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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
183/360

魔獣VS獣王


 あれはまだエルモンドが子供だったリナを拾い、五魔集めが本格化した時の事だった。

 ラズゴートはエルモンドとリナに同行し巨大な化け物がいると噂のノクラの森に訪れた。

 当時リナはまだ幼く力の制御が不安定だったこともあり、物理的戦闘力の高いラズゴートにエルモンドが護衛をする様頼んだのだ。

「なぁ~まだ見つかんねぇのかよ?」

「わしの肩に乗っといてわがまま言うな」

 ラズゴートに嗜められ右肩に乗るリナは頬を膨らます。

「だって魔物も魔獣いねぇじゃん! つまんねぇよ!」

「ホーンラビットがデスサーベルタイガーに近付くか?」

「ふひひ、要するに皆ラズゴート君を怖がってるんだよ」

 隣を歩くエルモンドが説明するとリナはつまんなそうに足をバタつかせる。

「そんな弱いのしかいねぇとこの化け物なんか見つけてどうすんだよ?」

「そりゃわしが弱いって言いたいのかリナ?」

「今俺の乗り物なんだからそうだろ」

「ガッハッハッ! 生意気な奴だ!」

「や、止めろよ!」

 ラズゴートにワシャワシャ頭を撫でられ、リナは嫌がりながら満更でもないようだった。

「二人とも、仲がいいのはいいけどそろそろ警戒してね」

「仲良くなんかねぇよ!」

「照れるな照れるな! ガッハッハッ!」

「照れてねぇ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐリナとじゃれるラズゴートだったが、瞬間表情を変える。

「エルモンド! リナを!」

 ラズゴートはリナを投げると、エルモンドがシルフィーの風で受け止める。

「ああ、時間稼ぎは任せたよ」

「おお! やらいでか!」

 ラズゴートが斧を構えると同時にそれは現れた。

「ウガアアアアアアアアアア!!」

 木々を薙ぎ倒し現れた巨大な影は凶悪な雄叫びを上げながらラズゴートに突進してきた。

「ぬぅん!」

 ラズゴートはそれを受け止めた瞬間、体が硬直した。

 獣の毛皮を纏い巨大なヘラジカの頭蓋を被る目を血走らせた異様な巨人の姿。

 常人なら恐怖に支配されてもおかしくはない。

 だがラズゴートは歴戦の武人。

 その程度では恐怖など感じはしない。

 それでもラズゴートは体を硬直させた。

 そして直感した。

 自分は恐怖していると。

 この得たいも知れない化け物の目に、全身から発せられる殺気に。

 ラズゴートは初めて恐怖で体が固まったのだ。

「ウガアアアウ!!」

 化け物に弾かれたラズゴートは幾つもの大木を突き抜け吹き飛ばされる。

 我に返ったラズゴートは目の前に迫る化け物を迎撃しようとする。

 だが、化け物は急にその動きを止めた。

「ふぅ~、間に合った様だね」

 エルモンドは杖からシルフィーを出し、その風で化け物を拘束していた。

 見上げる程の体躯の巨人は拘束を解こうともがき続ける。

 エルモンドはそんな化け物に近付くと意識を集中させた。

(大丈夫。 怖くはないよ)

 頭の中に響いた声に、化け物は動きを止めた。

(急に縄張りに入って悪かったね。 僕達は君に危害を加える気はない。 大丈夫)

 エルモンドの脳内に語りかけられ、化け物は大人しくなっていく。

「大丈夫かよおっさん!?」

「お、おお。 この程度なんともない」

 そう言いながら立ち上がると、ラズゴートは化け物を見た。

 先程の殺気は収まり、今はエルモンドの近くで大人しくしている。

 そしてよく見れば着ている毛皮もボロボロで、その目はどこか憔悴している様だった。

(こいつを、わしは恐れたというのか)

 先程の感情は紛れもない恐怖。

 それを今みたいだ大人しいこの化け物・・・いや、巨人の青年に感じた事にラズゴートは驚きを隠せなかった。

 その後、巨人の青年と意思疏通に成功したエルモンドの説得により彼を五魔に加入。

 ジャバウォックという名を与えられ、母親の形見の毛皮もしっかりとした防具へと仕立て直された。

 意外と知能も高く人の言葉を習得し、ジャバという愛称で呼ばれリナ達とも打ち解けていった。

 そうして人に触れ人間らしさを身に付けていくと同時に、あの時の様な殺気は無闇に出さなくなった。

 それが新しい群れで暮らすジャバにとって邪魔になることを、ジャバ本人が自覚していたからだ。

 以来ジャバは獣の様な仕草や戦いぶりは見せても、あの時の姿には決して戻らなかった。






「陛下を取り戻す為に人を捨てたか」

 ラズゴートはジャバを見ながらそう呟いた。

 後にも先にも、あれほどの恐怖を感じたのはあの時だけだった。

 今ジャバから放たれているのはあの時と同じ、ただ獲物を仕留めようという純粋な殺気。

 それがジャバの内なる獣の本能から来るものであることも、新しい仲間と暮らす為に封じたことも知っている。

 それがどれだけ大変な事だったかも、それほど今の仲間を大事にしていることも。

 その全てを知っているからこそ、ラズゴートはジャバがどれ程の覚悟でかつての自分を開放したかを理解出来た。

「そこまでノエル陛下を大事に想ってくれている訳か」

 自分の大事な者の為に己を捨てる。

 その覚悟を受け、ラズゴートは斧を強く握り締める。

「なら、わしもそれに応えんとならんな」

 ラズゴートは被っていた兜を脱ぎ捨てた。

 まだ恐怖はある。

 だが、ラズゴートはそれ以上にジャバの覚悟にかつての自分、獣王として応える決意と新たな主への忠義心が恐怖を上回る。

「わしも、今度こそ守りたい主がおるんでな」

 ラズゴートは斧を構え、闘気を全開にする。

「守りたいなら、この獣王を越えてみせろ! 魔獣!!」

「ウガアアアアアアア!!」

 ジャバはラズゴートに呼応する様に突進した。

 ラズゴートは出された手を斧で凪ぎ払おうとする。

 だがジャバは手を斬られながらもラズゴートの体を掴みそのまま地面に叩き付ける。

 そして思い切り投げ、ラズゴートの体は建物を突き抜ける。

 だがラズゴートはすぐに体勢を立て直しジャバに向かって斧を振るった。

「おらあ!!」

 斧の斬撃がジャバの体を切り裂き、ラズゴートは更に追撃しようと一気に距離を詰める。

「どっせい!!」

 ラズゴートが下から切り上げると、ジャバは叫びながら両の拳でラズゴートを押し潰そうとする。

 体重を乗せたジャバの力にラズゴートは弾かれる。

 下敷きになることは避けられたが、斧は手から放れその体は再び吹き飛ばされ、ラズゴートは地面を転がりながら膝を付く。

「ウガアアアアアアア!!」

 そこに間髪入れずジャバは雄叫びを上げながら平手でラズゴートを凪ぎ払おうとする。

 しかしラズゴートはジャバの平手を受けながらもその場に踏ん張り、ジャバの手を素手で受け止めていた。

「舐めるな若造が!!」

 ラズゴートは全身に力を込めると、渾身の力でジャバを投げ飛ばした。

 轟音を立てながら地面に倒れるジャバの巨体を見ながら、ラズゴートは肩で息をしながら斧を拾い上げる。

 互い傷付く事を厭わず戦う二人の姿は、まさに獣の同士の喰らい合いだった。

「ノエルウウウウウ!!」

 ジャバはノエルの名を叫びながら立ち上がる。

 その体から多量の血が流れ落ちる。

「全く、無茶苦茶しよる」

 ラズゴートもジャバの重い攻撃を受け続け全身が軋む。

 互いに満身創痍といった状態だった。

(このまま長々続けても共倒れか。 リナ達がまだおるし、まだ倒れるわけにはいかんな)

 ラズゴートが斧を上段に構えると、ジャバも四つん這いになり力を溜める。

「お互い、考えることは同じっちゅうことか」

 体勢からジャバの必殺である鹿王(ディーア)の突撃が来ると察したラズゴートは内側から血が騒ぐのを感じる。

 なんとも楽しく心地よい空気か。

 アルゼン程ではないにしろ、やはりラズゴートも戦いが好きなのだ。

 強者とのギリギリの戦い。

 その高揚感に、己の武人としての覚悟を加える様に全身の筋肉を隆起させる。

「ずりゃあああああああ!!!」

 ラズゴートは両手で斧を勢いよく回し始める。

 その風圧で周囲の瓦礫が吹き飛ばされる。

「全力勝負といこうじゃないか! ジャバウォック!!」

「ウガアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ラズゴートが大きく飛び上がると、ジャバも全身のバネを使い突進する。

 猛スピードで向かってくる巨体に、ラズゴートは唯一名を付けた自身最大威力の技を繰り出す。

「獣王! 激旋斧(げきせんふ)!!」

 遠心力の勢いと自身の筋力を最大に引き出した斧の一撃が、ジャバの角目掛けて振り下ろされる。

 両者が激突し、衝撃が周囲を走る。

 その時、斧を受けたジャバの角に、小さな亀裂が入る。

「押し切る!!」

 そのまま振り抜こうとラズゴートは力を込める。

「ノエル! 取り戻す!! おれ!! 負けない!!!」

 ジャバは全身の力を込め、ラズゴートを斧事角でかち上げた。

 その勢いでラズゴートの斧は砕け、ラズゴートの体が大きく宙を舞う。

「ま、まだじゃ!!」

 ラズゴートは体勢を立て直しなんとか反撃をしようとする。

 だがジャバの拳が既に眼前まで迫ってきていた。

 ラズゴートは全てを悟り、小さく笑みを浮かべた。

「お前の勝ちじゃ」

 ジャバの拳がラズゴートの体全身を捉え、地面に向け殴り飛ばされる。

 ラズゴートは吹き飛び、地面にめり込みながら仰向けに倒れ、意識を失った。

 地面に着地しながらジャバは膝を付く。

「ら、ラズゴート・・・」

 消耗した体でジャバはラズゴートに近付き、そっと拾い上げた。

 息があることにホッとすると、自分の肩にラズゴートを乗せた。

「一緒にノエル会う。 だから、一緒に行く

 忠義の為に敵になったが、ラズゴートもノエルをずっと案じていた。

 それを知るジャバは、ラズゴートをそのまま放っておけなかった。

「大丈夫。 今度はきっと、一緒にいられる」

 先程と違い元の優しい表情に戻ったジャバは、気を失ったラズゴートに語りかけ城へと向かおうとする。

 その時、背後の上空で大きな爆発が起こった。

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