拳聖襲来
突然現れたアルゼンに、ライルは再び戦闘体勢に入る。
「おや、まだ闘志が消えぬとは流石かの拳王殿の御子息。 よく鍛えられていますな」
「舐めんじゃねぇぞ? つうかなんだよそのふざけた格好は? 仮装パーティーかなんかと勘違いしてんじゃねぇのか?」
「これは手厳しい! いや、我輩食など自分の興味のある事にはかなり拘るのですが、生憎ファッションというのが全然わかりませんでな。 とりあえず金をかけてそれらしい服をあつらえてるのです。 最も、パーティーという表現はあながち間違いではありませんがね」
アルゼンはスーツを脱ぐと、その下には拳法の胴着が現れた。
ただし、色眼鏡とピンクのシルクハットはそのままなので未だに珍妙な格好ではあるが。
「戦いの場こそ、我輩にとってパーティーそのもの! 特にこの様な強者犇めく戦場はまさに極上と言っても過言ではありませんな!」
「最近は商人が拳法家までやってんのかよ。 姉さん達もへんてこな商人と釣るんでやがったな」
「おや? 貴殿我輩の事は知らない筈では?」
「姉さんが言ってたんだよ。 強いの隠してるへんてこな格好の商人が物資援助してくれたってな。 今のてめぇ見てなんとなくわかった」
「やはりリナ殿達は気付いておられましたか。 いやはや、これは手合わせが楽しみですな」
「差せるかよこの変態野郎が!」
ライルは一足で間合いを詰めてアルゼンに向かっていく。
だがアルゼンとの間に影が話って入り、ライルに何発もの蹴りを浴びせる。
「ぐがあ!?」
鋭く速い蹴りを喰らったライルはそのまま受け身も取れずに吹っ飛ばされる。
「大丈夫・・・と、聞くまでもないですね師匠」
「相変わらず華麗な蹴りですねリザ」
胴着姿で 現れたアルゼンの秘書リザは、構えたままアルゼンの前に立つ。
「よく言いますよ。 私の蹴りを毎回わざと受けるくせに」
「避ける必要がないのですから当然でしょう。 不満なら思わず私が避けてしまう様な強力な蹴りを放てる様になりなさい」
「精進します、師匠」
アルゼンとリザの間の空気は普段のそれではなく、完全に師匠と弟子という上下関係のものとなっていた。
アルゼンはふとライルが吹き飛ばされた方に意識を向け、小さくニヤリと笑う。
「ふむ。 やはりもう少し威力を上げる修行を取り入れるべきですね」
アルゼンの言葉にリザも同じ方を向くと、土煙の向こうでボロボロになりながら立ち上がっているライルの姿があった。
「驚異的な耐久力ですな。 本来なら先程のリザの蹴りで死んでいてもおかしくないというのに。 流石伝説の暗殺者と謳われたメロウ殿を倒しただけはありますな」
「姉さんの拳骨に比べりゃ、蚊に刺されたみてぇなもんだよ」
「いやはや、リナ殿と比べられては流石にリザが劣るのは仕方ないですが、強がりもそこまでにした方がよろしい。 クナイによる裂傷に爆裂傷、更にいくら臓器が無事とはいえ腹に風穴まで開いている。 しかもそこから流れる血の量も既に致死量の1歩手前と言った所でしょう」
アルゼンの指摘は正しかった。
ライルの体は満身創痍を通り越し、立っていられるのも不思議なくらいだった。
当然、戦闘を続けることは不可能だ。
「万全な貴殿と少し遊んでみたかったですが、それも最早不可能。 しかし、メロウ殿を倒しただけでも貴殿は実力以上の戦果を上げたと言えるでしょう。 ですから、もう休みなさい。 運が良ければ生き残れるかもしれませんしな」
擁するに降伏勧告だ。
実際、ボロボロの状態でこの二人を相手にすることは確実な死を意味していた。
だがそれでも、ライルは闘志を剥き出しにして上がらない筈の腕を上げ構える。
「ほぉ、まだ戦うと?」
「まだ姉さんもノエルも、親父も戦ってんだよ。 それなのに一番弱い俺が早々に諦めちまったら、俺はあいつらに顔向け出来ねぇんだよ!!」
先程より上がるライルの闘志に、アルゼンは残念そうに溜め息を吐く。
「やれやれ、もう少し育て楽しめそうな戦士に育ちそうなのに、惜しいですな。 リザ」
「はい」
「彼の耐久力は異常です。 そこで、貴女の蹴りの威力を上げるサンドバックには丁度いい。 彼が死ぬまで全力で蹴り続けなさい」
「はい、師匠」
アルゼンの冷酷な指示にリザはすぐに動き出す。
俊足を持って先程よりも鋭い蹴りを、無数にライルへと放った。
意識が朦朧とするライルに、それをかわす術は最早なかった。
「人のガキになにしてんだよ」
瞬間、リザの腹部に大きな衝撃が走る。
その衝撃にリザは意識を失い、そのままアルゼンに受け止められた。
「ほぉ、これはこれは、なんたる行幸か」
アルゼンが歓喜の笑みを浮かべる先には、ライルの後ろから拳を突き出す拳王、ドラグ・ギエンフォードの姿があった。




