城塞国家の攻防3
「ぬおおおお!!」
サディールは様子見もなく全力で貫く勢いで槍を突き出した。
情報もなにもない状況で相手は本物の強者。
小細工をすれば確実に此方が終わる。
ならば即断速攻こそ最善と判断したからこその行動だった。
それ事態は間違ってはいなかった。
だが、相手が悪かった。
「なっ!?」
ヒュペリオスの部下の蛇族を何人も貫いたサディールの槍は、その胸板に当たるとガキンという音を立てて止まってしまった。
「ふむ。 同族を貫いただけはある。 しかも折れない所を見ると力の配分もなかなか。 だが!」
ヒュペリオスは槍を掴むと、そのままサディール事持ち上げた。
「蛇王である俺を貫くには威力が足りん!!」
ヒュペリオスは持った槍を振り回し投げ飛ばすと、サディールは近くの建物に激突し壁を突き抜ける。
「サディール軍団長!? このっ!!」
サディールの危機と見たスタングルは自慢の鞭をヒュペリオスに振るった。
テンに敗れて以来鍛え直したその鞭はまるで無数に分裂した様に見えヒュペリオスを襲った。
だがヒュペリオスは一切効いている様子を見せず、器用な事をする程度にスタングルの技を観察していた。
「くそっ!」
「下がれスタングル!!」
声に反応して飛び退くスタングルと後ろでオズワルドが魔力を貯めた両手を組み熱線に変えて放出した。
「ラーズ・ベルタ!!」
オズワルド必殺の呪文がヒュペリオスに当たり、爆炎が包む。
その隙にスタングルはサディールを助け起こした。
「軍団長、大丈夫ですか?」
「このくらい・・・奴は?」
サディールが爆炎の方を見ると、そこからゆっくりと無傷のヒュペリオスが現れる。
「無傷か。 アクナディン陛下といい、自信を失いそうになる」
冷や汗をかきながらそう言い構えるオズワルドの前に、サディールが守る様に立ち塞がる。
「サディール殿、なにを?」
「オズワルド殿。 スタングル。 少々ここは自分の賭けに乗ってもらいたいが、構わぬか?」
サディールはそう言うと周りの部下数名にも目配せした。
部下達が頷くと、サディールは槍を力強く握り締める。
「軍団長、何をする気ですか?」
「なに、奴に見せるだけよ。 ラバトゥ軍人の心意気をな!」
サディールは槍を回転させながらヒュペリオスへと突進する。
遠心力と己の力を最大限に利用し、ヒュペリオスの頭へと槍を振り下ろした。
ヒュペリオスの頭に当たった槍は、粉々に砕け散った。
「人にしてはいい腕だった」
ヒュペリオスはそのまま手刀でサディールの胸を貫いた。
サディールは口から血を吐き激痛に呻きそうになるが、そのままヒュペリオスの体に抱き付いた。
「今ぞ!! やれぃ!!!」
サディールの叫びに応える様に先程目配せした部下達がサディールの体事、槍でヒュペリオスを貫こうとした。
だが、その槍もヒュペリオスを傷付けることは出来なかった。
「見上げた心意気だが、貴様に貫けぬ俺の体が奴等に貫ける訳ないだろう?」
ヒュペリオスはサディールの体を貫いていた腕を振るうと、サディールの体事槍を刺した部下達を切り裂いた。
上半身だけになりもはや死を待つだけのサディールだったが、何故か口角を上げニヤリと笑った。
瞬間、スタングルの鞭がサディール事ヒュペリオスの体に巻き付き縛り付ける。
「何を考えているか知らないがこの程度・・・ッ!?」
サディールの腕事引きちぎろうとしたヒュペリオスだったが、そこで初めてサディールの腕の固さが人のそれではないことに気付く。
ヒュペリオスが見上げると、サディールの体が半透明の結晶の塊と化していた。
更に上空に幾つもの水晶のレンズが浮かんでいる。
「我が結晶呪文は“生き物”以外の全てを結晶と化す。 それは死体も例外ではない」
オズワルドは自身の全ての魔力を水晶に向け放った。
水晶に射たれた魔力は反射を繰り返し、その速度と威力を増していく。
そしてヒュペリオスは察した。
サディールもその部下も、この呪文を完成させる為の時間稼ぎの為に自ら死を選んだことを。
「我が全魔力を使った最大秘術で逝くがよい!! フレアカノン!!!」
オズワルドの叫びに、乱反射を繰り返し最大限にまで威力と速度を高めた魔力は極大の光線となりヒュペリオスを包み込んだ。
周囲の地面はその熱で熔け、円柱のクレーターを作っていく。
術を放ったオズワルドは、魔力を放出した疲労でその場に膝をつく。
「オズワルド殿!」
「大丈夫。 それより、奴は?」
息を切らせながらスタングルと共に見ると、光線はまだ光を失わず降り注ぎ続けていた。
元々フレアカノンは少ない魔力でも最大の威力を発揮出来る様に生み出されたオズワルドの切り札。
それをまだ魔力が大量にある状態で放った事で、その威力はアクナディンにかつて放ったものを遥かに越えるとなった。
「これで、サディール軍団長達も報われる」
光の柱となった光線を見ながらスタングルは涙ぐんだ。
オズワルドも自身の想定以上の威力のフレアカノンを見て、勝利を確信していた。
「ラバトゥ軍人か。 面白い」
声に反応した時は既に遅かった。
スタングルは背中から、オズワルドは肩から鮮血を吹き出しその場に倒れた。
斬られた二人は激痛に耐えながらなんとか顔を上げると、そこには体の表面を紫の鱗で覆った無傷のヒュペリオスの姿があった。
(そ、そうか。 あれで全ての攻撃を防いでいたのか。 しかし、私のフレアカノンで無傷とは。 奴の防御力はアクナディン陛下を越えている)
オズワルドはヒュペリオスの防御力の理由に気付くが同時に絶望する。
渾身のフレアカノンですら傷付ける事が敵わない今、ヒュペリオスに傷を付けられるとしたらアクナディンか五魔クラスでないと不可能。
現在アクナディンはメジェトと巨大魔獣3体と戦っているが、その疲労した状態でこの男に勝てるのか。
そんなオズワルドをヒュペリオスは見下ろした。
「己の命を犠牲にし他者を活かすか。 生み出した技術といい、貴様達は魔族にないものを持っているな。 敬意を表するに値する」
ヒュペリオスは指から鋭い爪を生やした。
「貴様らの事は記憶しておこう! 誇り高きラバトゥ軍人達よ!」
ヒュペリオスはオズワルド達の命を断とうと腕を振り下ろした。
瞬間、その体に羽衣が巻き付きそれを阻止した。
「む?」
「マコラガちゃん!」
カルラの羽衣で拘束されたヒュペリオス目掛け、マコラガは両手のクリスで斬りつける。
だが交差した瞬間、マコラガは口から血を吐き倒れた。
ヒュペリオスはカルラの羽衣を千切り、その左手にはマコラガの左脇腹があった。
脇腹を抉られながら、マコラガは笑みを浮かべていた。
「付けたわよ、傷」
ヒュペリオスは左腕を見ると、そこに小さな傷が出来ている。
(奴の光線で鱗の強度が落ちていたか)
それでも自分に傷を付けたマコラガの技量に感心していると、傷口からピリピリと痛みを感じた。
「毒か。 しかもこの傷、縫合は無理か」
「そうよ。 例えあなたが毒に耐えても、傷口は縫合出来ずに腐りだす。 あなたは、もう終わりよ」
カルラに支えられるマコラガを一瞥すると、ヒュペリオスは左腕をジッと見詰める。
「仕方ないか」
その時、マコラガ達は自分達の目を疑った。
ヒュペリオスは自分の左腕を無造作にもぎ取った。
そして力を込めると、腕の付け根から新たな腕が生え、再生させた。
「う、うそ・・・」
マコラガが思わずそう呟く中、ヒュペリオスは新たな左腕を確かめる様に拳を握ったり開いたりした。
「問題はなさそうだな。 これで毒も腐る心配も無くなった」
「はは、反則でしょそれ」
カルラが乾いた笑いをする中、テンがカルラ達の前に立ちふさがった。
「カルラよ。 3人を連れて一時退け」
「でも・・・」
「ゆけ! ここは拙僧が引き受ける!」
テンの一喝で、カルラは残った羽衣でマコラガ達を包むとその場を後にした。
ヒュペリオスはそんなカルラ達を攻撃することなく、そのまま行かせた。
「八武衆が一人テンと申す。 見逃してくれたことに感謝しよう」
「気にするな。 俺の体を傷付けた礼だ。 自分で腕をもぎ取るなんて、何百年ぶりか」
ヒュペリオスは更に好戦的な笑みを浮かべた。
「貴様も俺を楽しませてくれるのだろう?」
「楽しむ暇など、主に与えると思うか?」
合掌し構えるテンに対し、ヒュペリオスは向かっていった。
アクナディンはメジェドと共に巨大魔獣3体と戦っていた。
メジェドの強固な岩の拳がデスクローの顔面に入り牙を折り、アクナディンのサンダリオンがマンヘッドリザードの頭を切り裂く。
だがマンヘッドリザードの首もデスクローの牙も瞬時に新しいものが生え再び攻勢を出る。
「チィ! 鬱陶しいのぉ!!」
アクナディンは若干焦りを感じていた。
このままた戦えば恐らく自分は勝てる。
だがその間に大門で戦う者達が死ぬ。
既に魔獣と戦いながら、サディールが死んだ事を確認した。
サディールだけではない。
善戦していたラバトゥ軍だが、サディールの死等から動揺が広がり押され始めている。
早く加勢せねばと気ばかり急く。
そんな一瞬だった。
自分の体に衝撃が走る。
すぐにそれがベヒーモスの突進によるものだとわかったアクナディンは吹き飛ばされながらなんとか体勢を立て直す。
そこへデスクローが追撃をしようとするのをメジェドが正面から受け止める。
(いかんのぉ。 ワシが焦ってどかぁする? 今はやつらを信じんと)
アクナディンは立ち上がり再び戦おうとすると、大門の方からの気配でテンが戦い始めた事に気付く。
(ありゃ本気じゃのぅ。 このまま、ワシが情けない所見せれば、また文句言われそうじゃけぇ)
かつての師であるテンに鼓舞される様に、アクナディンはサンダリオンを構え直した。
テンとヒュペリオスの戦いは一進一退の様子を見せていた。
テンの合掌から繰り出される変幻自在の手刀をヒュペリオスはかわし反撃をしてくる。
テンもヒュペリオスの攻撃を捌くが、そこに違和感を感じる。
(こやつ、何か動きがおかしい?)
テンはヒュペリオスが身体能力を活かして戦うタイプだと認識していた。
無造作に腕を振るい、引きちぎる。
それが先程までの戦いでの印象だ。
だが今のヒュペリオスの動きは流れる様に滑らかで洗練されている。
これはまるで・・・と思った瞬間、テンの視界からヒュペリオスが消える。
「ッ!?」
「ここか」
声の方に繰り出した右手の手刀を繰り出したにヒュペリオスの貫手が放たれ、その腕を穿つ。
テンは力なくぶら下がる右腕に構わず左手の手刀を繰り出す。
ヒュペリオスはそれを受け止めると手首を握り潰した。
苦悶の表情を浮かべながらも、テンの眼光は未だ衰えずヒュペリオスの胸を蹴り距離を空ける。
「主、武術を習得しているのか?」
「ああ。 昔地上に出た時にな」
ヒュペリオスが流れる様に横に動くと、まるで何人にも分身した様に見えた。
「流水の動き、またや柳の型と言うらしい。 かつて地上に出た時戦った武術家が使っていてな。 そこから我流でものにした。 今でも奴には感謝している。 奴のお陰で、俺の価値観は変わったのだからな」
アクナディンを越える防御力にサディールやマコラガ達を圧倒する身体能力、更に自分ですら捉えきれぬ武術の歩法。
テンは思わず苦笑を漏らす。
こうも圧倒的な強さの怪物がいるとはと。
だがテンの闘志は消えなかった。
今自分が破れればアクナディンへの負担が強くなる。
今この怪物に勝てるとしたらアクナディンか八武衆最強のアシュラのみ。
だがアシュラが民の護衛でいない今、アクナディンへの負担を少しでも減らす為にテンは退く訳にはいかなかった。
(せめて一太刀、有効打を与えてから死なねば死にきれん!)
テンは闘気を全開にすると、地面をを踏み締め衝撃波を放った。
ヒュペリオスはそれを喰らうが欠片も動じる様子もなくその場に立っていた。
(なにか仕掛けるか。 面白い)
ヒュペリオスがそう思った瞬間、衝撃波で舞い散った粉塵の中からテンが飛び出し、自身の切り札の頭突きを見舞った。
地面すら割るその頭突きの衝撃に、ヒュペリオスは動きを止めた。
(やったか!?)
テンが手応えを感じたその時、ヒュペリオスの右手がテンの頭を鷲掴みにした。
「ぐ、がああああああああッ!?」
「今のは少し効いたぞ」
万力をも越える握力がテンの頭蓋をミシミシと締め上げ悲鳴が上がる。
「頭蓋を砕く時卵を握り潰す様にという例えがよく使われるが、あれは力の配分も知らん雑魚の例。 真の強者がやれぼ指それぞれに力を込められ5つの穴が開く」
ヒュペリオスの言葉通り5本の指に集中された力がテンの頭を貫き始める。
「和尚!!」
滅多に声を上げないテンの悲鳴にアクナディンは思わずそちらに意識を向けた。
途端にマンヘッドリザードがその首でアクナディンとメジェドの体を押さえ込もうと向かっていく。
アクナディンの胴とメジェドの四肢をくわえたマンヘッドリザードは地面に二人を拘束する。
「邪魔じゃおどれら~!?」
アクナディンは自分をくわえる首を切り落とすとテンの元へ向かおうとする。
しかしそこにベヒーモスとデスクローが攻撃を仕掛けようと飛びかかる。
「しまっ!?」
アクナディンは攻撃を受けることを覚悟に防御しようとした。
その時、地面から巨大な大樹の様なものがアクナディンと魔獣達の間に飛び出した。
「な、なんなら!?」
驚くアクナディンだったが、それがなんなのか直ぐに思い出す。
五魔を運び守った巨大蛇ラクシャダ。
雄叫びをあげながら現れたそれはアクナディンを守る様に魔獣達の前に立ち塞がる。
「なんだあれは?」
突然現れたラクシャダに、ヒュペリオスは思わず動きを止めた。
だがすぐに上空から何かが降ってくる気配を感じテンから手を離しその場を離脱する。
「うらぁ!!」
ヒュペリオスのいた場所に拳が叩き込まれ、地面が軽く陥没させた。
ヒュペリオスはその男を一瞥し怪訝な顔をする。
「何者だ貴様は?」
「あ? 俺を知らねぇとは四天王ってのは大したことねぇみてぇだな」
その筋骨粒々の男は両の拳を打ち合わせた。
「俺はライル! 地上の五魔の魔王、リナの姉さんの1の子分よ!!」
地上の五魔と聞きヒュペリオスは顔色を変えた。
「そうか、地上の五魔の手の者か」
「おうよ! 勿論、俺だけじゃねぇがな!」
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ライルの言葉に答える様に、ラクシャダの頭から雄叫びが響く。
地上の五魔の魔獣、ジャバが戦闘体勢でヒュペリオス達を見下ろしていた。




