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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
243/360

狂獣襲来


「なんだよ、ありゃあ・・・」

 戦闘中にも関わらず、ライルは太古のジャバウォックの姿に完全に固まった。

 いや、ライルだけではない。

 この場にいる者はみな言葉を失った。

 ある者はラバトゥの誇る城壁が破壊された事実に。

 ある者は城壁を突き破った存在への恐怖で。

 それは太古のジャバウォックの利用していた魔族達すら例外ではない。

 むしろ太古のジャバウォックの状態を正確に把握しているからこそ、その驚きと恐怖はライル達よりも上かもしれやい。

 現にヒュペリオスですら、ライルの挑発による怒りが吹き飛び、明らかに動揺していた。

「馬鹿な。 あの封印は、解けないはずじゃないのか?」

 太古のジャバウォックは、バハムートと戦った時竜族の至宝である竜の鎖牢により拘束され封印されていた。

 魔獣達を屈伏させるだけの気配は漏れ出ていたが、少なくとも封印が解けることはない筈だった。

 現にジャバウォックを利用すると決めたディアブロですら封印を解く気はなく、あくまで魔獣を使役する為に使うのみのつもりだった。

 だがその封印が解けた。

 そしてヒュペリオスは、何故ディアブロが封印を解かないと決めたのかを本能的に理解した。

(これは、もはや亜人でもなんでもない。 ただの、化け物だ)

 かつてノエルやリナ達が見たジャバウォックは、ディアブロとルシフェルの喧嘩の仲裁をする程理知的で優しい表情をした戦士だった。

 だが、今はその面影すらない。

 口からは鋭く尖った牙を剥き出しにし、着ていた軽装の鎧はボロボロとなり、見えている肌からは幾つもの傷痕が見える。

 何よりその瞳には理性は既に無く、ただ破壊の衝動を宿したかの様に血走っている。

 もはやそれは血に餓えた狂戦士(バーサーカー)の様だった。

 更にその体躯は、ジャバの約倍はある15mには達していた。

 その巨体から発せられる狂気に満ちた殺気は、逃げることすら諦めさせ死を悟らせた。

「ウガアアアアアアアアアア!!!」

 そんな皆の目を覚まさせる様なジャバの雄叫びが周囲に響いた。

 正気に戻ったライル達の目が一斉にジャバに向いた。

「みんな逃げる!! 早く!!!」

 全身の筋肉を隆起させ、ジャバは最大限の威嚇をする様に太古のジャバウォックを睨み付けた。

 そして太古のジャバウォックに目掛け突進した。

「ブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ジャバに呼応する様に太古のジャバウォックも叫び声を上げ、ジャバに襲いかかった。

 それを見たアクナディンも、残ったラバトゥ兵達に声を上げる。

「おどれらなにほうけちょる!! 怪我人連れてさっさと撤退せえ!!!」

 アクナディンの号令にラバトゥ兵は撤退を始める。

 同時に魔族の兵や魔獣達もヒュペリオスの命を待たずに逃げ惑い始めた。

(危うく呑まれるとこじゃったわ)

 アクナディンの頬に冷や汗が流れた。

 アクナディンですら、太古のジャバウォックに完全に呑まれていた。

 現に今もアクナディンの全身が逃げろと警告を発している。

 だが、ジャバ向かっていったジャバを置いて逃げることはアクナディンの武人としての誇りが許さなかった。

「メジェド! おどれも援護に・・・っ!?」

 アクナディンが見ると、メジェドは震えていた。

 それは紛れもない恐怖の震え。

 太古のジャバウォックの殺気は、感情のない石動兵(ゴーレム)にすら恐怖を与える程だった。

「ウギャウ!?」

 悲鳴に目をやると、ジャバが太古のジャバウォックに一方的に殴られていた。

 太古のジャバウォックは体格を活かし、ジャバを押し倒し容赦なく殴り続ける。

 いくら体格差があるとはいえ、ジャバを知る者からすればあまりにも有り得ない光景だった。

「メジェド!!!」

 アクナディンの号令にメジェドは太古のジャバウォックに向かい駆け出した。 そして思いきりその岩石の拳を顔面に叩き込んだ。

 だが太古のジャバウォックは傷1つ付かず、逆にメジェドの拳が砕け散った。

「ブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ジャバウォックがメジェドに両腕で掴みかかると、そのまま両手に力を込めてた。

 するとメジェドの全身に亀裂が入り、粉々に砕け散ってしまった。

「ウガウ!!」

 ジャバはその隙に抜け出すと、ジャバウォックに向かい拳を何発も叩き込む。

 だがジャバウォックはジャバの頭を鷲掴みにし力任せに投げた。

 建物に激突しながら地面を転がるジャバを見て、アクナディンは覚悟を決めサンダリオンを握り締めた。

(こりゃ死に時か。 ノエルの為にも、こいつを死なせるわけにゃいかんけぇの)

「ら、ラクシャダ!!」

 膝立ちし肩で息をするジャバの声に反応し、ラクシャダは突然アクナディンを頭に乗せた。

「な、なにしよんじゃ!?」

 アクナディンの声も聞かずラクシャダは次にライルの方へと向かっていった。

「は? のあ!?」

 ライルは気絶するテンと共に頭に乗せられると、ラクシャダは周辺のラバトゥ兵を呑み込んでいく。

「おい! 待てこの蛇!! 何しとんじゃおどれは!?」

「おいジャバ! なにする気だよおい!?」

 ライルが呼び掛けると、ジャバは再び雄叫びを上げ太古のジャバウォックに向かっていった。

 その時、ジャバは自分を囮にして皆を逃がす様に命じたのだとライル達は理解した。

「あの馬鹿! てめぇも逃げろジャバ!! ラクシャダ止まれ!! せめて俺を下ろせこの野郎!!」

 ライルの必死な声を無視し、ラクシャダはジャバから遠ざかっていく。

 オシリスが壊れた事で空中の膜もなくなり、ラクシャダはそこを飛び越え逃げようとした。

「くそっ! わしはノエルになんて言えばいいんじゃ!?」

 恐らく自分が行っても意味はない。

 だから体格で多少は渡り合えるジャバが引き付ける間に逃げるのが最善であり、一番多く生き残りを出す事が出来る。

 感情としてはジャバを助けに戻りたいが、その事実がアクナディンのその場に留めさせた。

 アクナディンが悔いる中、ラクシャダは城壁を越えようと頭を持ち上げた。

「すまんけぇ、ギエンフォードの倅。 わしなんぞの為におどれらの仲間を・・・」

「うおりゃああああああ!!」

 アクナディンの言葉を聞かず、ライルは意を決した様にラクシャダの頭から飛び降りた。

「な、何しとんじゃおどれは!?」

「このまま放っておけるか! あいつは俺の大事な仲間なんだよ!!」

 アクナディンが止める間もなく、ラクシャダが城壁を飛び越えライルの姿は見えなくなった。

 アクナディンは城壁の向こうに消えたライルの姿を見て「くそっ!」とラクシャダの表面を殴った。

「わしは、わしは何をしとんのじゃ!!」

 自分が行っても無駄という理屈に納得し諦めてしまった為に、心から認めた男の息子まで死地へと行かせてしまった。

 かつてはライルの様に理屈より心を優先し動いた。

 それで活路を見出だせた事もあった。

 なのに、自分は諦めてしまった。

 そしてそれを理解して尚、ラクシャダの中にいる兵達の為に自分は行くことが出来ない。

 アクナディンはそんな自分が不甲斐なく、怒りの涙を流した。

「何が武王じゃ!! わしより若いもん死なせて、何が武王アクナディンじゃ!!!」

 その時、感情のまま叫ぶアクナディンの上空を何かが飛んでいった。

 アクナディンはそれが何かを確認すると、その場で祈った。

 その飛んでいった者達に一縷の望みを託して。

「頼む。 あいつらを生かしてくれ」






 ライルは必死に走りジャバの元へ急いだ。

 自分が行っても何も出来ないかもしれないことはわかっている。

 青臭い考えなのも理解している。

 だがここまで苦楽を共にし、一緒に戦ってきたジャバを見捨てることは出来なかった。

「あの馬鹿野郎! 一人でカッコつけてんじゃねぇよ! ぬおあ!?」

 そんな走るライルの目の前に、巨大な柱の様な物が降ってきて地面に突き刺さった。

 最初はなんなのかわからなかったライルだったが、それがなんなのか理解して青ざめる。

 それはジャバが頭に被っている育ての親の巨大鹿、ディーアの角だった。

「まさか・・・」

 嫌な予感がしたライルは近くの建物なよじ登った。

 そして屋上に立ち、ジャバが戦っていた方を見ると、そこにはボロボロに叩きのめされたジャバと、尚も攻撃を続ける太古のジャバウォックの姿があった。

 ジャバは既に意識が朦朧としている様子で全身打撃の痕だらけになり、太古のジャバウォックの拳はジャバの返り血で濡れていた。

「ジャバ~!!?」

 ライルが叫び走ろうとすると、上空から何かが叫びながら降ってきた。

「どりゃああああああああ!!!」

 ラズゴートの渾身の戦斧の一撃が、太古のジャバウォックの頭に打ち付けられた。

 完全に直撃したラズゴートの戦斧だったが、太古のジャバウォックはものともせず逆に斧が砕け散った。

「ブアアアアアアアアア!!」

 太古のジャバウォックはラズゴートに攻撃を加えようと拳を振るう。

 その目の前にアシュラが現れジャバウォックの拳をいなそうとした。

「ぐ・・・かはっ!?」

 威力を弱めはしたが、返しきれずアシュラはラズゴートに受け止められる形で吹き飛び、ライルの近くの建物に激突する。

「おっさん!?」

 ライルが屋上を飛び移りながら走り寄ると同時に、上空から1つの影が降り立った。

「父上! アシュラ殿!」

「てめぇは、獣王親衛隊の」

「ラドラーと申しますライル殿。 それより、今は父上達を」

 獣王の翼の異名を持つラズゴートの配下である鷹の獣人ラドラーはいつもの芝居がかった仕草も無く慌ててラズゴートの方へと駆け寄った。

 ラズゴートはアシュラを抱えながら瓦礫が抜け出した。

「ぐぅ、滅茶苦茶だのぅ」

「おっさん! 大丈夫か!?」

「ライルか。 こいつのお陰で大した事ない」

 ラズゴートはアシュラに視線を向けると、アシュラの両腕はジャバウォックの攻撃を捌いた衝撃で折れている様だった。

「申し訳ありません。 私としたことが、捌ききれませんでした」

「いや、お前さんのお陰で助かったわい」

「でも、なんでおっさん達がこっちに?」

「こっちの方で嫌な気配を感じてのぅ、ラドラーに無理言って運んで貰ったんじゃ。 予感は当たったが、こりゃ参ったのぅ」

 頭をかきながらラズゴートが視線を向けると、興味が移ったのかジャバウォックは近くで失神していた敵方の魔獣ベヒーモスに喰らいついた。

 意識を取り戻し暴れるベヒーモスだったが、その牙に肉を喰い千切られ次第に動かなくなっていく。

「味方を、喰ってやがる」

「あれに味方だなんだとかいうのはないんじゃろう。 あるのは破壊衝動と食欲だけか。 全く、厄介な相手に当たったもんだわい」

 自分を倒したジャバが一方的に倒され、自分の武器も通じず、返し技の達人であるアシュラすら捌ききれない圧倒的な暴力の化身。

 ラズゴートはジャバに感じた時よりも遥かに強い恐怖心を太古のジャバウォックに抱いた。

「ライル。 お前さんはラドラー達と逃げろ。 こいつはわしが引き受けた」

「父上無理です! ジャバ殿が破れ、父上の武器も無くなったのです! 小生も共に戦います」

「お前さんの羽じゃ奴に傷ひとつ付けられん。 ライルの拳も同じじゃ。 それに万一ジャバを担いで逃げれるとしたらわしだけだ。 となれば、わしが残って戦うしかあるまい。 なに、幸い今あいつは飯に夢中じゃ。 上手くやれば逃げ切る事も出来るじゃろう」

 覚悟を決めるラズゴートの前に、ライルが1歩歩み出て両拳を打ち鳴らす。

「ライル」

「おっさん。 俺は親父みたいに頭良くねぇし引き際も弁えねぇ馬鹿だ。 でもよ、そんな俺でも一緒にいりゃあ、全員で逃げ出す位は出来るかもしれねぇぜ」

「そうです父上! 小生なら囮にもなりますし、万一の場合飛んで逃げることも可能です! ですからお供させてください」

「私も腕が折れた位で退いては、八武衆の名が泣くので」

 ライルに続き、ラドラーとアシュラまで残る意思を示すと、ラズゴートはやれやれと首を振った。

「お前さんら説得してたら、折角の隙もパアじゃな。 とにかくジャバを連れて逃げる事だけ考えるぞ。 いいな?」

「おう!」

 ジャバに向かいライル達が駆け出したその時、ジャバウォックがライル達に気付き再び向かってきた。

「気付くの早えんだよくそったれ!!」

「ラドラー!」

「お任せを!」

 ラドラーは飛び上がると、上空から羽をジャバウォックの両目に向け飛ばした。

 だがジャバウォックはそれを腕の一振りのみで吹き飛ばし、ラドラーもその風圧で後方へと吹き飛ばされる。

「この野郎!」

 ライルは拳圧による飛ぶ拳を、アシュラは返し技の要領で周囲に落ちた武器をジャバウォックへと飛ばした。

 ジャバウォックはそれらの攻撃に当たってもびくともせず、拳をライル達の目の前に叩き付けた。

 地面に亀裂が入りライル達の乗っている建物が崩れ落ちる。

 ラズゴートはその隙になんとかジャバの近くに辿り着く事に成功した。

「ジャバ! 起きんかジャバ!」

 ジャバが意識を取り戻さないと判断し、怪力を活かして持ち上げようとしたその時、ラズゴートの背後から巨大な影が伸びた。

「くっ!]

 ラズゴートは振り向き身構えると、ジャバウォックはラズゴートに向け拳を放った。

 だがその拳はラズゴートの前に現れた巨大な手によって受け止められた。

「ウガアアアアアアアアアア!!!」

「ジャバ!」

 ジャバはかつてラズゴートを倒した獣としての本能を全開にした状態で目覚めると、掴んだジャバウォックの拳を払い殴りかかった。

 ジャバの渾身の拳のラッシュがジャバウォックの体に叩き込まれ、ジャバウォックは少し後退する。

「ウガアアアアアアアアアア!!」

「ブアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 だが必死の抵抗をするジャバに対し、ジャバウォックはジャバの頭を掴むとそのまま地面に叩き付けた。

 呻き声を上げるジャバの頭を締め上げたがら、ジャバウォックはその拳をジャバの顔面に叩き込もうとした。

「ジャバ!」

 ラズゴートが防ごうとしたその瞬間、突然何本もの鎖がジャバウォックの背後から現れその動きを拘束する様に巻き付いた。

「こ、これは?」

「まさか、貴様が目覚めるとはな」

 ラズゴートはいきなりした声に上空を見ると、燃える様な赤い髪を持つ魔族の青年が宙に浮いていた。

 だがラズゴートは、その青年からジャバウォックを越える力を感じ取っていた。

「貴様は、何者じゃ?」

 ラズゴートがその正体をある程度察しながら発した言葉に、魔族の青年は視線だけ動かしラズゴートを見下ろした。

「そうか。 貴様らは余の姿を知らないのだったな。 ならば名乗るのが礼儀か。 余は、魔王ディアブロ。 貴様らの敵よ」

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