冥王との対峙
冥王を名乗る少年にダグノラは冷静に、かつ最大限の警戒を向けていた。
植物を操る力を持つマルクスにとって、森は自分の領域だ。
不審者や敵意のある者はすぐに見つけ出すことが出来る。
だからダグノラ達が大人数では移動が多少困難な筈の森を逃走経路に選んだのだ。
だがこのタナトスという少年はそんなマルクスに見付かることなくこうして目の前に現れた。
「マルクス。 皆を連れて急ぎ行け。 黒曜隊にもすぐに知らせるのだ」
「!? しかしダグノラ様!」
「行け!」
主の覚悟を察したマルクスは「御武運を」と一礼すると植物の根を浮かび上がらせセレノアの民を乗せ猛スピードで移動させた。
二人きりにされたタナトスはマルクス達の去った方を見ながら「あらら」と呟いた。
「便利な特技を持ってるね君の部下。 僕も欲しいくらいだよ」
「お褒めに預り光栄だな。 だが、奴はお主には勿体無い。 死者を愚弄する外道にはな」
「アハハッ! よく言うよ! 今まで奴隷ってだけで生者を愚弄し続けた君達が!」
おかしそうに笑うタナトスの言葉にダグノラは冷静に対応する。
「その事については弁解するつもりもない。 だが、貴様らの蛮行を見過ごす理由にはならん」
ダグノラは元帥としての威圧を出しながらタナトスに問い掛ける。
「貴様は何者だ? 魔族というのは予想出来るがそれにしても異質何が目的でこの様な事をする?」
「へぇ、魔族の事は知ってたんだ。 誰の入れ知恵かな?」
歴戦の戦士でもあるダグノラの威圧等意にも介さず、タナトスは変わらぬ調子で答える。
「でも1つ勘違い。 僕は魔族じゃないよ。 ただディアブロと利害が一致して手を組んでるだけだよ」
「魔族でないならなんだと言うのか? まさか神等とふざけたことを言うつもりはないな?」
「神か。 まあある意味近いかもね。 だって僕は・・・」
タナトスが指を振ると地面から突然何体もの死人が現れ一気にダグノラの周囲を囲んだ。
「死者を自由に操れる冥界の管理者だからね」
ダグノラは死者に囲まれながら冷静に分析を続ける。
冥界の管理者というお伽話の様な存在が本当にいるかどうかは今はその真偽はどうでもいい。
重要なのは、タナトスが死者を自在に操りかつ魔族等とは異なる得体の知れない存在ということだ。
そんな冷静なダグノラの思考が、あるものを見て停止した。
タナトスの後ろに控える死人の1体が腰に下げる物体に、ダグノラは言葉を失った。
「サファイル陛下・・・」
それは自分の主であるセレノア王、サファイルの首だった。
しかも、その首はまだ生きていた。
微かに聞こえる呻き声と眼球の動きは紛れもなく、それがまだ死んでいない事を表している。
ダグノラの反応にタナトスは邪悪な笑みを浮かべる。
「ああ、感動の対面かな?」
タナトスはサファイルの首を片手で持ち上げるとダグノラに見せ付ける様に掲げた。
「こいつさ、折角見逃してやろうと思ったのに生意気に逆らってきたんだよね」
ダグノラ達が首都から去った後、サファイルは一人玉座にいた。
誰もいない空虚な城ともはや意味を為さない玉座。
それが今の自分に相応しいと感じていた。
己のしたことが全て裏目に出たあの日、自分はもう王とは呼べなかった。
ただ自分の信じるものが壊れる恐怖から逃れる為に世の流れに逆らい続け奴隷に固執し続けた。
その結果がこれだ。
今まで蓄積した奴隷達の恨みが溢れ出たかの様な今回の悲劇は、奴隷に固執し使い捨ててきた自分達へのツケなのだ。
少なくともサファイルにはそう感じられた。
そしてこの国の負の遺産の象徴として死ぬ事が自身の最後の役目と悟り覚悟した。
「我ながら、なんとも情けない最期か。 が、託す者がいるだけマシか」
苦笑しながら、サファイルはその時を静かに待ち続けた。
そして、それはやって来た。
同時にサファイルの顔は恐怖に固まった。
玉座の間の扉が勢いよく破られると同時に大量の死人が雪崩れ込んできた。
あっという間にサファイルの周囲を囲んだ死人の軍団に、サファイルがした覚悟は一瞬で砕け散る。
自分に殺意を向けるおどろおどろしい死人の軍団に恐怖のあまり失禁した。
あの爪で引き裂かれ、牙で噛み千切られる様を想像し涙が溢れた。
自身の選択を後悔しなんとしても助かりたいという感情が支配する。
そんなサファイルの耳に子供の様な笑い声が聞こえてくる。
「あれ~? ここには王様がいるって聞いたのに、随分汚いのがいるね」
死人の中を悠然と進み現れたタナトスはサファイルを見下しながら笑っていた。
サファイルは死人の軍団の中突如現れた少年に、死人以上の恐怖を覚えた。
同時にその少年が死人の主だと直感し少年にすがりつく。
「た、頼む! 助けてくれ! 何でもする! なんでもするからどうか!」
「ちょっと止めてよ鬱陶しい」
煩わしそうにサファイルを払い除けると、タナトスはいたずらを思い付いた子供の様にニヤリと笑う。
「ならさ、1つ言うこと聞いてくれる?」
「な、なんでもする! 何をすれば余を助けてくれる!?」
「君の国民全員の命を頂戴」
サファイルはその言葉の意味が一瞬わからず固まった。
「い、今なんと?」
「だから国民の命だよ。 どうせ逃げたんでしょ? そいつらを殺すのを手伝ってくれれば君は見逃してあげるよ。 簡単でしょ? 王さまの君がちょっと出て適当に足止めすれば、後は僕のコレクションが全部終わらせてくれるからさ」
国民の命全てを差し出せば自身は助かる。
その選択にサファイルは暫く呆然としたが、ポツリと一言呟いた。
「わかった」
サファイルの返事にタナトスは満足そうに笑った。
「いい子だね。 やっぱり王様は賢くないとね。 じゃあ早速付いてきてよ。 ああでも汚いからその服は着替え・・・」
瞬間、サファイルの剣がタナトスの心臓を貫いた。
サファイルは時世も読めず間違いを犯し、それを認めず更に間違いを犯し国を疲弊させた、まさに愚王と呼ばれても仕方のない王だった。
だがそんなサファイルにも1つだけ正しい想いはある。
それは国民の安寧を守るということ。
結果的に間違ってはいたが、奴隷に固執したのも全て自身が国民の為になるとそう信じ続けたからの行動だった。
その国民を犠牲にするという選択を突き付けられ、サファイルに残る最後の王としての責任感が彼に間違いを犯させるのを踏み止まらせた。
サファイルは必死の形相で剣を握りながら、タナトスを貫いた手応えに倒したと実感する。
「は、ははっ! やった! 余はやったぞダグノ・・・」
「あ~あ。 やっぱり馬鹿だね」
サファイルの歓喜の声は倒したと思ったタナトスの冷たい一言で絶望へと変わった。
タナトスはサファイルの剣を折ると刃を抜いてサファイルの足に刺した。
「ぎゃあああああ!?」
痛みで声をあげるサファイル等気にする様子もなくタナトスは不機嫌そうに穴の空いた胸を見た。
「全くお気に入りの服に穴開けるなんて、酷い事するね」
タナトスはそう言うと踞るサファイルを見下ろした。
その瞳からは先程の少年らしい無邪気さは消え、とても冷たいものだった。
「折角楽にしてあげようと思ったけど、もういいや。 そう簡単に死なせてあげないから」
タナトスがそう言い背を向けると、死人が一斉にサファイルへと襲い掛かった。
サファイルの断末魔が聞こえる中、タナトスはそっと手を当て穴を消した。
「ああ、いいこと思い付いた。 逃げた奴ら驚くだろうな。 ふふふ、アハハハハハハハ!」
タナトスの無邪気で邪悪な笑い声が、主を失った城に響き渡った。
「というわけで、こいつはこうして生かしておいたんだよ。 優しいでしょ僕? 反抗したのに生かしてあげてこうして部下と再会までさせてあげたんだから」
サファイルの首持ちながらおかしそうに話すタナトスに、ダグノラは無言だった。
声帯を潰され呻くことしか出来ないサファイルの声が微かに聞こえた。
「暴波天嵐」
瞬間、ダグノラが剣を抜き放ち巨大な竜巻の様な突風が幾つも発生し死人の軍団を吹き飛ばす。
その中の1本がタナトスの方へ飛び、タナトスの手にしたサファイルの首を粉々に打ち砕いた。
「うわっ! 酷! 自分の王様粉々って酷くない?」
「だが、これで貴様は陛下を弄ぶことは出来まい」
そう言って構えるダグノラの目は怒りに染まっていた。
最期に道を誤らず本当の王として正しい選択をしたサファイル。
そんな自身の王の行動を嘲笑い弄んだタナトスに対し、ダグノラは今まで感じたことのないほどの怒りが沸き上がっていた。
「貴様が死者の王だろうがなんだろうがそんな話はもはやどうでもいい。 今この場で、貴様の存在を消滅させてくれる!」
怒るダグノラは、再び突風をタナトスへと向けて放った。




