魔王の片鱗
ラズゴートは、魔王を名乗る青年を前に先程までの太古のジャバウォックの驚異が霞むのを感じた。
見た目だけで言えば、太古のジャバウォックに比べてディアブロは人間に近いまともなものだ。
だが、そんな普通の体躯の青年が自分達を圧倒し絶望的な力を見せたジャバウォックを抑えている。
「ブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
狂った様に叫びもがくジャバウォックだったが、ディアブロの左手から伸びる鎖は完全にジャバウォックの動きを制していた。
「長年の封印による飢餓状態、だけではなさそうだな。 話に聞いていたがここまで狂っていたとは」
ディアブロは周りを警戒する様子もなく独り言の様に呟いた。
それはまるで敵地にいることを感じさせない程自然な様子だった。
「これは、まさか魔王自らお出ましとは、流石に驚いたわい」
ディアブロは自分に声をかけた人物に視線を向け、再び意識をそちらに向けた。
「ほぉ。 余の名を聞きまだ余に話しかけるか。 なかなかの胆力だ」
ラズゴートに対し少し興味を持ったディアブロは視線だけでなく首もラズゴートの方へと向ける。
「確か、今のアルビアの幹部とかいう男だったか。 獣王、いや聖獣だったか?」
「多少は認識しされとる様で光栄じゃのぉ」
いつもの調子で答えるラズゴートだが、本当は一刻も早くこの場から逃げたかった。
しかもディアブロは自分がテキダトハッキリ言っている。
太古のジャバウォックは抑えているが、寧ろ危険度は先程より上がっている位だ。
だがここで下手な逃走は命取りになりかねない。
だからラズゴートは敢えて平静を装いながら話しかけたのだ。
「しかしまさか敵の大将であるお主までここに来てるとは。 それだけ武王を警戒していたってことか」
「無理をするな。 貴様ほどの実力者だ。 余の力は理解しているのだろう?」
見透かされている事にピクリと反応するラズゴートに、ディアブロは表情を変えぬまま続けた。
「だが、貴様のその胆力に免じ、褒美として質問に少し答えてやろう。 まず、余はここに向かわせた軍に同行はしていなかった。 貴様らの評価している武王等、ヒュペリオスとジャバウォックの気配で屈服した魔獣共で十分と思っていたからな」
「なんじゃと!? じゃがお主は今ここに・・・」
「ああ。 だからこいつの目覚めを感じて飛んできた。 元貴様らの居城からな」
つまり、ジャバウォックが暴れ出したのを感じ取りその場ですぐにここまで移動してきたということだ。
アルビアの中心からラバトゥの中心まで、普通なら何日も懸かる。
それをこのディアブロは数分で来た。
しかも息1つ切らさずまるで消耗している様子もなくだ。
これだけでも、ディアブロは十分化け物だとラズゴートは感じざるおえなかった。
「しかし、まさかここまで被害が出るとは。 少々人を侮りすぎていた様だな。 なあ、ヒュペリオス?」
声に反応する様にヒュペリオスはすぐに姿を現し、空中に制止するディアブロの横に跪いた。
「申し訳ありません魔王陛下! この様な失態、もはや弁解の余地もなく、どの様な罰も受ける覚悟にございます!」
「相変わらず馬鹿正直な男だ。 まあ確かに、四天王の名を冠しながらこの様は処罰に値する。 が、今回は地上の戦力を見謝った余の慢心とこいつの復活という不測の事態もあった。 よって今回に限り不問とする」
「ハッ! この汚名は必ず、次でそそいでみせます!」
ヒュペリオスの言葉を聞くと、ディアブロは再び意識をジャバウォックに戻した。
「しかし、なぜ今蘇った? 単に封印が弱まったか? それとも・・・」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ジャバ!」
意識を取り戻したジャバは、すぐさまディアブロを敵と判断し起き上がると同時に殴りかかった。
「自分の滅ぼした同族の気配に反応したか」
ディアブロは右手でジャバの拳をあっさり受け止めると、少し感心した様に「ほぉ」と呟いた。
「その程度の体躯でこれだけの力があるか。 現代の五魔を名乗るのも頷ける。 だが]
ディアブロが拳を受け止めた手に力を込めると、ラズゴートは己の目を疑った。
ディアブロは右腕だけで、ジャバの巨体を持ち上げ逆さ状態にした。
しかも魔力を一切使わず、本当に右腕の力のみでだ。
それはパワーが武器のラズゴートは勿論、少なくともラズゴートの知る限り地上でそんなことが出来る者など一人もいない芸当だった。
「ジャバウォックと同じ名を名乗るには貧弱すぎる」
ディアブロは無造作にジャバを投げ飛ばし、その巨体は猛スピードでアクナディンの居城であるアルハン宮殿へと向かっていく。
「いかん!」
ラズゴートはジャバを受け止める為城とジャバの間に入った。
だがラズゴートの怪力を持ってしても勢いは止まらず、ジャバはラズゴート事アルハン宮殿に激突した。
ジャバとラズゴートは崩れるアルハン宮殿の瓦礫に埋もれていった。
「トドメ刺しましょうか?」
「放っておけ。 目的は果たした。 今はこいつを抑える方が先決だ」
ディアブロは鎖を持つ手に魔力を込めると、ジャバウォックは気を失った。
「余はこいつを連れ先に戻る。 貴様は軍を再編成し早々に帰還しろ」
「ハッ!」
ディアブロはそのまま、ジャバウォックと共に姿を消した。
残されたヒュペリオスは崩れた城の方を見た後、ライルもアシュラが埋もれた建物の瓦礫を一瞥する。
ヒュペリオスはギリッと歯軋りすると腕を一振りした。
するとライル達に覆い被さっていた瓦礫が吹き飛び、ライル達の姿が見えた。
気を失っていたが生きているのを確認すると、ヒュペリオスは背を向けた。
「貴様は必ず俺が殺す。 それまで勝手に死ぬことは許さん」
そうライルに向かって言うとヒュペリオスはその場を去り、生き残っててた蛇族の兵士達もそれに続いた。
そしてその気配が消えたのを確認し、瓦礫からラズゴートが這い出てきた。
「行きおったか」
ラズゴートは任せに瓦礫を退けると、ジャバの顔が現れた。
骨も折れ全身ボロ雑巾の様にされてはいるが、ジャバが生きているのを確認しラズゴートはホッとする。
だが、その表情は暗い。
当然だ。
圧倒的な敵のジャバウォックとの力の差を見せつけられ、更にそれすら上回る魔王ディアブロの力の片鱗を見た。
そしてそのディアブロが来なければ、確実に自分達は死んでいた。
皮肉にも、ディアブロにとって自分達が眼中になかったことで自分達は生かされたのだ。
まさに完全敗北と言えた。
「ふざけおって」
ラズゴートは己の不甲斐なさに怒りを覚えつつ、まずジャバやライル達を助け出す事が優先と行動を開始した。
アルビア城へ帰還したディアブロは自らジャバウォックに簡易的な封印を施すと一時地下へと幽閉した。
そして広間へと姿を現すと、そこに既にデスサイズとバハムート、そして体を再生させたタナトスの姿があった。
「よぉディアブロ。 ウォッキーはどうよ?」
「今は眠らせている。 だが近い内“食事”はさせねばならないだろうな」
「俺らの中で仲介役だったあいつが随分暴れん坊になっちまったな~」
デスサイズはヒャハハと茶化す様に笑った。
そんなデスサイズをからかう様にタナトスがクスクスと笑った。
「よく笑ってられるね~。 四天王の一人やられて逃げ帰ってきた癖にさ」
「ああ? 体吹き飛ばされて帰ってきたガキが偉そうに言うじゃねぇか」
「やっぱり1回死ぬかい?」
「殺せるもんなら殺してみろよ」
「止めぬかお主ら」
臨戦態勢になる二人を宥めると、バハムートはディアブロに向き直る。
「ウォッキーの封印が解ける何かがあちらで起こったのか?」
「同族がいた。 恐らくそれに刺激されたのだろう」
「へぇ~まだ生き残りがいたんだ。 巨人族はみんな“こっち”に来たのかと思ってたよ」
「それよりタナトス。 なぜセレノアを滅ぼした? 生け贄確保を優先させろと言った筈だが」
「予想以上に怨みを持つ死者が多くてついはしゃいじゃってね。 ま、1つくらいいいじゃない。 あの手のデカイ国が1個くらいなくなる方が君の計画も進めやすくなるんじゃない?」
全く悪びれる様子のないタナトスに対し、ディアブロは不快感を出すこともなく淡々としていた。
「まあいい。 だがこれ以上いらぬ事はするな。 我々の目的は地上の民の殲滅ではないのだからな」
「それ、僕よりそこの殺人狂骸骨に言った方が良くない?」
「てめぇみたいな悪趣味野郎よりはマシだっての」
再び険悪な空気を出す二人だが、それはディアブロの一睨みで治まり言い合いにはならなかった。
「しかし、此方が想像していたよりあやつらも厄介そうではあるな」
「ジジィにしちゃあ気が合うじゃねぇか。 俺もなかなか楽しめそうな女がいたぜ」
「地上の勢力を過小評価していたのは認めよう。 だが、それもたかが知れている。 余や貴様が出ればすぐに方がつくだろう。 なあバハムート」
「まあ、否定はせんがな」
「俺はどうなんだよディアブロ!?」
「貴様には余達の様な広範囲の技はないだろう。 終わるまでに時間がかかりすぎる」
「あのさ、僕広範囲技持ってるのに数に入れられてないんだけど? わざとかな? いじめかなこれ?」
タナトスの抗議を流し、ディアブロは空中に大陸の映像を出現させた。
「ヒュペリオス達各地の軍が帰還し次第、次の行動に移す。 準備を怠るな」
「ヒャハハ! 任せろって!」
デスサイズが高笑いを響かせる中、ディアブロは大陸のプラネのある辺りを見詰めた。
現代の五魔を有するプラネの王ノエル。
そしてそこにいるであろうラミーアとルシフェル。
彼らの動向は気になるが、ディアブロにとって今は全てが些事だった。
すぐに意識を切り替え、ディアブロは自分の目的の為その頭脳を動かし始める。




