拳聖の美
突如現れたギゼルとイトスにダグノラは苦しそうにしながら顔を上げる。
「お、お主は・・・」
「いいから。 今は静かにしとけって」
イトスの回復術が負傷したダグノラの体を癒し始める。
「こうして顔を合わせるのは初めてですなダグノラ殿」
「魔甲機兵・・・なるほど。 お主があの者達の長か」
ダグノラは以前ノエル達がセレノアに来た時のアルファ達の事を思い出す。
「まさか、救援に来てもらえるとは」
「正直間に合うかどうか微妙でしたがな」
ノエル達がセレノア、ラバトゥ、ルシスの襲撃の報告を聞いたあの時、ノエルはすぐに救援に向かおうとした。
だがそれにラミーアが待ったをかけた。
「お待ちノエルの坊や。 あんたとリナとエミリアの嬢ちゃん達は留守番だよ」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ! なんで俺達だけ・・・」
「冷静におなりリナの嬢ちゃん。 ディアブロの魔王軍もあるんだ。 今あんたらが抜けて急襲でもされればここは一気に落ちる。 そうなれば確実にこの戦はあたしらの負けさ。 それに、ノエルの坊やは事実上あたしらの旗頭だ。 そうホイホイと離れられるのは困る」
「じゃあ他の国は見捨てろと?」
「そうは言ってないよ」
ラミーアはルシフェルに目配せすると地図を広げさせその上に乗った。
「恐らく、連中は大国4つに攻撃を仕掛けてるだろう。 つまりヤオヨロズにと向こうの兵が行っている。 幸い、向こうにはクロードの坊や達が行っているから大丈夫だろう。 だからあたしらも主力を3つに分けてそれぞれの国に救援に向かわせるんだよ。 闇雲に救援に行くより効率的だしね」
そこまで言うと、ラミーアは集まってるメンバーを見回す。
「行く連中はあたしが襲撃者の予測を立てて最適な連中を決める。 構わないかいノエルの坊や?」
「わかりました。 ここはラミーアさんを信じます」
選ばれた時の事を思い出し、助け出したナーニャを下ろしながらアルゼンは愉快そうに小さく笑う。
「しかし、ノエル陛下もラミーア殿もまさかこんなにすぐに我輩にこの様な任を託すとは。 大胆な事をなさる」
アルゼンがセレノアに選ばれたのはその強さもあるが、商人として交流のあるセレノアへの最短ルートを知っているのと、難民と化しているセレノアの民達へ救援物資をすぐに用意出来る事にあった。
アルゼンは最近まで敵だった相手にこんな大役を託すノエルの選択に甘さを感じつつ、それに感謝した。
なにせアルゼンの求める戦場にこんなに早く来ることが出来たのだから。
「なに一人で悦に入ってるんだよおっさん?」
後ろからした声に振り向くと、マルクスは驚いた様に声をあげる。
「ラグザ殿! 貴方達まで!」
現れたのは、ラグザ、ドーラ、アルファ達魔甲機兵団第七部隊、そしてサクヤとクラーク、ルトスの元黒曜隊にいたセレノアに縁のある面々だった。
アルファはマルクスを確認すると軽く頭を下げる。
「お久し振りですね、マルクス殿。 ここからは我ら魔甲機兵団第七部隊にお任せを」
「ちょっと。 私達も忘れないでよ」
「ゲシャシャシャ! 借りを返しに来たぞ同志達!」
サクヤとクラーク達の姿に、倒れていた黒曜隊の面々に生気が戻る。
「ブヒャヒャ。 懐かしい顔じゃねぇか」
「いつかの逆になったなヘラよ」
「そうさねロウ。 なら今度は踏ん張らないとね」
立ち上がり再び臨戦態勢になる黒曜隊達だが、それを気にする様子もなくキュラミスは俯いた状態で沈黙を続けた。
「おい、敵さんどうしたんだよ?」
「さあ? 我輩達に怖じ気付いた訳では無さそうですが」
「・・・にくい・・・」
「ん?」
「醜い醜い醜い醜い! 醜いですわ~!!!」
途端に絶叫したキュラミスは驚く周囲を余所にアルゼンを指差す。
「そこの貴方! 何を考えているのです!?」
「おや? 我輩が何か?」
「何かではありませんわ! なんですのその服のセンスは!? 美的センスの欠片も感じない配色に組み合わせ! むしろどこで買いましたのそんな服!? そもそもその髭が似合ってませんわ! あ~醜い!!」
捲し立ててアルゼンのセンスを全否定するキュラミスにアルゼンは困った様に髭を触る。
「そう言われしても、我輩服にはとんと興味がないのですよね。 まあ、髭を否定されたのは少しショックですが」
「拘りあったのかよその髭」
「貴方の様な醜い方は視界に入るだけでも不愉快ですわ! タローマティー!」
「はい。 姉様」
タローマティーは6本の腕に持つ剣でアルゼンを切り裂こうと襲い掛かった。
ラグザが背中の大刀を手にするがアルゼンはそれを制した。
「指名は我輩ですので。 ラグザ殿と皆様はセレノアの皆様を」
不敵に笑うアルゼンにラグザは「しょうがねぇな」と言いながら背を向けた。
「死ぬなよおっさん」
「勿論ですとも。 なにせ・・・」
6本の腕での斬撃をアルゼンは流れる様に受け流し、腹に肘、顎に掌底、そしてふらつくタローマティーの後頭部に回転する様に肘と連撃を喰らわせる。
「この様な胸踊る戦いの場。 死んで退場など勿体無いではありませんか」
魔界の強者と戦える事に心の底から嬉しそうにするアルゼンの様子に、ラグザは無用な心配と意識をマルクス達に向ける。
「なにいつまで呆けてやがんだ!? マルクスとルトスは怪我してる奴等を手当て! 他の連中は敵を牽制しながら民を連れてここから離れるぞ!」
「は、はい!」
アルゼンが自分達を圧倒していたタローマティーをあっさり倒した事に呆然としていたマルクス達はすぐに我に返り、ラグザの指示に従いセレノアの民を避難させ始める。
「よくもワタクシのお気に入りを! 貴方達! 奴等を逃がしてはなりません!」
怒るキュラミスの声に反応した他の人形達がセレノアの民目掛けて突撃を開始する。
だがアルゼンがその前に立ちふさがり、流麗と呼ぶに相応しい動きでキュラミスの人形達を戦闘不能にしていく。
「キュラミス殿と言いましたかな? 貴殿は外見の美しさに拘りがあるようですな。 残念ながら我輩はその手の物には興味が湧かないのですよ。 美とは長年培い獲得した内から滲み出るものだと思っておりますので」
自分に向かう人形を倒し終えたアルゼンは、挑発するように手招きをした。
「そちらに興味がありましたら、我輩がご教授いたしますがいかがか?」
アルゼンの言動にキュラミスは持っていた日傘を握り潰した。
「よろしいでしょう。 醜い貴方に新の美とは何か教えて差し上げますわ!」
キュラミスは飛ぶようにアルゼンに向かっていった。




