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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
181/360

拳王VS拳聖2


 拳王。

 アルビアの守護神。

 鋼の様な男。

 

 それがドラグ・ギエンフォードの一般的な印象だ。

 だがそんな彼も若い時は違った。


 弱虫。

 臆病者。

 意気地無し。


 それが当時の彼を表す言葉だった。

 代々軍人を輩出していた名門の出だったギエンフォードは、体躯こそ優れていたがその精神は戦いを生業とする軍人にはあまりにも向かなかった。

 自分や他者の痛みに敏感で実戦は勿論、訓練ですらまともに相手を攻撃出来なかった。

 良く言えば繊細、悪く言えば甘い。

 それが当時のギエンフォードだ。

 当然そんな状態では軍では使い物にならず、実家からも半勘当状態となった。

 口下手で友人もいなかった殆どいなかったギエンフォードは、それから孤独で辛い日々を送ることとなった。

 そんなギエンフォードを変えた男がいた。

 後に獣王、聖獣と呼ばれることになるラズゴートだ。

 ラズゴートはギエンフォードと真逆な男だった。

 平民出であるにも関わらずすぐに頭角を現し、周囲からも大いに期待されていた。

 更にその豪快ながら面倒見のいい性格もあり周りには自然と期待が集まっていた。

 ラズゴートは同期であるギエンフォードにもよく話しかけ、その時だけはギエンフォードも辛さをまぎらわす事が出来た。

 そんなある日、ギエンフォードをある事件が襲った。

 一部の先輩による可愛がり、つまり苛めだ。

 でかいだけの落ちこぼれであるギエンフォードは、憂さ晴らしの道具には丁度よかったのだ。

 先輩達から殴る蹴る等暴行を受け、ギエンフォードはボロボロにされた。

 だが事件はそれだけで終わらなかった。

 集団リンチの現場をたまたま目撃したラズゴートが怒り、その場にいた先輩全員が再起不能になるまで暴れたのだ。

 結果、ラズゴートの正統性は認められたものの、被害の大きさから罰として懲罰房へと収監される事となった。

 ギエンフォードは何故ラズゴートに自分を助けたのか聞いた。

 自分の様な弱い役立たずを?

 何故そこまでして気にかけて助けてくれたのかと。

 ラズゴートは房の中でいつもの様に笑った。

「そりゃお前が強いからよ! こんな逆境でも相手の痛みがわかって気遣えるなんて、心が強い奴にしか出来ねぇ! 俺はな、そういうお前の心の強さに惚れたんだよ! ガッハッハッ!」

 周囲に弱さと言われたものを、ラズゴートは強さと認めた。

 それはギエンフォードにとって衝撃であり、同時に救われた想いがした。

 ギエンフォードの目から、自然と涙が溢れ出ていた。






「それからあいつみたいに強くなろうと思って、奴の特訓場所に付き合う様になってな。 何度も死にかけたが、お陰で無駄に丈夫にはなっちまったな」

 ギエンフォードの話を、アルゼンは静かに聞いていた。

「俺は元々はただの臆病者だ。 今のライルより全然ヘタレだった。 だがあの野郎のお陰で、漸く俺は自分の強さってもんを知ることが出来た。 人一倍痛みに敏感な臆病者を、人の痛みのわかる男に変えたくれた。 なら俺は、そんな痛みを弱い連中にさせねぇ男にならなきゃならねぇと思ったんだよ。 それが俺の戦う理由だ。 どうだ? 期待外れたったか?」

 過去を語り終え自嘲気味に笑うギエンフォードに、アルゼンは首を横に振る。

「とんでもない。 寧ろ実に興味深いお話でした。 なるほど、貴殿の闘志の源は他者の為ですか」

 納得したアルゼンは口角をニヤリと上げた。

 それは侮蔑でも失望でもなく、ただ純粋な笑みだった。

「実に面白い。 他者の為にここまでの力を手にするとは、自分の為に拳を振るってきた我輩とはまさに真逆。 その力の底、是非とも知りたくなりましたぞ!」

 アルゼンは嬉々としながら再び構えた。

「さあ、始めましょう! 貴殿の他者の為の拳と我輩の己の為の拳、どちらが強いか試させていただきましょう!」

 どこまでも己の欲求の為だけに動くアルゼンに、ギエンフォードは呆れながらもそれに応える様に構える。

「てめぇみてぇな馬鹿の相手、とっとと終わらせてもらうぜ」

「それは勿体ない! 貴殿が戦いを楽しいと感じてしまうくらい、たっぷり味わっていただきますぞ!」

 アルゼンは飛び出すと回転しながら肘を放つ。

「雷帝の叫び!!」

「ぬん!」

 雷の如く振り下ろされた肘打ちとギエンフォードの右の拳がぶつかり合う。

 瞬間、ギエンフォードの顔が僅かに歪む。

「やはり右腕のダメージは大きかった様ですな!」

 そこからギエンフォードの首を捕まえたアルゼンは背中に周り両膝を宛がうとそのまま回転してギエンフォード事上昇する。

「幽鬼の戯れ!!」

 アルゼンは地面にギエンフォードを叩き付ける為に急降下する。

 回転しながら激突する瞬間、ギエンフォードは地面を思いきり殴った。

 その衝撃でギエンフォードの体は弾かれ、アルゼンも体から剥がされた。

「なんとも強引! しかしそれがまた格別!」

「イチイチうるせぇんだよ!」

 ギエンフォードは左の拳から拳圧を放つとアルゼンは飛び上がる。

「楽しいのだから仕方ないでしょう! 獣も興奮すれば吠えるでしょう!? ならば人もそれと同じ! 衝動のまま駆ければ良いのです! 雷声!!」

 アルゼンは特殊な呼吸をしながら空中を蹴り、ギエンフォードに突きを放つ。

 ギエンフォードもそれに対抗すべく無事な左腕で迎撃する。

 拳と拳が激突すると、ギエンフォードの左腕から鈍い音が聞こえた。

「ぐっ!?」

「折れましたか!? しかし容赦はしませんぞ!」

 アルゼンは苦悶の表情を浮かべるギエンフォードの懐に潜り込む。

「鉄山コウ!!」

 背面を使った体当たりでギエンフォードの胴体全体に衝撃を与える。

 その威力は発勁も加わり強固な筋肉すら通過し、ギエンフォードの口から血が漏れる。

 それでもギエンフォードは右腕でアルゼンを殴る。

 肩を掠めながら避けるアルゼンは破れた胴着を脱ぎ捨てると細身ながら鍛え抜かれた体を露にした。

「なんだよ。 ヒョろい割にはしっかり鍛えてやがんじゃねぇか」

「いや~我輩美食も趣味でしてな。 食を存分に楽しむ為に絞り込んでいるのですよ」

 ギエンフォードの軽口に答えながら、アルゼンはギエンフォードの体を見る。

 左腕の骨折で使えず内臓も損傷。

 右腕もダメージが蓄積している。

 まさに満身創痍といえる状態だった。

「いやはや、なんとも名残惜しい。 次の攻防で最後となりそうですな」

「なんだ? 飽きて帰ってくれんのか?」

「その豪胆さ、実に心地いい。 その意思の強さに敬意を評して、我輩のとっておきで終わらせましょう」

 アルゼンの空気が完全に変わった。

 確実に次で終わらせる。

 アルゼンの鋭い闘気を浴びながら、ギエンフォードは右拳を構える。

「おう、なんでも好きにしろ。 俺はこの拳をてめぇのツラに叩き込むだけだ」

 周囲の時間が止まった様に、二人は微動だにしなくなった。

 そして、それは一瞬だった。

 アルゼンはギエンフォードの接近し左右に6発、そして中心へと掌底を当てる。

「七星流拳」

 外部と内部を同時に破壊する掌底をほぼ同時に7発打ち込むアルゼンの決め技の1つ。

 アルゼンが手を離すと、掌底を受けた箇所から鮮血が吹き出る。

 ギエンフォードから吹き出る血の雨を浴びながら、アルゼンは意識をギエンフォードから外した。

「いてぇじゃねぇかよ」

 するはずのない声に振り向こうとしたアルゼンの顔面にギエンフォードの渾身の拳が炸裂した。

 全てを込めたギエンフォードの拳はアルゼンを地面に激突させてもまだ勢いが衰えず、そのまま周囲の地面を陥没させる。

 クレーターの様になった地面の底でギエンフォードが拳を離すと、アルゼンは完全に沈黙していた。

 決着と感じたギエンフォードは、そのままクレーターの外に出ようとする。

「ふ、ははは・・・」

 聞こえてきた笑いに振り向くと、アルゼンが小さく笑っていた。

 だが最早体は動かず、戦える状態ではないようだった。

「そ、そういうことですか。 貴殿最初から・・・我輩の攻撃を受けるつもりだったのですか・・・」

 倒れたまま動くことすら出来ない状態にも関わらず、アルゼンは楽しめそう語る。

「最初から全ての力を防御に回し・・・耐えきって大技を出した直後の我輩に渾身の一撃・・・まさか貴殿がそんな賭けに出るとは」

「自分のガキに危ねぇ賭け教えたんだ。 俺がそれやらねぇで負けたらライルに会わす顔がねぇ。 それにてめぇも言ったろ? 俺の本領は防御だってな」

 そう言うとギエンフォードは自分の胸を指で軽く叩いた。

「内功っつうんだったか? 気の練りだかなんだかで体の中身を強靭にする技。 そういうダメージ減らすやり方は色々身に付けてんだよ。 いてぇのは嫌いだからな」

 内功、それはアルゼンも学んだ東の大陸の拳法の技術だ。

 アルゼンは目を丸くすると、再び笑いだす。

「ふははははっ! なるほど! 貴殿は本当に我輩とは真逆の様ですな!」

 戦う為に様々な武術を取り込んだアルゼンと、護る為に様々な技術を取り込んだギエンフォード。

 動機が真逆、されど手段は同じ。

 その事実がアルゼンはおかしかった。

「是非またやりましょう! 我輩、次こそは貴殿の防御を打ち破ってご覧に入れましょう!」

「2度と御免だよ、バトル馬鹿が」

 ギエンフォードはそのまま気絶したライルを担ぎ、その場を去っていった。

「ふふ、なんともつれない・・・ん?」

 ギエンフォードが去ったの見送り息を整えるアルゼンの目の前に、リザが現れた。

「おおリザ! 我輩を心配して来てくれたのでぐべ!?」

 アルゼンに対してリザは思いきり腹を踏みつけた。

「何勝手に負けてんのよ? 仮にも私の師匠ならこんな簡単に負けてんじゃないわよ」

「り、リザ! 戦場では師と弟子として接する様にとあれぼぶぉ!?」

「その姿でよく言うわよ」

 先程までと違いノエル達と会った時の様な態度をアルゼンに取るリザは、ある程度踏み終わると「はぁ~」と呆れた様に息を吐く。

「五魔全員と戦うなんて言ってたのに、随分情けないわね。 手加減でもした?」

「まさか。 我輩いつも本気ですぞ。 敗因はこれです」

 アルゼンは左腕をなんとか上げるが、その手は小さく震えていた。

「肩を掠めただけだと言うのに、腕全体がこうなのです。 いやはや、なんとも恐ろしい方ですよ。 とても武王との一戦で片目を失ったとは思えません。 最も、敗因はそれだけではないですがね」

「どういうこと?」

「貴女の体、傷1つないですよね」

 そう言われたリザは、ギエンフォードに気絶させられたにも関わらず体が傷ついていない事に気付く。

 仮にも拳王と言われる男の拳を受けたにしては明らかにおかしい。

「必要最低限のダメージで貴女が気絶する様な絶妙な力加減。 これだけの威力で我輩が生きている事もその表れです」

 緩急という意味での力加減ならアルゼンも会得はしている。

 だがここまで絶妙に相手の状態を見極めて力をコントロールすることは不可能。

 現にアルゼンと戦った相手は殆どが死んでいる。

 常に最大限の威力で相手を倒すこと、それがアルゼンのしてきたことだった。

 それが武術の魅力を最も味わえる事だと思っていた。

 だがそれは武術の極一部分でしかないことを、ギエンフォードの姿を見て漸くアルゼンは気付いた。

「どうやら、我輩も随分傲っていた様ですな」

 自嘲気味に笑うアルゼンだったが、それでもやはり思う。

 これだから武術は面白いと。

 そんなアルゼンの心境を知ってか知らずか、リザは呆れた様に首を振る。

「それでどうするの? このまま戦い続ける?」

「そうしたいのは山々ですが、我輩今体が動かないのですよ。 ですから、ここは離脱して観戦に回りましょう」

「観戦はするのね」

 リザは不服そうにしながらアルゼンを持ち上げ肩に乗せた。

「もう少し女性らしい担ぎ方があるのでは?」

「脚が蹴り向きって理由で私拾った戦闘馬鹿に女性らしい云々言われたくない」

「全くいつまで経ってもつれないですな。 では、頼みますよ。 我が愛弟子」

「・・・了解、師匠(マスター)

 リザはそのままアルゼンを持ちながら戦場を抜けるべく駆け出した。






「うがああああああ!」

 ジャバは巨体を活かし、周囲の兵を凪ぎ払っていた。

 鍛え抜かれたアルビアの精鋭も、ジャバの前では意味を成さない。

 ただ雑兵として吹き飛ばされていくのみだった。

「ノエル! 待ってろおぉ!! ッ!?」

 だがそんなジャバの動きが止まった。

 野生児としてのジャバの勘が、飛び出す事を止めたのだ。

「ガッハッハッ! 流石に勘づく!」

 聞き覚えのある豪快な笑い声と共に、一人の男がジャバの前に立ち塞がった。

「まあ、やはり戦いは正面からじゃないとつまらんからのぅ」

「ラズゴート!」

 聖獣・ラズゴートは斧を担ぎながら不敵に笑った。

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