奴隷国家の末路
大陸の西にある大国といえば、この大陸に住むものならほぼ全ての者がこの国の名を口にするだろう。
人間至上主義国家セレノア。
亜人を奴隷としてその力を高めてきたこの国の力は西側最大と言っても過言ではなく、アルビア、ラバトゥ、ルシス、ヤオヨロズといった他の他の大国とも見劣りしない程だった。
だが、今その姿は2つの理由で失われた。
1つはプラネ王となったノエルと五魔の介入。
仲間の亜人を取り返しに来たノエル達に王であるサファイルが敗北したことをきっかけに、亜人は人が使う道具という考え方が変わるきっかけを作り長年根付いていた奴隷文化に変革が起こり始めていた。
そしてもう1つの理由。
文字通り、セレノアは滅んだからだ。
セレノアの国境へ向かう森の中、その集団はいた。
その数は約3万人。
老若男女、そして亜人を含めた集団は憔悴した様に進んでいた。
「皆頑張れ! すぐにアルビアへ着く! もう少しの辛抱だ!」
集団の後方で皆を励ます老人の名はレガロ・ダグノラ。
セレノアの元帥として活躍しかつて五魔とも生死を賭けた戦いを繰り広げたセレノアの実力者である。
ダグノラは後方を注意しながら、皆を励ましなんとか元気付けようとする。
「ダグノラ様」
そんなダグノラに集団の先頭にいた筈の彼の執事であるエルフ、マルクスが声をかける。
「おおマルクス。 メリウス様とヨア様の様子はどうだ?」
「お二人とも次期国王として民に不安を与えぬ様に気丈に振る舞っております」
「そうか。 メリウス様もだがヨア様も本当に強いお方だ」
ダグノラは遥か先頭を見詰めながら、あの日の事を思い出す。
あの日、突然国中で甦った亜人奴隷の死人によりセレノアは蹂躙された。
亜人奴隷の死人は生前自分達を虐げた者達を積極的に襲い続けた。
突如国の各所に現れた大量の死人に対処することはセレノアでも出来ず、セレノアは徐々に死人に蹂躙されていく。
更に正体不明の吸血鬼が民を次々と自身の操り人形にするという報告もあり、セレノアは死人と吸血鬼の人形で溢れていった。
そんな中、首都ハルニアにあるセレノア城で王であるサファイルはある決断をした。
「もはや、この国を捨てるしかないか」
突然発せられたその言葉にダグノラとメリウスは驚き声をあげる。
「陛下! 何を言っておられるのですか!?」
「そうです兄上! 国を捨てるなど、一体何を考えておられるのです!?」
「大声を出すな。 それにお前達もわかっているだろう? それしか民を生かす術がないことは」
玉座でそう問いかけるサファイルに対し、ダグノラとメリウスは黙りこむ。
実際、サファイルの言葉は正しかった。
多くの民は人も奴隷も関係なく殺されるか吸血鬼の人形へと変えられた。
今もハルニアには多くの避難民が押し寄せており混乱状態が続き、もはや収拾が付かない状態だ。
無論軍も半瓦解状態で、セレノアを維持するのは最早不可能だった。
サファイルは諦めた様子で口を開く。
「どのみち、時間の問題だったのだ。 ならばせめて少しでも多くの民を救う手立てを考えるのが今我々のすべきことだろう」
「仰る事はわかります。 ですが国を捨てて我々にどうしろと?」
「アルビアに亡命すればよかろう」
「アルビア!?」
「そうだメリウス。 幸いダグノラは奴等と仲がいいからな。 かつての因縁もあるだろうが無下にはしないだろう。 それに、あの魔帝の息子もいる。 あの甘い小僧なら喜んで迎えるだろう」
「お待ちください陛下。 確かにノエル陛下ならば我らを受け入れて下さるでしょうが、アルビアは例の怪物の件があります。 我らを受け入れる余裕があるかどうかわかりませぬ」
「だがそれしか道はない。 ラバトゥの砂漠を越える事もルシスの雪原を耐える力ももうこの国にはない。 かと言って他の小国では我々を受け入れまい。 怪物退治の戦力を引き渡す代わりにアルビアに受け入れてもらうしかないのだ」
ダグノラとメリウスも、もうそれしか道はないという事は薄々わかっていた。
セレノアは滅ぶ。
だが民は救える。
そしてそれにはアルビアへ逃げるしか道はない。
二人の決心は固まった。
「畏まりました。 すぐに皆に伝え避難の準備を致します」
「ああ。 それとメリウス」
「なんでしょうか兄上?」
「これからはお前が民を率いろ」
「!? 何を言うのです兄上!? 王は貴方なのですよ!?」
「余はもはや王の資格を失した。 あの小僧と五魔がこの国に来た時からな」
サファイルは自嘲するように小さく笑った。
「臣下を巻き込み醜態を晒したあの時、余の王としての立場は地に落ちた。 更に奴隷に対する考えが変わってきている今、余は不要の存在よ。 今回の襲撃で奴隷に執着する者も随分死んだしな」
今回の死人の襲撃で、亜人奴隷の死人は優先的にかつての主や奴隷商人達を襲撃していた。
それはダグノラやメリウスが進めていた奴隷解放に反対する者達であり、その者達が死んだ事で二人の奴隷解放の障害になる者は殆ど消えてしまった。
襲撃により奴隷解放へと近付くというなんとも皮肉な結果に、ダグノラは複雑な表情を浮かべる。
「もうセレノアの美しき奴隷文化は消える。 となれば、その最たる存在である余も不要だ。 ならば新たな王としてメリウスが立つのは必然だ」
「ですが兄上はどうなさるのです?」
「余はここに残る」
「!? なりませぬ!」
ダグノラは声を荒げサファイルを止めようとする。
「自分の仰っている事がわかっておられるのですか!? ここに残るということは死を意味するのですぞ!?」
「無論わかっている」
「ならばなぜ!? 己の居場所はもはやないと自棄になられたか!? 自ら死を選ぶのは愚者のすることと幼少から教え続けた筈です! その教えを破るのですか!?」
「兄上! 私からも頼みます! どうかお考え直しください! 兄上も新たな世で共に生きましょう!」
ダグノラとメリウスの必死の説得にも、サファイルは首を横に振った。
「余は不要の存在と言っただろう? それに、余がここに残るのにはちゃんと訳がある」
「訳ですと?」
「奴隷共の死人はかつて亜人を虐げた者を優先的に狙っている。 ならばその最たる存在である余が残れば、お前達が逃げる時間稼ぎ位は出来よう」
「!? 陛下!」
サファイルの真意にダグノラは目にうっすら涙が滲ませる。
「余は国の為と思い過ちを犯し続けた愚王だ。 だが、それでも王なのだ。 ならば最期は王らしく終わらせてくれ」
サファイルの意思が変わらないと悟ったダグノラとメリウスは、必ず多くの民を逃がすことを誓い民達を連れて首都ハルニアを脱出したのだった。
(だというのに、これだけしか連れていけぬとはなんとも情けない)
ダグノラは避難民となった国民を見て己の不甲斐なさに拳を握る。
セレノアの総人口は約110万人。
その中でダグノラとメリウス達が連れてこれたのは約3万。
避難を決定した時既に多くの民が手遅れだったこともあるが、それでも余りにも少ない。
他にも逃げ延びている者もいるかもしれないが見つけ出し合流するのも難しい。
もはや国として再起は不可能にも思える程、セレノアの民は減ってしまった。
(生まれ変わったセレノアをお見せするとノエル陛下に誓ったというのに、結局私は何も救えぬか)
「ダグノラ様」
マルクスに声をかけられ、いつの間にか俯いていたダグノラは顔をあげる。
「ダグノラ様達が尽力しなければ、今ここにいる皆は皆死人の列に加わっていたでしょう。 その事は努々忘れなきように」
マルクスの励ましの言葉に、ダグノラはハッとする。
今己のすべき事は嘆くことではない。
自分の為に残ってくれた黒曜部隊も今民を守る為に力を尽くしてくれている。
特にダークエルフのヘラの死霊術は死人に有効で寝る間も惜しみその力を使い続けている。
皆が頑張っている中、自分も今出来る最善をしなければ。
そう思い直すダグノラはマルクスに笑みを浮かべて見せる。
「全く、お前には敵わぬなマルクスよ」
「ダグノラ様の事は幼少の頃からお世話させていただいておりますから」
笑顔を返すマルクスに、ダグノラの心は軽くなる。
「(本当に、私は皆に恵まれたな)今は一刻も早くアルビアに向かわねばな。 行くぞマルクス」
「はい、ダグノラ様・・・ッ!?」
マルクスとほぼ同時に、ダグノラもそれに気付いた。
同時に小さな笑い声が聞こえてくる。
「いや~、麗しき主従愛だね。 冷たい冥界しか知らないから眩しいや」
紫の瞳を持つ少年が美しい笑みを浮かべながら現れマルクスは戦慄する。
見た目とは裏腹に感じたその暗く冷たい邪悪な気配。
それはマルクスの長いエルフとしての生の中でも感じたことがない程だった。
「何者だ、貴様は?」
ダグノラの問いに、少年はクスリと笑う。
「そうだね。 特別に名乗ってあげるよ。 僕はタナトス。 全ての死者を管理する冥界の王、冥王の名を持つ者だよ」




