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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
199/360

魔神誕生


 最初に貫いたのを皮切りに何本もの触手がエルモンドの体を貫いた。

 だが軍師の時の様にミイラにはならず、触手は繭の様にエルモンドを包み込んでいく。

 同時に十字架に磔にされている体に巻かれた黒い帯が徐々に消えていき、最後にはラミーアの肉体だと思われる女のミイラが現れると同時に崩れ落ちた。

 漆黒の繭となったエルモンドに、リナ達は攻撃を仕掛けようとする。

 だがクリスが繭を守る様に立ちはだかる。

「どいてクリス! そいつをそのままにしてはいけない!」

 説得しようとするエミリアに、クリスは首を横に振る。

「ダメ。 アーサー達は好きだけど、マスターはぼくの持ち主だから」

「? 何を言っているの?」

 エミリアの疑問を消す様に、繭にヒビが入る。

「!? やべぇ! あれは早く壊さねぇとやべぇぞ!」

 何かを感じ取ったのか、リナは皆に攻撃する様に促す。

 ノエルは黒雷を放ち、レオナが投げたナイフに纏わせる。

 貫通力の増したナイフが繭に向かうが、それが届くことはなかった。

 繭が光を放ち、その光と共にナイフは消し飛んだ。

 そして光の中から現れたのは、白い髪の14、5位の少年だった。

 元々女性だったラミーアの魔力が入った為中性的にはなっているが、その顔にはどことなくエルモンドの面影がある。

 だが決定的に違うのは表情豊かだったエルモンドとは真逆で、全く感情がないと言っていいほど無表情だった。

 その姿にリナはゾッとした。

 その無機質な所もそうだがノエルに近い年齢の姿にも関わらず、その姿に似つかわしくないおぞましい魔力が全身から溢れていた。

 触手だった黒い帯が服の様に腰の辺りに巻き付くとエルモンド、いや、エルモンドだった少年は静かに降り立った。

「エルモンド・・・」

「いや、最早奴はエルモンドではない。 奴の言葉が正しいなら、あれはラミーアの魔力の意思・・・」

 一瞬だった。

 レオナにギゼルが答えている中、黒い帯がエミリアに肩を貸していた兵士の胸を貫いた。

「ぐ、がぐああああああ!?」

 兵士はすぐに全ての情報を吸い付くし、その兵士をミイラにした。

「マイラ・ノース35才。 聖五騎士団アーサー隊の上級兵士。 剣の腕上の下、指揮能力上の中。 妻子なし・・・」

 吸い終わった少年は、吸い上げた情報を口にし始める。

 無機質で平坦な口調は、ギゼルの言う通り最早エルモンドとは呼べる者ではなかった。

 だがそれ以上に皆を戦慄させたのは、この場にいた殆どの者が触手の動きに反応できなかったこと。

 それはつまり、既にこの少年はそれだけの力を身に付けているということになる。

「マスター」

 そんな少年にクリスは臆することなく、まるで子供の様に近寄った。

「マスター、ぼく待ってたよ。 言いつけ守って、ずっと守ってたよ」

 少年はクリスを一瞥すると、右手を翳した。

「戻れ、我が手に」

 その言葉に反応するかの様にクリスは光に包まれた。

 そして光が消えると、少年の手には一本の杖が握られていた。

「え!? どういうこと!?」

「クリスが、杖に!?」

「太古の昔、真の魔術師が使う一部の杖や魔道具には生命が宿ると文献で読んだことがあるが、まさかクリスはラミーアの杖だったのか?」

 混乱するレオナとエミリアにギゼルが答えると、少年の瞳がギゼルを捕らえる。

「ギゼルさん!」

 気付いたノエルが叫んだ瞬間、黒い帯がギゼルを貫こうとした。

 だがその帯は重力を纏ったリナの拳に阻まれた。

「逃げろ! とにかく逃げるんだ!!」 好戦的なリナの全力の撤退指示。

 それはこの少年がどれだけ危険かを伝えるのに十分だった。

 ましてや消耗しきった今の状態では勝てる可能性は限りなくゼロだ。

「撤退! 全員撤退!」

 エミリアの命に奥にいた残りの兵士達も混乱しながら撤退しようとする。

 だがその背を黒い帯が刺し貫いていく。

「逃がさない。 お前達は、私の糧だ」

「やるしかねぇのかよ」

「うがあああああああああ!!」

 リナ達が無謀な戦いを覚悟しなければならないと思ったその時、大きな地響きと雄叫びが響いた。

「ジャバ!?」

 リナ達が気付き見上げると天井が崩れ落ち、その瓦礫が少年を押し潰した。

「陛下! 殿下! ご無事か!?」

「ノエル! リナ! レオナ!」

 空いた天井の穴からジャバが顔を出し、ラズゴートが飛び降りてきた。

「ラズゴート殿!」

「助かったぜおっさん!」

 着地したラズゴートはノエルやエミリア達が無事な事に安堵する間もなく、状況を理解し警戒する。

「どうやら事態は最悪なようじゃな」

「すまないラズゴート。 私の責任だ」

「陛下。 これは陛下を諌められなかった我ら全員の業。 陛下一人が責を背負う必要はありません。 ですので今は御身を気遣いください」

「・・・すまない。 皆今の内にラズゴート達が開けた穴から退くんだ!」

 フェルペスの言葉にリナやノエル達は上のジャバの手を借りながら地上へと上がっていく。

「父様、さあ」

「ああ、すまないエミリア」

 フェルペスは残った手でエミリアの手を掴もうとした。

 だが突然フェルペスはエミリアをラズゴートの方へ突き飛ばした。

「父さ・・・」

 瞬間フェルペスの胸は、瓦礫から伸びた黒い帯に貫かれた。

 同時に少年は瓦礫から這い出し始める。

「父様!」

「エミリア! 駄目だ!」

「放してラズゴート殿! 父様が! 父様が!」

 必死にラズゴートの手を振りほどこうとするエミリアの目の前で、フェルペスの体がミイラ化していく。

 体の情報を急速に奪われていくフェルペスは、口から血を流しながらその目は虚ろになっていく。

「・・・生きろ」

 フェルペスの口から発せられた言葉にエミリアの動きは止まる。

 その状態から、最早自分が誰なのか、ここがどこなのかすらわからない程情報を搾り取られているに違いなかった。

 それでも、最後の父親としての執念か、エミリアに言葉を伝えようと口を開き続けた。

「生きろ・・・生きて・・・」

「父・・・様・・・」

 フェルペスの、父親の最後の願いを受けエミリアは抵抗を止めた。

 ラズゴートはフェルペスに一礼すると、エミリアを抱えたまま天井の穴へと飛び上がる。

「うがう!」

 ジャバは追ってこれない様に瓦礫で穴を塞いだ。

「エミリアさん」

「わかっている。 急いでこの場を」

 声をかけるノエルに、エミリアは力なく答えた。

 なんとか感情を抑えようとするエミリアが今どれだけ辛いのか、同じ父親を失ったノエルにはよく理解できた。

「ラズゴート殿。 すまないが指揮を」

「うむ。 ギゼル!皆に退避命令を!」

「既に皆にミューの結界の外に出る様に送りました。 我々も早く」

「よし! さっさとずらかるぞ!」

 リナとレオナが先導しジャバがノエルとギゼル、ラズゴートがエミリアを抱え城の出口へと駆け出した。

 すると背後から轟音が響き、土煙の中から黒い帯が追ってくる。

「くそっ! もう来んのかよ!」

「皆走って! 速く!」

 リナ達は全力で走るが、帯は徐々にその距離を詰めていく。

「うが! 追い付かれる!」

「喋る前に走るんじゃ!」

 そう言うラズゴートの横を、風がすり抜けた。

「全く、最期まで世話の焼ける主だよ」

 ラズゴートが背後を振り返ると、メロウが黒い帯の前に立ちはだかっていた。

「メロウ爺!」

「さっさと行きな! 化けもんの相手は、化けもんが引き受けてやるわい!」

 メロウはクナイを壁に投げると、一斉に爆発し周囲の壁や天井が崩れ落ちる。

「メロウ爺!! 戻らんか!!!」

 崩れ落ちる瓦礫の隙間から、メロウはラズゴートにニヤリと笑みを浮かべた。「ガキ共を頼んだよ。 我が主殿」

「メロウ爺!!!」

 瓦礫が崩れ、ラズゴート達とメロウを完全に分断した。

「あのじじい・・・」

 リナが歯を食い縛る中、ラズゴートは前に向き直る。

「行くぞ。 この時間を無駄にしたら、またメロウ爺にどやされる」

 リナ達は瓦礫を一瞥すると再び駆け始めた。






(やれやれ、やはりこうなったかい)

 メロウは帯と対峙しながらため息を吐く。

 嫌な予感はしていた。

 だが、それでも最早止められない事もわかっていた。

 ならば自分の主や仲間くらいは護ると密かに決心を固めていた。

(しかし、我ながら最後にとんだ悪手を打ったもんだ)

 本来メロウが得意とする定石の策からすれば今の状況は悪手だった。

 捨て石は必須。

 だが敵の属性を理解していれば知識と経験豊富な自分より、若く経験の浅い者を4、5人を、それも身体能力の高い獣人である獣王親衛隊の若手の兵士を使うのが今後の事も考えれば正解だ。

「じゃが、そうも言えんな」

 メロウは目に力を込めるとクナイを構え直す。

 その脳裏にはヴォルフやハンナ達親衛隊の者達が過る。

「若い連中を死なせる定石なぞ、くそくらえじゃ」

 メロウは跳躍するとクナイを黒い帯に向けて投げる。

 帯はクナイを弾きメロウの左腕を貫く。

 メロウは直ぐ様左腕を切り落とし、鬼気迫る目で睨み付ける。

「通れるもんなら通ってみい! 人殺しの化け物が護る道、そう簡単に抜けられると思うな!!!」

 かつて伝説の暗殺者と呼ばれた頃を越える気迫で、メロウは帯へと斬りかかった。

 だが、無情にもその体を何本もの帯が貫いていく。

 メロウは震える手で懐からクナイを取り出すが、そのままクナイを床に落とした。

 最早、虫の息の息だった。

 それでもメロウの闘志は抵抗を諦めない。

 最後の抵抗と、ライルの腹を貫いた舌を勢いよく発射した。

 舌は帯を数本貫いたが、やがて干からびポキリ折れた。

 刺し貫かれたメロウは、ミイラとなり息絶えていた。

 獣王の眼と呼ばれたラズゴートの知恵袋メロウ。

 呼吸する様に人を殺し続けた男の最期は、命を護る為の戦いだった。


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