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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
188/360

聖人の過去


 それはまだノルウェが魔帝と呼ばれる前、そしてエルモンドがリナ達を集め終え五魔として教育をしていた頃だった。

 この時のアルビアは周辺諸国から攻められ、ラズゴートやギェンフォードといった将軍達の活躍で辛うじて膠着状態を護っている状態だった。

 実際どこかに穴が開けば一気に崩れる、そんな不安と恐怖が常に国を包む位ギリギリだった。

 そんな中ギゼルは東の国境にある町、メルクにいた。

「よし、どうですかベグさん?」

 ギゼルの前で座る大男、町の木こりであるベグは調整してもらった右腕を動かしてみる。

「ムッハー!」

 力を込めるとベグは満足そうに豪快に笑った。

「流石先生だ! 全然生身の腕と変わらねぇ!」

「まだ試作段階ですから、無茶はしないでくださいね」

「大丈夫だって! この腕のお陰で材木だって簡単に運べる! まるで恐竜になったみたいだ!」

 調子に乗って腕を回すベグに、ギゼルは苦笑しながらもどこか嬉しそうだった。

 当時のギゼルはまだ一介の研究者に過ぎなかった。

 だがその性質上医師としての技術もあった為、メルクの近くに診療所兼研究所を作りそこで兵士や民を治療していた。

 希望があればベグの様に試作品の義手義足も付けた。

 データを取らせてもらうという理由で料金を取らなかった事もあり、皆ギゼルに感謝していた。

「せんせい、少しいいですか?」

 診察室の扉からオレンジ色の髪の少女がひょっこり顔を出した。

「どうしましたアンヌ?」

 ギゼルが聞くとアンヌは診察室に入ってきた。

「シオン婦人が来て、せんせいにあいたいって言ってました」

「婦人が? わかりました。 お通ししてください」

「はぁ~い」

 アンヌが外に出ると、すぐに一人の貴族の様な服装をした女性が案内され、その足元には彼女の息子が隠れる様に一緒に入ってきた。

「この度は急にすみませんギゼル先生」

「いえ、構いませんよ。 いつでも歓迎します」

「ですが、診察の途中だったのでは?」

「ハッハッ! 安心してくれ! 俺はちょうど終わったとこだ! それに領主様の奥方が来たんだ! 邪魔しちゃ悪いだろ?」

 ベグは立ち上がるとシオンの足元にいる彼女の息子を見る。

 見られた息子は恥ずかしそうに隠れてしまう。

「ハッハッ! 大きくなったな! そうだ! 折角だから俺の仕事場を見に来ないか?」

「え? いいの?」

「ですが、お邪魔になってしまうのでは?」

「なに、ウチにはゼルとシルってヤンチャな若い双子やルタの奴もいる! 遊び相手には丁度いい! だから話が終わるまで預かっとく! どうだ? 来るか?」

 ベグの提案に、息子は迷いながらも母親であるシオンに何か訴える様に見詰めた。

「・・・では、お願い致します」

 瞬間、シオンの息子は顔を明るくした。

 それを見てアンヌもジーっとギゼルを見始める。

「今日はもう予定はないから、一緒に行っていいですよ」

「! ありがと、せんせい! ベグおじちゃん! わたし鳥の話聞きたい!」

「じゃあルタに頼むか! あいつは空が好きだからな!」

 アンヌは嬉しそうに笑うと、シオンの息子と二人でベグの肩に乗りベグの仕事場へと出掛けていった。

「しかし、ベグさんも相変わらず豪快というかなんというか」

「気を使ってくれたのでしょう。 彼はああ見えて優しい人ですから」

 シオンはそう言うと、ギゼルの向かいの椅子に座った。

「それにしても、アンヌちゃんもすっかり元気になりましたね」

「いや、そちらの援助のお陰でどうにかやっていけています」

 アンヌはギゼルの拾った孤児だった。

 名もなく衰弱していた少女をギゼルが拾い、アンヌの名を与えて実の娘の様に育ててきた。

(わたくし)達は先生の功績に報いただけです。 主人も心から感謝していますわ」

 頭を下げるシオンにギゼルは慌てる。

「い、いえ! 私はただ自分の出来ることをしているだけで、まだまだ未熟な身ですし!」

 ギゼルの様子に、シオンはクスリと笑った。

「本当に謙虚な方ですわ。 もう少し自信をお持ちになってもよろしいのに」

「い、いや~。 と、所で今日はどの様なご用件で?」

 ギゼルが聞くと、シオンは表情を引き締めた。

「近頃、国境付近で何やら動きがある様です」

「となると、ヤオヨロズですか?」

「いえ、あそこは中立を宣言しています。 ですからあちらから仕掛けるということはないでしょう。 現在ルフィスさん達兵士の皆さんが調べています」

 当時東はアルビアの中でも比較的に安全だった。

 その最大の理由が東の大国ヤオヨロズ。

 ヤオヨロズは必要以上に他国と関わることを避けていた。

 長年の内戦が終わり漸く平和な時代を手に入れたヤオヨロズにとって、他国と関わるということはまた戦乱の火種を招く事と同義だった。

 だから一部の輸出入のみ行い、他の国の様にアルビアの豊かな土地を求めることもせず、ただただ傍観な徹していた。

 他の西南北の様に大国からの侵攻がないお陰で、東側は当時のアルビアでは贅沢な平穏を手にすることが出来る貴重な場所だった。

 そこになにかしら怪しい動きがあると聞けば、シオン達が警戒するのも頷ける。

「ヤオヨロズ程の勢力はないにしろ、万一戦闘が激化する可能性があります」

「なるほど。 そうなれば、私の技術がより必要になる可能性もあると」

「ええ。 ですから先生の研究所の規模をより大きくし、有事の際に備えていただきたいのです。 その為に夫も助力は惜しまないと申しています」

「お話はわかりましたが、これ以上援助をしてもらうのは・・・」

「先生。 先生の技術は今、そしてこれからも人を救う技術です。 少なくとも(わたくし)も夫もそう考えておりますわ。 領主とは民を護る為にあります。 民を護る為に最善だと思うことに全力を注ぐのが使命です。 ですから先生の研究を助けることで民が救えるなら、(わたくし)達にとってこれほど嬉しいことはありません」

 シオンにキッパリ言い切られ、ギゼルはまだ戸惑いはあったが自分の研究をそこまで認められ嬉しく思った。

「わかりました。 では私も首都イグノラにいる知り合いに声をかけてみます。 規模が大きくなるなら、私の他にも研究者は必要ですからね」

 認められたからだけではない。

 ギゼルにとって、アルビアがこの様な状態でも平和な時間を過ごせるこの町が大切だった。

 いつも明るさを失わないベグ達やいつも気にかけてくれるルフィス達兵士が好きだった。

 そんな大切なもの達を護る事が出来るかもしれない。

 ならば、やるべきことは1つだった。

 ギゼルの目には、決意が満ち溢れていた。


 しかし、その決意は絶望へと変わった。


 ギゼルは知り合いの研究者を訊ねる為に単身イグノラへと向かった。

 数日後、結界術に長けた女性魔術師のミユを始めとした何人かの研究者を連れ馬車でメルクへと向かっていた。


 町が見え始めた時、それは突然訪れた。


 目の前でメルクの町が巨大な爆炎に包まれたのだ。

 その衝撃は凄まじく、離れていたギゼル達をも襲った。

 吹き飛ばされた衝撃と爆炎の余波による高熱に馬車は勿論、乗っていた研究者達の殆どが死んだ。

 唯一生き残っていたのは結界術に長けたミユと、ミユに庇われたギゼルのみだった。

 そんなミユも、瞬時に結界でギゼルを庇った為自分の防御が後れ重傷を負っていた。

 ミユのお陰で奇跡的に軽傷で済んだギゼルは、すぐに我に返る。

「アンヌ・・・アンヌ!!」

 ギゼルは応急手当をしたミユを背負い、自身の診療所へと向かった。

 不安と恐怖が襲う中、それを振り切る様に懸命に走った。

 そして辿り着いた診療所は崩れ落ちていた。

 ギゼルはその光景に絶望しながらも、必死に瓦礫を掻き分けた。

 見付からないでくれ。

 無事逃げていてくれ。

 幾重もの想いが混ざり合いながらも、ギゼルは手を血塗れにしながらアンヌを探した。


 だがギゼルの願いは叶わなかった。


 瓦礫の下から出てきたのは、アンヌの無惨な亡骸だった。

「ッあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 全ての絶望を含んだ様なギゼルの慟哭が、燃えるメルクの町に響き渡った。


 その後ギゼルはアンヌの亡骸をミユに預け、生存者がいないか町へと向かった。

 そこはギゼルの知る町では無くなっていた。

 燃え盛る建物、散乱した遺体や体の一部が爆発の凄まじさを物語る。

 辛うじて生きていた生存者も絶望的な状態だった。

 ベグはルタを庇い両腕は消し飛び全身焦げていた。

 庇われたルタも背中と呼吸器が損傷していた。

 作業場の外にいたゼルとシルも体の殆どが損傷していた。

 シオンは両足と背中、そして左手が損傷し、残った右手には息子の右腕のみが握られていた。

 兵士達で唯一生き残ったルフィスは両手足と右目を失い、部下のベールも手足を、まだ少年だったガルマは最も酷く生存しているのが不思議な状態だった。

 そして最後の生存者、それはこの爆発を起こした犯人の一人だった。

 爆心地の近くにいた事もあり、最早死を待つだけの状態だった。

 ギゼルは怒りのあまりその男を殺そうとした。

 だが、男はそんなギゼルに微かな声でこう言った。


 すまない・・・と。


 こんなことになるなんて知らされていなかった。

 

 死んでも償いきれない事をしてしまった。


 本当にすまない。


 そう男は声を出すことすら難しい状態で、血涙を流しながらギゼルに謝り続けた。

 決して許されない事は理解していながらも、男はギゼルに謝罪の言葉を言い続けた。

 ギゼルはその男を抱え、他の生存者同様己の診療所だった場所へと向かった。






『幸い当時研究所としていた地下は無事だった。

 私はそこで己の技術の全てを注ぎ込み生存者達を改造した。

 自分の与えた腕を恐竜の様だと讃えたベグを、本当の恐竜の力を宿したシグマへと。

 空に憧れていたルタを、空を自在に飛ぶ力を持つデルタへと。

 ヤンチャだったゼルとシルの双子を、自在に駆け回れる磁力を宿したゼータとシータへと。

 民を護る事を使命としたシオンを、あらゆる難敵を打ち落とせる力を宿したイプシロンへと。

 優しく民と接していたルフィスは、彼らを見守れる眼を持つアルファへ。

 部下だったベールとガルマは彼女をサポートする体を欲し、ベータとガンマへ。

 私と共に来てくれたミユはより強い護る力を欲しミューへ。

 そして例の男は償いを欲し、戦い続ける事の出来る肉体を持つオメガとなった。

 アンヌは脳から人格データを取りだしルミノス結晶を媒介にすることで、お前達の知る“アンヌ”を造り出した』

 ギゼルの話に、レオナは沈痛な表情を浮かべる。

 メルクの事件はレオナも知っている。 仕掛けたのは爆の国の王ヒサヒデ。

 元々ヤオヨロズに属していたが、領土的野心のないヤオヨロズから独立を宣言し、アルビアへの攻撃を画策していた。

 アルビアにはまだ自分がヤオヨロズに属していると誤報を流し敵意がないと思わせつつ、爆発物の製造と扱いに得意としていたヒサヒデは連鎖爆発させることで絶大な威力を誇るカグヅチを製造。

 捨て石にする部下四人に合図の狼煙だと偽り設置させ、起爆させた。

 己の力を見せつけ弱腰なアルビアを一気に手に入れようとしてとった行動だったが、これがヒサヒデにとっての命取りとなった。

 死者・行方不明者合わせ数千人にもなったこの事件を切っ掛けに、ノルウェは恐怖の魔帝となる決意を固めたのだから。

 ノルウェは自ら先頭に立ち爆の国を急襲し、全てを灰塵とした。

 ヒサヒデは勿論その一族、兵士や政治家の一族全てのを皆殺しにした。

 これによりノルウェが変わった事を周辺諸国に知らしめ、更にそこに五魔が加わった事でアルビアへの侵略行為を終わらせる事が出来た。

 同時にメルクの事件はアルビアにとって忘れられない悲劇として残ることになった。

『結局私には、何も力などなかった。 皆が信じてくれた力で彼等を救うと決意したのに、結局は死なせた。 救えた者達ですら、最早人とは呼べない体となった。 無意識に東側の安定がいつまでも続くと錯覚し、うだうだとしていた結果がこれだ』

 未だに残る強い後悔の念を滲ませながらギゼルは続けた。

『だから私は変わった。 虚勢と言われようが、傲慢と言われようが構わない。 彼等の信じるに値する強き導き手となり、いつか彼等を元の姿に戻す』

「それが、真実を知ってもあんたが聖帝側に付く理由?」

『そうだ。 ラミーアの無限の魔力を使えば、我が悲願である人体の人工生成が可能となるかもしれない。 そうなれば彼等の肉体を複製し、人に戻すことが出来る。 その為なら、邪道に身を堕とそうと本望だ』

 ギゼルの決意を聞き、レオナは眼を閉じると武器を造り出す。

「あんたの決意はわかった。 それがどれだけ重いのかもね。 でも私も退くわけにはいかないの。 私も、今度こそ守りたい人達がいるから」

 目を見開き剣を構えるレオナに、ギゼルもオミクロンを再び起動させる。

『いいだろう。 それぞれの守りたい者達の為に、決着を付けよう魔器デスサイズ。 いや、レオナ!』

 オミクロンの目が光り、再びレオナに向かい攻撃を仕掛けた。

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