魔王VS聖王再び
アーサーはリナが辿り着く事を知っていたかの様に落ち着いた様子で相対した。
「お待ちしてましたよリナ殿。 いや、今はディアブロ殿とお呼びしましょうか?」
「待ってた? 随分余裕じゃねぇか?」
「そんなことはありませんよ。 ただ、一時とはいえ共に旅をした身ですからね。 貴女方の実力は十分理解してますし、足止めも長くは持たないと思っただけですよ。 その証拠に、通路に配していた部下達はまるで歯が立たなかった様です」
リナの入ってきた扉の奥を見ると、通路にアーサーの部下達が何人か倒れているのが見える。
軽くいなされただけ様で命もあり、大怪我も見られなかった。
「随分部下に手厳しいな」
「後ろの彼らを見ればそう評価するしかないでしょう。 もっとも貴女を足止め出来る者など、ラズゴート殿達最高幹部でないと不可能でしょうけど」
「1度負けてる身としちゃ、あまり褒められてる気はしねぇな。 んなことより、ノエルはその奥か?」
「ええ。 今頃フェルペス陛下と会談の最中でしょう。 もっとも、既に戦闘に発展していると思いますけどね」
その言葉に、リナの空気が変わった。
「どういうことだ?」
「言葉の通り、恐らく二人は今戦っています。 そしてノエル陛下が敗れれば、その身はそのままラミーアの生け贄となるでしょう」
瞬間、リナから突き刺す様な鋭い殺気が溢れる。
並みの者ならその殺気のみで降伏するか気絶するだろう。
だがその殺気は意外にもすぐ消えた。
「そうか。 なら安心だな」
「? どういうことです?」
「ノエルがてめぇの親父程度に負ける訳ねぇからな。 そうだろ、エミリア姫?」
本名を呼び挑発するリナに、アーサーは静かに腰の2本の剣を抜く。
「貴女は二つ勘違いをしている」
「あ?」
「フェルペス陛下は私の師でありこの剣の元の持ち主です。 その力は未だに魔帝を破った時と変わりません。 そしてもう1つ、貴女前にいるのは聖帝フェルペスの娘エミリアではなく、あの方を護る最強の武人、聖王アーサーです」
本気の闘気を露にするアーサーに、リナは同様に闘気を溢れさせ構える。
「ゴチャゴチャうるせぇよ。 文句あんならかかってこいや!」
瞬間、リナの拳とアーサーの剣がぶつかる。
リナの斥力の反発とアーサーの超スピードによる衝撃で空気が震える。
アーサーはもう片方の剣に雷を宿らせ更にリナに斬りかかる。
リナは斥力を駆使してそれを受け止め蹴りで反撃する。
アーサーはそれを避け距離を置きながら移動する。
「最初からそいつ使うとはな! 余裕ねぇんじゃねぇか!?」
「言ったでしょ? 貴女の力は理解していると。 油断なんて愚かな真似するわけがないでしょう」
そう言いながらアーサーは時折剣の魔力による衝撃波で攻撃しながらリナを分析する。
かつてのディアブロの鎧を着てきたのは恐らく物理的な防御を強めることで余計な魔力の消費を抑える為だろう。
と同時に、五魔として本気でノエルを取り戻そうとする決意の現れ。
リナ達と旅をした経験上、リナがどれ程ノエルを大事にしているかはよくわかっている。
護りきれなかった悔しさも、身を裂かれる程だった事は容易に想像できた。
故に誰もが最強と称える五魔最強の魔王・ディアブロの姿になることで今度こそ確実に助け出すと誓ったに違いないとアーサーは予測した。
その覚悟は決して油断出来るものではない。
だがこの場ではリナは不利だ。
第一にこの部屋はアーサーが戦う為に設計された部屋だ。
余計な装飾も家具もない広く四角い空間は、その全てがアーサーの足場になる。
その為アーサーは床は勿論壁も天井すらも自由に駆け回り、縦横無尽に攻撃を仕掛けられる。
更にこの地下空間ではリナの大技はなにも使えない。
何故ならリナの得意な大技を繰り出せば、ほぼ確実にここは崩落する。
それでもリナ一人なら恐らくやっただろうが、今地下にはノエルもいる。
地下を崩落させるということはノエルも巻き込む可能性が高い。
リナもそれをわかっているから重力球すら飛ばさず手足に重力と斥力を交互に使い分けながらの肉弾戦のみで戦っている。
無論、それでも威力は十分あるし、現にこれまでの攻防の余波で壁や床が破損している。
寧ろ単純な威力で言えば重力を凝縮している今の方があるかもしれない。
(ですが、それも当たらなければ意味がない。 私の本気のスピードは、まだ彼女に見切られていない。 その間に今度こそ確実に倒す)
アーサーは更にスピードを上げリナに襲い掛かる。
リナは斥力で防御しながら受け流すが、完全にかわしきれず所々に傷が出来ていく。
アーサーは更に威力を高める為に剣に雷と強化の魔力を流す。
リナは反撃しようと拳を振るうが、徐々に劣勢になっていく。
(やはり地下では存分に力を振るえない様ですね。 そんな貴女を倒すのは偲びないですが、我が王の為です。 消えてもらいます!)
アーサーはリナに止めを刺そうとした時のスピードまで一気に上げた。
文字通り目にも止まらない速さで、天井を蹴りリナの首を狙う。
「そう来ると思ったぜ」
瞬間、リナの鎧が粉々に砕け、破片が周囲に飛び散った。
「なっ!?」
突然鎧が砕けた事に驚くアーサーを、鎧の破片が襲う。
流石のアーサーでも、無数に砕け散った鎧の欠片を全て避けきることは出来ず被弾する。
しかもリナですら捉えきれない速さで動いていたのが仇となり、その威力を最大にまで引き上げていた。
「くっ!?」
体に突き刺さった破片のダメージに初めて顔を歪ませるアーサーの目の前にリナが接近する。
「うらぁ!!」
リナの重力を纏った拳がアーサーの腹に当たり、アーサーは壁まで吹き飛んだ。
「漸く、まともに一発当てられたぜ」
素顔を露にしたリナだったが、脇腹に痛みを感じ顔をしかめる。
見ると右脇腹に剣で斬られた傷が出来ていた。
「あの一瞬で斬りやがったか。 ばけもんかあの野郎」
リナは不用意に追撃せずアーサーの吹き飛んだ壁を見詰めた。
するとアーサーは立ち上がり、口から血を吐き捨てた。
「まさか、鎧がカウンター用だったとは」
「てめぇに一泡吹かせるにはこれくらいしねぇとな」
「五魔として本気で戦う覚悟の現れと思っていたのに、まんまと騙されましたよ」
「はっ、くだらねぇな」
「? なにがです?」
「五魔だのなんだの、俺には関係ねぇってんだよ」
「何を言っているんです? 貴方は五魔として、自分の王を助けに来たのでしょう?」
「だから関係ねぇってんだよ。 俺は俺がノエルを助けてぇから来たんだよ。 五魔としてじゃなく、俺個人としてな」
「理解に苦しみますね。 この局面で役目ではなく個人として動くだなんて」
「俺以外の連中も皆そうだと思うぜ? それとも、てめぇは役目を言い訳にしねぇとなにも出来ねぇのか? 聖王様よ?」
リナの言葉に、アーサーを己の中で何かが煮えたぎる様な感覚が襲った。
「・・・取り消せ」
「あ?」
「取り消せと言ったんだ! 先程の言葉を!」
アーサーは怒りの形相を浮かべリナへと襲い掛かった。




