したり。

 それにマスターはよくぼくに話しかけてくれた。

 いっぱいいっぱい話して、ぼくに色んな事を教えてくれた。

 暗いあの部屋しか知らなかったぼくの世界は一気に色んなものに溢れていった。

 その内ぼくもいっぱい話す様になると、マスターはいつも嬉しそうに聞いてくれた。

 ぼくはそれが嬉しかった。


 その内、マスターに新しい仲間が出来た。

 ちっちゃい生意気な魔族の男の子に物知りな竜のおじいちゃん。

 優しい巨人に素直じゃない怖い顔のおじさん。

 そして口の悪い堕天使。

 みんな変だけど、面白かった。

 ディアブロは普段生意気なのに甘いものを見ると子犬みたいになった。

 バハムートのおじいちゃんは実は綺麗なお姉さん好きで、よく新しい町に行くと口説いてた。

 ウォッキーは料理が上手で、その時はまだごはん食べれなくて残念だった。

 デスサイズは器用で、1度気紛れで杖に付ける飾りを木で作ってくれた。

 ルシフェルは自分の自慢話をよくしてて、ディアブロやデスサイズにウザいって言われてた。

 それで喧嘩になったりしたけど、楽しかった。

 みんながいたあの場所が、ぼくは大好きだった。


 でも、それも終わっちゃった。

 マスターが具合悪くしちゃってから、ぼくはマスターから離された。

 ぼくが近くにいると、“キョウメイ”しちゃってマスターの具合が更に悪くなっちゃうんだって。

 寂しかったけど、ぼくはマスターの為に我慢した。

 ディアブロもバハムートもウォッキーもいなくなっちゃって、マスターもいなくなっちゃうのが嫌だったから。

 我慢して暫く経つと、マスターと仲のいい王様がぼくにこう言った。

「ラミーアはもう君とはいられない。 代わりに新しいマスターを見つけてあげる」

 ぼくは、頭が真っ白になった。

 悲しくて、ただの杖の様に静かに呆然としていた。

 新しいマスターなんていらない。

 ぼくはマスターに会いたい。

 だから、ぼくはそこから逃げ出した。

 バハムートのおじいちゃんがしていた様に、自分の中にある魔力を使って人の姿になって。

 慣れない人の体で城を抜け出したぼくは、マスターを探した。

 ずっとずっと、マスターを探した。

 魔力が無くなって来たらごはん食べて、いっぱい色んな所に行って、時に悪い人と戦って。

 そうしてぼくは、マスターを探し続けた、





 クリスの話を聞いて、エルモンドは幾つか納得した。

 クリスの大食いは人の体を維持する自分で魔力を産み出す為のものだった。

 そしてそうして造られた人の体は常に魔力を纏い、相手の魔術を無効化する役割を果たしていた。

 まるで細菌から体を守る人間の皮膚の様に。

 それは本物の人間と変わらない、進化と言ってもいい現象だった。

(まさか、意思を持つだけじゃなくて進化までするなんて、この娘を造った魔術師は天才だったんだろうね。 残念なのは自分に扱う技量がなかった事か)

 そう分析するエルモンドの目の前で、クリスは寂しそうに俯いた。

『色んな事を忘れちゃって、でも漸くマスターを感じて色々思い出せたのに。 やっとマスターに会えたのに、あの時みたいに楽しくない。 ねぇ、なんでかな?』

 クリスが記憶を失ったのは、恐らく食物だけで作る魔力では体を維持するのが精一杯だったのだろう。

 そうして長い年月を旅する中徐々に失われていった記憶を、エルモンドがあの時呼び覚ました。

 そして自分の体に馴染んだラミーアの魔力であるアーミラの存在を感じ、それをマスターだと認識してしまった。

 この状況を作ってしまったのは、そして彼女にこんな顔をさせてしまったのは、自分なのだと改めてエルモンドは感じた。

(ただの知識欲がこんな結果になるとはね。 我ながら業が深いものだ)

 エルモンドはクリスの頭を軽く撫でると、ニッコリ笑って見せた。

『ふひひ、君の話は実に面白いね。 もう少し色々聞かせてよ。 君が経験した色んな事をさ』

 そう言うエルモンドを見て、キョトンとしながらもクリスは小さく笑った。

『いいよ。 マスターがお腹いっぱいになるまで、おじさんとお話ししてる』

『ありがたいね。 じゃあ、早速聞かせておくれよ』

 せめてクリスの孤独を少しでも和らげる様に、エルモンドはクリスの話を聞き続けた。

 それが償いにも何もならないとわかりながらも、少しでも彼女の救いになればと願いながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ