始まりの町
数日後、ノエル達は懐かしい場所へとやって来ていた。
「相変わらず田舎だな」
「でもなんか懐かしいです」
東の田舎町ノット。
かつて二人が初めて出会った場所であり、エルモンドが遺したラミーアの手がかり“黒猫”があるとされる場所。
リナとノエルは辺りを見回して当時を思い出す。
「二人はどんな感じで会ったの?」
「リナさんがおしとやかな女の子のふりしてごろつきに襲われてる所を助けたんです。 と言っても、最後は助けられちゃいましたけど」
「あの時は嬉しかったですよノエルさん」
あの時にならっておしとやかなモードで言うリナにノエルはクスリと笑う。
「まさかこんな大人しそうな人があんなに強いとは思いませんでしたよ」
「だろ? 俺も最初姉さんにやられた時すっかり騙されぶぎゃ!?」
「余計なこと言うんじゃねぇ」
ライルに裏拳を浴びせたリナも、少し感慨深そうだった。
「まさかまたここに戻ってくるとはな」
「ここに、ラミーアの手がかりがあるかもしれないのね」
エミリアの言葉にノエルは頷いた。
「でもよ、暫くここにいたけど猫の伝承なんてなかったぞ?」
「あんたそういうの興味ないから聞き逃したんじゃない?」
「んだとアホレオナ!?」
「なによバカリナ!?」
「二人ともそこまで」
いつものやり取りを始めようとする二人をクロードが止めた。
「とにかく今は聞き込みしながら探すしかないよ」
「そうだな。 黒猫に関する逸話、場所、絵や建物、果ては隠語の可能性もあるからそれらを注意深く探さねばな」
「猫探し、おれに任せる!」
ギゼルとジャバもやる気を見せ、早速別れてエルモンドの遺した黒猫探しを始めた。
「だぁ~!! 全然見つからねぇ!」
「もう、ぎゃあぎゃあ騒がないでよ!」
「なんか前にもこんなやりとりしませんでした?」
「エルモンドを探してる時だね。 彼関連は毎回苦労させられるよ」
町の広場に集合したノエル達は結局収穫はなにもなかった。
ノットには黒猫どころか特に目立った伝承もなく、遺跡や場所もない。
当然猫関連のものも調べたがなにもなく、ジャバの魔物や動物へと聞き込みも効果はなかった。
「まさか、ガセってことはねぇよな?」
「もしくはエルモンドの勘が外れたかだな。 ここまで何もないと流石にそう疑りたくなる」
ギゼルの指摘にイトスの顔が暗くなる。
イトスは特に積極的に探し回り、少しでもそれらしい話がないかと町中駆け回っていた。
「俺、もう一度なにかないか調べてくる」
「待ってイトス。 ここは一旦情報を纏めて・・・」
「おや? お前さんあの時の?」
不意に声をかけられノエルが振り向くと、見覚えのある老人が立っていた。
「あ、あの時の紙芝居の!」
「おお、やっぱりあの時の兄ちゃんか。 いや無事じゃった様でなによりじゃ」
「誰だ?」
「五魔を探してた時、少しお話しした紙芝居のおじいさんです。 リナさんが追われてる時一緒に見てましたよ」
「お、あの時の嬢ちゃんか。 なんだかあの時とは少し様子が違うのぉ」
「そ、そうですか? 私は特に変わってませんよ?」
かつての自分を見ていると聞きリナは慌てておしとやかなモードになる。
そんなリナに首をかしげながら老人はレオナやエミリア達を見回す。
「しかし随分賑やかになったのぉ。 兄ちゃんもなんだか逞しくなった様に見える」
「あ、ありがとうございます。 そうだおじいさん。 黒猫に関する話を知りませんか?」
「黒猫? 猫関連の昔話ならいくつかあるが。 え~と靴下履いた猫に手鞠猫。 後は・・・猫になった魔女とかの」
最後の言葉にノエル達の空気が変わった。
「それ、どんな話なんですか?」
「なんじゃ? 五魔の次は猫探しかい? 忙しい兄ちゃんじゃねぇ」
「頼むよじいさん! どうしても必要なんだ!」
駆け寄るイトスに、老人の目付きが少し変わる。
「・・・この近くに小さな湖がある。 日が沈んだらそこに来なさい。 そうすれば、お前さんらが知りたがっていることを教えよう」
「? おじいさん?」
少し雰囲気の変わった老人にノエルが戸惑うと、老人はそのままその場を去っていった。
「ねぇ、あのおじいさん何者?」
「紙芝居のおじいさんだったんですけど。 なんだか雰囲気が・・・」
「漸く当たりってとこか?」
素に戻るとリナは不敵に笑む。
「罠って可能性もあるけど。 どうするノエル君?」
「罠でもなんでも、今はあの人が唯一の手がかりです。 来てくれますか、エミリアさん、ギゼルさん?」
「私達に確認はいらないわよノエル君。 ここまで来て、引き返す理由もないしね」
「そういうことだ。 万一罠でも、この面子なら切り抜けられるだろうからな」
エミリア達も了承し、ノエル達は日が落ちるまで待つことにした。
約束の時間になったのでノエル達は指定された湖にやって来た。
空には月が浮かび、湖にはっきり写っていた。
「ここで、合ってますよね?」
「その筈だけどな」
「来たか。 随分早いじゃないか」
ノエル達が湖を見ると、いつの間にか淵に老人が立っていた。
「てめぇこそ、じじぃの割にやけに素早いじゃねぇか」
「なるほどやはりそちらが素か。 その方が似合うよお嬢さん」
余裕を見せていたが、リナは最大限に警戒していた。
リナだけでない。
他の五魔もライルも、エミリア達ですら完全にその老人を警戒していた。
何故なら、ここにいる誰も老人の気配を一切気付くことが出来なかったのだから。
「おじいさん。 貴方は一体、何者ですか?」
「ただの紙芝居屋の老人だよ。 もっとも、1500年前は違う名で呼ばれていたがな」
一気に戦闘体勢になるリナ達だったが、それよりも早く老人から黒い幕が現れリナ達を包み込んだ。
「なんだこりゃ!?」
「魔術!? だがこんなのは見たことがない!?」
「騒ぐな小僧共」
黒い幕が消えると、そこは元の湖のままだった。
ただ1つ違うのは、湖の畔に一件の家が建っている事くらいだった。
「ここは元の場所と薄皮一枚程度離れた別空間だ。 ここなら何をしようが話そうが外部に漏れることはない」
「てめぇ、本当になにもんだ?」
「口の聞き方に気を付けろ小娘。 仮にもディアブロの名を関する者が、小物にしか見えないぞ」
瞬間、老人は黒い幕に包まれた。
そして幕は6枚の漆黒の翼に変化し、中から翼と同じ漆黒の髪と瞳を持つ青年が現れた。
「我が名はルシフェル。 かつてこの地で五魔の魔人としてその名を轟かせた、天界最強の堕天使だ。 この姿を見れたことを光栄に思え小さき者共よ」
五魔の魔人ルシフェル。
それはリナ達の五魔のモデルとなったラミーアの仲間だった初代五魔とも言うべき存在だった。
老人の正体に驚くノエル達だったが、それ以上にルシフェルの魔力に圧されていた。
魔術に疎いライルですらその圧倒的な魔力を感じ取り青ざめ、リナ達でさえ身動きが出来ない様子だった。
「はっ、これが初代五魔様かよ。 本当に化けもんじゃねぇか」
「この状況で虚勢を張るか。 そこだけはかつてのディアブロとよく似ているな。 もっとも、その力は似ても似つかない程小さいが」
「小さいかどうか、試してみろやこら!!」
リナは重力を全開にし、ルシフェルに放った。
だが地面が重力で消え去る中、ルシフェルは平然と宙に浮いていた。
「なるほど。 そこそこの力はあるか」
「リーティア!」
「ええ、クロード!」
クロードはリーティアを出すとフレア・ダンスを放った。
「軽いな」
ルシフェルは魔力を込めるとリナの重力事フレア・ダンスをかき消した。
「なっ!?」
「かつて竜の神とまで言われたバハムートの熱線には遠く及ばない」
「うがああああああ!!」
クロード達の攻撃が消された直後、いつもの巨体に戻ったジャバと剣を出したレオナが攻撃を仕掛ける。
だがジャバの拳も、リーティアの剣もそれぞれ片手で止められてしまう。
「うがぅ!?」
「そんな!?」
「まるでただの獣だ。 かつてのジャバウォックはもっと動きが洗練されていたぞ。 そして貴様は鋭さが足りない。 デスサイズの刃は容赦なく相手を切り刻んだものだ」
ルシフェルが魔力を込めると二人を弾き飛ばし、ジャバは湖に落ちてしまった。
「ギゼル! 魔力封じを!」
「もうしている! だが、効果がないのだ! 魔力が強すぎて、抑えられん!」
焦るギゼルの横をエミリアが駆け抜け、宙に飛び上がり超スピードで7人に分かれた。
「七光の断罪!」
七つの属性の斬撃がルシフェルに飛んでいくが、その全てが弾き返される。
「速さはまあまあだが軽いな」
「うおらぁ!」
弾いた斬撃の隙間からライルが飛びかかり殴りかかろうとする。
「愚かな。 貴様ごとき、我が体に触れられると思うか」
「んなことはわかってんだよ!」
瞬間、ライルの背中から透明な何かが飛び出した。
そして黒炎と黒雷を纏った刀を持つノエルが現れる。
(陰遁術か。 なるほどあの小僧か)
ルシフェルは視線でイトスを捉え、イトスがノエルの姿を消していたことを察する。
「だが緩い」
ルシフェルはノエルの一撃でさえ片手で受け止めてみせた。
「黒の魔術で強化してこの程度とは、児戯だなッ!?」
その時、ルシフェルの左頬に衝撃が走った。
空中で少しよろけたルシフェルはすぐに体勢を立て直す。
するとなにもない所から重力を拳に纏ったリナが現れた。
「そうか。 あの小僧だけでなく貴様にも陰遁術をかけていたか。 自らの主を囮にするとは」
「主じゃねぇよ。 こいつは俺達のダチだ。 背中を預けられるな」
一撃当てたリナは堂々と言い放つ。
ルシフェルは軽く殴られた頬に触れると負傷が一瞬で消えた。
「げぇ! あんなんありかよ!?」
「昔の五魔ってのはみんなあんなんなのかよ?」
傷を完全に消してみせたルシフェルにリナ達は再び構えた。
「やれやれ、騒々しいね」
突然した新たな声に周囲を見回すと、ノエルの頭に一匹の黒猫が降り立った。
「え?」
「全く、試すにしてももう少し静かに出来ないのかいルシフェル?」
「猫が喋った!?」
突然出現した喋る黒猫に驚く周囲をよそに、ルシフェルはノエルの前に降り立ち跪いた。
「申し訳ありません我が君。 ですが事態は急を要すると判断し、この様な手段を取りました」
「お前は態度がでかいからね。 そこさえ直ればもう少し穏やかに事も進むのに」
先程まで尊大で傲慢な態度を取っていたルシフェルの豹変に、ノエルは、いやノエル達は気付いた。
その黒猫が何者なのかを。
「まさか、貴女が?」
黒猫はノエルから降りるとニヤッと笑った。
「そうさ。 あたしはラミーア。 あんたらが探していた、あの化け物の産みの親だよ」




