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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
236/360

災厄の勧誘

 北の大国、賢王マークスの治めるルシスはそのほぼ全てを雪と氷で覆われていた。

 本来国を興す事すら難しい厳しい土地であるがマークスの知とエルフ達の魔術を駆使し、5つある大国の1つに数えられる程に成長した。

 その要因の1つがその建築物。

 本来資源の厳しい極寒の大地だが、それゆえ雪や氷は豊富。

 マークスはそこに目をつけた。

 マークスは専用の魔術を開発し、雪や氷で木材や石材を使ったものと変わらぬ快適さと強度を持つ建築を造れる様にした。

 冷たい雪で造られたにも関わらず丈夫で暖かい住居は国民に安心を与え、更に氷の温室は実りの少ない大地に多くの作物を産み出した。

 更に透明感のある氷や純白の雪で造られた建築物は皆普通の建築では不可能な美しさを可能にし、国民のエルフの美しさも加わりルシスは大陸1美しい国と言われた。

 だが、その面影も今は消え去ってしまった。






「これは、素晴らしいですね」

 ルシス襲撃を命じられた四天王の一人災厄のベルフェゴールはおもわずそう呟いた。

 ルシスの象徴とも言える全て氷で出来た美しき居城モン・サン・グレッチャー(聖なる氷河)。

 そこを中心とした首都を今巨大な結界が守護している。

 生き残りである9人のエルフ騎士(ナイツ)がそれぞれの属性の魔力を放ち形成された結界は、異なる魔力が混ざり合いモン・サン・グレッチャーの美しさもあり、あまりその手の事に関心のないベルフェゴールすらも感心した。

 更に感心したのはその精度。

 異なる属性の魔力を折り重ねれば確かに強固な結界が産み出せる。

 だが属性が違えば当然性質も違う。

 それを反発することなく安定させるのは本来かなり難しく、それを9つともなると神業と言っても過言ではない。

「やはり、貴方は他のエルフとはかなり違う様ですねマークス王」

 ベルフェゴールは結界の内側で杖を片手に9つの魔力を束ねているマークスを一瞥する。

 その口調は丁寧だが、王であるマークスへの敬意も何も感じず完全に上から目線のものだった。

「事態の緊急性を即座に理解し国民を首都に集めて結界で籠城。 判断力の早さは流石賢王と誉めておきましょう」

「散々好き勝手暴れておいてよく言うよ」

 マークスはそう言ってベルフェゴールを睨み付けた。

 魔族の襲撃に合いルシスの風景は変わってしまった。

 純白の景色はデスサイズにより切り刻まれた者達の血で染まり、美しいエルフの表情はベルフェゴールの力により苦悶の表情を浮かべ醜く歪む。

 もはや大陸1美しい国と言われた面影はなく、死と苦しみに満ちた地獄と化していた。

 それは国民であるエルフ達を絶望させるには十分過ぎる程のまさに災厄と言える現状だった。

「心外ですね。 私はちゃんと生かしていますよ? なにせ貴方方はアーミラの生け贄に最適な種族ですからね。 無闇に殺すなんてしませんよ」

「そりゃあ俺に対する当て付けか?」

 ベルフェゴールの首筋にナイフをかざしながら背後にデスサイズが現れる。

 表情のわかりづらいドクロの姿であって、デスサイズの機嫌が悪いのは明らかだった。

 そんなデスサイズに対し、ベルフェゴールは慌てる様子もなく普通に応対する。

「そうイライラしないでくださいよデスサイズ様。 ここは私にお任せください」

 デスサイズは舌打ちしながら、ベルフェゴールから離れその後ろでドカッと座り込んだ。

「ああ残念。 あのまま首をはねてくれていれば素敵だったんだけどね」

「あの方に私は殺せませんよ。 ではマークス王。 1つ取引を致しませんか?」

「ここに来て取引とは。 魔族というのは随分ジョークが好きな様だ」

「貴方程ではありませんよ。 それに貴方も理解している筈ですよ? デスサイズ様がその気になればこの結界も切り裂けると。 そして私がなぜそれをしないのかもね」

 完全に自分のペースで話を進めるベルフェゴールに多少苛立ちを覚えながら、マークスはそれを表に出さず平静を装った。

「まあ確かにね。 暇潰しに話くらいは聞いてあげるよ」

「そうですね。 簡潔に言えば私は貴方が欲しいのですよ賢王マークス」

 その要求にマークス意外そうな顔をした。

「ほぉ、私をね。 でもなぜだい? 私なんて君の言う生け贄にピッタリだと思うけど?」

「ええ。 ですが非常に勿体無いとも思いましてね。 なにせ貴方は我が魔族の奴隷の身でありながら、賢王と呼ばれるまでになった男ですからね」

 そこで初めて、マークスの顔が険しくなる。

 ベルフェゴールはそんなことを気にせず朗々と語り出す。

「貴方方地上の亜人と呼ばれる種族は、元々魔界の住人でした。 ですが皆魔界では弱者と言える存在に過ぎなかった彼らは奴隷となるか捨て駒にされるか、暇潰しに殺されるかのみ。 そんな中、太古の昔魔界から辛うじて逃げ出した弱小魔族達が、今の亜人と呼ばれるものの源流となるわけです。 そんな奴隷とも言える立場にありながら、貴方は数百年前魔界から逃げ出した。 数人の同志と共にね。 そしてこの実りのない大地に国を作り、こうして賢王となるまでになった。 録な教育も受けずに独学で、自力で、自分の王国を作り出した。 弱小種族と切り捨てるには貴方はなかなか惜しい存在なのですよ」

「高い評価感謝するけど、弱肉強食の魔界で私みたいな者は不要の筈だが?」

 ベルフェゴールは「チッチッチッ」と指を振り否定した。

「それは昔の話です。 魔王ディアブロ様が魔界を完全に統一されてから魔界は変わりました。 無用な争いは取り締まり、戦闘力だけでなく知性のある者や一芸に秀でた者も取り立てられるようになられたのです。 更に魔王陛下は地上の国のシステムも取り入れようとされました。 その一環として我ら四天王を極秘裏に地上に派遣し、その様を観察させたのです。 いや~実に有意義な時間でしたよ! 脆弱で価値のない地上などなんの為に思いましたが、魔王陛下のお考えがその時漸く理解できました!」

 自分に悦に入りながら語り続けるベルフェゴールと対照的に、デスサイズは退屈そうに欠伸をしナイフを手の中で遊ばせていた。

「あの時の経験で我ら四天王はそれぞれ地上のものに魅入られました! ベアード殿は酒! キュラミスは絵画や芸術品等の美しいもの! ヒュペリオスは武術を始めとした地上の技術力と言った感じにね! 因みに私はなんだと思います?」

「さあね。 美食にでも目覚めたかい?」

「そんな小さなものではありませんよ。 私はね、法というものに非常に興味が湧きました! 力や魔力関係なく、他者を支配出来る力! それが法なのです! なんと素晴らしい概念でしょうか! この概念を魔界で成立させれば、法の支配者は実質魔王陛下に継ぐ地位を手に入れられるのです! 私はその先駆者となり、法の支配者となりたいのです! その為に貴方の力は非常に役に立つ!」

 野心に瞳を輝かせるベルフェゴールは、その瞳のマークスへと向ける。

「もし私に協力すれば、私の腹心として取り立てましょう。 生け贄を一定数出せばこの国の管理も任せ今の地位も保証しましょう。 どうです? 一部の者を犠牲にするだけで国が救われるのですから破格だと思いますがね?」

 ベルフェゴールがこうして交渉を用いるのには訳がある。

 その能力もあり手を触れずに相手を倒す自分こそ最強と思っているベルフェゴールにとって、自ら手を下したり無闇に戦闘を行うのは愚か者の所作だと思っている。

 なのでキュラミスやヒュペリオス等の同じ四天王でも肉弾戦を得意とする者。下に見ており、ディアブロと同格であるデスサイズですら内心では馬鹿にしている。

 更に実際賢王と名高いマークスを交渉で手駒にすれば、自分が他の者とは違うということをディアブロにアピールする狙いもある。

 そうなれば先程言った法の支配者となる道に一歩近づける。

 だからベルフェゴールは、マークスを力付くではなく交渉で手に入れたかったのだ。

 なので既にマークスがどういう人物かも調べあげていた。

 国を豊かに繁栄させる為なら一部を犠牲にする事も厭わない。

 時にそういう判断の出来る王であると。

 ならば一部の国民を生け贄に差し出させる代わりに国の安全さえ保証すれば喜んで力を貸すに決まっている。

 ましてやここまで追い詰められた状況だ。

 ベルフェゴールの中では既に、マークスがイエスと答えると確定していた。

「さあマークス王! 私の下に来なさい! 貴方の力を私の為に使う栄誉が待っていますよ!」

「下らない」

 マークスの一言に、ベルフェゴールは一瞬言葉の意味を理解できなかった。

「・・・今、なんと言ったんですか?」

「下らないと言ったんだ。 全く、四天王と言うからどれだけの者かと思えば・・・」

 マークスは心底うんざりした様にため息を吐きだした。

「まず第1に、お前は法の意味を履き違えている。 法というのは国が正しく機能し、国民が安全に暮らせる為にあるものだ。 権力者が好き勝手する為のものじゃない。 第2にその手の交渉をするなら君の脅しはやり過ぎだ。 最初の国境の都市を攻めた時点で止めて私と正式に会談を申し込むべきだった。 そしてこれが決定的だ。 交渉とは此方にメリットを感じさせて初めて意味を成す。 だが具体的な法の案すらこの場で言えない君はハッキリ言ってウチの文菅にも劣る。 そんな無能の下に付く事にメリットを感じる馬鹿なんて、戦馬鹿の武王ですら有り得ないよ」

 そこまで言うとマークスはベルフェゴールの目を見てキッパリと言い切った。

「君のは提案は交渉にすらなっていない。 ただのナルシストの自己満足の演説だ。 そんな下らないものを自信満々で語る君はただの大馬鹿者だよ」

「くっ、ヒャッハッハッハッ! いいこと言うじゃねぇかエルフの小僧! 最高だてめぇは! 気に入った!」

 ベルフェゴールに鬱憤が溜まっていたデスサイズは、マークスの言葉を聞いて大笑いし、ベルフェゴールは拳を握り締めその手から血が滴った。

「私が無能? 四天王で最もスマートで最強の力を持つ私が?」

「それで最強とはね。 どうやら君は、相当自惚れが酷いらしい」

 その一言で、余裕の態度を見せていたベルフェゴールの瞳が一気に冷たくなった。

「賢王というからどこまで賢いかと思いましたが、やはり所詮は元奴隷。 私の力も見抜けないとは。 愚か者には罰を与えねばなりませんね。 デスサイズ様」

「あ?」

「生け贄用に捕らえたエルフ、殺して構いませんよ」

 その言葉にマークスに焦りの表情が出て、デスサイズはニヤリと笑った。

「いいのかよ? 散々殺すなって言ってたくせに」

「生け贄はこの結界の中の者で十分です。 この者には私を愚弄した罰として目の前で国民が惨殺される様を見せねばなりませんからね」

「本当、チンピラ並の発想だね君は」

 睨み付けるマークスに、ベルフェゴールは冷たい笑みを向ける。

「そのチンピラに貴方は手も足も出ないんですよ。 四天王である私を愚弄したその愚かさを結界の中で悔やむといい」

 勝ち誇るベルフェゴールに、マークスは小さく口角を上げた。

「やはり君は三下だよ」

「なに?」

 瞬間、ベルフェゴールの目の前に剣の切っ先が迫っていた。

 反応出来ずにいるベルフェゴールを突飛ばし、デスサイズがその剣を受け止める。

 刃を受け止めたデスサイズの目の前に、純白の全身装甲に包まれた戦士と、自分とは違う鋼鉄の骸骨の戦士が立ち塞がっていた。

「鉄のドクロとは奇遇じゃねぇか。 なにもんだてめぇら?」

「魔甲機兵団総隊長オメガ」

「この時代のデスサイズって言えばわかるかしら?」

 鋼鉄の骸骨兜(スカルヘルム)姿のレオナとオメガの出現に、デスサイズは獲物を見付けたと喜びの笑みを浮かべた。

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