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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
211/360

悲劇の始まり


 それは五魔が解散して半年後の事だった。

 異変に気付き飛び立ったルシフェルが持ち帰ったのは、耳を疑う報告だった。

『ウォッキーとバハムートが!?』

『ああ、間違えない』

 ルシフェルの報告にラミーアは驚愕を隠せなかった。

 それはジャバウォックとバハムートが激突しましたというものだった。

 しかもただの戦いではない。

 正真正銘殺し合いだ。

『おいおい! あのじいさんとうとうボケちまったのか!? それともてめぇとディアブロの代わりにドンパチ始めたか!?』

 軽口を吐くデスサイズだったが、内心かなり動揺していた。

 五魔の中でも温厚でまとめ役だった二人が殺し合いを演じるなんて、彼らを知る者からすればあり得ない事だった。

『何が原因かわかる?』

『いや。 ただウォッキーが正気でないのは確かだ。 バハムートはそれを止めようとしていた様だった。 それと・・・』

 言い淀むルシフェルにラミーアは先を促す。

『教えて。 何があったの?』

『・・・ウォッキーの同族が、皆殺しにされていた』

 その報告にラミーアだけでなくデスサイズまでもが『ありねぇ!』と叫びだす。

『皆殺し!? 屈強な巨人が皆殺しだと!?』

『ああ。 しかも全員何かに喰い千切られた様な後があった。 そしてウォッキーの口には大量の血の痕が付いていた』

『待って! ウォッキーが自分の仲間を殺したって言うの!?』

『詳細はわからん。 だがそれ以外にもウォッキーがやったと思われる傷跡があった。 少なくとも、仲間と戦闘状態になったのは確かだろう』

 信じられない自体に、ラミーアはフラフラとよろめき、デスサイズがそれを支えた。

 なんとか冷静さを保とうとしながら、ラミーアは更に聞いた。

『・・・それで、決着は?』

『ウォッキーはバハムートが使った竜の鎖牢(さろう)という竜族に伝わる最上位の拘束具で拘束。 バハムートとは少し話せたが、彼もウォッキーを弱らせる為に満身創痍だった為縄張りの聖峰アレスで石化の眠りについた。 恐らく、早くとも1000年は目覚めないだろう』

 1000年。

 それは長命種であるルシフェルやディアブロならともかく、ラミーアやデスサイズにとって死別と同義だった。

『それで、バハムートはなんて?』

『ウォッキーの様子を見に来たら暴れながら移動していたらしい。 ウォッキーが何故そうなったかはバハムートにもわからなかったそうだ。 ウォッキーは彼の仲間の竜達が暫く封印すると言って連れていった』

『そう』

 事実をなんとか受け止めながらも、ラミーアの表情は暗かった。

 大切な仲間同士が殺し合い、少なくとも自分の生きている間はもう会うことが出来ない。

 彼らを家族の様に思っていたラミーアにとって、それは身が裂かれる程辛いことだった。

『くそ! てめぇが間に合ってればこんな事にはならなかったんじゃねぇか駄天使が!?』

 愛用のナイフを向けながら悪態を付くデスサイズを、ルシフェルは睨む。

『それをしまえ愚か者。 それが今どれだけこの場に相応しくないのかわからないのか?』

 仲間が殺し合ったという話を聞いて憔悴しているラミーアの前でルシフェルにナイフを向けるのはラミーアを更に傷付ける事になる。

 ルシフェルの言わんとする事を理解したデスサイズは舌打ちしながらナイフをしまった。

『だが、貴様の言う通りだ。 私が異変にもっと早く気付いていれば防げた』

『止めて。 ルシフェルは何も悪くないわ』

 傲慢なルシフェルが自身の非を認め後悔するのをラミーアは止める。

 デスサイズは再び舌打ちした。

『くそっ! ディアブロの野郎も肝心な時にいやがらねぇ! 調子狂うぜ全く!』

 デスサイズは椅子を蹴り飛ばし部屋から出ていった。

 ディアブロはこの時、魔界最強と言われた魔族と激闘を繰り広げ勝利していた。

 そして地上での経験を活かし弱肉強食ではない魔界を築こうと、魔界を治める魔王として動き始めていた。

 その為地上に来る余裕はなかったのだ。

 それは仕方ないことだとラミーア達も理解していた。

 念願叶い真の魔王となり、故郷の魔界を良くしようと働くディアブロを責めることは出来なかった。

 ラミーアはわかっていながらも寂しさを覚え俯き、それをルシフェルは見守ることしか出来なかった。

 だが、初代五魔とラミーアの歯車は既に狂い始めていた。






 あれから10年の月日が経った。

 その異変は既に一部の者は気付いていた。

 ラミーアの様子がおかしい。

 最初に気付いたのは初代アルビア王だった。

 時折ラミーアではない様な違和感を覚えたり、かと思えば一人で何かを抱え込んでいる様にも見えた。

 ルシフェルやデスサイズもすぐに気付き、ラミーアを問い詰めた。

 そしてラミーアは告白した。

 自分の中に産まれたもう1つの意思の存在を。

 最初は微かな違和感てしかなかった。

 だがそれは徐々に大きくなり、ついにはハッキリと認識する様になった。

 そしてもう1つの変化に気付いた。

 それは魔力の増加量。

 既にラミーアの魔力はルシフェルやディアブロの倍はあったが、今ではその何十倍にも跳ね上がっている。

 まるでそのもう1つの意思に呼応する様に、魔力が溢れ出してきている。

 ラミーアはもう1つの意思の目的が知識の得ることで魔力を強大にする事だと気付いた。

 危険を感じたラミーアは本を読むことも止め新たな知識を得ない様にしたが駄目だった。

 どんな些細な情報ですら魔力を産み出してしまう。

 ならば対抗する手段はないかと敢えて研究を始めるが、徒労に終わった。

 やがてラミーアの中である声が聞こえるようになっていく。

『足りない・・・もっとだ・・・もっと私に魔力を・・・』

 それから短時間だが意識が飛ぶ様になり、ラミーアは自分が蝕まれていると恐怖を感じていた。

 事態を把握した初代アルビア王とルシフェルはすぐに動いた。

 極秘裏にラミーアを隔離し、体を調べ対策を練った。

 デスサイズはラミーアが何かおかしな行動を取らない様に監視を任された。

 ルシフェルも自分の持つ天界の知識を駆使し似たような事例はないか、対処法はないかを探した。

 だがそれは難航した。

 初代アルビア王もルシフェルも打開策をなかなか見付けられなかった。

 五魔一番の知恵者であるバハムートがいれば何か手は見付かったかもしれないが、バハムートは1000年を越える眠りの中。

 デスサイズの負担も大きかった。

 ラミーアの異変はその危険性から極秘にされていた為基本彼一人でラミーアを見ねばならなかった。

 ウォッキーがいれば負担を減らせたのだろうが、それも今は無理だった。

 そして一番はラミーアの精神的負担だった。

 ラミーアは本人の意思もあり外界から隔離され、可能な限り情報から遮断された。

 だがそんな状態を長時間続けるのは常人にはかなり酷だった。

 加えてラミーアはもう1つの意思への恐怖心からどんどん消耗していった。

 急がねばならない。

 皆が焦る中、ルシフェルはとうとう解決策を見付けた。

 それはラミーアと意識を切り離す封印術。

 膨大な魔力を使うが完全にラミーアの中の別の意識を切り離し封印することが出来る。

 そうすればラミーアを助けられる。

 ルシフェルは確実に成功させる為にディアブロを呼び寄せようとした。

 ルシフェルとディアブロの魔力があれば、今のラミーアの巨大な魔力でも上手くいく。

 その筈だった。

 

 だが、ディアブロは来なかった。

 

 ディアブロはラミーアより魔界を優先したのだ。

 王ならば私情と国のどちらかを選べと言われれば当然国を選ぶべきだ。

 魔界を統べる王としてそれは正しい事なのだろうが、ルシフェルは納得がいかなかった。

 なんとしてもラミーアを助けたい。

 その想いからルシフェルはそのプライドを捨てディアブロに懇願しようと魔界へ渡ろうとした。

 傲慢さで追放された堕天使がプライドを捨てる。

 それがどれ程の想いだったか、当時のルシフェルを知る者ならその強さが理解出来るだろう。

 だがルシフェルの想いは届かなかった。

 魔界への道は閉ざされていたのだ。

 ルシフェルの力を持ってしても強引に突破出来ない程強固な結界は、ディアブロからの完全な拒絶の意思を表している様に感じた。

 もはやディアブロの力を借りることは出来なかった。

 ルシフェルは激情を抑えながらなんとか術を成功させる方法を模索した。

 そして、それは見付かった。

 それはラミーアの肉体を犠牲にすること。

 ラミーアの魂を他の肉体に移す事で、もう1つの意思と隔離する。

 その方法なら、なんとか成功させる事が出来る筈だった。

 しかも上手くいけば魔力も新しく産まれた意思から切り離すことが出来る。

 だが、1つ問題があった。

 それはラミーアが移る肉体。

 ラミーアは他の肉体に人間を決して選ばない。

 他者の人生を犠牲にして生き永らえるなら死を選ぶだろう。

 となると他の動物や魔物の肉体だが、それはラミーアに人としての生を諦めさせるという事だった。

 ルシフェルは悩んだ。

 初代アルビア王やデスサイズとも話し合い、どうすべきか考え抜いた。

 そしてそれは、ラミーアの一言で決定した。


『お願い。 私を、解放して』


 もはや、ラミーアは限界だった。

 初代アルビア王は地下に封印の部屋を造り、集めた魔術師達にサポートさせながらルシフェルは術を発動した。

 ラミーアの体から魔力と共に魂が抜け出し、ゆっくりと移動していく。

 そして、用意された黒猫の中へと消えていった。

 黒猫は目を開けると、辺りを見回しルシフェル達に『ありがとう』と告げた。

 術は成功したのだった。

 初代アルビア王は黒猫の姿になったラミーアを抱き締め、周囲から歓喜の声が上がった。

 ルシフェルも今すぐラミーアに駆け寄りたかったが、まだ気が抜けなかった。

 ラミーアの体を用意された十字架に張り付け封印せねばならなかったからだ。

 ルシフェルはラミーアの体を魔力の帯で包み始めた。

 だが、そこでラミーアの肉体が目を見開いた。

『待て! 何をする!?』

 ラミーアの肉体が叫び抵抗を始めた。

 それはラミーアを苦しめた例の意識だった。

『何故私が消されねばならない!? 私は、ただ生きようとしただけだ!』

 絶叫しながら抵抗する肉体だったが、その魔力の殆どを失った事もありその抵抗は無駄に終わった。

 とうとう肉体は十字架に貼り付けられ、もはや頭部を覆われるのを待つのみだった。

『私は、私は滅びない! 必ず生き残る! 何年経とうが、必ず・・・』

 言葉を言い切る前に帯はその全てを覆い、封印は完了した。

 周囲を安堵と不安の入り交じった空気が支配した。




「その後、初代アルビア王はあたしらの存在は歴史から消した。 理由は勿論そのもう1つの意識だよ。 そいつの存在を知って利用しようとする連中が出てくるといけないからね。 となると、そいつに繋がるあたしらの話を消すしかないってわけさ。 で、あたしはその後初代アルビア王の飼い猫として彼が死ぬまで共にいた。 彼が死んでからはルシフェルと二人で各地を転々として、ここに落ち着いたって訳さ」

 ラミーアがそう話を終えると、部屋は元のリビングの光景に戻った。

 見せられたラミーア達の過去と顛末は、ノエル達が想像していたよりも凄惨なものだった。

 重い空気が流れる中、最初に口を開いたのはイトスだった。

「あんたは、今も魔力を増やす力はあるのか?」

「ないよ。 あれは目玉や内臓と同じ体の一部だ。 だからその力は体に残したままになっちまった。 それもあたしらにとって誤算だったけどね」

「てことは、今はその時の魔力の残りを使ってるのか」

「そういうこと。 あたしはこの膨大な魔力を糧に寿命を永らえてる。 お陰で、1500年なんて途方もない時間を生きることになっちまったよ」

「1ついいか?」

 そこに加わったのは、ギゼルだった。

「ラミーア殿の話が全て真実だとして、何故貴女達はもっと早く出てこなかった? 貴女が生き続けたのは、万一あの怪物が甦った時の為だったのだろう」

 ギゼルの言う通り、ラミーアとルシフェルが加わっていればもっと事は簡単に済んだ筈だ。

 その機会は幾つもあった。

 ノエルがプラネを建国した時や五魔の情報を聞く為ルシフェル扮する紙芝居の老人と遭遇した時もそうだ。

 いや、それ以前に軍師がフェルペスの元に訪れる前だってよかった筈だ。

「理由は2つ。 まずあんたらがあたしらを信じるかどうか。 あたしらの存在は消され、当時は話題にすらなっていなかった。 ノエルの坊やと合流するのだってそうさ。 あんたらはあたしが一番危険だって認識してたんだろ? そんな状態であたし本人が出てきても余計混乱するだけだろう。 それに当時はあいつに利用されてたエルモンドもいた。 余計拗らされるのがオチだよ」

 確かに、ノエル達はラミーアが一番危険だと思っていた。

 そんなラミーアがルシフェルを伴って現れれば確実に混乱するし、エルモンドは必ず敵対する様に仕向けただろう。

 当時のエルモンドへの信頼を考えれば、少なくとも共闘等は考えなかったかもしれない。

「で、もう1つの理由だけど、こっちが本命。 あたしらが動けばあいつらが動くからさ」

「あいつら?」

「魔王ディアブロ率いる魔界だよ」

「はあ!? なに言って・・・」

 その時だった。

 リナの言葉を遮るようにギゼルの通信機が鳴った。

 しかもその音は緊急用。

 ギゼルはすぐに通信機に出た。

「ああ。 一体どうし・・・なんだと!?」

 明らかに動揺しているギゼルは、通信機の向こうから話を聞くと「わかった」と告げ通信を終えた。

「例の怪物を閉じ込めていたミュー達第六部隊が、魔族を名乗る者達に強襲された」

 ノエル達が驚愕する中、ラミーアは「あの馬鹿」と小さく呟いた。





 聖峰アレス。

 現在数が減少している竜達の住みかにして最後の聖地と言える場所だった。

 その頂上には1つの巨大な石像があった。

 過去邪悪な巨人と戦った竜の神を象ったと言われるその石像は、頂上に辿り着いた強者にその力の一部を与えるという伝説を持っていた。

 その石像が今、ピシリと音を立てヒビ割れた。

 ヒビは徐々に広がっていき、ついに石像の表面が砕け散った。

 そして中から、一体の竜が現れる。

 瞬間、大陸中の竜が歓喜の雄叫びをあげた。

 竜の神、真の魔竜バハムートが甦った瞬間だった。

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