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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
201/360

最悪の後


 逃げ延びたノエル達はイグノラから少し離れた場所で一先ず野営をしていた。

 プラネ軍、アルビア軍と合流するにしても皆傷付きすぎていたし、何より精神的疲弊が大きかった。

 特に聖五騎士団の混乱は大きかった。

 聖帝フェルペスの敗北によるプラネとの戦いの終結。

 その直後にフェルペスは死に謎の黒い帯によるイグノラの占拠。

 特にラミーアの存在を知らされていなかった下部の兵士達は、急に城から現れた化け物に完全に混乱していた。

 エミリアとラズゴートにより表面上は落ち着きを取り戻してはいるが、内心では不安でたまらないだろう。

 幸いなのはプラネとの対決を想定し一般市民を避難させていた事、そしてギゼルの素早い退避命令とアクナディンの迅速な指示により、黒い帯による被害者は最小限にすることが出来た事だ。

 無論、それでも犠牲は大きかった。

 聖帝フェルペスの死は勿論、獣王親衛隊は知恵袋であるメロウを、ギゼルは第六、第七部隊以外の殆どの魔甲機兵団を失った。

 そしてノエル達も、初期の頃から共に旅をし、ずっと支え続けてきてくれたゴブラドを失った。

 皆その事実に傷心し、悲しんだ。

 ヴォルフはメロウの死を聞かされ、呆然とした後場も立場も弁えず大泣きした。

 ラグザを始めとした亜人の長達は自分達の纏め役だったゴブラドを失った事実に言葉を失い、キサラは静かに涙を流し、レオノアとドルジオスは黙祷し、ラグザは地面を殴り付け自分がその場にいれなかった事を悔やんだ。

 一番酷かったのはギゼルだった。

 ギゼルを守る為に殆どの兵が自ら死んでいった。

 結界内で生き残ったのはオメガ含めた第一部隊の極数名。

 その生き残り組も皆体の破損が酷く、現在ミューの第七部隊の者に応急処置を受けていた。

 彼らを救う為に邪道に身を堕とす覚悟をしたにも関わらず、最後はその自分の為に死なせてしまった。

 ギゼルは屍の様に俯き、ずっと「すまない」と謝罪の言葉を呟いていた。






 ノエルは用意された天幕の中にいた。

 ノエル達との和解の件も説明された為、ノエル始め五魔陣営は一時客分として扱われる事になった。

 但し、エルモンドの裏切りに関しては一部の者を除き伏せられた。

 もし知られればエルモンドと共にいたノエル達を無駄に敵視する者も現れ、余計な混乱を生むからだ。

 手当てをされたノエルは一人天幕の中で宙を見ていた。

 そんな中、ズカズカと天幕に入ってきた人物がいた。

「おおノエル! 無事じゃッたか!」

 自身の手当てを済ませたアクナディンの出現に、ノエルは慌てて正気に戻る。

「あ、アクナディンさ、陛下」

「さんでええわい。 今二人きりじゃけぇ。 じゃからわしもノエルと呼び捨てにしとろうが」

 いつもの変わらぬアクナディンに、ノエルは少し表情を緩めた。

「じゃあ、アクナディンさん。 今回は援軍ありがとうございました」

「そがあな事気にすんな。 プラネは弟分じゃ言うたろうが。 本当ならコキュートん時も駆け付けたかった位じゃ」

 嘘のないアクナディンの言葉に、ノエルは本当に自分は周りの人間に恵まれていると感じた。

 だが同時に、胸の奥がズキッと痛む感覚がした。

「しかし、今回は流石にわしも驚いたわ。 あがあな化けもんが出てくるとはのぅ。 ありゃあ誰にもどうにも出来ん」

 アクナディンの言葉に更にノエルの痛みは増す。

「あがあなもんが相手が何が起きても不思議じゃない。 誰も責められんわな」

 ノエルの痛みは更に増し、無意識に呼吸が荒くなる。

「じゃが、あんたは自分を責めるんじゃろうな」

 そこでノエルはハッと顔を上げアクナディンを見た。

「自分がフェルペスを倒さなければ。 自分が捕まらなければ。 自分が魔人の裏を見抜いていれば。 そもそも自分がこんな戦いを起こさなければ。

 あんたの中には、そんな後悔やらなんやらが色々暴れとるんじゃろう」

 そう語るアクナディンの表情にはいつもの豪快さはなく、真剣なものだった。

「あんたの気持ちは、わしもようわかるつもりじゃ。 王になる前から自分を責める事なぞ何度もあった。 こうすりゃ部下は死なずに済んだか? ああすりゃこがあ戦いは起きんかったんじゃないかとな。 王になってからは更に増えたわ。 しかもそれを話せる奴はおらんと来とる。 王が弱い所を見せればそれは兵と民の不安に直結する。 じゃから王は弱音も後悔も吐き出すことは出来ん。 例えどんなに大切な奴が死のうとな」

 ノエルが内側から込み上げてくるものを抑える中、アクナディンはノエルの頭に手を置いた。

「じゃがの、ここにおんのはあんたと同じ王じゃ。 外も人払いしといたけぇ。 わしはあんたの民でも臣下でもない。 じゃから何吐き出そうと、それで不安がるもんはおらん」

 瞬間、ノエルは溢れる感情が抑えられなかった。

 すがる様にアクナディンに抱き付き、大声で泣きじゃくりながら言葉を出す。

「僕は! こんな事を望んでいなかった! こんな皆が悲しむ様な! 大事な、支えてくれた人達を悲しませる様な事、したくなかった! ただ僕は皆が! 皆が笑っていられる様に! 父さんが望んだ国になる様に! ただそれだけだったのに!」

 最初は単なる小さな正義感からだったかもしれない。

 父親の守ろうとした国が悪い方向へ進むのを阻止したいという純粋な想いだけだった。

 それがリナとライルに始まり、クロードやリーティア、ジャバにゴブラド達にレオナ、そしてイトスとエルモンドが加わった。

 そこから王となる覚悟を決めてラグザ達亜人が加わり、より事が大きく動き出した。

 セレノア、ラバトゥに行き多くの王に会い、父の残した負の遺産とも対峙し、ノエルの中の想いはより強く具体的になっていく。

 大切な人達皆が笑っていられる様に。

 その為に誰も死なせない覚悟もした。

 そしてとうとうそれが叶う直前まで来た所を、自分に王の道を示したエルモンドの裏切りで全て壊された。

 フェルペスは死に、エミリアやラズゴート、ギゼルやヴォルフ達は大切な者の死に心を痛めた。

 そして、初期から共にいるゴブラドまで死なせてしまった。

 王となる決意をする前から自分に忠誠を誓い、ずっと支え続けてきてくれたゴブラドの死はある意味エルモンドに裏切られた以上にショックだった。

「僕は、ゴブラドさんを、ずっと僕なんかを認めて支えてくれた人を・・・」

「自分を卑下するなドアホが!」

 アクナディンの怒声に、ノエルはビクリとした。

「ええか!? 自分を卑下するっちゅうはな、その自分を認めた者まで否定するっちゅうことじゃ!  今あんたが自分を否定すれば、それはあんたの為に死んだそいつも否定する事になるんじゃ!」

 それはゴブラドの意思も何もかも、全てを否定する事と同義だった。

 ノエルがその事実に気付かされ呆然とする中、アクナディンは続けた。

「ゴブラドの名はわしも知っちょる。 魔物に近い下級亜人に過ぎんかったゴブリンをいっぱしの亜人一族にまでしたゴブリンの鬼才。 あんたはそれだけの男に認められたんじゃ。 そがあな男の想いを、意思を、否定する様な事だけは言っちゃならん。 ゴブラドだけじゃない。 ディアブロも、他の五魔も、その他の者も皆あんたを認めちょる。 わしもあんたを王と認めた。 本当に信頼出来る男だとな。 そんな連中の想いを、否定せんでくれや」

 真剣で、かつ真っ直ぐなアクナディンの言葉に、ノエルはまた涙が溢れてくる。

「でも、僕はどうしたら・・・」

「わしらが死んだ者に出来ることなんか何もない。 じゃけんど、そいつから託された願いがあるなら、それを叶えるのが託された者の務めじゃ」

 ゴブラドから託されたもの。

 ノエルは、ゴブラドとの最後のやり取りを思い出す。


『どうか、貴方は変わらないで下さい。 貴方が思う道を、未来を進んでください』

 

 ノエルはゴブラドに肩を触れられた気がした。

 あの最後の時の様に。

 限られた時間の中、ゴブラドが伝えた唯一の願い。

 ノエルはその想いを噛み締める様に、目を閉じた。

(ごめんなさい、ゴブラドさん。 僕は貴方の想いを無駄にする所でした)

 ノエルは静かに目を開けると、アクナディンに頭を下げた。

「ありがとうございます、アクナディンさん。 僕は、貴方の様な人に会えてよかった」

 ノエルの表情を見て、アクナディンはニヤリと笑った。

「やっぱりあんたはそがあな顔が似合う。 わしに啖呵切りよったその顔がな」

「そうですね。 強がりでもなんでも、僕は僕のままでいます。 それがゴブラドさんやリナさん達が信じてくれた僕なんですから」

 ノエルが改めて気付かされた想いを胸に刻む中、天幕の外で一人の人物がその場から静かに去っていく。

「やっぱり強いわね、あの子」

 去っていく人物に、エミリアが声をかけた。

「盗み聞きとは質がわりぃなお姫様」

「あなただって似たようなものでしょ? 魔王様」

 エミリアの指摘に苦笑するリナは、ノエルとアクナディンのいる天幕に視線をやった。

「あなたのお株、取られちゃったわね」

「構わねぇよ。 正直今ノエルを慰められる自信なんてなかったからな」

 そう答えるリナの表情は、珍しく気弱なものだった。

「やっぱり、流石のあなたもかなりキツかったみたいね」

「俺よりお前どうなんだよ? その、あれだろ? 俺達の事だって」

「少なくとも、そんな不器用な慰め方しようとしてるあなた達がエルモンドとグルだったとは思ってないわよ」

 見抜かれてバツの悪そうな顔をするリナに、エミリアは神妙な面持ちで答える。

「正直、気持ちの整理は全然出来てないわ。 今は兵達に指示出したりしながら誤魔化してるけど、少しでも気を抜くと崩れそうよ」

 漸く父と娘に戻れたのに、すぐに目の前で父親を殺されたのだ。

 恐らくまだエミリアの中はグチャグチャだろう。

 むしろ今こうしてリナと会話している事自体、本来なら無理だろう。

「本当、強いなお前もよ」

「あなた達とそう変わらないわよ。 いえ、ある意味じゃ今はあなた達の方が辛いかもね」

 あの時、黒い帯が逃げ切って緊張が解けたのか、レオナはその場で静かに泣き崩れた。

 レオナにとってエルモンドは200年の暗闇から救いだしてくれた恩人だった。

 そんな人に裏切られた事実を冷静になることで改めて理解し、感情が溢れてしまったのだろう。

 今は泣き疲れて眠っている。

 ジャバはそんなレオナに付き添っていたが、ジャバにとってもエルモンドの事は大きなショックだったらしく食事に全く手をつけていなかった。

 クロードは無事に回収され今は用意された簡易な診療所でリーティアと共にいる。

 リナがエルモンドの裏切りを伝えると、クロードは一瞬驚きの表情をし「そうか」と呟いてそのまま黙り込んでしまった。

「正直俺、どうしていいんだかわかんねぇんだよ」

 不意なリナの告白を、エミリアは静かに聞いていた。

「レオナみたいに泣きゃいいのか、いつもみてぇにブチキレればいいのか。 何がしたいのかもわかんねぇ。 なんかここがポッカリ空いちまった様な、そんな感覚しかねぇんだよ」

 父親のいなかったリナにとって、エルモンドは父親に近い存在だったのかもしれない。

 そのエルモンドが実は五魔を作った時からこの計画をしていたと言った。

 それはつまり、自分達へ向けていた感情も偽りだったのか。

 うざったいと思いながらも、それでも居心地のよかったあの時間全て、エルモンドの計画の一部に過ぎなかったのか。

 そんな事を考えるリナに残ったのは怒りでも悲しみでもなく、ただ空虚さだけだった。

「俺、どうしたらいいんだろうな?」

「・・・さあね。 私が聞きたいわよ」

「ちげぇねぇな」

 リナは苦笑を漏らすが、声に生気を感じられなかった。

「泣けも怒れもしないならいっそ暴れてみれば? 感情ぶちまけてエルモンドへの文句言いながらね。 その方が少なくともあなたらしいと思うけどね」

「ここら辺一帯更地になるぞ?」

「その時はその時よ。 それにあなたの事信じて強がってる王様もいるんだし、強がってでも踏ん張るしかないでしょ。 あなたも、私もね」

 そう言ってエミリアは自分の仕事に戻る為その場を去っていった。

「あいつも、結構お節介だよな」

 父の事だけでなく、これからアルビア側の事態の収拾に動かなければならない。

 フェルペスが死んだ今エミリアが先頭に立ちやらねばならない。

 自身の気持ちすら整理出来ていない状況で背負うにはあまりの大任。

 それこそ、強がりでもしない限りやっていられないだろう。

 そんな状態にも関わらず自分を気遣おうとしてくれたエミリアに、リナは柄にもなく感謝した。

「のんびり落ち込んでもいられねぇか。 たくっ、損な役回りだぜ」

 その夜、リナがその後野営地から離れると、遠くから轟音が響いていたと言う。






 翌日、ノエルは五魔全員とエミリア、ラズゴートとカイザル、そしてアクナディンと亜人代表としてキサラが今後の事を話し合う為に集まっていた。

 まだ完全に立ち直った訳ではないだろうが、皆昨日の様に落ち込む素振りは見せなかった。

「さてと、問題は山積みじゃがどうしたもんかのぅ」

「まず国民への説明が先ね。 今回の騒動は隠しきれるものじゃないし、これ以上皆に嘘をつくわけにはいかない」

「だけど、それはそれで新たな混乱を生むだろうね。 理由はどうあれ、あの化け物復活に聖帝も五魔も結果として関わっていた訳だし」

 ラズゴート、エミリア、クロードがそれぞれ意見を言う中、皆が集まる天幕にギゼルが入ってきた。

「すまない。 遅くなった」

「ギゼルさん! 大丈夫なんですか!?」

「お前達がこうして動いているのだ。 私だけいつまでも落ち込んでいるわけにはいかんだろう」

 ギゼルは目の下に隈を作り憔悴している様だったが、普段通りの立ち振舞いにノエルは少し安心する。

「それに、客が来てしまったのでな」

「客?」

 ギゼルは頷くと、天幕に一人の男を通した。

「やあお歴々の皆さん。 特に美しい女性の皆さんはお久し振り。 また会えた事を嬉しく思うよ」

 入ってきたのは北の大国ルシスを治める賢王、マークス・アクレイアその人だった。

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