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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
239/360

城塞国家の攻防1

 四天王の一人、蛇王(ナーガラージャ)ヒュペリオスの魔獣達との混成軍は、ラバトゥ国内を破竹の勢いで進軍していった。

 戦に関しては大陸で1、2を争う強国であるラバトゥ相手に、それは驚異の一言で片付けられない事だった。

 かつてリナ達の五魔を率いたアルビアですらアクナディンの策があったとはいえ最初の城壁を破ったのみ。

 それを上回る勢いで各所の町や要塞を攻略しながら確実に首都ダルラへと軍を進めていった。

 そして今、首都目前の最後の要塞が攻略された。

「いや~流石でございますな。 ヒュペリオス様のお力がここまでとは、このエンマ感服するばかりでございます」

 魔獣達の纏め役である知恵ある魔獣エンマはヒュペリオスの隣で恭しく言った。

 だが当のヒュペリオスは怪訝な表情を見せていた。

「? 如何されましたかな?」

「エンマよ。 武王とは守りのみの男か?」

「は? いえ、その様な事はございませぬ。 武王ラディン・アクナディンは人の身で魔力に乏しい男ながらその武勇は一騎当千という言葉すら足りぬと言われる男にございます」

「ではなぜ出てこない? その様な男ならすぐにでも俺達の前に現れる筈ではないのか?」

 ヒュペリオスは進軍しながらずっと違和感があった。

 城塞国家であるラバトゥは確かに守備に長けているが、アクナディンと八武衆、そしてその元にいる精強な軍隊は攻めでもその力を存分に発揮する。

 だがここまで戦ってきたラバトゥ軍は明らかに守備にのみ徹した消極的な戦いばかりしてきた。

 無論ヒュペリオスの軍でも死傷者が出る位の攻めも見せたが、やはり全体的に決め手にかける。

 更に言えば兵の割合として石動兵(ゴーレム)の数が多くも感じた。

 確かに石動兵(ゴーレム)の技術は素晴らしいが、ヒュペリオスを止めるのには役不足なのは既に国境での戦いで証明している。

 なのにアクナディンや八武衆を出陣させずまだ石動兵(ゴーレム)に頼るなど、戦に優れた武王のやることとは思えない。

「まさか時間稼ぎか?」

「いや、それこそあり得ませぬ。 仮に時間を稼ぎだとしてもせいぜい民を避難させる位が関の山。 援軍を頼るにしても我等に対抗出来るだけの大軍を率い砂漠を越えるとなると多大な時間がかかります。 とても間に合いますまい」

 エンマの言は確かに正しいとヒュペリオスも思った。

 実際あの砂漠での進軍は魔族にとっても過酷だった。

 それを人間や亜人の軍が自分達を越える速度で進軍することが出来るとは思えない。

 ならば民を逃がす事が目的か?

 だがそんな負ける前提の戦いをするだろうか?

 ヒュペリオスの疑念は尽きないが、それ以上の思考は無意味と思い止めた。

「まあいい。 何があろうと俺の力で叩き潰せばいい。 全軍に伝えろ。 明朝ダルラを攻め落とす」

「御意」

 エンマが立ち去ると、ヒュペリオスは気配を感じ足元を見下ろす。

 すると1匹の蛇がヒュペリオスの前を這っていた。

「ふん」

 ヒュペリオスは忌々しそうにその蛇を踏み殺した。

 ヒュペリオスは強さを信奉する魔族だ。

 故に絶対的な強さを持つディアブロに忠誠を誓い、デスサイズや他の四天王に関しても好き嫌いは別として認めており一定の敬意を払っている。

 またヒュペリオスが地上の技術力、特に武術というものに強い興味を持っているのもここが原因だった。

 肉体的には圧倒的な弱者であるにも関わらず、それを補う技術を開発し自分より強者を打ち倒し生き残る。

 ヒュペリオスにとってそれは大きな衝撃であり、その様な術を持つ地上の民にある種の尊敬すら抱いている。

 故に格下であろうと自分のその技術の全てをぶつけ挑んでくる者は認め、その姿を胸に刻んでいる。

 それほどまで強さを是とするヒュペリオスの最も恐れていること、それは自身と一族の力が弱まること。

 弱肉強食の魔界で弱者にならぬ様に鍛練に鍛練を重ね、ヒュペリオスの一族である蛇族(ナーガ)は魔界でも武力に秀でた存在にまで成り上がった。

 だが今世界の魔力が減少してきている。

 魔族の力の、生命の源ともいえる魔力の減少は自身や一族の弱体化を意味する。

 死ぬだけならまだいい。

 いずれ今踏み潰した蛇の様な弱く下等な存在へと堕ちてしまうのではないか。

 そんな不安からヒュペリオスは現魔界勢力で一番魔力減少に危機感を抱いていた。

 なので何がなんでもディアブロの計画を成功させ、アーミラに魔力を産み出させ続けねばならない。

 その為に自分の出来ることは力で蹂躙すること。

 相手がどんな策を考えていようと、自身の力で粉砕するのみ。

 ヒュペリオスはそう思い、明日攻めるダルラの壁を見据えた。






 翌朝、ヒュペリオスは自身の一族とエンマ達魔獣の主力軍を率いてダルラへ進軍した。

 妨害なく進む事に違和感を覚えたが、その違和感はダルラの城壁に辿り着いた瞬間更に大きくなる。

 ダルラを守護する筈の城壁の門が開いている。

「これは一体?」

「今更だ。 このまま進軍する」

 ヒュペリオス達は軍を進め、ダルラの中に入っていく。

 そして主力軍が完全に入ると、突然門が閉まった。

 同時に外でも異変が起こった。

 突如猫の姿をした巨大石動兵(ゴーレム)が幾つも城壁から飛び出し駆け出していった。ふ

「なっ!?」

「やはり罠か」

 ヒュペリオスがそう言うと前方から地響きが聞こえ、同時にサディールを戦闘にしたラバトゥ軍が突撃してくた。

「そうか。 ここからが本番という事か、武王よ」

 ヒュペリオスは好戦的な笑みを浮かべラバトゥ軍を迎え撃つ。





「始まりよったか」

 城の屋上からアクナディンは戦場となったダルラを見下ろす。

 その後ろにはファクラと八武衆が控えている。

「ノエルの所の連中の避難は?」

「既に例の転移の術式を使いプラネへと避難させてあります。 また、女子供、老人といった非戦闘員も受け入れていただいております」

「ほぉか。 ノエルにゃあ感謝せんとの」

 ノエルから農地開拓の為に送られたドリアード達は、砂漠越えに耐えられない為にベクレムの転移術を使いラバトゥに来ていた。

 それを利用しプラネへ避難を進めたのだが、元々小人数を送る様に設定されていたので1度に大量の人間を避難させることは出来なかった。

 避難させずにプラネから援軍を送ってもらうという手も考えたが、小人数用ではあまり意味はない。

 ましてやプラネも今はいつ攻められるかわからない状況だ。

 アルビアが味方になったとはいえ援軍等出せる余裕はない。

(それでも奴なら出すじゃろうがな)

 アクナディンはそう思いつつもノエルに援軍要請はしなかった。

 それよりも民の受け入れのみを優先する様ファクラを通しプラネ側に伝えた。

 そしてある覚悟を決めていた。

「避難が間に合わんかった連中は?」

「既に移動石動兵(ゴーレム)バステドに乗せ脱出を開始しております。 護衛の軍も抜かりなく、主軍と引き離された魔族の軍勢もすぐには追撃は無理かと」

 移動石動兵(ゴーレム)バステド。

 俊敏さに特化され作られた石動兵(ゴーレム)であり、万一の時国民を乗せ避難出来るようファクラの指揮の元複数製造されていたものだ。 

「ほぉか。 ご苦労じゃったの」

「いえ。 むしろこの様な事態を防げなかった己の不甲斐なさを呪うばかりです」

「それは王の責任じゃ。 ちゅうても、どのみちこれは防げんかったろうがの」

 アクナディンは振り返ると八武衆に向き直る。

「おどれらも苦労をかけたのぉ」

「我等は陛下の命の元動くのみです」

「故に今回もいつもの様に命じて下さればいいのです」

「故にご命じください。 死ねと。 命をかけて戦えと。 それだけで我々は何者にも負けぬ無双の力を発揮しましょう」

 テンを筆頭に八武衆皆死を覚悟していた。

 敵の強さはこれまでの進軍で把握していた。

 最初から全軍で迎え撃っていたとしても勝てる見込みは低かった。

 だからアクナディンはらしくない時間稼ぎを選択し民の避難を優先した。

 それを理解していたからこそ、八武衆全員全てを捨てて戦う覚悟を決めていた。

 そんな八武衆の覚悟を受け、アクナディンは「ほぉか」と呟いた。

「死ぬ覚悟があるっちゅうんならどんなキツい命でも受けるっちゅうことじゃのぅ?」

「無論。 皆同じ覚悟でございます」

 八武衆全員が頷き、アクナディンはファクラを含め全員に命じた。

「じゃったらラバトゥ王として最後の命を出す」

 ラバトゥ王最後という言葉にファクラと八武衆は驚いた様に反応した。

「八武衆は民と共に脱出! プラネの連中と合流しなんとしても民を守りきれ!」

「!? 陛下何を!?」

「そしてファクラ! おどれは新たなラバトゥ王となり民を導け! 妥協もなにも許さん! 民を守り導き、ラバトゥを再興せい!」

「お待ちください陛下! 私が王!? ならば陛下はどうされるのですか!?」

 珍しく完全に動揺するファクラに、アクナディンは動じずに答える。

「わしはここに残り連中を迎え撃つ」

「そんな!? 八武衆もなしにあの軍勢と戦うなど、自殺行為も同じ! 陛下がその様な事をする必要などありません!」

「戦いはこの場のみじゃない。 この場を凌ごうがその後魔族と全面戦争が起こる。 それこそ大国全てが連合しての。 八武衆はその時必要な戦力じゃ。 ここで散らせる訳にはいかんけぇ」

「しかしそれは陛下と同じ!」

「ここで戦こうている連中の士気を上げる奴が必要じゃけぇ。 それにわし程の適任者はおらんじゃろうが」

「無茶苦茶です! 第一陛下が・・・」

「ファクラ!!」

 アクナディンの一喝にファクラは言葉を飲み込んだ。

 そして、アクナディンは普段と違い冷静に話始める。

「ファクラ、わしゃあ根っからの武人じゃ。 そんな戦しか出来んわしが王なんぞ出来たんはおどれのお陰じゃ」

「何を言うのです! 私は貴方こそ王に相応しいと思ったからこそ!」

「そお言うとくれんのは嬉しいが、やっぱり向いとらんわ。 現にわしはあいつらを見棄てて行きとうない」

 アクナディンの死線の先には既に戦っているラバトゥ軍。

 先程のファクラの言葉を借りれば自殺行為の最前線にいる者達だ。

「連中は自分達がどうなるか理解しちょる。 そしてさっきのおどれらと同じ様に覚悟もしちょる。 じゃったらせめてそいつらの光になりないんじゃよ」

 アクナディンの言葉に、ファクラは自身の言葉の軽率さに気付いた。

 そしてアクナディンの覚悟も。

「本当に、貴方はどこまでも滅茶苦茶な方だ」

「そんなわしを王にしたおどれも大概じゃけぇの」

 アクナディンはニッと笑うとファクラの肩に手を置いた。

「これからは戦屋の王じゃのうておどれの様なもんが王になる時代じゃ。 じゃから託す。 ラバトゥの民全ての命をな。 引き受けてくれるか、ファクラ?」

「・・・・ズルい方です。 そう言われれば断る事など出来ないでしょうが」

 ファクラは込み上げるものをグッと堪えると、跪き頭を垂れた。

「拝命、承りました。 命に変えて民を守り通すことを、ここに誓います」

「ドアホ。 皆の先頭に立つもんが死んでどがあする? おどれは何がなんでも生き抜いて民を導け」

「御意。 どうかご武運を」

 アクナディンは頷くと、八武衆に改めて向き直る。

「おどれらもじゃ八武衆! おどれらも生き抜き、ファクラ王を支えろ! ええな!?」

「「・・・ハッ!」」

 八武衆はそれぞれの思いを抱えながらも、アクナディン最後の命を果たす為にファクラを連れその場を後にした。

 皆が去ったことを見送ったアクナディンは再び戦場を見下ろそうとしたが、背後の気配に怪訝な顔をした。

「なんでおどれらがまだおるんじゃ?」

 アクナディンの後ろにはファクラに付いて行った筈のテン、カルラ、マコラガの3人の八武衆が立っていた。

「申し訳ありませんアクナディン様。 私達も共に戦わせていただきます」

「ドアホ! さっきの命令忘れたんか!? 絶対に生き残ってファクラを支えろ言うたじゃろうが!?」

「その命だが、(ヌシ)がファクラ様に王位を譲った後ゆえ無効とさせてもらった」

「なんじゃと!?」

 テンの言葉に怒るアクナディンにカルラがいつもの軽い調子で笑いかける。

「まあまあアクナディン♪ 向こうには半分以上残ってるし、主力がここに釘付けなら大丈夫だよ♪」

「そがあなこと言うとるんじゃ・・・」

「アクナディン」

 テンはアクナディンを制すると、まっすぐアクナディンの目を見た。

「拙僧達も(ヌシ)と気持ちは同じ。 ならば拙僧達も彼等の光となるのに一役買わせてくれぬか?」

「じゃけんど・・・」

「アクナディン様。 私達にもう1つ命じた事をお忘れですか? 何がなんでも民を守れと」

「あそこで戦ってる兵士達も民には変わりないもんね~♪ なら守らないと♪」

「さっき無効じゃ言うたろうが!」

「それはまだ王を譲られる前なので有効です」

「都合良すぎるわおどれらは~!!」

「支えてた(あるじ)に似ちゃったんだから仕方ないでしょ♪」

 アクナディンがイタズラっぽく笑うマコラガとカルラに頭を抱えると、テンも小さく笑った。

「まあ、拙僧達が加われば生き残る兵も増えるかもしれん。 彼等の事を思うなら受け入れてもらえぬか?」

 痛い所を突かれ、アクナディンは諦めた様に息を吐く。

「本当おどれらは厄介な連中じゃ」

「拙僧としては(ヌシ)も似たようなものだがな。 それに師より先に弟子を死なす等武術家として最大の恥なのでな」

「この屁理屈師匠が」

 昔の関係まで持ち出され呆れるアクナディンだったが、どことなく懐かしく心に火が灯る。

「じゃあ王としてじゃのうて友として言う! 死ぬような温い戦いしたら承知せんけぇの!」

「はい!」

「了解♪」

「うむ」

「しゃあ! 行くぞおどれら!!」

 アクナディンは愛剣サンダリオンを掴むと、3人を引き連れ城から飛び降り戦場へと向かった。

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