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五魔(フィフス・デモンズ)  作者: ユーリ
聖魔最終決戦編
180/360

拳王VS拳聖


 アルゼン・ボナパルトは良くも悪くも、己の欲求に対して忠実な男である。

 齢10にも満たない頃に興味を持った武術の世界へと入った。

 そのまま武術にのめり込んだアルゼンは、僅か3年で最初の師を完全に追い抜いた。

 元々の才と師の教えがよかったにしても、異例と言える早さだった。

 アルゼンは自らの力を試す為に各地を放浪し、その度に新たな武術に出会い、その技を吸収していった。

 それこそヤオヨロズの様な大国の柔術(バリツ)、東南の小国にある殺人武術ムエボーラン、果ては海を渡り東の大陸にある幾つもの武術までその身に刻み付けた。

 そこまでする理由はただ1つ。


 武術が好きだから。


 たったそれだけの理由で、アルゼンは世界各地を回り、何度も死にかけながらもそれを手に入れ、極めたのだ。

 そんな彼の求めるもの。

 それはその武を存分に使える強者。

 だから彼は当時不利だったアルビアに傭兵として参加した。

 不利な方に付けばより強者と戦えるという、ただそれだけの理由で。

 実際好みの相手がいれば、相手が全力を出せる様にわざわざ相手の得意な状況を作って戦う事もした。

 それだけアルゼンにとって強者との戦いは至高の時間なのだ。

 そして今、大戦が終わり戦いの機械を失ったアルゼンに、再び強者と戦う機会が訪れたのだった。






 アルゼンから渡された薬を使い、ギエンフォードはライルの手当てを終えた。

 ライルの意識はなかったが、傷口からの出血は止まった。

 失った血はどうにもならないので安心は出来ないが、とりあえずすぐに死ぬ様な事態は防げた。

「ふむ。 落ち着かれた様ですな」

「ああ、後はてめぇを倒してキサラ辺りに見せりゃ安心よ」

「それはなにより。 では、始めますかな」

 アルゼンの空気が変わったことを察知しギエンフォードは巻き込まない様ライルから離れた。

 瞬間、アルゼンはギエンフォードに接近し突きを放つ。

 ギエンフォードも瞬時に対応しお互いの拳がぶつかり合う。

 流石に単純な突きではギエンフォードの方が分があり、アルゼンは弾き飛ばされる。

 だがアルゼンは空中でくるりと回転し体勢を整えるとそのまま地面を蹴り再びギエンフォードに向かっていく。

 ギエンフォードはジャブの要領で拳を連打し、幾つもの拳圧を飛ばして迎撃する。

 拳圧の壁と呼べるその弾幕を、アルゼンは巧みに最小限の動きでかわしていく。

 再び接近に成功したアルゼンにギエンフォードはすぐに拳を振るう。

 しかしアルゼンは体を回転させる様に避け、その勢いを利用した回転肘打ちをギエンフォードの後頭部に放つ。

 確実に決まった様に見えたが、アルゼンは手応えに違和感を感じた。

「チョロチョロ鬱陶しいんだよ」

 ギエンフォードはアルゼンの肘を左手の拳で防いでいた。

 アルゼンはその動きに歓喜の表情を浮かべると肘を軸に宙に舞い蹴りを放つ。

 その蹴りに対してもギエンフォードは瞬時に拳でガードし、アルゼンはその勢いを利用し距離を取った。

「素晴らしい! これ程の攻防は久しぶりですぞ!!」

 アルゼンは非常に楽しそうに言った。

 まるでその姿は最高に面白い遊びをしている子供の様だった。

「噂通りめんどくせぇ動きしやがって」

「おや? 我輩をご存じなのですか? 確か当時我輩はアルビアの雇ったただの1傭兵に過ぎませんでしたが?」

「色んな武術使って大暴れした武術家がいるって聞いてな。 そりゃお前だろ」

「ふふふ、かの拳王に我輩の事が知られているとは何とも光栄ですな」

 アルゼンはウキウキしながら話続けた。

「我輩こう見えて自分の興味を持ったものにはとことん熱中する傾向がありましてな。 世界中を旅して様々な武術を習得しました。 ついでに、旅の途中何度も飢え死にしかけたので、食にも大変精通する様になりましたがね。 その結果あらゆる武術の技を身に付けてしまいましてね。 その結果拳聖などという異名が付いてしまったのですよ」

 余程異名が好かないのか、アルゼンはやれやれと首を振った。

「しかし、折角身に付けた数々の技も使わなければ宝の持ち腐れ。 大戦が終わってからというもの、本当に退屈でしたよ。 唯一の楽しみと言えば弟子のリザの修行とたまに出くわす商売敵の刺客位でしたね」

「それがてめぇが商人なんてもんになっら理由か」

「ええ。 表でも裏でも商人というのは自分の縄張りを荒らされるのを嫌う生き物ですからな。 合法的に戦いが楽しめると思ったのですが、殆どがごろつきや用心棒レベルで話になりませんでしたよ」

 商人になったのすら戦いの為というアルゼンに、ギエンフォードはある種の執念の様なものを感じた。

「で、てめぇが聖帝に付いたのもリナや俺達と戦えるからってわけな」

 ギエンフォードの問いに、アルゼンは「チッチッチッ」と指を振って否定した。

「無論、この様な場を与えてくださったフェルペス陛下には感謝しております。 しかし、それならノエル殿の方に付いてもよかった。 少なくとも数ではそちらの方が楽しめそうですしな。 しかし! アーサー殿から提示された報酬は実に私にとって魅力的なものだったのです!」

「なんだ? 俺の代わりに将軍の地位でも約束されたか?」

「その様な煩わしいだけのものなどいりません。 我輩が最も喜ぶ報酬、それは強者との戦い! アーサー殿は言いました! この戦いに勝利した後、自分を含めた聖五騎士団最高幹部全員と好きな日時、場所で戦わせると!」

 大仰な仕草ながらうっとりとするアルゼンの表情が、それがどれ程彼にとって魅力的なのかを物語る。

「貴殿や五魔という強者と戦った後にアーサー殿やラズゴート殿といった強者とも戦えるとは、かつての大戦以上に素晴らしい戦いが出来るに決まっています! ならば我輩が聖帝側に付くのは必然ではないですか!?」

「俺には理解できねぇ感覚だな」

 それを聞いたアルゼンは意外そうな顔をする。

「おやおや、貴殿程の強者ならお分かりになると思ったのですが」

「俺は戦って楽しいなんて感じたことは1度もねぇんだよ。 てめぇみたいな戦闘狂と一緒にすんな」

 アルゼンは心底残念そうにやれやれと首を振る。

「残念ですな~。 貴殿程の方が戦いの美酒の味を知らない等とは。 ならば我輩が体に叩き込んでお教えして差し上げましょう!」

 アルゼンは地面を強く蹴り飛び出した。

 ギエンフォードは迎撃しようと右の拳を突き出すが、アルゼンはそれをいなしながら宙を舞った。

 自慢の突きをいなされ驚くギエンフォードに、アルゼンはニヤリと笑った。

「貴殿の突きは速度、威力共に超一級と言えるでしょう! しかし、あまりにも直線的過ぎる!」

「ちぃ!」

 ギエンフォードは裏拳で凪ぎ払おうとするがアルゼンはその腕を掴むと、逆立ち状態でギエンフォードの肩に蹴りを入れる。

 だがギエンフォードの鋼の様な筋肉が蹴りの威力をほぼ無効化する。

「離れろってんだよ!!」

 振り払おうとするギエンフォードの力を利用し、アルゼンは掴んだ腕を捻りながら投げ飛ばす。

「逆捻り一本背負い!!」

 地面に激突するギエンフォードだったが、すぐに立ち上がりまた右腕でアルゼンに殴りかかる。

 アルゼンはそれを避けると指でギエンフォードの右腕を突く。

「ツボへのマッサージは如何かな!?」

 アルゼンの指突が右腕に刺さる。

 だがギエンフォードは筋肉を締め上げ内部に到達するのを防いだ。

 そしてそのまま指を締め上げる。

 指が折れると判断したアルゼンが即座に抜くと、ギエンフォードはラッシュをかける。

「凄まじい防御力ですな! ライル殿に教えた内臓上げといい、どうやらその防御力こそ貴殿の本領ということですかな?」

 かわしながら指摘するアルゼンの言葉は当たっていた。

 拳の威力に目を奪われがちだが、ギエンフォードの本質は防御にある。

 両の拳のみで敵の武器や魔法を防ぎ、例え防ぎきれなくとも瞬時に鍛え上げた肉体の強度と内臓上げ等の防御法でダメージを最小限に防ぐ。

 それこそが、彼がかつてアクナディンからアルビアを護れた最大の要因だった。

「ゴチャゴチャうるせぇ野郎だな!」

 言い当てられたギエンフォードは舌打ちをしながら更に拳を放つ。

「実に素晴らしい! アルビアの守護神の名に相応しい! ですが・・・」

 アルゼンは手刀を作るとギエンフォードの右肘に放つ。

 すると表面が削れ鮮血が流れる。

「それらを打ち破る技術を我輩は幾つも持っているのですよ」

「てめぇ、何しやがった!?」

 ギエンフォードは左の拳を放つが、アルゼンは側面に回り込み同じ様に手刀で腕を傷付ける。

「どんなに堅い筋肉でも、擦るという行為には意味がないのですよ。 更にもう1つ」

 傷つけた右肘の関節に向かってアルゼンは鞭の様に掌低を放つ。

 瞬間、ギエンフォードの右肘の関節が外れた。

「ッ!?」

「打極崩し。 普通の組技では貴殿は折れませんからな」

 利き腕を外されたギエンフォードは即座にはめ直し拳を振るう。

 だがその速度は明らかに落ちていた。

「どうです? まさにチェスの様に相手を封じていくのはなかなか面白いでしょ?」

「俺にはそういう趣味はねぇんだよ!」

 ギエンフォードの左のストレートがアルゼンの脇腹を掠める。

 掠めただけでくるその鋭い痛みがギエンフォードの拳の威力を物語り、アルゼンは笑んだ。

「アルビアを守る為に研鑽してきたその技。 実に心が踊りますな。 しかしだからこそ残念です。 それ故に貴殿と我輩の差が明確に伝わってくる」

「俺がてめぇより弱いってのか!?」

「いえ、我輩と貴殿の差、それは・・・」

 拳をかわしたアルゼンは懐に入ると、緩い掌低をギエンフォードの胸に打ち込む。

「学んだ武術の重みです」

 何でもない掌低を受けた瞬間、ギエンフォードは何かに貫かれた様な衝撃に血を吐いた。

 普段なら確実に無効化している程度の威力しかない攻撃に、ギエンフォードは膝を付く。

「東の大陸には気という概念がありましてな。 まあこの国の人間にわかる様に言えば力の塊ですかな? それを今貴殿に打ち込んだのですよ。 これならどんな鋼の筋肉も骨も貫通しますからな」

 防御無視の力の塊。

 風圧とも拳圧とも違うそれは、ギエンフォードにとって盲点だった。

 しかも骨すら貫通するのだから、内臓上げで肋骨に避難させていた内臓にもダイレクトにダメージを受けた。

 ギエンフォード自慢の防御が完全な裏目に出てしまい、幾つもの内臓を1度に損傷される事になってしまった。

「貴殿の拳は恐らく我流でしょう。 ですが我輩はあらゆる武の技術を身に付けた。 それらを全て持つ我輩には、どんな技にも対応可能なのですよッ!?」

 言葉を言い終わる前にアルゼンの頭に衝撃が走る。

 ギエンフォードがアルゼンの顔面に向かって頭突きを放ったのだ。

 ギエンフォードの思わぬ反撃に、アルゼンは軽く後ろによろめきながら距離を取る。

「ベラベラお喋りしてんじゃねぇよ」

 幾つもの内臓ダメージを受けたギエンフォードは口元の血を拭いながらよろめきながらも立ち上がる。

「これは、我輩としたことが油断しましたな。 少々はしゃぎ過ぎました」

 かけていた色眼鏡が割れ、アルゼンの目が露になる。

 それは普段の道化じみた態度からは想像が付かないほど鋭い眼光を放っていた。

「しかし真に勿体ない。 これ程の闘志を持つ事の出来る御仁が戦いを楽しめないとは。 むしろ、何故そこまで闘志尽きる事なく戦えるのか、我輩そちらの方が気になってきましたぞ。 良ければお聞かせ願えますかな?」

「何で俺がそんなこと話さなきゃならねぇんだよ」

「いやなに。 貴殿が話してくれている間、少なくとも我輩はここに釘付けになりますし、そうなればリナ殿達がノエル陛下を救うまでの時間稼ぎ程度にはなるでしょう」

 アルゼンの提案に、ギエンフォードは半ば呆れた。

 いくら知りたいとはいえそんなこと、戦闘中普通は提案しない。

 少なくとも聖帝側の人間が聞けば確実に文句が出る。

 ハッキリ言って、アルゼンはギエンフォードにとってかなり面倒くさい男だ。

「てめぇ、本当どこまで本気なんだよ?」

「心外ですな。 我輩はいつでも本気ですぞ。 己の欲求を満たす為なら、例え多少不利になろうと構いません」

 あっけらかんと言い切るアルゼンに、ギエンフォードは少し悩みながらも口を開く。

「怖ぇんだよ」

「ほぉ?」

 意外な単語に、アルゼンは興味深そうに耳を傾ける。

「俺は戦うのが怖ぇんだよ。 いてぇのも苦しいのも大ッ嫌いなんだよ」


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