ライルVSメロウ再び2
勢いよく飛び出したライル右のストレートをメロウに放つ。
メロウはそれを瞬時にかわすと、ライルの体を冷静に分析する。
(こりゃ1発貰えば終わりじゃな)
今のライルの体つきと先程地面に放った一撃から、ライルの拳が自分を倒すのに十分な威力があることを見抜く。
だがそれはライルも同じ。
暗殺者としてあらゆる急所を熟知しているメロウの一撃は確実に致命傷となる。
つまり、両者一撃喰らえば終わりである。
問題はどう先に一撃を当てるかどうか。
勝負の焦点がそこにある以上、素早さに長けたメロウが優位な状況だった。
メロウは大量のクナイを全てライルの急所に目掛け投げつける。
「うらぁ!!」
ライルは拳を連打し投げられたクナイを粉砕していく。
だがある1本を砕こうとした瞬間、何かに気付き後ろに飛び退き目を塞ぐ。
その1本は急に破裂し閃光を放った。
「そう何度も同じ手が通じるかよ!!」
ライルは後ろに拳を振るうと背後から切り裂こうとしていたメロウが飛び退いた。
メロウは小さく舌打ちをすると周囲の瓦礫を利用してライルの周りを素早く移動する。
「んなもんで隠れたつまりかよ!?」
ライルは地面を思い切り殴ると、その衝撃が周囲を襲う。
メロウは上空に飛ぶと自分のいた場所の瓦礫が砕け散るのが見えた。
「馬鹿力は増した様だね。 じゃが、当たらなけりゃ意味ないよ」
「そりゃてめぇだって同じだろうが!? 相変わらず減らず口が多いジジィだ!」
着地したメロウに、ライルは突進して拳を振りかぶる。
だがメロウが構えた瞬間、ライルは急に後ろに退いた。
「おら!!」
ライルがそのまま拳を振り抜くと、拳の拳圧が真っ直ぐメロウに飛んでいく。
それは父である拳王ギエンフォードの得意技そのものだった。
ライルのフェイント攻撃はそのまま激突し粉塵を上げた。
「どうだ!? 親父直伝の飛ぶ拳よ! 流石にこいつ使える様になってるとは・・・」
「知っとるよ」
瞬間、ライルの脇腹に一筋の光が過る。
ライルは急いでかわすが、かわしきれずそこから血が吹き出した。
「ぐあ!?」
「浅いか。 年は取りたくないもんじゃ。 昔なら今で決まっとったのに」
ライルが傷口を押さえながら構える中、メロウはクナイに付いた血を払うと殺気を出しながらジリジリと近付いてくる。
「全く男子三日会わざればとはよく言ったもんだよ。 コキュート戦観戦してなきゃ、お前さんの成長を見謝ってたかもしれないのぉ。 じゃが残念ながら、初めてやり合った時と違ってわしはお前さんを舐めてやしない。 むしろ警戒しとる位よ。 じゃから、こうして確実に仕留めさせてもらおうかの」
メロウはクナイを幾つもライルに向かって投げた。
ライルは今度はそれを避けるが、地面に刺さるなりクナイは爆発した。
「ぐあ!?」
「爆裂クナイ。 派手なのは好みじゃないが、今のお前さん削るには丁度いい」
爆風に吹き飛ばされるライルに、メロウは更にクナイを投げ飛ばす。 ライルはなんとか避けるが、爆風までは避けきれず余波により徐々にダメージは蓄積していく。
しかも時おり爆風の中から普通のクナイも飛び出し、それがライルの体を掠めていく。
それでも避けるが、脇腹からの出血は激しく動くことで更に激しくなる。
「あまり無理せん方がいい。 急所外したとはいえそれなりの傷にはなっとる。 そのままいけば失血死は確実じゃ。 そうなる前に諦めれば楽にしてやるよ」
「うるせぇ! こんなもん蚊に刺された様なもんよ!」
強がるライルだったが、その動きは徐々に繊細さを欠き消耗は目に見えて明らかになっていく。
爆風、裂傷、多量の出血。
その全てがライルの命を確実に削っていく。
(頃合いか。 このままでも死ぬじゃろうが、念には念を入れて確実に仕留めるかの)
メロウは幾つか追加のクナイを投げると、爆煙に姿をまぎらわす。
その事に気付いたライルは、メロウが直接来ると思い避けながら周囲に意識を向ける。
だが、次に来たのは腹部への衝撃だった。
メロウが目を向けると、長い鞭の様な物が正面からライルの腹を貫いていた。
完全に貫通しているそれの元を辿ると、爆煙から舌を伸ばしているメロウの姿が見えた。
それはカメレオンの獣人であるメロウの奥の手。
獲物を捉える時に使う舌の力を利用した一撃だった。
完全な間合いの外からの攻撃に、ライルの体は崩れ落ちそうになる。
(悪く思うなよ小僧。 せめて苦しまずに逝くといい)
そう思ったメロウだったが、ある違和感に気付く。
(なんじゃ? この感触は・・・!?)
気付いた瞬間、それはもう起こっていた。
崩れ落ちそうな体に力を込めたライルは舌を掴み、メロウを物凄い力で引っ張っていた。
(こやつ! 内臓が、腹の中の重要器官が、ない!?)
本当に驚くメロウの顔を見て、ライルは拳を振りかざしながら口角を上げた。
「あ? 防御?」
「そうだ」
それはライルがギエンフォードから特訓を受けてる時だった。
「てめぇの体見る限り、どてっ腹に風穴開けてやがるな。 しかもそれ以外にも無茶した傷が幾つかありやがる。 体張るのはいいが、それでてめぇが死にかけてんじゃ意味はねぇ。 だがてめぇの性格上どうせ止めねぇだろうし、今のてめぇじゃ体の1つでも張らねぇと勝ち目ねぇだろうしな」
「一言多いんだよクソ親父!!」
怒るライルを無視してギエンフォードは話を進めた。
「そこでてめぇに教えんのがこれだ」
ギエンフォードは少し腹に力を入れる仕草をすると、ライルに腹を触らせる。
ライルは訳も分からず触るが、途端に表情を変える。
「なんだこりゃ!? 中身がねぇ!?」
「内蔵上げって技だ」
ギエンフォードは力を抜くと中に内蔵が戻る感触がした。
「重要な内蔵を押し上げて一時的に肋骨に隠すんだよ。 そうすりゃ万一腹刺されても内臓は傷つかねぇから致命傷になりづれぇ。 更に今はわざとわかるようにやったが、気付かれねぇ様にやれば相手は勝ったと思って油断しやがる。 そこを突いて一発逆転も出来るってわけよ」
「一発逆転狙わねぇと今の俺これから勝てねぇのかよ!?」
「よくわかってんじゃねぇか」
何かに背中を刺された様なショックを受けるライルに、ギエンフォードはパイプを吸いながら続けた。
「まあどの道手札は多い方がいいからな。 それにこれならてめぇもなかなか死なねぇだろう。 せいぜい生き残れよクソガキ」
「わあったよ! しっかりやっててめぇ見返してやるからな!」
生意気ながら意気込むライルにギエンフォードは小さく口角をあげた。
「よし。 じゃあ早速やってみろ」
「へ?」
攻撃体勢に入るギエンフォードにライルは慌て出す。
「ちょっと待て親父! 俺まだやり方わかんねぇよ!」
「俺のやったの見せてやったろ? こっからは血ヘド吐いて自力で覚えやがれ」
その後、ライルの文字通り血ヘドを吐く特訓を毎日続けられた。
「俺が親父から受け継いでんのは拳だけじゃねぇんだよ!!」
ライルは渾身の力でメロウに拳を放つ。
メロウはクナイで防御しようとするが、そのクナイすら砕いてライルの拳がメロウの腹へと打ち抜かれた。
モロに喰らったメロウは拳を衝撃で後ろにぶっ飛び、その勢いで舌もライルから抜けた。
そのまま瓦礫に激突したメロウを警戒しながら、ライルは腹を抑える。
(頼む。 もう起き上がってくんじゃねぇぞクソジジィ)
ライルは既に満身創痍だった。
いくら内臓に傷が付かなかったとはいえ腹を貫かれたのだ。
これ以上続けば確実にライルは負ける。
ライルはこれで決着が付くことを祈った。
すると瓦礫が崩れ、そこからメロウが姿を現した。
「マジかよクソ」
再び立ち上がったメロウに驚愕しつつ、ライルはすぐに切り換えて構える。
だがメロウは攻撃の気配はなく、静かにライルを見詰めていた。
「全く、本当にお前さんは腹が立つ。
こっちに残っとればウチの連中といい戦友になれただろうに。 本当に・・・ままならんな・・・ライルよ・・・」
メロウはそのまま俯せに倒れ、意識を失った。
それはライルの勝利を意味していた。
最初呆気に取られたライルだったが、不意に足元にメロウの捨てた煙管が落ちていることに気付く。
ライルはそれを拾うと、倒れたメロウの前に置いた。
「借りはキッチリ返したぜ、じいさん」
そう言うライルの表情は勝利のそれではなく、メロウに対する敬意に満ちていた。
メロウは最後にライルを評価する為に立ち上がった。
ライルはそんな気がしていた。
性格は絶対に合わないし向こうからしたら本当に腹の立つ存在だったのだろう。
実際ライルももし味方だったとしても苦手な存在だっただろう。
だがそれでも、メロウは最後にライルを認めた。
歴戦の戦士であるメロウが正面から自分と向き合い評価してくれた。
そんなメロウに、ライルもライルなりの敬意を表さずにはいられなかった。
その時、そんなライルの心境に水を指すような声が辺りに響いた。
「いや~お見事! 素晴らしい大判狂わせですな!」
ライルはすぐに辺りを警戒した。
だが声の主は攻撃する気配もなく、拍手をしながら姿を現した。
「誰だてめぇは? 聖帝の手下か?」
「おっと、そういえば貴殿とは会ったことはありませんでしたな。 では改めて自己紹介を」
その男は佇まいを直すと大仰に名乗りを上げた。
「我輩はアルゼン・ボナパルト! 古今東西ありとあらゆる品を扱う敏腕商人であり!」
そこまで言うと色眼鏡の奥のアルゼンの瞳がギラリと光る。
「今は貴殿の敵です、ライル殿」




